闇の底での再会
ディープグラウンドはソルジャーたち自身による殺し合いとヴィンセントの侵攻、それにオメガが顕現した際の地殻変動により、
荒廃が進んでいた。魔晄炉が吸い上げたエネルギーは僅かに生き残っている施設維持機能に恩恵を与え、巨大な地下組織
はうすぼんやりとした黄昏のような明るさを保っている。
神羅ビルから続くエレベーターで地底に降り立ったシドは、周囲を見渡して咥えていたタバコのフィルターをぐっと噛み締めた。
地下とは思えない広大な空間の中央に零番魔晄炉がかすんで見える。死と荒廃しかないうち捨てられた空間は鉄錆と埃の臭
いに満ち、それに放置されたままの骸が放つ腐臭が微かに混じっていた。
シドは隣に立つ長身の男に眼をやった。かつてたった一人でこの地下に潜入したヴィンセントは、静かな瞳で魔晄炉を眺めて
いる。死闘を繰り広げた場所を目の前にしても何の感慨もないようだ。
地上部隊が敵の大部分を引き付けたとはいえ、暴走したカオスに内側から喰われながら4人のツヴィエートを斃した彼に、シド
は今更ながら舌を巻いた。
「ありがとよ」
「…何だ?」
ぽんと肩に手を置いたシドにヴィンセントは首をかしげる。
「おめぇ、大変だったろ」
顎でディープグラウンドの風景を示したシドは、分担が重すぎたなと呟いた。相手の労いを感じ取ったヴィンセントは穏やかな
笑みを浮かべる。
「あんたは空で戦っていた。私は地下を請け負った。それだけのことだ」
「だが俺には飛空艇師団がいたぜ」
納得できない表情のシドに、援軍ならば私にもいた、と彼は少女たちを見下ろした。ユフィとシェルクは視線を合わせて肩をすく
める。
「意外に手がかかりましたが」
「そーそ。ヴィンちゃんのお守りってけっこう大変なんだよ」
「そいつはご苦労だったな」
彼女たちの苦労を察してシドは破顔した。冷静に見えて時に捨て身の行動に出る彼をサポートした二人は、何度も肝を冷やした
ことだろう。
「今度のミッションはそれに比べりゃピクニックだろ。行くぜ」
軽口を叩きながらも表情を引き締めたシドに従って、一行は瓦礫の町を歩み始めた。
今回のミッション。それは再び稼動を始めた零番魔晄炉を停止させることだった。ユフィが操作系統を破壊したはずの魔晄炉が、
再び動き始めていたのだ。これを知ったWRO局長であるリーブは再びヴィンセントにディープグラウンドへの潜入を依頼した。
DGソルジャー達はほぼ全滅しているとは言え、地下何百メートルにも及ぶ闇の施設へ行ける者など皆無に等しい。魔晄炉を
復旧させた何者かとの戦いも想定される。元ツヴィエートであるシェルクが案内役を買って出、今度こそきっちり止めると息巻く
ユフィが参加を宣言し、そこにシドも加わった。
「前の時はヴィンセント一人におっかぶせちまったからな。今度は俺も行くぜ」
危険なミッションだが修羅場を潜り抜けてきた彼らは何の気負いもなく引き受け、今この場に立っている。
ディープグラウンドはかつて神羅の実験施設として使われていた。研究者やその生活を支えるための居住区は、人が住んでいた
形跡が僅かに残っている。
いくつかの建物を調べ、水道が生き残っている一軒で一向は休憩を取った。ヴィンセントは一気にヴァイスの本拠地まで攻め
込んだが、今回はそれほど事態が切迫しているわけでもない。同行者は休憩の必要な「人間」であったし、シドとユフィはどんな
修羅場でも食事を抜くなどということはしなかった。
二人は廃材を集めて手早く焚き火を起こすと、湯を沸かしてコーヒーを淹れ、携帯食料を温める。もともと壁や天井も破壊されている
ので換気を気にする必要はない。煮炊きの煙と臭いでモンスターが寄ってきても、ヴィンセントのライフルの餌食になるだけだ。
食に関する執念とその手際のよさをシェルクは感心して眺めていた。ヴィンセントは渡されたコーヒーは口にするものの、食事に
関心を示さない。
「シド、これは何ですか?」
バックパックの底に詰め込まれているチューブ状のものに気付いて、シェルクが不思議そうに問いかけた。カンヅメのボークビー
ンズを温めてかき込んでいたシドが、視線でヴィンセントを示す。
「そりゃコイツ用の非常食だ」
「ヴィンセントの?」
「ああ。変身しやがった後はひでぇ腹減らしになるからな。そいつは1つが1000カロリーって栄養満点のシロモノだ」
「へー。おいしいの?」
お湯を注ぐだけでできるパック詰めの炊き込みご飯を頬張りながら、ユフィが訊ねる。
「栄養食なんざ大体味は決まってるぜ。蛋白質と糖分が強いからな。濃くて甘〜いミルク味だろ」
黙って聞いていたヴィンセントの眉が寄る。無言のまま不服を申し立てる彼に、乾パンを齧りながらシドが言った。
「文句あるのか?大体おめぇ、腹減ったらどうするつもりだった?」
ディープグラウンドへの潜入時にヴィンセントが拘った備品は、武器弾薬とエリクサーとマテリアだ。自分用の食料などもちろん
準備していない。
「その時は、変身したままガーゴイルを1,2匹食い殺せばいいと思った」
「げ」
「本気ですか?!」
ユフィとシェルクが若い娘らしく嫌な顔をする。シドも余りの話の展開に苦虫を噛み潰したような顔になった。それでも誰も食事の
手を止めようとはしないのはさすがだ。
自分の発言で仲間の食欲が落ちることはないと知悉しているヴィンセントは、涼しい顔で銃の点検を終えホルスターに戻した。
かつて山のように群がり襲ってくるDGソルジャーを相手に単騎で血路を開いたことを思えば、今回の探索は楽だ。背を預けられ
る仲間が3人もいる。
その時。
ヴィンセントが急にカップを置いて立ち上がった。彼の様子に仲間たちも得物に手を伸ばし、周囲の気配をうかがう。この短時間
で既に食料は胃袋に納められていた。
壊れた壁に身を寄せながら、ヴィンセントはある方向をじっと見つめている。
ディープグラウンドの仄暗い空間に人影が浮かび上がった。
すらりとした長身に濃紺のスーツをまといきっちりとネクタイを締めた姿は、地下の廃墟にはあまりにも不似合いだった。
年の頃は23,4といったところか。艶のある黒髪は短く整えられ、怜悧な美貌に輝く夕日色の瞳には感情と呼べるものが何一つ
宿っていない。
「あ、あれって、ヴィンセント?!」
「タークス時代のおめぇかよ?」
ユフィとシドが驚きの声を上げる。ヴィンセントは黙ったまま突然現れたドッペルゲンガ―をじっと観察していた。魔晄炉を再度
稼動させた何者かがこれも仕掛けているのか。
「…能力テストの時のデータだな」
「はい。GAI012は、その能力値の高さからディープグラウンドソルジャーのシミュレーションに使われていました」
シェルクが淡々とした調子で答える。驚いてはいるのだろうが、この二人はそれをあまり表面には出さない。
「人のデータを無断で使ったのか」
「すみません」
緊張感のない会話を交わす二人に呆れたように、ユフィとシドは顔を見合わせた。
「データってことは、ホログラフか何かか?」
「ええ、実体化させて訓練に使ったものです」
ゆっくりと近づいてくるGAI012とそばにいるヴィンセントの顔をユフィはまじまじと見比べた。
「アッチの方が初々しくて美人だよね。アンタ今じゃ妖怪赤マントだもんねえ」
「悪かったな」
美醜はともかく、妖怪呼ばわりされて憮然とするヴィンセント。その間にもタークスの姿をしたヴィンセントは歩みを進める。
「タークス・オブ・タークスの能力を100%再現したシミュレーターです。実戦も出来ますし、あの銃に撃たれたら死にます」
「おいおいおい!!」
「シェルク、それ最初に言って!!」
一同が一斉に散るのとGAI012の銃口が火を吹くのはほぼ同時だった。
タークス時代の姿をしたヴィンセントはデータゆえに一切の感情を持たず、目の前に現れた者全てを敵と認識するらしい。
その最初のターゲットにされたのはシドだった。次々に襲い来る銃弾を槍で撥ね返しながら間合いをつめ、シドは鋭い一撃を加え
る。GAI012は軽やかに飛躍し、シドの斜め後方から蹴りを放った。それを槍の柄で受け止めたシドの腕がじんと痺れる。
「足癖悪いな、この野郎」
お返しだと飛ばしたシドの蹴りを交差させた腕で受け、GAI012は後方にとんぼを切った。再び飛来する銃弾に閉口して、シドは
瓦礫の影に飛び込む。敵の死角に逃れたつもりが肩先を掠めた銃弾にシドは目を剥いた。この数瞬で移動したというのか、黒髪
のタークスの姿が正面にある。
「クソッタレが!」
巨大な十字手裏剣が飛来し、シドの前に突き立った。間一髪、銃弾はそれに弾かれて目的を達せずに地に落ちる。同時にシドが
投擲した槍はGAI012の左胸を貫いた。
「やった!」
シドのそばに飛び降りてきたユフィが手裏剣を地面から引き抜き、片手の親指を立ててみせる。だがシドの表情は険しい。
「いんや、まだだ」
彼の視線の先でGAI012の左胸部分が、まるでディスプレイに映った映像のように明滅した。筋肉と鎖骨を砕いていたはずの
槍があっけなく外れて地面に転がる。
「何、あれ?」
「今の攻撃で壊れたデータを修復しているのでしょう」
GAI012は攻撃は貪欲だが自分の身を護ることには無頓着のようだった。無防備に突っ立ったまま欠損したデータを修復して
いる。それは再起動すれば復活できる戦闘用シミュレーターとしての特徴なのか、元々のヴィンセントの性格によるところなのか
は微妙なところだ。
「ってことは、いくら攻撃しても無駄ってか?」
「はい。シミュレーターを操っている大元を断たない限り、何度でも復活してしまう可能性があります」
喋りながらシェルクは両手のスピアを振り上げた。ドーム状のシールドが三人を覆い、再び始まった銃撃を弾き返す。
だが始まりと同じ唐突さでそれは止んだ。GAI012の放つ銃声よりももっと重く、腹にずしりと来るような銃声が響いたからだ。
タークスの姿をしたヴィンセントが跳んだ。通常の3倍の威力を持つトリプルリボルバーの弾の軌跡を読み、身をかわしながら
クイックシルバーの引き金を引く。その銃弾をガントレットで弾きながら、ヴィンセントが暗赤色のマントを翻して走る。
傍目には摩訶不思議な光景に映るだろう。
片方は濃紺のスーツに身を包んだエージェント姿、もう片方はレザースーツの上にマントを身にまとい、どこか魔物めいた印象を
与える。だがどちらも全く同じ美貌をディープグラウンドの廃墟に浮かび上がらせていた。生き別れた双子が再会した途端に殺し
合いを始めたかのように見えるかもしれない。
「これってどう見てもヴィンちゃんが悪役だよねえ」
「悪鬼に取り憑かれた双子の兄を成敗する弟ってか」
「ありがち〜。最後は斃された兄が正気に戻って涙のエピローグ?」
「三流芝居だぜ、そりゃ」
「あなた方はどうしてそうなんです」
無責任に話を展開させる二人をシェルクは呆れて制した。緊張感と戦意は保持しながらも与太を飛ばす二人の神経は、彼女に
は理解しがたいものだ。もっとも、この絶妙な息の抜き方が彼らの強さでもあるのだが。
得物の違いから脚を引っ張ることになると判断し後方に下がった仲間たちの前で、人外の存在同士の魔戦が繰り広げられる。
ヴィンセントは無表情の下に不快感を募らせていた。タークスの能力テストは一定の割合で死亡者が出る苛酷なものだ。
ミッションをクリアすると更に難易度が増した課題を課せられる。レベル7以上の受験は任意だが最高難度のレベル10まで到達
したのは彼ただ一人。共に受けた同僚はレベル8までで全員が命を落とした。そのずば抜けた成績からタークス・オブ・タークス
などと呼ばれるようになったが、ミッションクリアするまでのテスト内容は思い出したくもない。
それに、あまたの修羅場を切り抜けてきた彼から見ると、若い頃の自分の闘い方は青さと甘さが目に付いた。未熟な頃の自分の
姿を再現されるのは気持ちの良いものではない。
ヴィンセントはGAI012の上空に身を躍らせ、真上から容赦のない銃撃を浴びせた。3つある銃口が6回に渡って銃弾を吐き出し
GAI012は18個のマグナム弾に全身を貫かれる。
だがその衝撃に激しく身体を痙攣させながらも、クイックシルバーは上がり報復の一撃を放った。
敵がまだ未熟な頃の自分と油断したか、ヴィンセントは左眼に銃弾を受けて仰け反った。側頭部に抜けた弾の後を追うように真紅
の血が吹き上がる。
「ヴィンセント!」
「何やってやがる!」
流れ弾を避けてシェルクのシールドの中で待機していたシドとユフィが身を乗り出した。空中でバランスを崩したヴィンセントの
右手から銃が落ちる。戦闘中に彼が武器を手放すなど考えられないことだ。
受身を取れずに地面に叩きつけられたヴィンセントは低く呻いた。撃たれた頭が激痛を訴え、右半身は痺れて動かない。
これはタークス時代の彼がよく取る戦法だった。銃弾が1つしか残っていない時、彼は迷わず相手の眼を狙った。右利きの相手
なら左目を。左利きの場合はその逆を。頭部をプロテクトしていても眼の装甲は薄い場合が多い。眼から脳に抜けた銃弾は、
致命傷とならなくても相手の視野と利き腕の自由を奪う上、回復に時間がかかる。冷酷無比な選択だったが、その策に自分が
かかるのは業腹だった。
さすがに起き上がれずにいるヴィンセントのそばへ、消えかかったホログラフのようになったGAI012がゆらゆらと近づく。
「ヴィンセントにさわんな!」
ユフィが飛ばした巨大な手裏剣は、明滅するホログラフを素通りした。仲間たちが駆けつける寸前、GAI012はヴィンセントの
身体に重なり、そしてすり抜けた後消滅した。
「………っ!」
シェルクの喉が鋭く息を吸い込む音を立てた。
「まさか。そんな機能は持っていないはず。でも……」
意味不明の呟きをもらす彼女を尻目に、シドとユフィはヴィンセントのそばへ駆け寄る。
蒼白になった顔の半分はあふれる鮮血で染まり、形のよい顎から胸元に赤いしずくがしたたり落ちていた。傷を見せろというシド
の手をガントレットが軽く押しのける。
「見て気持ちのいいものではないぞ」
さすがに喋りにくそうにヴィンセントが言うが、頭を撃たれて喋っていられること自体が奇跡だ。片目を失い肉が抉れて凄惨な
傷痕を残しているだろう左顔面は、長い黒髪が覆い隠していた。
「おめぇらしくもねえな」
「まさか、昔の自分の顔に見惚れた?」
この状況にも拘らずキツイ突込みが入るのは、いくつもの戦場を越えてきた彼らならではの余裕。そういいながらもユフィはマテ
リアを取り出して、ケアルガを唱える。
「どう?動ける?」
「ああ」
頬にべったりとついた血を無造作に腕で拭い、ヴィンセントは額に巻いている布を外した。傷を負った秀麗な顔はアザを残した
程度で治癒していたが、銃弾で潰された眼球の再生にはもう数時間必要だった。閉じたままの左目を覆うようにヴィンセントは
器用に布を巻きつけ直していく。
「隠しちゃったら治っても見えないじゃん」
「視力はすぐには戻らない」
落とした銃を拾ってホルスターに収めながらヴィンセントはユフィに答えた。筋肉や骨が修復されても神経の回復には時間が
かかる。立ち上がった彼は僅かに右脚を引きずっていた。その不自然な揺れに伴い、髪を濡らしていた血が地面に滴り落ちる。
「左右の視力が違うとな、クリアな像とぼやけた像がダブって見えづれえんだよ」
パイロットなら飛行禁止だぜ、とシドが言いながら彼方に浮かぶ零番魔晄炉を見やった。
「おかしな邪魔が入りやがった。さっさと仕事を片付けようぜ」
「その前に、ツヴィエートの司令部に行きます」
水先案内人を務めてきたシェルクがシドを制するように言った。ヴィンセントがその片目に元ツヴィエートの少女を映す。
「プログラムの消去か」
「そんなの、魔晄炉を破壊しちゃえば電源が落ちてパアになるでしょ」
「そうだ。わざわざ寄り道するこたあねえ」
バックパックを背負ったシドとユフィにシェルクは考え深げに首を振った。
「魔晄炉を破壊しても、備蓄してあるエネルギーはまだ当分使用可能です。コンピュータは別に破壊しなくてはなりません」
「だから、魔晄炉といっしょに爆破すりゃいいんだろ」
威力の高い爆薬をたんまりと仕込んできたシドにシェルクは再び首を振った。
「確認したわけではありませんが、プログラムは進化して以前にはない機能を持っていると考えられます」
魔晄の瞳が傷ついた戦士を真っ直ぐに見つめる。
「私の勘が正しければ、GAI012は貴方の能力をダウンロードして行きました」
「ヴィンセントの?」
首をかしげるユフィにシェルクはうなづく。
「GAI012はタークス時代のデータが元になっていますから、当然今の彼より力量は劣ります」
DGソルジャーたちが苦戦したシミュレーターではあるが、その時代よりも戦歴を重ねたヴィンセントに敗れたのは当然だ。
だがその経験値をそっくりコピーされたとしたら。そして、魔晄炉の破壊を阻止すべく襲ってくるとしたら。
「次に出会う時は、今のヴィンセントと互角の力を持っているかもしれません」
「…そいつはちぃと厄介だな」
豪胆な空の男の表情が曇った。敵がいかに強大であろうと怯むことを知らぬ彼も「ヴィンセント」と闘うのは荷が重い。彼の能力と
ともに仲間たちの戦闘データも洩れたと考えるべきだろう。この敵と対等に渡り合えるのはクラウドぐらいのものだ。
「おそらく、最初に狙われるのは本人でしょうね」
「その場合、どっちが勝つのさ?」
三人の眼が当事者に集まる。ヴィンセントは他人事のように首をかしげた。
「さあ」
そっけない返事に全員の力が抜けた。
「……アンタに聞いたアタシが馬鹿だったよ」
任せておけとか必ず勝つとか、少しは気の利いたセリフが言えないのかとなじるユフィにヴィンセントは飄々と答える。
「力が互角ならば勝負は時の運だ」
「ま、そりゃそうだがな」
槍を担いだシドが歩き始めた彼の左隣に並んだ。
「だが、オリジナルがコピーに負けるのはみっともねえぞ」
「わかっている」
片目を覆った美貌に浮かぶ不敵な笑みに、たきつけた男も笑い返しウインクを送った。
廃墟から零番魔晄炉の中に入ると、取り残されていたレッドソーサーが群がり寄ってきた。
すでに主のいない建物の中で、誰から何を護ろうというのか。それでも意志を持たぬ機械は最初にプログラムされたとおり、味方
と識別出来ない相手を敵とみなし襲ってくる。
かつて単独で潜入した時、ヴィンセントは魔晄スポットで魔力を補充しながらサンダーで撃退し続けた。力は弱いものの数が多く
魔力を削られて煩わしい思いをさせられた相手だ。だが今回はユフィが赤い皿たちを片端から叩き壊してのけた。彼女の忍術で
電気系統を破壊されたレッドソーサーは無意味に走り回り、同士討ちをして全滅していく。赤い瓦礫を蹴散らしながら、シェルクに
指示された一同は通路を迷うことなく進んだ。
DGソルジャーたちがいなくなった建物内では怪奇虫が大量繁殖し、床のみならず壁や天井を埋め尽くしていたが、シドのダイナ
マイトが部屋ごと豪快に吹き飛ばした。思い出したように現れる生き残りのブラックウィドーも、ユフィの手裏剣とシドの槍に切り刻
まれ、鉄くずと化していく。
片目のヴィンセントは後列に追いやられ全く出番がない。それどころか彼の手には銃ではなく高カロリーの栄養チューブが握ら
れていた。傷を早く治すために飲めと課せられたものだ。予想に違わない壮絶な甘さに辟易しながら、ヴィンセントはそれをちび
ちびと攻略しているところだった。
体力を温存しているシェルクはヴィンセントの左側を護りながら、心底嫌そうに栄養剤を舐めている彼を見上げた。
チューブをこっそり捨てようとしたヴィンセントはユフィに見つかって散々に非難され、シェルクを見張りにつけられたのだった。
350ml入りのそれは、まだ200ml近くが残っている。
「…ずいぶんと素直に従うのですね」
シェルクの言葉にヴィンセントが彼女を見下ろした。
「勝てないとわかっている相手に抵抗するのは無駄だ」
シドだけでなくユフィまでいるとなると、舌戦で彼に勝ち目はない。左右から叩かれて玉砕するのが目に見えている。
自分のことには無頓着になる彼を知っている仲間たちは、時には強制的に食事や睡眠をとらせようとする。人外の存在である彼
にそれが必要かどうかはともかく、彼を思う気持ちがそこまで干渉させるのだ。特にユフィやティファは、彼がものを食べていると
人間らしさを捨てていないと感じて安心するらしい。そしてヴィンセント自身もそんな彼らを拒絶しようとはしない。
「彼らの介入を楽しんでいるようにも見えますが?」
シェルクの鋭い突っ込みにヴィンセントは答えなかった。だが律儀に栄養剤と格闘し続けながら、彼の瞳は肯定するように細めら
れる。それを眼にしたシェルクは彼らの間にある強い絆を感じ取って一抹の寂しさを覚え、ひそかなため息をもらした。
「お出ましだぜ」
シドの声が仲間たちの間に緊張を走らせる。
広いホールから通路に通じるドアが音もなく開き、濃紺のスーツを着た死神が姿を現した。廃墟で戦った時と同じ姿だが、その
手に握られているのはタークスの標準装備であるクイックシルバーではなく、巨大なトリプルリボルバーだ。
「なるほどな」
前列に歩み出たヴィンセントにシドは眼をやった。赤い布はいつもどおりに額に巻かれ、撃たれた左眼は輝きを取り戻している。
「ノルマはどうした」
宿題が終わらねえうちはオトモダチと遊ばせねえ、というシドの手に、空になったチューブが乗せられた。
「てめぇ、捨てたんじゃねえだろうな」
「証明になるなら喜んで吐いてやるが」
「その顔でそのセリフ言うか」
軽口を叩きあう彼らのそばから、ユフィとシェルクがそっと離脱した。
ヴィンセントがGAI012の相手をしている間に、シェルクは元ツヴィエートの司令室でシステムを洗い直し、戦闘シミュレーション
のプログラムをアンインストールする。ユフィは途中までシェルクを護衛し、その後魔晄炉爆破の準備をする。
シドはヴィンセントとともにGAI012を引き付けた後魔晄炉爆破に回るというのが、彼らの作戦だった。GAI012の出現を確認した
後でないと別行動に移れないため、ある意味待ち構えていたチャンスとも言えた。
「あの二人、大丈夫でしょうか」
通路を走りながら、戦闘を前にして呑気な会話を交わしていたシドとヴィンセントに、シェルクは一抹の不安を感じていた。
「平気平気。敵前漫才始める時は、けっこうノッてることが多いから」
「…マンザイとは何ですか?」
「う〜んとね、ウータイで流行ってる、二人一組でくだらないトークをして人を笑わせる芸」
ユフィの大胆な説明を聞いてシェルクはますます混乱した。シドはともかくヴィンセントに人を笑わせる芸が出来るとは思えない。
いや、生真面目で天然なところのある彼の言動に周囲が爆笑することはあるのかもしれないが。
いずれにしても緊張感をそぐこの話題から離れることにして、彼女は目の前のミッションに集中した。半壊した司令部に飛び込み
かつて彼女専用にカスタマイズしていたコンピュータを起ち上げてチェックする。
「何とかなりそうです」
「オッケー。ヤバくなったらケータイ鳴らして。んじゃ、後でね!」
「気をつけて!」
元気のいいユフィの声に叫び返しながら、この場所でかつて言ったことのないそんな言葉がすんなりと出てきた自分にシェルク
は苦笑した。
問答無用で闘いは始まった。
もとより戦闘シミュレーターのGAI012は語る言葉を持たず、ヴィンセントも口数の多い方ではない。銃声と靴音と息遣いだけが
ホールに響いた。
確かに敵が自分と同等の能力を身につけたことをヴィンセントはその身で感じ取っていた。間合いの取り方、攻撃のスピード、
移動するタイミングの癖。どれをとっても自分と瓜二つで、その分読みやすいが読まれやすくもある。
通常ではありえないことだが同じタイミング、同じ角度で放たれた銃弾は空中で激突し、攻撃は何度も相討ちになった。致命傷は
負わないものの双方とも浅い銃創を無数にその身に刻んでいく。トリプルリボルバーの銃弾はヒットしなくても衝撃波で服や肌を
簡単に切り裂き、二人のヴィンセントは血煙をまといながら一歩も譲らず闘い続ける。
GAI012は一切の感情をその美貌に反映させることなく、無表情で肉迫してくる。実体化させたデータなのだから当然ではあるが
ヴィンセントの姿をしている以上仲間たちは戦いにくいだろう。ヴィンセントにとっても、互角の敵と渡り合っている時、仲間の存在
は弱点になりかねない。彼一人で強敵を引き受け、他の三人に他の役割を頼んだ理由のひとつはそれだった。
そしてもうひとつの理由が、彼の戦闘能力に影響を及ぼしつつあった。
戦士にとって、特に銃を武器とするガンマンやスナイパーにとって視力は生死に関わる。敵の喉に狙いをつけたヴィンセントの
銃弾が逸れて肩先を掠めた。彼の利き目である右眼の映像にぼやけた像が重なったのだ。治癒しきっていない左眼の網膜に
結んだ映像だった。
これを知っていたら、シドもユフィも彼を残しては行かなかっただろう。それはパーティ全員を危険にさらすことになる。
そう判断したヴィンセントは額の布を巻き直し、あえて軽口を叩いて仲間の注意を傷から逸らしたのだった。
対して相手の銃弾は正確に彼の急所を狙ってくる。相手の攻撃をかわして大きく跳躍し、着地して振り向いたヴィンセントの目の
前に巨大な火球が広がった。意表を突かれてバリアを張るのが一瞬遅れ、熱風を吸い込んだ気管と肺が灼け爛れる。その苦痛
にヴィンセントは膝をつき、喉を押さえて激しく咳き込んだ。
「…ファイガ、か」
タークスの姿をした自分が覆いかぶさってきた時に身につけていたマテリアを思い出し、ヴィンセントは掠れた声で呟いた。
トリプルリボルバーを持っていた時に気付くべきだったが、GAI012は彼の身体能力だけでなく武器の力までコピーしたようだ。
バリアが弾き返す銃弾の音が途切れた隙にヴィンセントはグラビガを放った。重力を操る魔法で敵の動きを封じ、狙いをつける
時間を稼ぐ。5倍の重力に足を止められたGAI012は堪らずに地面に両手をついた。その身体を目がけてヴィンセントの銃が
続けざまに火を吹く。
タークスの濃紺のスーツが蜂の巣になった。
次へ
present.