シェルクは僅かな苛立ちを感じていた。
プログラムが見つからない。かつてGAI012のデータを元に作られたシミュレーターにDGソルジャーたちが手こずって
いると聞いた時、少々興味をそそられてチェックした覚えがある。

だが消去しようとしている今、それが見つからないのだ。彼女がこれを処理しないかぎり、二人のヴィンセントは闘い続け
ることになる。GAI012のデータなら心配などしない。だが今のヴィンセントのデータで上書きされたシミュレーターは、
想像を絶する強敵となる。能力が互角である場合、長期戦になれば生身のヴィンセントの方が不利だ。

シェルクの判断は素早かった。彼女はバックパックの中に忍ばせてきたヘッドフォンの形をした装置をコンピュータに
接続する。司令部の設備は半壊状態であることを計算に入れて持ってきたこれが役に立つとは。


「…約束を破ります。すみません、ヴィンセント」

それはSNDの際に使う装置の簡易版だった。シェルクのツヴィエートとしての能力SNDはその身体に多大な負担をかけ
成長まで止めてしまう。それを知ったヴィンセントは珍しく他人に干渉し、彼女にSNDを止めることを約束させた。
ある意味ツヴィエートとして生きてきた自己の存在理由を否定されたようなものだったが、シェルクはそれを受け容れた。
彼の厳しい言葉は彼女の身を案ずるがゆえに出たものであり、それはシェルクにとって新鮮で心地よくすらあった。

だがそれはヴィンセントの命と等価ではあり得ない。彼女は迷うことなくヘッドフォンをつけ、意識を集中した。全身の神経
が一点に向かって研ぎ澄まされていく。


「…みつけた」

呟いた彼女の瞳は、久しぶりにオレンジ色の光を放った。



シドとユフィは巨大な魔晄炉の中心部に潜入を果たしていた。
主を失いながらも最初に受けた命令通りに魔晄炉を護ろうとするビーストソルジャーたちが襲い掛かってくる。それを
次々と屠りながら、二人は魔晄採取装置とエネルギー変換装置の周囲に爆弾を仕掛けて回る。
当初は時限装置を働かせる予定だったがGAI012の存在がそれを狂わせた。二人のヴィンセント同士の闘いはいつ
決着がつくのか。それが読めないまま時間を設定するわけにはいかず、遠隔操作で爆発するように設定しなおすことに
なる。


「エレベータで上に出た途端にドカン、だな」
「電波が届くギリギリだね」

リモコンを確認して呟くシドの手元を覗き込んでユフィもうなづいた。
この規模の魔晄炉を完全に爆破すれば、地上にも影響が出る。ミッドガルは既に廃墟になっているがエッジにまで被害
を出すわけにはいかない。全壊させる必要はなく機能だけ止めればいいことを考えると、爆弾の量はこんなものだろうと
一息ついた時だった。

生き残りのビーストソルジャーが一体姿を現し、仕掛けた爆薬を見つけて走り寄る。

「こら、触んな!」

気付いたユフィが小型の手裏剣を投げるのとビーストソルジャーが爆弾に飛びつくのがほぼ同時。首にウータイの飛び
道具を突き刺されたソルジャーの牙が爆弾の起動部分にぶつかるのがその一瞬後。


「危ねえ!」

ユフィを引き戻して柱の影に飛び込んだシドの影が、白い閃光の中に黒く滲んだ。続いて轟音と共に吹き飛ばされてくる
備品や建造物の破片がにぎやかに舞い踊る。ユフィを庇ったシドの肩や背にそれらは容赦なくぶつかり、薄い血煙を
上げさせた。


「シド!」

ユフィはすぐさまウォールを起ち上げた。彼らの周囲だけ爆風が収まり、怒鳴らずに会話が成立するようになる。

「…1個で済んだ?」
「ああ。誘爆しなくてよかったぜ」

瓦礫のカケラを払って立ち上がり、シドは周囲を見回して低く口笛を吹いた。大破というほどではないが、彼らが侵入した
入り口は崩れて通れそうもない。ユフィもシドと自分のためにケアルをかけながら瓦礫の山をいまいましげに眺めた。

「他に抜け道を探すしかないね」
「ダクトかパイプスペースぐらいあるだろう」

退路を断たれても落ち着いていたユフィの表情が凍りついた。

「ちょっ、ウソでしょ…?!」

彼女の視線の先で、おさまりつつある土埃の中にすらりとした影が浮かび上がったのだ。
気負った様子もなく淡々とこちらに近づいてくる身のこなしは彼らの知る仲間にそっくりだが、輪郭が違う。この場にそぐ
わないスーツ姿に巨大なハンドガンを持ったその影が現れた意味を察して、シドの頬も強張った。


「…まさか、アイツが負けたってのか」

愛用の槍を握り締めるシドの隣で、ユフィが小さく仲間の名を叫んだ。




床に片膝をついてうずくまった姿勢からヴィンセントは頭を起こした。周囲にはうすぼんやりとした闇が渦を巻いており、
どこかで微かに電子音のような音がしている。いきなり放り込まれた亜空間に少し眉をひそめ、彼は自分の手の中に
ある銃を確認してゆっくりと立ち上がった。

途切れた記憶の最後に見たものは、蜂の巣になりながら朧な像と化して自分を押し包んだGAI012の姿だった。強制的
SNDをさせられた形になったヴィンセントは一時的にデータの集合体となり、GAI012は彼にデフラグした。
その結果、「彼」の「記憶」もヴィンセントに移り、彼はおぼろげながら事態の大枠をつかんでいる。


「…迷惑な話だ」

珍しく、露骨に嫌そうな感情を声音に乗せて吐き捨てた彼の言葉に、妖艶な女の含み笑いが重なった。

「ようやく逢えたわね。ヴィンセント・ヴァレンタイン?」

聞き覚えのある声にヴィンセントの頬が引きつる。予測はしていたものの嫌悪と恐怖が軽減するわけでもない。
歴戦の勇者たる彼が、遭遇した途端に恥も外聞もなく逃走を図りたくなる相手。それがこの声の主だ。

反射的に銃を構え、ガントレットで防御の姿勢までとった彼の前に、朱い影が揺らめき出た。燃えるような赤毛に虎を
思わせる釣り上がった眦。完璧なプロポーションはむしろ彼女の残虐さを引き立てるためにあるかのようだ。

真っ赤な唇が酷薄そうな笑みを形作った。

「やっぱり“本物”の殺気は違うわね。久しぶりに楽しめそうだこと」
「…本物?」
「ええそう。今まではアナタのデータと遊んでいたんだけど、さすがに何十回も嬲り殺しにしてたら飽きちゃったのよ」

艶っぽく気だるげな口調で剣呑なことを言い出すあたりは、以前に出会った頃と変わっていない。ミッドガルの中央塔で
闘い斃したはずの相手を見て、ヴィンセントの脳裏にシスターレイの操作台の風景が甦った。

フラグメント・プログラム。
かつて、自分の思考や感情をデータに変えてネットワークに潜り込んだ男がいた。ロッソもその手を使いデータとして
生き延びたのだろう。魔晄炉を再稼動させてコンピュータの電源を確保し、ヴィンセントに対する飢えをGAI012のデータ
を弄ぶことで癒しながら。


「次に新しい相手がいるわけでもなし、どうしようかと思ってたところにアナタがのこのこ現れたってわけ」

不快感を表情に乗せる彼を見てロッソは嫣然と笑った。

「あの子も強くて良いんだけどデータだから無表情でね。やっぱり泣き叫んでもらわないと殺す楽しみがないじゃない?」

“生身”の本体からデータを上書きさせて強くなったあの子と楽しめると思ったのに、さっさと同化してしまってがっかり
していたところだとロッソは語る。だから本体に責任をとってもらうつもりだ、と。
一方的な言葉を聞きながら、ヴィンセントは背筋が寒くなるのを禁じえない。


「もう帰さないわ、ヴィンセント・ヴァレンタイン。ここで私とずっと遊ぶのよ」

容赦ない一撃とともにもたらされた低いささやきは、恋の告白にも似ていた。真っ平ごめんという表情でヴィンセントは
大きく後方へ跳び退った。

銃弾を剣で弾き返しながら、ロッソは地面を走る真空波を放つ。ヴィンセントは高くジャンプしてそれをやり過ごし、着地と
同時に別角度から彼女の頭部を狙う。かつてミッドガル中央塔で繰り広げられたのと同じ闘いが、このどことも知れぬ
亜空間で再現されていた。

ロッソはようやく楽しみを見つけたとでもいうように嬉々として襲い掛かってくる。一方、闘う理由もつもりもなかったヴィン
セントは防戦に回りがちだ。この厄介なツヴィエートの相手をさせられていたのだとしたら、GAI012がさっさと彼の中に
逃げ込んできたのも無理はない。


ヴィンセントはうっとうしそうに頭を振り、左の眼球を手のひらで軽く押さえた。左眼の見る映像は未だぼやけたままだ。
本体が負った傷の記憶はここでも引きずることになる。

そしてそれを見て取ったかのように強烈な斬撃は左側からきた。脇腹を狙った攻撃に気付いた彼は垂直に跳躍したが
ワンテンポ遅れ、それは致命的なミスとなった。
朱色の閃光は、大量の鮮血を吹き上げさせながらヴィンセントの左脚を大腿の半ばから切り落としたのだ。
空中で大きくバランスを崩した彼は地面に身を転がして第2撃を避け、片足と両手も使って再びその場から跳躍する。
一瞬前まで彼がいた場所に振り下ろされたブラッドブーメランはあえなく四散した。逃げた敵を振り仰いだロッソの双頭
の刃の片方が、集中砲火を受けて鈍い音と共に折れ飛ぶ。


「ちいっ!」

ロッソは素早く刃を持ち替え次の攻撃に備えた。だがヴィンセントは気配を消している。

「ふん。片脚のくせにやるわね。でもいつまで持つかしら?」

彼女は血溜まりの中に放置された左脚をつかみ上げ、その感触を愉しみながら服やブーツごと引き裂いていく。原型を
留めない姿になったヴィンセントの左脚を踏みにじってロッソは嗤った。


「フフ、ここまでされても再生できるならしてみせなさい」

それならそれで長く楽しめるわ、と呟いた女狩人は、獲物が流した血の痕を舌なめずりしながら追い始める。
一方片脚を失ったヴィンセントは緩やかに渦を巻く闇の中に身を伏せていた。超回復力で切断面からの出血は止まり
つつあった。
銃をリロードし、ロッソの気配に神経を集中させる。あと10歩、あと5歩。正確に彼の位置を狙ってきた衝撃波は、だから
こそかわしやすいとも言える。間髪を入れずに来たブラッドブーメランをも避けたヴィンセントの銃口はロッソを捕らえて
いた。威力の高いマグナム弾はロッソの右腕と長大な剣を容赦なく吹き飛ばす。


「これであいこだ」

冷たく言い放った相手にロッソは唇に壮絶な笑みを浮かべて地を蹴った。ヴィンセントも片脚で跳び、朱い影に銃弾を
叩き込む。お互いに身体の一部を失ってもなお、人外の二人の闘いは激しさを増す一方だった。だが強敵相手に片目
片脚の不利が響いたのか、ヴィンセントの回避運動が一瞬遅れた。ロッソはそれを見逃さない。

鋭い手刀の一閃は彼の手から巨大なハンドガンを叩き落していた。重い音を立てて床に落ちた銃の周りに切り落とされ
た指が散らばる。そして武器を失った彼の胸に朱い烈風が飛び込んだ。


「もらった!」

ツヴィエートの鋭い爪が黒いレザースーツの鳩尾に深々と食い込んでいた。
更にぐいと手首まで埋められてヴィンセントは呻いた。その口端からは鮮血があふれ、顎を伝わってしたたり落ちる。


「やっぱり本物は手ごたえが違うわね」

手に伝わる獲物の痙攣と血の匂いにうっとりしたようにロッソは囁きかけた。まるで恋する相手にすり寄るように身を寄せ
ヴィンセントの顎に伝う血を舌先で舐め上げる。
せっかくだからじっくりと手間隙かけて殺してあげる、と内臓に爪を立てられたヴィンセントの身体が痙攣した。

苦痛に歪む彼の美しい貌をロッソは目を細めて眺める。

彼がロッソを苦手とする理由がこれだった。闘いを嗜むだけでなく気に入った相手は執拗に弄り、その苦しむさまを愉し
む性癖がおぞましい。彼女の自分に対する執着を知っているからこそ尚更だ。その毒を持った狂気に魂まで侵されて
いくような気すらする。


『ヴィンセント・ヴァレンタイン!』

朦朧とし始めた彼の意識を聞き覚えのある声が叩いた。

『殺される気分に浸らないでください。ここは仮想空間だということを忘れたのですか』

本当のあなたは魔晄炉施設のホールで倒れています、とシェルクの声は告げる。
データによって創り上げられた空間の中では精神力がものを言う。闘いに敗れたと思えば精神的な死を迎え肉体はそれ
に引きずられる。ロッソに苦手意識を持つヴィンセントにとって不利な条件ではあった。


『彼女のデータはディープグラウンド内に限局しています。外部にはつながっていないので放置しても害はありません』

『…これで、害はないと言えるのか?』

仮想空間と言えど刺されたと思えば身体は痛みを覚える。ロッソの爪に蹂躙される肉の軋みを感じながらヴィンセントは
呻いた。既に痛みは致死レベルを超え、このまま続けば肉体は無事でも激痛のために発狂しそうだ。
GAI
012が何度も殺されながら復活できる苦痛を感じないシミュレーターゆえだが、生身の感情を持つヴィンセントは
そうは行かない。

指を失った右腕がロッソの首に巻かれ、金色のガントレットをはめた左手がその頭部に当てられる。
彼の腕に抱き寄せられた朱いツヴィエートの瞳に驚きと恍惚の色が浮かんだ。


「悪いが、付き合い切れん」

低い声と共に鈍く異様な音が閉鎖された空間に響いた。




「付いて行って大丈夫なのかな」
「わからねえ。だがあそこに突っ立ってるよりゃマシだ」

シドとユフィはタークス時代の姿をしたヴィンセントに先導されて、薄暗い魔晄炉施設内を歩いていた。

「殺すつもりならとっくに仕掛けてきてるだろう。何のつもりか知らねえが策に乗ってみるのも手だ」
「…確かに、殺気は消えてるけどね」

ユフィは通路の分岐点に立って彼らを待っているGAI012を見やった。
彼女を見返す眼差しは最初に出会った時の無機質なものではなく、ヴィンセント本人のものとよく似ている。
日頃無表情だと思っていた彼の瞳も、こうしてみるとそれなりに様々な感情を乗せていたのだとユフィは思った。


「ヴィンセントのデータと一緒に意識まで取り込んだんじゃないかなあ」

ユフィの脳裏にはシェルクの言葉が浮かんでいる。ルクレツィア・クレシェントのデータを取り込んだ時、その願いまで
一緒に取り込んでしまったのだ、と。彼女のヴィンセントへの複雑な思いはそれも一因となっているようだ。
それと同じように、今のGAI012の行動には仲間たちへの思いが感じられる。


「ま、ついてみりゃ分かるだろ」

シドはタバコに火をつけた。警戒を解いているように見えるが彼のベルトには細長いダイナマイトが数本挟んである。
いざとなればタバコで導火線に火をつけて投げれば、過激な先制攻撃ができるわけだ。


だが、タークスの姿をしたヴィンセントが牙をむくことはなく、その先導するルートにも敵は現れなかった。迷路のような
通路を抜け、半時計回りにしばらく進んだ後に、彼等は見覚えのあるホールに出た。薄暗がりの中で半壊した柱のそば
に倒れている人影が見える。二人は争うようにそばへ駆け寄った。


「ヴィンセント!」

シドがうつ伏せのその身体を抱き起こし呼吸と脈を確かめた。致命傷はないものの意識を失ったままだ。呼べど揺さぶ
れど目を覚ます気配はない。ヴィンセントがこうなったのはGAI012が原因のはずだが、それが仲間たちを引き合わせ
る役目を果たしているのは奇妙だ。シェルクがいれば、この事態に一定の解釈をしてくれるのかもしれなかった。

仕方ない、担いで行くかというシドにうなづき、ユフィはそばに立つGAI012を見上げた。

「ここまで案内してくれてありがと。助かったよ」

にっこり笑った彼女をGAI012はじっと見つめている。

「…あの、何?」

至近距離で美貌の相手に凝視され居心地が悪くなった忍者娘が困ったように眉を寄せた。
そんな彼女を見ていたGAI012の表情が変化した。驚いたことに少しはにかみながらも微笑を見せたのだ。
ぽかんと見惚れるユフィの視線を追ったシドも目を丸くする。そんな二人に名残惜しげな眼差しを送りながらGAI012の
姿は朧になり、ヴィンセントの身体に吸い込まれていった。


「見た?今のヴィンちゃんより断然可愛いよね!」

ユフィは眼を輝かせてシドを振り返った。この妖怪赤マントももう少し愛想よくすれば素材の良さが引き立つものを。
あの初々しいタークスがこんな顔面神経痛男になってしまうとは、時の流れとは残酷なものだ。

言いたい放題の忍者娘に苦笑しながらシドは喫い切ったタバコを捨てると、人事不省のヴィンセントを肩に担ぎ上げた。

「コイツが、ヤツを俺たちのところに送ったのかも知れねえな」
「じゃ、あのターヴィンはヴィンセントの召喚獣みたいなものかもね」
「何だ?ターヴィンてのは」
「タークスのヴィンセントだからターヴィン。呼び名つけないとごっちゃになるじゃん」

受け取ったシドの槍を肩に担いだユフィは、先に立ってシェルクのいる司令部へと歩き出した。

「ねえねえ、ターヴィンがヴィンセントの中にいるなら、シェルクに分離してもらえると思う?」
「分離してどうすんだよ」
「アタシの召喚獣にする」

呆れたような表情のシドにユフィはにんまりと笑った。

「ヴィンセントより素直そうだし、強くて使い勝手が良さそうじゃん。何よりアタシになつきそうだしさ」
「元がコイツだとすると、あっという間にひねくれるかも知れねえぞ」
「そんなのシツケ次第じゃない」

盛り上がるユフィに生返事をしながらシドは苦笑した。覇気にあふれるこの忍者娘は、既に自分がヴィンセントを言いなり
にさせていることに気付いていないのだろうか。


「ま、聞くだけ聞いてみろや」
「横取り禁止だからね、オヤジ!」
周囲に油断のない視線を送りながらもジョークを飛ばしあう二人は、現在ディープグラウンドで最強の存在と言えた。




ヘッドホンを外したシェルクは目を閉じてシートの背に身を預けた。短時間だったが、久しぶりのSNDは身体に負担が
かかる。ヴィンセントがやめろと強く言うのももっともだった。


「…人を気遣うなら、自分も大事にしてくれればいいのですが」

ため息とともにシェルクは呟いた。仮想空間でロッソと戦い命を落としかけたヴィンセントを救った彼女は、彼の左眼が
まだ良く見えていないことを知って怒りを覚えた。彼が仲間たちを庇うために欺いたことは分かる。だがこのような形で
彼を喪うことになったとしたら、自分たちの怒りは一体どこにぶつければいいのか。


「本当に、手のかかる人」

彼女が呟くのと、その手のかかる本人がシドに担がれて現れたのがほぼ同時だった。ユフィが疲れた様子のシェルクに
気付き、シートのそばへ近寄る。


「大丈夫?顔色悪いよ」
「ありがとう。少し休めば治りますから」

シドは足元の瓦礫を蹴飛ばして作った空間にヴィンセントを降ろし、わざとらしく首や肩を回す。

「やれやれ。銃やらガントレットやらで重くて敵わねえ」 
「ターヴィンと闘ってた場所で倒れてたんだ。…驚かないんだね?」

意識のないヴィンセントを見ても表情を変えないシェルクを見て言葉を切ったユフィに、元ツヴィエートの少女はうなづい
た。


「彼は仮想空間に取り込まれて、データ化したロッソと闘っていました。おそらく、もうじき目覚めると思います」
「ロッソって、あのツヴィエートの一人?」
「はい。魔晄炉を復活させ、GAI012のデータを操作したのも彼女です」


彼女の言葉どおり、見守る一同の前に横たわるヴィンセントの長い睫毛が震えた。
ゆっくりと開かれた夕日色の瞳は彼らしくもなく放心したように宙を見つめている。その様子は彼がまだロッソとの闘いの
ダメージから回復しきってはいないことを窺わせた。

「おいこら。寝惚けてんの?」

ユフィが彼の顔を覗きこんだ。
数回のまばたきの後に焦点を結んだ視線はユフィからシドへと移り、彼はようやく安堵したように小さく息を吐いた。


「…お前の顔を見たら緊張が解けた」
「それってどういう意味?」

信頼の現われともこき下ろしともとれるセリフにユフィが眦を吊り上げる。

「安心したってこったろ」

シドは廃材の上に腰を下ろしてタバコをふかしながらなだめた。ヴィンセントの憔悴した様子から闘いの激しさは推測
できる。相手が相手だけに精神的な消耗戦を強いられたことだろう。


「見たところでけぇ傷はなかったが、立てるか?」
「ああ」

ヴィンセントは残存する痛みの記憶に眉をひそめながら身を起こした。あの時、シェルクに叩き起こされなければロッソ
に魂まで喰われ、仮想空間から出られなくなっていただろう。


「ありがとう。助かった」
「あ、いえ…」

SNDを行ったことを咎められるとばかり思っていたシェルクは、ヴィンセントから思わぬ言葉を聞いて動揺する。
自分も経験のあるユフィは苦笑いをした。彼の唐突な素直さは確かに心臓に悪い。


その時、鈍い震動が床から伝わってきた。最初はひとつだったが、更に二つ、三つと増え、壁や天井からぱらぱらと建材
が落ちてくる。


「時限爆弾か?」
「いや、手動にセットしたはずだぜ」
「そんなことより脱出しようよ!きっとビーストソルジャーがちょっかい出したんでしょ」

呑気に顔を見合わせる男どもにユフィはじれたように叫ぶ。魔晄炉を破壊する爆弾が誘爆を始めているというのに、そん
な論議をかわしている場合なのか。


「電源が落ちたら、地上に上がるためのエレベータまで使えなくなります」

シェルクも口を添えた時、室内の明かりが一斉に消えた。

「言ってるそばからこれだよ!」
「とりあえず、エレベータの所まで戻るか」

シドがバックパックから照明スティックを取り出して周囲を照らす。

「そこまで行きゃ、後は上から電源もらうなり出来るだろう」
「もっと手っ取り早い方法がある」

夜目の利くヴィンセントは天井を見上げながら答えた。そこには巨大な穴が開いている。かつて、シェルクを助けるため
にカオスとなった彼が地上から一気に穿ったものだ。
ここを地道に登っていけば神羅ビルのエントランス付近に出ることは分かっている。垂直に近い穴を数キロ登る気があれ
ば、の話だが。


「余計な荷物は置いていけ。少々揺れるが我慢してもらおう」

仲間たちに言い放ったヴィンセントの瞳が金色の光を宿し、その体の輪郭がゆらりとぼやけた。




闇の中を巨大な獣が呼吸する音が響いていた。
強大な爪を岩肌に食い込ませて、平地を走るように軽々とガリアンビーストは竪穴を駆け上っていく。
その背に跨りしがみついているのはシェルク、ユフィ、シドの三人。落ちないように魔獣のたてがみを身体に巻きつけ、
壁に頭をぶつけないように身を低くしていた。シドは早速酔ったユフィの身体がずり落ちないように支えている。


『ヴィンセント、大丈夫ですか』

魔獣の頚に腕を巻きつけたシェルクはヴィンセントの意識に呼びかける。

『しっかり捕まっていろ。落ちたら拾えない』

人間の時と声帯や喉の構造が変わってしまっているため、ガリアンになったヴィンセントは言葉を話すことはできない。
だが身体が接触していればシェルクは彼の精神にダイブして意思の疎通を図ることができた。


『左眼は治ったようですね』
『…気付いていたのか』
『ロッソとの闘いを見てわかりました』

私たちを騙して一人で闘いを背負い込むなんて、とシェルクは憤慨する。ヴィンセントは黙り込んだが、意識を共有して
いるシェルクには彼がやや狼狽しているのが分かった。


『シドとユフィには?』
『まだ伝えていません』

上に着いたら二人からも叱ってもらいますから、と宣言するシェルクに、ガリアンビーストは岩壁に四肢の爪を突き立て
急停止した。


「うっえ〜。揺らすな…!」
「どうした?何かつっかえてんのか?」

急激な揺れにシドとユフィは驚いて声を上げる。

『…ならば地下に戻る』
『どうしてそうなるんです?!』

シェルクは相手のあまりにも大人気ない反応に呆れる。だが魔獣は垂直の岩壁に踏ん張ったまま動こうとしない。
これでは彼にぶら下がっている側がもたない。


『…わかりました。この件は内密にしておきますから』

ガリアンは満足したようにグルグルと唸り、再び力強く駆け上り始めた。

「何だったんだ?」
「きっと、一息入れたくなったのでしょう」
「…休んでないで…さっさと到着してよ…」

事情を知らぬ二人ののどかな発言にくすりと笑いながら、シェルクは魔獣の逞しい頚につかまり直した。
変身したヴィンセントの身体からはディープグラウンドでの戦いの残滓は消えてしまう。彼の優しい嘘に二人が気付くこと
はないだろう。


『ホントに手のかかるお人好しです。あなたは』

魔獣の白銀のたてがみにシェルクはそっと頬をすり寄せる。
永遠に続くかと思われた闇のはるか上方にはようやく地上の光がポツンと見え始め、まるで彼らを差し招いているかの
ようだった。






                                             syun
                                            2011/11/3


88888キリリクをお届けいたします。お題は「ダークすオブタークスのデータに遭遇する面々」でした。遭遇するメンツもお任せ頂いたので
お気に入りメンバーで書かせていただきました。その人選をした時点で話のテイストは決まったも同然でした。ダークなスプラッタになる予想
はしていたのですが、シドとユフィがいるとそれ一色にはなりませんでした!書き手の予定を無視して生き生きと脱線する彼らに振り回され
っ放し(笑)どうしてターヴィンのデータが実体化したのかとかオチをどうするか考えていて、せっかくディープグラウンドに来たのだからロッソ姐さん
に登場してもらうのはどうかしら、と 思いつきました。ロッソVSヴィンセントは大好きなネタなので、お伺いを立てたところ快諾していただけました。
わ〜い、とばかりに思う存分ディープなバトルシーンを書かせていただきました〜
楽しかったです(笑) 少しいろんな要素を詰め込みすぎたかなあという反省点はありますが、いかがでしたでしょうか? 
キリリクはいつも長くなる傾向があるのですが、今回も2部に分けさせていただきました。iceさん、リクエストありがとうございました!








present.