Introduction




素人ばかりか。
これから共に旅をすることになる面子を前にして、彼の脳裏に浮かんだのはその言葉だった。
モンスターが蔓延る神羅屋敷の地下まで踏み込んできたからには、それなりに腕に覚えのある猛者揃いかという予測は見事
に外れた。
図体と声ばかりが大きい男は片腕に銃を仕込んではいるが、闘いのプロには見えない。若い女二人のうち片方は少しばかり
格闘技をやるらしいが、実力はいかほどのものか。もう一人はまったくの素人に見える。
ウータイの忍は侮れない戦闘集団だが、忍者を名乗る少女はまだほんの子供。機械仕掛けらしい人形は論外だ。

コスモキャニオンの守護獣と彼を眠りから覚まさせた金髪の青年が、この頼りない集団を護っているのだろう。

失望に似たかすかな感情が彼の胸をかすめる。
聞けば、神羅製作所は神羅カンパニーと名を変え、星全体に影響を及ぼす巨大な組織になっているという。
軍隊を抱え、「ソルジャー」という特殊能力を持った戦闘員まで生み出した神羅に、この顔ぶれで一体何が出来るというのか。


彼は無表情の下に失笑と憐憫の情を抱いたが、すぐに旅の同行者たちに関心を失った。
自分の目的は宝条を追うこと。彼等はそこまでの水先案内人を務めてくれさえすればいい。
新たな古代種として甦ったはずの想い人の息子が、出生の秘密を知って世に仇為す者となっていると聞いて見過ごすわけに
はいかない。
過去の贖罪のために自らを幽閉していた彼は、更に拡大しつつある自分の罪を見極める旅へと歩を踏み出した。






「おい、クラウド。あんなの仲間に入れて大丈夫なのか?」

村に一軒だけの宿屋で、バレットは腕組みをしながら不服そうに唸った。2メートル近い巨漢の彼は頭が天井につかえそうだ。

「元神羅だぞ。しかもタークス!信用しろって方が無理じゃねえか」
「俺も元神羅だ」

クラウドはバスターソードの手入れを中断することなく答える。

「確かにお前も信用しきれねえとこがあるけどな」

バレットは腕に仕込んだ銃を撫でながら言いよどむ。
非合法の武器屋で彼に銃を埋め込んだのは、これも元神羅の技術者崩れ。
逆を返せば、この世界でそれなりの腕や知識を持ったものは、過去と現在のいずれかで神羅と繋がりがあるということだ。
一企業が権力を握り地上を支配しているのがこの星の現実だった。


「現神羅でもっと信用できねえヤツもいるけどよ」

バレットの険を含んだ視線は、壁際で動かないデブモーグリとその上に乗っているネコのぬいぐるみを突き刺す。
機械仕掛けではなく得体の知れない力で動く神羅のスパイ。最近は二重スパイのような態度を取ることも多いが、果たして
どこまで信用できるものか。


「タークスは謀略や特殊工作が上手い。毒をもって毒を制す、だ」                              
「随分ヤツを買ってるじゃねえか」

バレットは面白くない。

「ヤツが俺たちのために神羅とやりあうって、本気で思ってるのか?!」
「さあ。だが、彼の目的が俺たちと重なっているうちは、自分のためにそうするだろう」
「チッ、あてにならねえな」

片腕に銃を持つ男は鼻の頭に皺を寄せて背を向けた。
もとより、この寄せ集め集団は同じ目的を共有などしていない。
それぞれに腹に一物抱えながら、わずかな共通点を口実にして行動を共にしているだけだ。
同行者の目的が果たされれば自分の目的も達成できるという大義名分で、己を無理やり納得させながら。


「元神羅同士の馴れ合いは許さねえ。当分監視させてもらうぜ」
「好きにしろ」

愛剣から目を上げようともせず答えた相手に舌打ちし、バレットは背を向けた。
ちょうどそこへ入ってきたティファに八つ当たりするように詰問する。

「おい、ヤツはどうした?」
「ヤツって誰?」

ポーションやエーテル、携帯食料などを仕入れてきたティファは、大荷物を部屋のソファに置きながら答える。

「カンオケで寝てやがった元タークスに決まってるだろうが!」

苛立だった様子の大男に首をかしげ、ティファはさっきまで一緒にいた、と答えた。

「武器屋からなかなか出てこないから置いてきたわ」

弾薬の補充をし、そのついでに30年近い幽閉生活で欠落した情報も仕入れるつもりらしい。彼の持っているニブルヘイムに
関する情報は父の若い頃の話とほぼ同じだったとティファは話す。


「今時ソルジャーも合成マテリアも、ミッドガルすら知らねえようじゃ、頭がオカシイと思われるぜ」
「30年近く眠っていたんじゃ仕方ないわよ」
「怪しいもんだぜ。オレ達があの屋敷に行くってんで待ち構えてた罠かもしれねえ」

バレットは背後にある動かぬケット・シーを親指で指し示す。

「それはないな」

磨き上げた剣を手の届く壁に立てかけながらクラウドが口を挟む。

「神羅屋敷の地下牢で呪われたうめき声がする、というのは昔からニブルヘイムの7不思議のひとつだった」
「それがヤツだと何故わかる?」
「5年前のミッションの時、俺は棺桶を開けて見たからな」

この返答にバレットは目を剥いた。ティファは困惑と動揺を表情に載せ、それを悟られまいとするかのように視線を床に落とす。

「何でえ。旧知の間柄ってことかよ」                                                                                 
「いや、その時ヴィンセントは昏睡状態だったから、俺のことは知らないはずだ」
「じゃあ何でわざわざ起こしに行ったんだ?」

妙に絡むバレットを魔晄の光を宿した瞳で見据え、クラウドは淡々と言い切る。

「戦力が欲しかったからな」
「ケッ、どの程度使えるのか判ったもんじゃねえぜ!」

バレットが吐き捨てるように言うのとドアが開くのがほぼ同時だった。
暗赤色のマントを身にまとった長身が、金属音を伴う靴音と共に入り口に姿を現した。


「…何だ、てめえ。入ってくる前は声ぐらいかけろ」
「ノックはした」

バレットの険悪な唸りに重低音の声が静かに応じる。しばらく待ったが返答がないので入らせてもらった、と。
言葉に詰まる大男を尻目にヴィンセントはゆっくりとティファに近づき、その手に数枚のギル紙幣を渡した。

「これは?」
「この村にあるのは鳥獣用ライフルの弾薬だけだ」

ウータイの娘が預かると騒いでいたが出資者に返しておく、という彼の言葉にティファは苦笑した。

「賢明な判断だわ。あの子がそばにいる時はお財布とマテリアに要注意だからね」
「それじゃタマなし丸腰か。どうやって闘うつもりだ」

足手まといは連れて行けねえぜと言い放つバレットの鼻先を翡翠色の光が掠めた。軽く上げた右手の平にそれを受け止め、
ヴィンセントは淡く光るマテリアを見つめる。


「『ほのお』と『いかづち』のマテリアだ。見るのは初めてか?」

バスターソードから外したマテリアを投げたクラウドに長い黒髪は肯定的に揺れた。

「合成は初めて見た」
「天然より多少威力は落ちるが十分使える」

天然のマテリアは強力だが、その数は希少で発動する魔法も限られている。神羅は魔晄を凝縮させた合成マテリアを軍事用
に開発し、そのうちの何種類かは市場にも流していた。今では一般の店舗でもマテリアを扱っている店がある。

了解したという代わりにマテリアを銃にはめ込み、ヴィンセントは再び背を向けた。

「おい、どこへ行きやがる」
「武器を調達してくる」
「この村じゃ手に入らねえって自分で言ったろ」

不審そうに睨むバレットを夕日色の瞳が一瞥した。

「神羅屋敷の武器庫を漁る。疑うならついて来るがいい」

この言葉に剛直な男が鼻白んだ。モンスターの巣窟と化したあの場所は、出来れば二度と訪れたくはない。その危険な場所
にこの男は単身乗り込むという。


「へっ。確かにお前にとっちゃ古巣だからな。モンスターどもも同胞にゃ手を出さねえんだろうよ」

毒づいたバレットは急に言葉を途切らせた。ヴィンセントは言葉を返そうともせず静かに部屋を出て行く。



「…バレット、言い過ぎよ。怒らせちゃったじゃないの」

さすがにティファがたしなめる。

「お、おう…」

片腕に銃をもつ男は口ごもった。怒りや敵意を向けられた位で攻撃の手を緩めるような彼ではない。
言葉を失ったのは、相手の眼が思いがけなくも傷ついた表情を見せたからだ。
そこに映った絶望の蔭は見るものの心を凍らせ、口を閉ざさせた。


「…眼つきだけで口封じしやがるとは、汚い野郎だぜ」

口の中で呟いたバレットは、しかし先刻までの勢いを全くなくしていた。






部屋の片隅に置かれた猫のぬいぐるみは、動作を停止していると見せかけながら一部始終を聞いていた。
ミッドガルにある神羅本社の都市開発部門の一室では、上等なスーツに身を包んだ男が総務部調査課の古いデータベースに
アクセスしていた。厳重なセキュリティを重役専用のパスワードで解除しながら、殉職者リストの中からとある名前を見つける。


「あった。GIA012、ヴィンセント・ヴァレンタイン」

端末の画面に社員の個人データが次々と映し出されてくる。手入れの良い指先が刈り込まれた顎鬚をゆっくりと撫でた。

「タークス・オブ・タークス、ですか。これは厄介な人が仲間入りしましたね」

ツォンたちに知らせておこうかと一度腰を上げかけた男は、再度椅子に身を沈めた。
セフィロスが現れたためにタークスたちのミッションからクラウド一行の監視は外れ、今はケット・シーが公認のスパイとして
同行するという奇妙なことになっている。
セフィロスもエアリスも泳がせておけば、「約束の地」を見つけ出すだろうというのがルーファウス新社長の意向だった。
防御面で心もとないクラウド一向にタークス・オブ・タークスが加われば、貴重な古代種の末裔の安全は飛躍的に高くなる。
かつてジェノバ・プロジェクトの一員であったからには「古代種」と聞いて無視はできないだろう。


「だからと言って、彼が彼女を護ってくれるとは限らないのですがね」

何十年も前に殉職したはずの彼が若い姿で甦ったのは、神羅屋敷に残されたメモの通り宝条の被験体にされたからだろう。
あからさまに人体実験のサンプルを欲しがり、時として社命よりも自分の興味を優先する科学部門統括は、神羅内でも敬遠
される存在だった。
ヴィンセントが旅に同行することを決めたのはその宝条を追うためなのだ。

それでは彼の注意を引くように刺激してみますか、と男は端末の画面を切り替えながら呟いた。
科学部門の極秘データは重役専用のパスワードでもアクセスしにくくなっている。漸くたどり着いたデータには、現存する
古代種の血統図が映し出されていた。エアリスの父の欄にある名前は、元タークスの興味を十分に引き付けるはずだった。







宿を出たヴィンセントはもう一度村を一回りした。
魔晄炉しかとりえのない田舎は資金も潤沢にあるわけもなく、村の構造や建物などは余り変化しないのが常だ。人々は古く
なった住居を少しずつ手直ししながら住み続ける。ニブルヘイムの表面の顔は、かつて彼がタークスとして赴任してきた頃と
大きく変わってはいなかった。


だが、彼の目はこの村の不自然な点をいくつも見出していた。
村中の建物は古めかしく見えるように偽装しているが、およそ5,6年前に作られたものだ。家々の裏庭にある木々は若いもの
が多く、古い大木は殆どが切り倒されたようでいくつも切り株が見つかった。
建築材料として使うために伐採したのか、それとも切り倒さねばならないような何かが樹木におきたのか。

それにこの村には子供がいない。過疎化して若者がミッドガルやコスタ・デル・ソルなどに出て行ったとも考えられるが、それ
にしても奇妙だ。

村人たちは現状を把握しようとする彼の質問に一様に身構え、その問いが彼らが恐れる内容ではないと知ると警戒を解き、
記憶喪失者を見るような憐れみの表情を浮かべながら滑らかに喋った。
あたかも、事情を知らぬものに村の様子などを教えるのは馴れている、というかのように。


「…なるほどな」

とある家の納屋の剥がれかけたペンキの下から現れた焼け焦げの後を見つけ、彼は呟いた。
確かにこの村は一度大規模な火災に見舞われているらしい。クラウドやティファの主張は正しかったようだ。

彼らの話によると村を業火に包んだのはセフィロス。そしてそれを隠蔽し大規模なカムフラージュを施しているものがいる。
一体何のために?
神羅のソルジャーであったセフィロスの凶行を世間の目から隠すために、タークスが動いたとも考えられる。
村を再建し、社員を村人として送り込んだのだろう。そう思えば、村人たちの奇妙な反応も合点がいく。
だがそうなると、この村にはもっと他にも重大な機密が隠されていると見るべきではないのか?

ヴィンセントは立ち上がり身体についた泥や落ち葉を払った。不審に思うとごく自然に調べ始めるのは、調査課に所属していた
癖が残っているのだろう。しかし今の彼はこれ以上疑問を追及しようとはしなかった。

調べて何らかの情報を得たとしても、それを元に行動を起こすつもりがないならば時間と労力の無駄だ。

「ジェノバ・プロジェクトの舞台として選ばれた時から、この村の運命は変わっていたのかもしれんな」

自嘲めいた呟きを残して、ヴィンセントは神羅屋敷のある村はずれへと向かった。






翌日の早朝、部屋から出てきたエアリスとティファが見たのは、フロント前のテーブルで新聞に目を落としているヴィンセントの
姿だった。
朝の風景としては取り立てて代わり映えのないものだったが、足元には新聞の束が積みあがっている。神羅が出している
通信誌から、ミッドガルで一番の有力紙やニブルエリアの地方紙まで多岐に渡り、神羅のゴシップ記事が特集されている雑誌
まで仲間入りしていた。
どうやら宿にあったここ数週間分の古新聞を全て借り出したらしい。


「おはよう」

屈託のない声で挨拶したエアリスに相手はかすかに目礼を返した。笑顔のままエアリスは無愛想な男に詰め寄る。

「お・は・よ・う」
「…ああ」

気圧されたようにうなづく相手に満足したのか、彼女は床に積まれた新聞の山に関心を移した。

「こんなに読んだの、一晩で?」
「寝てなくて大丈夫?ニブル越えはきついわよ」

隣に並んで問いを発したティファは首を傾げ、寝溜めしてたから大丈夫か、と呟いた。彼女たちの感想を意に介する様子もなく
夕日色の瞳は斜め読みするかのように紙面をなぞっていく。
傍目には自分の興味を引きそうな記事を探しているだけに見えるが、そうではないことを二人は感じとった。


「さすがは元タークスやな〜。情報集めにぬかりなしですな」

デブモーグリに乗った黒猫が飛び跳ねるようにしながら階段を降りてきた。
カウンターにいた宿の者がぎょっとしたような視線を向けるのに気付いて、ティファが唇に人差し指を当てる。


「もう、無神経なスパイね。そういう刺激的な単語は言わないでよ」
「あら〜、そう言うティファさんもえらくシゲキテキな単語を使ってますやん」

冗談めかして言ったケット・シーは夕日色の瞳が自分を凝視しているのに気付いて慌てた。

「そそそ、そんな怖い顔で見んといてや」
「…何故だ」

彼の言葉の意味するところは、何故スパイなどを連れ歩いて情報を垂れ流ししているのか、ということだ。情報操作のプロでも
あるタークスからすると考えられない事態だろう。
この酷く不親切な尋問に答えたのは、これも客室を引き払って降りてきたクラウドだった。


「人質を取られている。それに、神羅の動きを知るための逆スパイとしても多少使える」
「そや。ボクはスパイやけど、まるっきり皆さんの敵っちゅうわけでもないんですよ」

居直ったケット・シーは無意味に胸を張る。ティファとエアリスは呆れて物も言わない。

「悪趣味だな」
「否定はしない」

新顔がぼそりと洩らした感想にリーダーも同意する。だが現実が変えられるわけでもない。
あくびを噛み殺しながら降りてきたユフィを加えて全員揃ったのを見ると、クラウドは人影もまばらな早朝の村を出発した。




旅が格段に楽になった、とパーティの全員が感じたことだろう。
今まではクラウド、ナナキを先頭にして間に女性たちを挟み、しんがりをバレットが守っていた。モンスターや野獣を警戒しての
配置だ。
だが今回の行程では、最後尾にいながらパーティの行く手に潜む危険を察知し威嚇射撃で追い払うヴィンセントのおかげで、
先鋒の負担は大幅に減少した。

監視のためにすぐ背後を歩いていたバレットが、新入りの実力を一番に思い知ることになったのは皮肉である。

「…何で殺らねえんだ?また襲ってきたら面倒だろうがよ」
「下手に手負いにすれば狂暴性が増す」

神羅屋敷の武器庫から調達してきたライフルを肩にかけながらヴィンセントはバレットの問いに答えた。
パーティの前方50メートルほどの薮に蠢いていたモンスターの気配が無くなっている。


「へっ、意外に慎重派だな。しくじって襲われんのが怖いんじゃねえのか」

バレットの揶揄に答えず歩みを進めていたヴィンセントの足が止まった。それは先頭のクラウドが停まるのとほぼ同時だった。

「囲まれたな」

リーダーの呟きに反応して、パーティメンバーたちは密集隊形をとった。周囲の岩やまばらな薮からうっそりとニブルウルフの
群れが姿を現す。


「見ろ。なめられちまったじゃねえか」

バレットはどこか得意げに腕のガトリングガンを構えた。剣や拳の届かない距離にいる敵への先制攻撃は、今までバレットの
独壇場だったのだ。


「見てやがれ!」

宣戦布告はモンスターに対してなのか、新入りになのか。ガトリングガンは誇らしげに火を吹いた。
確かに数頭は悲鳴を上げて倒れた。だが手傷を負った多くのモンスターは自分たちの血の臭いに刺激され、集団で間合いを
つめてくる。

「ったく、オヤジ!詰めが甘いよ!」

叫んだユフィが手にしていた巨大な手裏剣を放った。唸りを上げて滑空したそれは不運なニブルウルフたちの首を宙に跳ね
上げる。
それとシンクロするように眉間や頚部を打ち抜かれた個体が次々と地面に倒れた。その正確な狙撃はもちろんガトリングガン
によるものではない。


「マテリア、試してみたら?」

ロッドを手にして傍にすべり寄ってきたエアリスが、銃弾の残りを気にしているヴィンセントに話しかけた。
神羅屋敷で長い年月放置されていた銃弾は劣化しており、彼はその中から使えるものを選り分けて来ている。限りある資源は
大切に使わねばならない。


「エーテル仕入れてあるし。魔法の方がいいよ、きっと」
「おい、サボってんじゃねえぞ!」

エアリスの言葉を途中からバレットの怒声が遮った。ガトリングガンを連射しながらもトドメを刺しきれず、ニブルウルフたちが
包囲を狭めてきている。クラウドとナナキは背後に回ったモンスターたちと応戦中だ。

ヴィンセントは「いかづち」のマテリアに意識を集中した。タークスだった頃に天然マテリアで攻撃魔法を使ったことはある。
合成マテリアでも基本は同じだろう。


轟音とともにモンスターの群れの中に電撃が走った。
サンダ―は通常単体攻撃の魔法だが、直撃を受けたニブルウルフの周囲の数頭も吹っ飛び、バタバタと倒れて行く。
それに乗じてパーティメンバーが一斉に反撃に転じ、モンスターの群れはその殆どがニブル山の岩肌を血に染めながら
倒れ伏した。このクラスのモンスターを相手にして今までにない圧勝といえるだろう。
逃げ去った何頭かを見送ったユフィが新入りを見上げて軽く口笛を吹いた。


「やるじゃん。『ぜんたいか』をもう使えるんだ」

言われた意味がわからず沈黙しているヴィンセントに代わってクラウドが答える。

「まだ渡してない」
「うそ、今のサンダラの全体化じゃないの?!」

今度はティファが目を丸くする。ガトリングガンの銃弾が急所を外れた個体が集まった所を狙って、ヴィンセントはサンダーを
放ったのだ。
モンスターの体内にある金属片によって連鎖的な放電が起こることを予測してはいたが、ここまでの効果は本人も想定外だっ
たらしい。
だが、その戦いのセンスはさすが元タークスというところか。


「さすがだな。おかげで助かる」

しんがりを任せられるメンバーとしてヴィンセントを受け容れたクラウドは、読みが当って満足そうだ。

「合成というが効果は大したものだ」

銃にはめたマテリアを見下ろしたヴィンセントにエアリスが笑顔で首を振る。

「違うよ。凄いのはあなたの魔力」

発動される魔法はマテリアの成長レベルでより高度なものになるが、魔力も大きく影響する。同じマテリアを使っても術者に
よって威力は全く違うのだ。
ティファが驚いたように、ヴィンセントの放つサンダーは他の者のサンダラに相当する破壊力を持っていた。


「自覚、ないの?凄く高い魔力、あなたから感じる」

ヴィンセントの魔力を感じ取るかのようにかざされたエアリスの白い手の平は、彼の胸の高さでその強さに押し戻されたかの
ように動いた。
一瞬驚いたように瞳を見張った彼女だったが、すぐに笑顔に戻って言い放つ。


「弾丸が無くならないか心配しながら戦うより、ずっといいと思うよ」
「そゆことなら、特別にユフィちゃんのマテリアを貸してあげよう」

ヴィンセントが黙っているのをいいことに女性たちは一方的に話を進める。ユフィが十字手裏剣から外したのは「ぜんたいか」
のマテリアだった。


「使い込んで成長させると分裂するからね。そしたら生まれた方をアンタに貸してあげるよ」

あげるんじゃないよ、貸しだからねと念を押して忍者娘は出発したクラウドの後を追う。



よく判らないままに受け取ったマテリアを銃にはめてヴィンセントは再び最後尾を歩き始めた。

そのとなりにいとも自然にデブモーグリに乗ったケット・シーが並ぶ。

「お見事でしたな。さすがタークス・オブ・タークスと言われたお方や」

現役時代の二つ名を呼ばれ、ヴィンセントはあからさまに胡散臭そうな表情を浮かべた。

「おっとっと、そんな怖い顔せんといてください。せっかくお仲間になったんやから色々と調べさせてもらいました」
「神羅のスパイだったな」
「やだなぁ、タークスかて諜報活動するやないですか」

妙に馴れ馴れしく同朋意識を盛り上げようとするケット・シーに比して、ヴィンセントは沈黙を守ったまま歩き続ける。
今まで監視役でついていたバレットはクラウドの指示で先頭に回っていた。小物のモンスターは彼が追い払ってくれるため、
今のところは出番がない。


「現役時代の戦闘成績、見せてもらいましたで。いまだに更新されてないってすごいことですわ〜」
「何十年前の話だ」

武器の性能も訓練方法もヴィンセントがタークスに所属していた頃と今では全く変わっている。単純に比較しても意味はない。
冷淡に言い捨てる相手にはケット・シーは動じなかった。


「まあまあ。それで、甦ったタークス・オブ・タークスにひとつ頼みがあるんですわ」
「断る」
「話も聞かんうちにそれかいな。かなわんなぁ」

大げさに嘆いてみせ、それでも相手が意に介さないと見るとケット・シーは作り物の癖に小さく咳払いし、切り札を口にした。

「古代種の生き残りを護って欲しいんですわ」

ヴィンセントは足を止め、ネコのぬいぐるみを見た。その視線の鋭さに内心震え上がりながらもケット・シーは続ける。

「うすうす気付いてますやろ。エアリス・ゲインズブールは最後の古代種ですねん」
「それが何故こんなところにいる?」
「その辺りは本人に聞いた方がええんちゃいますか」

問題は、しっかりした護衛もなく貴重な古代種がこんな危ないところをフラフラしていることです、と神羅のスパイらしからぬ
台詞が黒ネコの口から出てくる。
ヴィンセントは黙ったまま歩き出した。パーティとの距離が少し開いている。デブモーグリも慌てて後を追った。


「護衛任務は得意ですやろ。統括クラスのSPを何度も務めたそうやないですか」
「他を当れ」
「他って誰をです?このパーティでそんな力量のあるのはクラウドはんぐらいで、それでも一人じゃ無理ですわ」

返事もせずにどんどん行ってしまう暗赤色のマントの背中をケット・シーは必死で追った。

「エアリスはんは純粋な古代種とちゃいます。母親は古代種でしたが、父親は…」

ケット・シーの口調が変わったからか、ヴィンセントは再び立ち止まった。普通なら勢いづくところだがケット・シーは再び震え
上がった。
猛虎をエサで釣るつもりが、自分自身が食われてしまいそうな恐怖にぬいぐるみの声が上ずる。


「父親は、ガスト博士…」

鈍い金色に光るガントレットがぬいぐるみを容赦なくつかみ上げた。ひぇっと情けない悲鳴を上げてケット・シーが硬直する。
厳しい光を湛えた眼差しが真っ向から見据えてきた。


「おまえは、誰だ」

重低音の声が鋭く問う。

「神羅の上層部の者か」
「そそそ、それは言えまへん」

ケット・シーは恐怖にあえぎながらも必死で抵抗する。

「何やったら、このボディばらしても、ええんですよ。どうせ作り物やし」

ぬいぐるみを操っている者も寿命が縮まる思いだっただろう。無言の拷問はしかし長くは続かなかった。
ヴィンセントは力を抜き、ケット・シーをデブモーグリの上に放り投げた。


「他を当れ。私は…」

背を向けて歩き出しながら呟いた言葉は消え入らんばかりだったが、ケット・シーの大きな耳にはかろうじて届いた。

「私は、護るべき人を護り切れなかった男だ」

その苦痛に満ちた弱々しい言葉は、先刻までの恐るべき強さを発揮した戦士のものとは到底思えない。
拒絶されることは予想していたがケット・シーは言葉を失った。

かつて、ジェノバ・プロジェクトで一体何があったのか。タークス・オブ・タークスとまで呼ばれた男の思いがけない反応は、
報告書に記されていない複雑で深刻な事情を伺わせる。

ヴィンセントは沈黙を守ったままパーティを追って遠ざかって行く。切り裂かれて血を流す心を抱えたまま、それを癒すことも
自分に許さない男の背を眺め、黙って後を追う以外ケット・シーには何も出来なかった。

夕暮れを迎えつつある山の風が一段と冷え冷えと作り物のボディに染み込んできた。





ニブル山は魔晄が豊富で、神羅が魔晄炉第1号の建設地に選んだほどである。山肌のあちこちには翡翠色の魔晄スポットが
輝いていた。
気の遠くなるような年月を経て天然のマテリアを生む温床ともなるが、生身の人間が近づくには危険が大きい。場所によって
は大きく迂回してクラウド一向は山頂を目指していた。

中腹を越えると、出現するモンスターもニブルウルフのような肉食獣タイプから、生き物の血や体液を吸う昆虫タイプへ変化し
てくる。
しつこくへばりついて人の体液を吸うキュビルディヌスの群れに悩まされた一行は、先鋒にヴィンセントを立てた。
この冷徹な元タークスは魔法攻撃の練習とばかりに現れるキュビルディヌスを片端からファイアで焼き尽くし、ついでに自分の
魔力が尽きる限界まで試す余裕をみせた。
半分焼け焦げながら逃亡をはかるモンスターたちは簡単にトドメを刺せたので、一向は深刻な被害を受けることなく夜営地を
定めることが出来た。


「はい、お疲れさま」

固形燃料で火を起こして温めた缶詰のスープに干し肉とクラッカーという簡単な夕食を済ませた後、ティファはエーテルを
ヴィンセントに渡した。魔力を使い果たすほど闘ったことへのささやかな褒美というわけだ。


「テントで一晩眠ればフル回復するけど、とりあえず一瓶でどのくらい回復するのか確かめてみて」
「何だ。オレはエーテルなんかもらったことねえぞ」

火の傍に腰を下ろして腕の銃を手入れしていたバレットがあてこする。新入りにいちいち絡む彼にティファは苦笑した。

「バレットは魔法よりも、その腕のほうが自慢じゃない。得意技は人それぞれよ」

ヴィンセントは渡されたエーテルを黙って眺めていたが、何かに気付いたようにふいと顔を上げた。

「…どうしたの?」

首をかしげるティファの手に魔力を回復させる秘薬のボトルを落とし込み、彼はゆっくりと歩き出した。訳もわからず返された
エーテルを抱えたまま、ティファとエアリスは彼の後姿を視線で追い、その先にあるものを目に留めて同時に小さく叫んだ。


「まさか…?」
「うそ、危ないよ!」

彼が向かったのは野営に選んだ窪地の隅に光る魔晄スポットだった。地下深くからにじみ出たライフストリームが泉のように
溜まり、うっかりその中に入り込むと軽い魔晄中毒に罹る恐れがある。
その翡翠色のエネルギー溜りにヴィンセントは恐れ気もなく近づき、光の中に腕を差し入れた。
恐らく、スポットから魔力を直接吸収しようというのだろう。

「ヴィンセント、やめろ…」

制止しようとする声も気にかけることなく、彼はそのまま魔晄スポットの中に足を踏み入れた。
エネルギー波にあおられて髪とマントの裾が揺らめき立つ。翡翠色の光が彼にまとわりつき、彼の長身を仄白く照らし出した。
ヴィンセントは星からの贈り物を受け取るように両腕を軽く開き、ゆっくりと上半身を仰け反らせる。
魔晄エネルギーに陶然としているかのように目を閉じ唇をうっすらと開いた端整な横顔に、旅の同行者たちの視線は釘付けに
なった。


「どうなってんだ、アイツの身体は」

バレットが唸るように呟いた。魔晄ポッドに満たされている加工された魔晄溶液は生命体を癒す力を持っている。
だが危険な魔晄スポットに入ってエネルギーを吸収するなどということは前代未聞だ。

やがて光の色はうすれて揺らめく魔晄は熾火のような僅かなものとなり、目を開いて深い息をひとつ吐いたヴィンセントは何事
もなかったかのようにスポットから出た。


「何なに?一体どうなったのさ?」

目も口も大きくぽかんと開いて忍者娘がもっともな問いを発する。焚火の傍に戻ってきたヴィンセントにクラウドが声をかけた。

「充電完了、というわけか」
「ああ」
「それならエーテルが節約できて助かるな」

魔晄スポットから魔力を吸収したことを驚きもせずあっさりと受け容れるのは、ソルジャーとして様々な超常現象を体験した
からなのか。

ヴィンセントとクラウドがいとも自然に交流するのは、二人とも他人に対する無関心の度合いが同じだからだ。
相手に踏み込まず踏み込ませず、ビジネスライクなやり取りができるのが楽で心地いいらしい。

リーダーのクラウドの態度に周囲も顔を見合わせながら火の傍に腰を下ろした。
丸くなって眠っていたナナキだけが何も知らず、ひとつ寝返りを打ってまた寝息を立て始めた。

ニブル山は静かで時折獣の遠吠えが彼方から聞こえる程度だ。

「俺たちもナナキを見習おう」

クラウドはカップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「明日は夜明けと共に発つ。夕暮れまでには魔晄炉に着きたいからな」

ニブル山は険しい岩肌で登山者を寄せ付けない上、モンスターが跋扈している。距離だけでは到達時間を推測できない難所
でもあった。

「私が夜番につく」
「おっ、殊勝な心がけじゃねえか、新入り」

ヴィンセントの申し出に寝ずの番が苦手なバレットが機嫌よく応じた。ティファとエアリスは眉をひそめる。

「昨日も寝てないでしょ」
「いくら何十年も寝溜めしてあるからって、二日は無理よ」
「どちらにしろ、鼾がうるさくて眠れない」

ぼそりと洩らした元タークスの本音に二人の娘たちは笑い出し、機嫌のよかったバレットは渋面を作った。

「だから昨日はニュースを読み明かしてたのね」
「確かに、バレットの鼾は酷いからなあ」
「うるせえよ。クラウドは平気だっただろうが」

女性軍の攻勢にバレットは援軍を求めて金髪の若者を振り返る。元ソルジャーはポケットから小さな耳栓を取り出して掌の上
で投げ上げ、又受け止めた。


「宿では耳栓してるからな。野営では無理だが」
「てめえらああ」
「…ちょっと、うるさい!」

不毛な大人たちの喧嘩を止めたのは気持ちよく眠っていた子供たちだった。ナナキと、暖かな毛皮に抱きついてうとうとして
いたユフィが寝入りばなを起こされた不機嫌な顔で睨んでいる。


「騒ぐならよそでやってよね」
「もう寝る時間だよ。明日早いんでしょ」

当然の猛抗議に大人たちは謝るしかない。不服そうに唸っているバレットにヴィンセントが追い討ちをかけた。

「さっさと眠れ。明日はお前が夜番をしろ」
「お前に指図されるまでもねえや。しっかり番しろよ」

バックパックから取り出したテントを広げ、一同は三々五々潜り込んで行った。
コンパクトに見えるが内部は意外に広く、二部屋に分かれている。一晩眠れば明朝には体力も魔力も回復するだろう。

生地は薄いが防音性もそれなりにあるテントに一同が納まると、周囲も静けさを取り戻す。

ヴィンセントは野営地の周囲を一回りしてから火の傍へ腰を下ろした。炎を受けてきらめくのはガントレットにはめ込まれた
マテリアだ。その手元には神羅屋敷から調達した旧式のライフルが置かれている。

ニブル山に巣食うモンスター達も自分たち以上に剣呑な見張り番に恐れをなしたのか、テントの周辺に近寄ってくるものは
何もいなかった。




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