「どうだった? そっちは」
「ダメだ。もいちど空から探してみた方がいいかも知れねえな」

 ミッドガルの瓦礫の中で、「ジェノバ戦役の英雄」とWRO隊員が懸命に捜索を続けている。
 赤い光の矢となったカオスがオメガに激突して、もう十日以上が過ぎようとしていた。しかし、彼らは仲間が生きていると
信じて疑わない。クラウド、シド、バレット、ナナキは、ヴィンセントの姿を求めて、連日広い廃墟の中をさまよっていた。
リーブも、復興に忙しいWROから一定の人員を送り込み、小型飛空艇や生命探知機といった必要機材を提供している。

「でもよう、瓦礫の下に埋まってたらみつけられねえよ」

 倒壊した建物のむき出しになった鉄骨を踏み越えて、バレットが戻ってきた。早朝から捜索を開始していたが、既に日も
高く上がり、一息入れたほうがよさそうだ。WROが用意した簡易な休憩所には、仲間たちが集まり始めている。
バレットは、隊員から渡されたボトル入りのミネラルウォーターを一気に飲み干した。

「あのあとでかい爆発はなかったはずだ。埋まってたとしても浅いとこだと思うぜ」
 額の汗を拭い、シドは機材の入ったコンテナの上に腰を下ろして、タバコを口にくわえた。廃墟を渡る強い風が、蜂蜜色
の頭髪をなぶっていく。心に鬱積したものを共に排除するかのように、彼は空に向けて煙を吐き出した。
「俺もシドに賛成だな。もう一度空飛艇で…」
 鳴り出した携帯の着信音にクラウドは一度言葉を切った。
「はい…ああ、ティファ。いや、まだ見つからない。捜索範囲を少し広げる予定だ………」
クラウドの話がまだ終わらないうちに、今度はシドの携帯が着信音を鳴らし始める。
「…おう、なんだおめぇか。……ああ、気ぃつけて行けよ。…仕方ねえだろ。揺れねえ艇なんざねえよ」
通話の相手はユフィらしい。タバコを指にはさんで、シドは説教ともなぐさめともとれる言葉を口にする。

「……そうか、今日だったな。…分かった。また連絡する」
 携帯を切ったクラウドは、通話中のシドにちらりと目をやり、バレットとナナキを振り返った。
「WROの一部が復旧したそうだ。シャルアの治療を向こうでするらしい」
「そう。早く元気になるといいね」
埃まみれになった毛皮を毛づくろいしながら、ナナキが答える。日差しを避けて簡易テントの下に入り込んだ彼の頭上で
は、強い風にあおられたテントの布がはたはたと音を立てた。
「じゃ、シェルクも行くんだよね?やっと会えたお姉さんだもの」
「ああ。ユフィもついていくらしいな」


「……あ〜?メール? そんなもん届くわけ…ああ、そうかよ。まあ、うまくいくといいな。じゃあな」
シドは携帯を切り、通話の間に短くなってしまったタバコを未練がましくふかした。
「シェルクがメールを送り続けてるんだとよ」
 喫いきってしまったタバコを足元に落とし、ブーツで踏みつける。その動作に、彼の携帯につけられたケルベロスのレリ
ーフが小さな音を立てた。

 瓦礫の中から発見された、ヴィンセントの愛用していた銃の飾り。一瞬言葉を失った一同に檄を飛ばしたのは他ならぬ
シドだった。武器が戦闘の最中に壊れることなど、いくらでもある。ヴィンセント本人の方が、よほどタフだ、と。

「メールに気付くほどケータイを手放さない奴なら、俺たちも苦労はしねえってんだ」
しょっちゅう行方不明になりやがって捜す側の苦労を考えろ、と毒づきながらシドは携帯をポケットに押し込み、新しいタバ
コに火をつけた。ポケットからはみ出たレリーフが揺れている。
 ちょうど目の高さにあるそれを、ナナキは切ない思いで見つめた。乱暴な口調で話すシドこそ、ヴィンセントと繋がること
を願って、ケルベロスのモチーフを携帯電話につけているのではないのか。彼の元へ案内してくれるのであれば、それが
たとえ不吉な地獄の番犬であろうとかまわない、と祈って。


「とにかく、もう一度空から探してみよう」
「ああ、超低空飛行でこのあたりをなぞってみりゃ、何かつかめるかも知れねえしな」
 実際、ヴィンセントの捜索中に、瓦礫の下に埋もれたWRO隊員を何人も発見救出している。飛空艇に乗るよりも、地上
での活動の方が性に合っているバレットも、渋々重い腰を上げた、その時だった。


「クラウド! シド!見て…!」
ナナキが驚きに上ずった声を上げた。
 彼の視線の先にあるのは、シドの携帯につけられたケルベロスのモチーフ。それが、赤い光を宿し始めている。
「……!?」
シドがポケットから携帯を取り出した。細い鎖でぶら下がったモチーフの光は、徐々に強さを増し大きくなっていく。
 一同が息を呑んで見守る中で、赤い光は高く宙に浮き上がり、ゆっくりと人の形を取った。半壊した神羅ビルを背景に
浮かび上がる、背の高い、長い髪の、マントをまとった見慣れたシルエット。
「ヴィンセント…?」
バレットの口からかすれた声がもれる。
 次の瞬間、赤い光は実像となった。輪郭を形作っていた赤い光は、翼を広げた魔獣の形となって空へ飛び去っていく。
残された人影は、糸の切れた傀儡のように地面に崩折れた。

「ヴィンセント!」
 真っ先に飛びついたのはナナキだった。赤いマントの肩に前足をかけて鼻先で小突くが、ヴィンセントは反応しない。
意識を失ったままの仲間を気付かせようと、その蒼白な頬を温かな舌で何度も舐める。
「しっかりして!目を開けてよぉ!」

半瞬遅れて仲間たちもそばへ駆け寄った。クラウドが瓦礫の上に横たわったままの身体を抱き起こし、シド、バレットも
地面に膝をついてのぞき込む。
「ちゃんと、息してんのかよ」
「大丈夫のようだ」
「おいヴィン!しっかりしろよ」
 シドが備品の中からポーションをつかみ出し、ヴィンセントの口に注ぎ込んだ。口元から顎に流れる量の方が多いように
見えたが、ようやく一部を飲み下すように喉が動く。軽く咳き込んだあとヴィンセントはその夕日色の瞳をゆっくりと開いた。

「やったあ!気がついたよ」
「大丈夫か? 俺たちが分かるか?」
ナナキとバレットが同時に声を上げる。黒髪の頭が緩慢にうなずく。日ごろクールなクラウドが、安堵の笑みを浮かべた。
「こん畜生! 世話焼かせてんじゃねえぞ!」
シドが乱暴にヴィンセントの肩を掴んで揺さぶる。ヴィンセントはぼんやりとした視線を、仲間たちに送った。

「ああ…皆…無事のようだな……」
「それはこっちの台詞だ」
クラウドが苦笑まじりに答えた。
「死ぬなよ、と言っておいたはずなんだがな」
「まったくだ! あの爆発を見た時には肝が冷えたぜ」
バレットがぞっとする、というように首を振る。
「『行け!』とは言ったが、刺し違えろとまでは言ってねえぞ!」
安堵のあまり、シドもいつもの説教口調になる。その仲間たちを見やり、ヴィンセントがおだやかな笑みを浮かべた。
「…私にも…命をかけて守りたいものが…あったというわけだ」
 その口調と表情は、仲間が見慣れたものとは何かが変わっていた。一同がしんと押し黙る。


 彼の守りたいもの。それは、「星」だけではなかった。共に戦った仲間たち。そして、その仲間たちが生きる世界。
 かつて、ルクレツィアは人類の幸福を願って古代種を自らの胎内で復活させようとした。意に沿わぬ結末を招いたとは
いえ、本来彼女が守ろうとしたのも、人間の生きる世界だった。

仕方がない。世界を、救うとしよう。

 彼女が守ろうとしたもの。仲間と、彼らを取り巻く人々が生を営む世界。理由はそれで十分だった。
望んだわけではないが、オメガに対抗できる可能性を持つ者は、彼以外に存在しない。
さしたる気負いもなく自分の死を覚悟した彼は、確かに「理屈抜きで飛び出して誰かを助けるお人好し」の筆頭のようだっ
た。


「でも、生きて帰ってきてくれて、うれしいよ」
ナナキが自分の耳から顎のあたりを、再生した仲間の腕にそっとこすりつける。
「ヴィンセントが守りたいと思ってくれてるのと同じくらい、オイラたちもヴィンセントが大事なんだよ」
 子供のままの心を持ったナナキは、率直に仲間たちの代弁をする。その言葉に、ヴィンセントは瞳を和ませた。ゆっくり
と右腕を上げて毛に覆われた頭部に触れる。
 だがその手の力ない動きにナナキは当惑してクラウドを見上げた。腕にかかる重さから、彼に自分の身体を支える力が
ないことを察しているクラウドがうなずく。
「…少し休んだ方がいい。セブンスヘブンに行くか?」
「そうだ。変身が解けた後だろう? いつもだったら目も醒まさねえとこだよな」
「うおーい、頼む、担架持ってきてくれ!!」
 バレットが事態を察して駆け寄ってきたWRO隊員に叫んだ。共に捜索を続けていた隊員たちはヴィンセントの生還に
歓声を上げ、周囲に集まってきている。

「いや、…どうしても……行きたいところが…ある…」
一口飲み下しただけのポーションの効果が切れ始め、ヴィンセントは朦朧となる意識と闘いながら言葉を紡いだ。
「シド、頼む……ニ…ブル……の…カオス……いず……み…」
 シドに向けて伸ばされた手は途中で力を失って地面に落ちた。再び昏睡に陥ったヴィンセントを仲間たちは困惑の面持
ちで見つめる。

「ヴィンセント、大丈夫なのかな…」
ナナキが心細そうに呟いた。
 ヴィンセントから離れて飛び去って行った赤い影。それがカオスであることは容易に想像できる。
長期にわたり憑依していた魔獣が離れたことが、ヴィンセントに与える影響を測りかねて、一同は顔を見合わせた。
「普通だったら、憑き物が落ちて万々歳ってとこだがな…」
シドが難しい顔で腕を組む。
「何しろ、同居してた時間が長いからな。こいつにとっちゃ身体の一部がもってかれたようなもんだろ?」
「まさか、死んじまうってんじゃねえだろうな…?」
「バレット! そんなこと言わないでよ!」
悲鳴のような声でナナキが叫ぶ。

 クラウドは腕の中に横たわる長身の仲間を見下ろしていた。蒼白な顔色に、力なく投げ出された四肢。
呼吸のためにわずかに上下する胸だけが、ヴィンセントが生きていることを伝えている。唇をかみしめたクラウドの耳に、
ひそやかな囁き声が忍び込んだ。

―――  ねえ、ちゃんとたどり着いた、かな?  ―――

はっとしたように顔を上げて、金髪の青年は聞き覚えのある声の主を探すように周囲を見渡した。
「おい、どうした?」
「何か聞こえたの?」
 仲間たちが怪訝そうに視線を向ける。クラウドはいや、と小さく呟いてヴィンセントに視線を移した。
「大丈夫だ。ヴィンセントは死んだりしない」
静かに断言し、クラウドは仲間たちを見回した。
「星に還るなら、カオスが彼をここまで連れてくる理由がない。ヴィンセントの生還は、星の意思だと思う」
「…そうか、そうだよね!」
「なるほどな。カオスも星の一部だもんな」
 ナナキとバレットが大きく頷いた。かつて彼らのリーダーだった若者の迷いのない口調は、二人を安心させる。何よりも
仲間を失いたくない思いが熱心な同意という形を取った。


「あの…担架をお持ちしました…」
 彼らの重苦しい空気に、それまで割り込むことが出来なかった隊員がおずおずと声をかけてくる。
DGソルジャーとの戦いでヴィンセントを頼っていた隊員たちは、意識のない彼を心配そうに見つめていた。
「大丈夫だ。休める場所に運びたい。手を借りられるか?」
「はっ。ただいま、輸送車を手配しております」
ニットキャップを被った隊員が、クラウドに答える。それに呼応するようにシドが両手を打ち合わせた。
「よっしゃ。考えていても始まらねえ。さっさと次に行こうぜ」
言うなり彼は携帯のボタンを手早く叩いた。
「おう、俺だ。飛空艇あいてるやつあるか?そいつに魔晄ポッド乗っけて大至急頼む」
「カオスの泉へ、運ぶつもりか?」
 バレットの手を借りて、ヴィンセントを担架に乗せたクラウドが問いかける。それにシドは片頬で笑って見せた。
「どうせ治療だ何だでWROへ連れてくことになるだろう?カオスの泉へはちっと寄り道してやりゃいいだけのことだろうが」
「そうか」
クラウドの口唇にも笑みが戻った。彼は携帯を取り上げ、着信履歴から拾った番号へ連絡を入れる。
「ああ、ティファか。俺だ。いい知らせがある…」

 ゆっくりと歩みながら通話する彼の視線の先には、急遽調達されたシャドウフォックスが仲間たちを積み込み始めて
いた。






 薄闇に満たされた、静謐な祠。所々で水晶が淡い光を放っている。
その中でひときわ大きな水晶柱を、ヴィンセントは見上げていた。

 過去に幾度も訪れ、水晶の中に自らを封印した彼女に時間を忘れて語りかけた場所。罪悪感と後悔に胸を切り裂かれ
ながらも、なお募る彼女への想い。相反する感情から生まれる葛藤すらも、自分に与えられた罰と受け止めていた。

 その苦しさが、今はない。

 異型の獣に変身する身体は、自らに与えられた罰だと思い込んでいた。
宝条の暴挙によるものであるが、それを引き出したのは自分。ジェノバプロジェクトにより体調を害した彼女を見て冷静さ
を失い、狂人を触発した自分の責任。そして彼女をそのような恐ろしい目にあわせたのも、制止できなかった自分の罪。

 彼女が自暴自棄のように研究にのめりこんでいくのを、見ているだけだった。研究に必要な胎児と母体の提供者が見つ
からず、それを得るために宝条のもとへと走った彼女。明らかに平静さを失った行為であり、止めるべきであった。
 それでも、再度拒絶されることを恐れて、彼女が幸せならかまわないと目をそらした。
その自己欺瞞に対する罰。

 その誤解が、とけていく。

 今生きているこの命は、ルクレツィアがくれたものだった。
宝条の無謀な実験により、一度は落としかけた命。それを彼女が必死に救ってくれた。自らの気力体力が尽きるまで、
禁じ手であるカオスの使用まで試みて、研究者としての倫理に抵触しながらも彼を救うことを優先してくれた。
シェルクが拾い集めた断片は、自らの限界を悟った彼女が彼の治療のために必要なデータをコンピュータに残したもの
だった。
 何より、彼女から愛されていたということが彼の胸をあたたかいもので満たした。
長い間彼を縛っていた苦しみ、悲しみが、春の日差しに照らされた根雪のように溶け、流れ去っていく。


「…ありがとう。私はまだ、生きている」


 水晶柱の中の彼女に、想いをこめて語りかける。


 肉体の崩壊を留めたカオスが星に帰った今、この身体がいつまでもつのかはわからない。
一時はライフストリームにまで分解されて再生した彼の身体からは、魔獣の因子は姿を消していた。

 それでも、かまわなかった。できることは、ルクレツィアがくれたこの命を、精一杯生きること。

何時終わるともしれない、無理やり押し付けられた無期懲役のような生と異なり、本来の姿である限りのある命は、輝いて
見えた。

 万感の想いを込めたまなざしを水晶柱に投げ、ヴィンセントはゆっくりと祠を後にする。
封印されたルクレツィアの頬を一筋の涙が伝わったことを、彼は知らない。





 祠から出た彼を、明るい日差しが迎えた。

 飛空艇から降り立った時には目に入らなかった周囲の明るい風景。その中心に見慣れぬ少女を見出して、ヴィンセント
は訝しげに目を細める。彼の存在に気付いた少女は、照れを隠すように慌てて後ろを向いた。


 その少女が、普通の服装をしたシェルクと気付き、彼の夕日色の瞳が軽く見張られる。
ゆっくりと歩み寄ったヴィンセントに背中を向けたまま、シェルクは仲間が待ちくたびれている、と告げた。

「何故、私が呼びに行かされているのでしょう」

 少々ふくれたように顎を突き出すシェルク。彼女の照れ隠しと、シェルクをメッセンジャーにした仲間の気遣いを感じ取っ
たヴィンセントの口唇が、笑みの形になる。
彼とルクレツィアのエピソードを知っている仲間たちは、よほどのことがないかぎり、ここへは足を踏み入れない。

 瞳を閉じ、軽い吐息をついて、ヴィンセントは空を見上げた。その横顔は、憑き物が落ちたかのようにふっきれた表情を
浮かべている。
 シェルクは今まで目にしたことのないような彼の爽やかな表情に祠での様子を思いやって微笑み、共に空を見上げた。


 はるか上空には、オメガの形に似た雲が、星全体を見守るように悠然とうかんでいる。
ひとつの長い物語が、確かに終焉を迎えたのだった。










                                                 
2006510
                                                      syun









DCのラストシーンに関するひとつの解釈です。エンシェントマテリアの機能というのがよく判らないままに、都合よく使わせていただき
ました。エアリスとグリパパは、ACへのオマージュということで(笑)クラウドも現世に追い返してくれた彼女ですから、オメガに突っ込ん
だヴィンも、追い返してくれるのではないかと。グリパパも子煩悩みたいなので、黙ってはいなかろうと。
何と言っても書きたかったのは、仲間にお出迎えしてもらうヴィンセントですね!一時はカオスの泉でひっそりと再生する彼というのも
考えたのですが、その前に仲間と再会しているはずだと思いました。
ムービーを見ると、彼は魔獣の同居人も居なくなって、いつ死が訪れるか分からない状態にあるというふうに見えたので、今回はその
線で書かせていただきました。でもこれだとその後の展開が狭くなってしまうので、いつもの創作では魔獣同居中、不老不死続行と
いう勝手な設定で行こうと考えています。ルクさん置いて、彼だけ年取っていっても悲しいし(笑)
ラストのヴィンセント。空を見上げるあの表情が、私は最高に好きです。全てふっきれたような爽やかな表情に、やっと彼の苦しみは
終わったんだ〜と、思い入れ激しく鼻の奥がつーんとなったりします。


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