Death and Rebirth
最期の時は、もっと苦しむものかと思っていた。
苦痛は、なかった。
一瞬、呼吸が止まるような衝撃を受けた後、意識が砕け散った。
オメガ顕現。
人工的に造りだされたそれは、本来の規模からははるかに小さいとはいえ、相当量のライフストリームを宇宙に運び去って
しまう。残ったライフストリームでは、星の生命を維持できない。
そして、不完全なオメガは、本来の役割を果たすことができない。星ひとつ分の命、星ひとつ分のエネルギーがあってこそ、
宇宙を渡り、次の新しい始まりを迎えられる。
おそらく、飛び立った先で崩壊し、ライフストリームは、宇宙に飛散、消滅する。
再生のない、終焉が、始まる。
人のコントロールを離れたオメガは、本来あるべき姿のままに宇宙へ向けて翼を羽ばたかせた。
自らの意思を持たないオメガは、しかしその行為により星に死を宣告する。
「オメガが、飛ぶ。…これでは…」
青ざめた表情でリーブが呟いた。その意味を正確に理解している多くの者も、血の凍るような思いで巨大な生命の箱舟を
見つめる。
魔晄炉を破壊しオメガへ送り込まれる魔晄を遮断したが、その成果はオメガの周囲のバリアを弱めるだけに留まっていた。
動き始めた運命の歯車は、止められない。
巨大な四本の翼により、オメガの巨体が宙に浮いた。
大地に据えられていた脚部が一本にまとまり、飛行に適したフォルムを形成すると、更に上空へと昇っていく。
残された命を顧みることなく。
ヴィンセントは、金色の瞳でオメガを見上げ、即座に後を追った。
赤い光の矢となり、かなう限りの速度でオメガを追い抜くと、その行く手をふさぐように翼を大きく広げる。
下方から圧倒的な勢いで上昇してくるオメガ。
確信があったわけではない。しかし他に選択肢はなかった。
わが身に返されたエンシェントマテリアを使って、命を狩り取り、ひとつにまとめるカオスの力を、逆方向に転換する。
命の返還。
あるべき姿ではなく、歪んだ形で集められたライフストリーム。
まだ、その時期ではないのに、狩り取られた命。
そして、再生のめどがないままに暗黒に運び去られる、小さな希望の芽。
それらを返還する。
本来の姿に、立ち返らせる。
命を、命に。
人を、人に。
そして、星を、星に。
カオスと共に咆哮し、ヴィンセントはまっすぐにオメガに突っ込んでいく。
「人は誰かを守るために、本当に大切なものを守るために命をかけることができる」
彼の意識を最後にかすめたのは、いつか自らが語ったその言葉だった。
衝撃波は、広く星の表面を覆った。
爆発後の白い闇が薄れた後広がったのは、満天の星空。
オメガの姿は、どこにもない。
そして、赤い光の矢となって、オメガに激突したカオスの姿も。
地上に残された仲間たちは、ただ呆然として星空を見つめた。
もしかして、そこに赤い影を見つけることができるのではという、一縷の望みを抱きながら。
オメガが砕け散った場所に、小さな光の塊が現れた。
それらは揺らめき、次第に広がりながら地表に舞い降りてくる。
粉雪のような、光の粒が、あたり一面に降りしきる。
解放された、ライフストリーム。
命の粒が、降りしきる。
立ち尽くす者たちの上に。
横たわる者たちの上に。
破壊されたシエラ号の生命維持装置の中にも、一粒のライフストリームが舞い降りた。
枯れた大地を慈雨が潤すように、ライフストリームが星を潤していく。
そして、立ち返らせる。
命を、命に。
星を、星に。
鎖の切れた、ケルベロスのレリーフが、風にゆれている。
赤い光を放つ、ライフストリームの粒が、ゆっくりとそれにまとわりついた。
立ち返らせる。
命を、命に。
人を、人に。
そして、彼を彼に。
地表に降り注いだライフストリームは、雨のように大地に染み透り、星の命そのものと合流する。
ミッドガル周辺の地表からは、大量の命の粒達が母胎への回帰を果たしていた。
金色から翡翠色へ色を変える光粒の中で、赤い光をまとわりつかせた一群れが、ゆっくりとまわりに溶け込むように
輪郭を薄れさせている。
半透明の白い手が、そっとその一群の光をすくいあげた。
――― おつかれさま。大活躍、だったね ―――
明るい声が、消え入りそうな光に語りかける。その声に、低い男の声が続いた。
――― まさか、カオスが息子に宿るとは思わなかったな ―――
――― 結果的に、彼がこの星を救ってくれた、そうでしょ? ―――
――― だが、私の研究のせいで、こんな目に合わせてしまうとは… ―――
――― それも、星が定めたこと、なのよ ―――
沈痛な声に、元気付けるように若い娘の声がささやく。
――― 星の終わりに誕生するオメガと違って、カオスは、時々生まれてくることがあるの ―――
星の生命の流れを守るためのシステムとして、オメガとカオスは対を成している。
命の箱舟であるオメガに対し、カオスは命を狩り取り、集める機能を持つ。そしてもうひとつの役目は、人間が増えすぎて
星に害を為すようになった場合の「間引き」だった。ある時は津波や地震のような自然現象として、またある時は人や動物を
宿主として、偏って増えた特定の「種」の数の調整を行ない、命を星へ返還する。
グリモア・ヴァレンタインとルクレツィア・クレシェントがカオスの泉を発見した頃、魔晄の利用が急激に拡大し、人による星へ
の侵襲が激しくなっていた。それに呼応して生まれたカオスは、宿主を定める前に、二人の研究対象として魔晄ポッドに収め
られた。コントロールされたカオスは、のちにヴィンセント・ヴァレンタインの身体に宿ることとなる。
本来ならば、このままヴィンセントを宿主として命の狩り取りを始めるところである。しかし、エンシェントマテリアにより封じら
れ、宿主とともに二十年以上眠りについていたのだった。
ヴィンセントの目覚めと共にカオスもまどろみから醒め始める。宿主が何らかの理由で意識を手放した時に暴走するカオス
は、ジェノバ戦役の時にもファイナルウェポンとして桁外れの力を振るった。
――― 命の狩り取りが、その役目。だから、そんなに長い間存在しないの。終われば星へ帰るから ―――
普通は、こんなに長い時間宿主と共棲することはないのだと娘の声は語る。
――― ヴィンセント、カオスに気に入られちゃった、かな? ―――
――― カオスが果たすべき役目は終わっただろう。もう休んでもいいんじゃないかね ―――
男の声が深い慈愛の響きを持って、娘の手の中にある光に語りかける。
――― だが、お前はまだここに来てはいけないよ。いるべき場所に、戻りなさい ―――
娘の手の中にあった光が強さを増した。赤から翡翠色へ変化し、ひとつの大きな光にまとまった命のかけらは、手のひら
からふわりと浮き上がった。最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げて上昇していく。
――― みんなに、よろしくね! ―――
娘の明るい声が、再生を祝福するように後を追った。