やめてよしてさわらないで!






 額に流れる汗を拭って、シドは口の中で悪態をついた。
高い気温と湿度。うっそうとした樹木の下で、胸の高さまで生い茂る亜熱帯の植物。
その広大なジャングルの中で薮こきしながら進むというのは、徹底彼の性に合わない。
力強い翼に夢を乗せて、心のままに天空
を馳せるというのが、彼の好む移動方法である。

だが。
 現実は、生い茂る下草に足を取られ、邪魔になる蔦や小枝を時折スピアで払いながら、一歩一歩地道に進んでいるというあり
さま。先頭を行く暗赤色のマントをまとった男は、まるで野獣のように藪をすり抜けていくので、二番手のシドが藪こきを強いられ
ることになる。
それでも道は選んでいるらしく、沼に落ち込んだり密生した大木にぶつかったりしないのは助かるのだが。



 座礁したタイニーブロンコを捨てて、パーティはゴンガガの密林に分け入った。
このあたりで直近の村といえば、ゴンガガ村になる。そこで一息入れ、装備を整えるという予定だった。

 しかし、土地不案内の上ジャングルに跋扈するモンスターの襲撃を受けて、パーティは離散する羽目になった。
シドは手近にいた忍者娘と元タークスを引き連れ、他のメンバーを捜し歩いたが、一向に合流できずにいる。
頼りのPHSもここでは電波が届かず、使い物にならない。


「おい、オヤジ。一休みしようよ〜」
「少し開けたとこに出たらな」
こんなところでモンスターに襲われたら応戦できねえだろ、とシドは振り向きもせずに後ろの忍者娘に言い捨てる。
「でもさあ、アタシ腹へったよ」
「クラウドたちに合流するまでメシはおあずけだ。荷物持ってんのはケットの野郎だからな」
「非常食とか、持ってないの?」
「おめぇ、さっきまで一人で飴玉しゃぶってやがっただろ」
「とっくになくなっちゃった」
「知るか!」

 俺さまだって、腹は減ってらあ!苛立ちをぶつけるように目の前にぶら下がる蔦をたたき切り、シドは再び悪態をつく。
まったくこの森と来たら、食えそうな木の実ひとつ生っていやしねえ。少し離れた枝の上をうねうねと通り過ぎていく蛇を、蒲焼に
したら食えるだろうかと目で追ったシドの視線の先に、暗赤色のマントが見えた。

 ヴィンセントと名乗った男は、このくそ暑いのに革のスーツの上にマントなんぞを着込み、汗ひとつかかずに平然としている。
長時間食べ物を口にしていないのは同様のはずだが、空腹や疲労を訴えることもない。



 ロケット村の騒動の後、シドが行動を共にすることになったこの反神羅グループは、奇妙な顔ぶれの寄せ集めだった。
同行している無口な元タークスとやたら腕の立つ元ソルジャーはともかく、他の面子は素人に毛が生えた程度にしか見えない。
このメンバーで神羅に刃向かおうというのだから、恐れ入る。

もっとも、その向こう見ずさが気に入って参加した彼も、大して人のことは言えないのだったが。

「ねえ、オヤジ! もっとさくさく進めないのかよ」
「藪こきしている身になってみろ! だったらテメエが何とかしろよ」
「よーし」

 最後尾を歩いていたユフィは、折りたたんでベルトに挟んでいたツインヴァイパーを取り出した。
ぎょっとしたシドが止める間もなく、気合を込めて得物を放つ。毒蛇の名を持つそれは唸りを上げて回転し、行く手を阻む樹木を
容赦なく切り倒していく。
森の中は、刃物が樹木を切り裂く音、めりめりと音を立てて大枝が落ち、木の葉が周囲の木とぶつかり合う音などで、一気に
騒がしくなった。
抗議の声を上げながら鳥たちが木から飛び立ち、どこにいたのかと思うほど多数の小動物たちが、いっせいにわらわらと現れ
逃げ出していく。


「危ねえ! ヴィンセント、よけろ!」

 二人がやりあっている間に大分先へ進んでいた黒衣の男は、軽く身を屈めて凶器をやりすごした。
弧を描いて持ち主の手元に戻る途中のツインヴァイパーを、ガントレットをはめた手で無造作に掴み取る。


「…ゴンガガの密林地帯は、年々狭くなっていると聞いた。無駄に切らない方がいい」

一振りで毒蛇の牙を折りたたみ、ヴィンセントはユフィにそれを投げ返した。
「ちぇっ。せっかく楽に進める道を作ってやろうと思ったのに」
「逆に、苦難への道を拓いたようだな」
黒衣の男の謎めいた言葉を補うように、低い咆哮と小枝や小さな潅木を踏みにじる音が近づいてきた。
 テリトリーへの侵入者に気付いたモンスターが数頭、彼らを取り囲むように接近してくる。
森林の色に溶け込む緑と茶の身体に白い双角を備えたグランドホーン。威嚇の咆哮と共に、太い前足に生えた三本の爪が、
問答無用で彼らに振り下ろされた。


「散れ!」
 咄嗟のシドの号令に、二人は従った。
ユフィは樹上に飛び上がり、そこからツインヴァイパーを放つ。それに陽動された一頭の首が、横ざまになぎ払ったシドのスピア
に飛ばされ、薮の中に弧を描いて消えた。

「よっしゃ!一丁あがり!」
 叫んだシドが銃声に振り返ると、ロケット村で仕入れたスパスを腰だめに構えたヴィンセントが、モンスターに鉛弾を叩き込んで
いた。
仕留めた獲物と銃を見比べ、黒衣の男は新しい武器の威力に納得したようにうなずく。

「ふむ、悪くない」
「呑気に感想言ってないで、助けろ!」
 切羽詰ったユフィの叫びに二人が振り向くと、二頭のグランドホーンに挟まれたユフィが苦戦している。
申し合わせたように視線を交わし、シドとヴィンセントは同時に跳躍した。巨大な敵を相手にする場合、狙うところはただ一つ。
シドのスピアは一頭の首を切り飛ばし、ヴィンセントのクイックシルバーは、咆哮したもう一頭の口内と眼を撃ち抜いた。



 確かに、悪くない。
シドはスピアを一振りしてモンスターの体液を振り払い、ニヤリと笑った。
寄せ集めのパーティだが、初戦でこれだけ呼吸が合えば上出来だ。特に元タークスの反応の速さには舌を巻く。
「無口で無愛想で、いるんだかいねえんだかわかんねえヤツと思ってたが」
シドは自分より高い位置にある相手の肩をぽんと叩いた。
「やるときゃやるんだな」
 ヴィンセントは相変わらずの無表情でシドの賛辞を聞いていた。その白皙の頬が、ぴくりと引きつる。
何かに気付いた彼は珍しく緊張した様子で周囲を見渡し、低い声で警告を発した。

「…それより、早くここから離れた方がいい」
「どうした?」
「また別のモンスター?」
ユフィも緊張した面持ちで、武器に手を伸ばす。

どうやら、ヴィンセントの視力と聴力は、人並みはずれているらしい。ジャングルの中の強行軍で、それは既にシドとユフィの共通
認識になっていた。
「ゴンガガで最も厄介な相手だ」
ヴィンセントは空になった銃のカートリッジを引き抜き、新しいものに交換しながら答える。
 戦力を高く評価している仲間の緊張した様子に、シドとユフィも武器を構えながらそろそろと退却を始めた。

その彼らの目の前にぴょんと飛び出してきた、ちいさな黄色いもの。


「…カエル?」
「これが、ゴンガガで一番厄介な相手ぇ〜?」
 顔色を変えて一歩後ずさるヴィンセントをよそに、二人は拍子抜けした様子で小さな相手を眺める。
黄色いカエルはまた一跳び彼らに近づき、けろけろと啼いた。それに呼応するように、周囲の薮からぞろぞろとカエルが飛び出て
くる。

「シド、ユフィ、走れ!」
「ちょっと待てや」
後ろを向いて逃走しようとしたヴィンセントの襟を、シドがむんずと掴んで引き戻す。

「…ゴンガガの名物料理は、カエルだったよな」
「うん、アタシも食べたことある。けっこううまいよ」
二人の反応にヴィンセントは愕然とした。腹をへらしたシドとユフィには、タッチミーが食料に見えているらしい。

「これだけいりゃ、今夜のメシに足りるよな」
「アタシ、多分塩なら持ってるよ」
「上等だ。喰えそうな葉もあったしな。香草の包み焼きといくか」
「いいねえ。ホントは野菜と一緒になべでもいいんだけどね」
「その場合はミソ味だよな!」
「おっ、オヤジ、意外に通だねえ!」
「蒸してきゅうりと一緒に辛いミソだれかけて喰うと、ビールがうまいんだぜ」
「いい加減にしろ!」
 二人の料理談義を、オートマチック銃の連射が遮った。ぞろぞろと迫っていたタッチミーの最前列が、揃ってきれいにひっくり返る。

「弾は使うな!肉がまずくなる!」
気色ばんだ二人に揃って怒鳴られ、あげくにクイックシルバーを取り上げられて、元タークスは呆気に取られた。
「いや、だが、タッチミーに触れられると…」
「なんだ? お前カエル恐怖症か?」
「イヤならいいよ。アタシとオヤジで晩飯調達するから」
飢えを満たすためのハンターと化したシドとユフィは、獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。

「怖かったら、木に登って待ってな」




 獲物を包むのにちょっと貸せと、マントをはぎとられたヴィンセントは、少し離れた場所で二人の奮闘を眺めていた。
ゴンガガのモンスター、タッチミーは、その小さな外見に似合わず魔力が強い。殺傷力はないものの、触った相手をカエルに変化
させてしまう。
 トードの魔法が使えるか防護策を取らないと、一生をカエルで過ごすことにもなりかねない。本人は悲惨なのに、周囲に失笑
される末路が待っているのた。
彼が所属していたタークスのマニュアルには、「ゴンガガへの出張の際には専用の装備が必要」とされていた。

 だが、シドとユフィはカエルまみれになりながらも、変身する様子もなく、暗赤色のマントの上に次々に夕食の材料を積み上げ
ていく。

「…私が眠っている間に、モンスターの性質が変化したのか…?」
 考え込む彼の足元に、一匹のタッチミーが逃げ込んできた。
おそるおそる膝をついて、ヴィンセントはその小さなモンスターを観察する。外見上は彼が知っている姿と変わりはない。
小枝の先でつついてみると、きょろりとした大きな目が彼の夕日色の瞳と出会った。その目の中に邪悪な影を感じたのは、彼の
気のせいなのだろうか。
 けろ、と啼いてタッチミーはヴィンセントの顔めがけてジャンプする。思わず身を引いた彼の頬に、小さな水かきがぺたりとはり
ついた。

ヴィンセントは、生涯に殆ど上げたことのない悲鳴を上げた。



「何だ、どうした?」
「今の、ヴィンセントの声?」

 狩に夢中になっていた二人は、顔を見合わせて声の方向を振り返る。
ヴィンセントが憮然として突っ立っていたはずの場所には小さなカエルが二匹。

「ヴィンセント!?」
駆け寄ったシドが、片方のカエルを思い切り蹴り飛ばす。
綺麗な弧を描いて薮の中に消えたそれを見送って、ユフィがもう片方のカエルをそっと抱き上げた。


「ヴィンちゃん、あんたが怖がってたのはこれだったんだね」
「ヤツは、特異体質か何かで、コイツに弱いのかも知れねえな」

 腕組みして唸るシドのスピアの柄には、滑り止めにちょうどいいと巻いたリボンがあった。
そして、ユフィは密林に入る前に剥き出しの肩や首を守るために、ホワイトケープを巻きつけている。
実用面だけで選んだそのアイテムの、真価を知らない二人であった。


「ごめん、分かってあげなくて。エアリスならなんとか魔法を解いてくれるよ」
「こうなったら、早くクラウドたちと合流しなけりゃな」

ごっそりとカエルを包んだ暗赤色のマントを肩に担ぎながら、シドは歩き出す。
ユフィは逃げようとじたばたするカエルをハンカチで大切に包んで、シドの後を追った。





 全身のずきずきする痛みに、ヴィンセントは瞳を開いた。
視界に入ってきたのは、大きな葉の裏側。一本一本の葉脈まではっきりと見てとれる。葉の先は地面につくほど低くたれ、
その根元は深い緑色の茎に繋がっていて…
ちょっと待て。どうして視野が200度以上あるんだ?

 跳ね起きたヴィンセントは、自分の姿を見て驚愕した。
変化してしまった声帯から出たのはけろけろというカエルの鳴き声。そのあまりの間抜けな響きに、嘆くのも諦めて黙り込む。
不本意に姿を変えられるのは初めてではないが、これほど情けない思いをしたのは初めてだった。


 視界一杯に広がったカエルの顔の次に記憶に残っている映像は、やはり視界一杯に広がったシドの靴。
そのあと全身に受けた衝撃の大きさを考えると、普通のタッチミーならばぺちゃんこになっていただろう。

『自分のマントに包まれて、食料にされなくてよかったと考えるべきなのか?』
いずれにしろ、二人を追わなくては元の姿に戻る術はない。自分が変身してしまったのに、何故あの二人は無事だったのか。
人間の方が体質が変化したのか。それとも…。

幸い、カエルになっても視力と聴力は失われていなかった。
数回高くジャンプして周囲の状況を見極め、仲間の後を追い始めたヴィンセントの周囲を、ひそやかな気配が取り囲んでいた。



 身体が小さいと便利なこともある、とヴィンセントは無理に前向きに考えようとした。
地面についた足跡を追うのは、意外に容易だった。カエルの目から見ると人間の足跡は大きく、ぬかるんだ地面以外でも踏み
潰された草や小枝などがはっきりわかる。

 ぴょんぴょんと跳びながら、ふと周囲の気配に違和感を感じてヴィンセントは立ち止まった。
習慣で右手を腰にやろうとするが、短い前脚は無論届かず、わき腹の辺りを無駄にぱたぱたするだけだ。

それに気付いて苦笑し、用心深く退路を確保しながら相手の気配に意識を集中する。
相手は複数。しかも囲まれている。
 けろけろという鳴き声にヴィンセントはぞっとしたが、もうカエルにされてしまっている以上怖いものはない。
タッチミー同士ならとって食われることもなかろうと、相手の出方を待つことにする。
 

 薮の中から現れたのは、やはりタッチミーの群れだった。攻撃してくる様子もなく、すりよるように周囲に集まってくる。しかも、
ある一定方向へ彼を誘導しようとしているかのようだ。

『どういうつもりだ?』
 姿を同じにされても、言葉が通じるわけでもない。追跡している二人から遅れるのは心もとなかったが、多勢に無勢。
やむなくヴィンセントは群れに囲まれたまま移動を始めた。



 さほど遠くない場所に、タッチミーたちの目的地はあった。
澄んだ水をたたえたくぼ地。人間の目にはただの水たまりと映るだろう。その湿った地面には卵が生みつけられていた。
今手元にスパスがあれば、卵のうちに殲滅してやりたい衝動にかられる。カエルの姿でも、可能ならば蹴散らしてしまいたい
ところだ。

 どうやら、タッチミーは相手を選んで繁殖をするらしい。彼を誘導してきた群れの一部は、さっそく産卵を始めている。
野生の生き物が繁殖の相手を選ぶ第一条件は、強い生命力。無理やり姿を変えられているとはいえ、ヴィンセントはその身体に
複数の魔獣を宿した、不老不死の存在だ。生命力ということでは、タッチミーの比ではない

『…ということは…?』
その意味に気付いたヴィンセントは、カエルの姿ながら脱兎のごとく逃げ出した。
 タッチミーの親になるなど、断じて願い下げだ。そもそも、時を止めた自分の細胞から命が芽生えるのか疑わしい。
何より、自分の遺伝子を持ったタッチミーなど、いったいどんなモンスターになるのか。
これはジェノバプロジェクト以上の生命への冒涜だ!

 …それにしても、こんなに深刻な問題なのに、何故カエルの姿だと馬鹿馬鹿しさと情けなさが先にたつのか。
ヴィンセントは複雑な感情を抱えたまま、抗議の合唱が始まるのを無視し、必死でぴょこぴょこと走る。

その彼の前に、先刻の群れよりも一回り大きなタッチミーが現れた。

『またか!』
 急停止したヴィンセントは、相手の脇をすり抜ける機会を窺う。その彼に、相手は何やら親しげにのそのそ近寄ってきた。
敵意はないようだが、安心はできない。
身を硬くする彼の周りをタッチミーは確かめるように何周も周り、やがて背後から覆いかぶさってきた。

『●×▲□!!!!』
カエルの声ともつかない絶叫を上げる彼にかまわず、腰を抱えて先ほどのくぼ地へと引きずっていこうとする。
繁殖へのお誘い、第二幕。しかも、今度の相手は雄のようだ。
散々な事態に、ヴィンセントはリミットブレイク寸前の自分を自覚した。

 身をひねって相手の前脚を外し、思い切り顎を蹴り上げる。カエルの強靭な後脚は、思った以上の武器になった。
跳ね飛んでひっくり返った相手の喉に肘を決めようとして、短くなっている前脚に気付き、舌打ちしながらもう一度蹴りをかます。

潰れた鳴き声を発して動かなくなった相手を尻目に、彼は再び必死で逃げ出した。





「合流、できなかったねぇ」
「ああ。明るくなるのを待って、探すしかねえな」

 夕焼けに空が真っ赤に染まる頃、ジャングルの中の開けた場所で、シドとユフィは野営の準備を整えた。
夜の間ジャングルをさまようのは百害あって一利なしだ。小川が近いところを選んだおかげで、水に困ることはない。


「ヴィンちゃん、なんだかぐったりしちゃったよ」

「今はカエルだからな。ちっと湿らしてやったらどうだ?」
ユフィは小川から汲んできた水をそっとハンカチに垂らして、湿り気を与えてやる。包みの中でカエルが少し動いた。
「ゴハンって、何食べるのかな?」
「カエルだから虫とかじゃねえか?」
「虫!?むしぃ〜?」
ユフィはとんでもないというように白目をむく。
「そんなの食べない方がいいよ。エアリスに戻してもらってから、ゴンガガ村でゴハンにしよ」
「そりゃ、お前の願望だろうが」
喫い終わったタバコを焚き火の中に放り込んで、シドは立ち上がった。
「さて、じゃあメシの準備でもすっか」



 満身創痍になりながら、ヴィンセントはようやく前方に野営の火を見つけた。
ここに到達するまでの間、タッチミーの求愛を退け、猛禽類の鉤爪や肉食獣の牙をくぐり抜け、散々な目にあってきたのだ。
水かきは破れ、鳥につつかれたり蛇に噛まれたりした傷からは体液が滲んでいる。カエルの姿では、彼の回復力は発揮できない
ようだ。小さなカエルが群れも作らずにジャングルを通り抜けて、命があるのが不思議だった。

 だが、暖かく燃える炎が彼を勇気付けた。仲間になって日が浅いとはいえ、元の姿に戻る手助けはしてもらえるだろう。
方法が分からなければ、ゴンガガ村で聞けばいい。あの村にはタッチミーの魔法を解く秘薬が伝わっているはずだ。

 体力の限界を感じながら、ヴィンセントはよろよろと跳びはねて仲間のもとへと向かう。
乾ききった喉からは、もはやカエルの鳴き声すら出せなくなっていた。注意をひくために、飛空艇乗りのブーツに体当たりする。

『シド、気付いてくれ…』
夏空の色をした瞳が、こちらを見下ろす。ほっと安堵したのもつかの間。
「おっと!こんなとこに逃げ出したヤツがいるぜ」
スピアの刃が背中から腹へさくっと貫通したのを感じた途端、彼の意識ははじけ飛んだ。





「怒ってる、よね」
「ああ。すんごく、な」

 あちこちに傷や火傷を負ったシドとユフィは、焚き火を前にして神妙に座っていた。
炎をはさんで向かいに座った黒衣の男は、シドのナイフで黙々とカエルをさばき、串に突き刺している。その勢いは尋常ではなく、
ユフィが用意した皿がわりの大きな葉は、あっという間に串刺しのカエル肉で一杯になった。

「あれって、料理というより処刑だぜ」
「相当恨みがあるみたいだね」
焚き火の炎を映して金色に光る瞳が二人に向けられる。片手が催促するように差し出された。
「あ、はいはい、皿の追加ね」
「あ、はいはい、串もできてるよ」
 いそいそと手渡すシドとユフィ。黙ったまま受け取ったヴィンセントは、再びカエルの処刑、もとい串焼きの下ごしらえを続ける。
死んだタッチミーは魔力を持たないため、触れたり食べたりしてもカエルになることはない。小枝を削って串を作っていたユフィと
カエル肉に塩を振って焼き始めたシドはこっそりと目配せを交わした。



 マントの包みから逃げ出したとシドが勘違いしたカエルは、ようやく追いついたヴィンセントだった。
リミットブレイク寸前だった彼にスピアを振り下ろしたシドは、当然の報いを受けることとなる。

 カエルサイズから変身したため、通常よりはるかに小さなガリアンビーストは、それでもその怒りのたけを二人にたたきつけた。
散々に噛みつかれ、引っかかれ、挙句には小さいとはいえ十分に熱いビーストフレアに追い回されて、二人は焚き火の周りを
逃げ回り、思い余ったシドがスピアの柄で殴って昏倒させたのだった。


「だがよ、お前、いろんなもんに変身できるんだな。その、カエルとか、さっきの魔獣とか」
あちゃー、と片手で顔を覆うユフィに気付かず、シドは戦う時には便利じゃねえか、と場を取り繕うように話しかける。
カエルをさばき終わったヴィンセントが、シドのスピアを指差した。
「ああ?これがどうした?」
怪訝そうにしながら、飛空艇乗りが自分の得物を差し出す。その柄に巻かれたリボンを見て、ヴィンセントは頷いた。
「ステータス異常を防ぐアイテムをつけていたから、変身を免れたのだな」
「何のことだぁ?」
首を傾げるシドに、ヴィンセントはスピアを返しながら言葉を続けた。
「このリボンが変身を防いでいた。これがなければ、あんたもカエルの仲間入りだ」
試してみるか?とユフィのハンカチに包まれたタッチミーをぶら下げてみせる。
「いーや、結構」
 リボンと包みを見比べて状況の飲み込めたシドは、両手を振って固辞する。ヴィンセントは、ハンカチを宙に投げ上げ、クイック
シルバーで中のタッチミーごと蜂の巣にした。ユフィが、アタシのハンカチ!と言いかけるのをシドが慌てて押し留める。
怒れる元タークスを、これ以上刺激しないほうがいい。



「さて、お望みのカエル肉だ。全部始末してもらおうか」
小川で手を洗ってきたヴィンセントが、刑の執行人のように二人に宣告する。
肉の焼ける匂いに頬を緩めていたシドとユフィは、目をむいた。

「げ、これ全部?!」
「おいおい、そりゃねえよ」
食欲の命ずるままにヴィンセントのマントに包んで持ってきたタッチミーひと山。ゆうに五人分はある。
「お前も、少しは食うだろ…?」
「悪いがカエル恐怖症でな。見たくもない」
シドの妥協案を踏みにじり、ヴィンセントは変身の余韻が残る金色の瞳を細めた。
「私の制止を振り切ってまで捕獲した獲物だ。食い切れないとは言うまい…?」

「ちょっとは、みんなにお土産に持っていくとか…」
「この暑さではもつまい」
「干物にしたらどうだ?それならいいんじゃねえか?」
「ダメだ。さっさと食え」

 鬼!悪魔!と罵る声を聞き流し、山と積んだ串焼き肉を二人が完食するまで、銃を片手に監視を続ける元タークス。

 様々な種類の動物たちが鳴き交わすジャングルの中で、カエルの鳴き声だけがやや少ないように感じたのは、きっと気のせい
なのだろう。







                                                        2007/3/3
                                                        syun






お待たせいたしました。カエル話です〜。こんなにあちこちから期待されてアップするのは初めてなので、すごく緊張します。「なーんだ、この程度?」
と失望されてしまったらどうしよう。おろおろ。相変わらずのヴィンセント受難話ですが、結構楽しく書けました(笑) まだパーティ組んだばかりで、
ちょっぴりよそよそしい三人です。ヴィンセントが串にカエルを突き刺しまくっていたのは、スピアで串刺しにしてくれたシドへのあてこすりなのですが、
本人は気付いていないようです(笑) そして、腹を壊した二人のおかげで、クラウドたちとの合流は更に遅れるのでありました(笑) 
ヴィンは回復のマテリア持っていそうですが、きっと知らんぷりしていると思います。







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