刃に隠された真意


   暴力、流血、猟奇、ロッソ×ヴィンセント警報が出ています。
    


「終わりにしてあげるわ」

ロッソは倒れたヴィンセントに鋭い爪を振りかざし、ふとその動きを止めた。
 胸からエンシェントマテリアをえぐりだされた男は、大量の血に濡れそぼったまま動かない。朱のツヴィエートは、その身体を仰向けに
ひっくり返した。

 破れたレザースーツの狭間からのぞくむごたらしい傷痕。折れた肋骨や傷ついた内臓の一部が、胸にあけられた孔から見て取れる。
半ば同化していたマテリアを奪われた身体は、その空間をすぐに埋めることは出来ず、無残な空洞を晒していた。普通の人間ならば、
即死は免れない。


「…本当に、これで生き永らえるのかしら?」

ロッソは、シェルクから聞いている情報を胸の中で反芻する。
かつて、人体実験の対象となり、その結果不老不死の力を手に入れたという化け物。その驚異的な回復力は、おそらく身に宿した魔獣
の力によるものなのだろう。


「おもしろいじゃない。マテリアがないとカオスの制御ができないんでしょ?」

それがどのような影響を及ぼすのか。魔獣のコントロールを失った彼は、今まで免れていた死への道を転落していくのか。それとも…
彼女は獲物の胸に手を当て、その心臓がまだ確かな鼓動を刻んでいることに驚き、次いで残忍な笑みを浮かべた。
エッジやジュノンでの闘いで、この男の強さは承知している。殺傷力の強いマグナム弾を同時に三発も放ってくる相手に、正面から挑む
ような愚を冒すわけがない。だからこそブラックウィドーを囮に使い、背後から不意を狙ったのだ。

相手の力量に合わせて攻撃方法を変えるのは当然のこと。手応えのある相手との命のやり取りは、彼女の血を熱くさせ、言い知れぬ
興奮と陶酔をもたらしてくれる。


 全世界の人類皆殺しという言葉にも心躍らされるが、一方的な殺戮はまるで草刈りのように味気なく、ロッソは少々食傷気味だった。
エリートソルジャーたるツヴィエートの求めるものは、自らの命を代償とするような強い相手との戦いと、それに勝利すること。

その望みを適える最高の相手が、今彼女の手中にある

「悪いけど、アスールにあなたは渡さない」

同様に強い相手を求める蒼きツヴィエートの姿が、ロッソの脳裏を横切る。
こんなに素敵な玩具を、他人に渡すわけにはいかない。
強靭な生命力をもつ魔犬を鎖に繋いで手元に置き、じっくりと嬲り殺しにするのは、全ての命を狩り取るまでの間の刺激的な気晴らしに
なるだろう。

魔女の哄笑が半壊した神羅屋敷のホールに響き渡った。








 ヴィンセントは、冷たい床の感触に意識を取り戻した。
薄暗い、倉庫のような室内。壁や床の質感や置かれたコンテナなどから見て、どうやら神羅屋敷の一角のようだ。
 起き上がりかけて、鋭い胸の痛みにヴィンセントは呻いた。傷を押さえようとして、両腕が後ろに縛められているのに気付く。
恐らくはコンテナを移動させる時に使用すると思われる頑丈な鎖が、ガントレットや手袋の上から幾重にも巻きつけられていた。

 鎖を外そうと身体を動かしたことがきっかけになって、喉元に熱い塊がせりあがり、彼は激しく咳き込んだ。その口元から溢れたのは、
傷ついた肺からの鮮血。呼吸の苦しさと傷の痛みの双方が、同時に彼を苛む。



「ようやく、お目覚め?」

 苦しさに喘ぎながら声のする方を見やると、そこには朱い殺戮者が立っていた。

ヴィンセントは彼を拘束した張本人の姿に、やや目を細める。

「もっとさっさと回復するのかと思ってたけど、そうでもないのね」

ロッソは横柄な態度で部屋を横切り、半分身を起こしかけていた捕虜の肩を蹴った。倒れた相手の傷ついた胸に、そのまま片足を乗せ
力をかける。

男の低い苦痛の呻きは、彼女にとっては心地よい音楽でしかない。
ふさがりかけた傷口をブーツのヒールで踏みにじり、ロッソは残忍な笑みを浮かべて、再び血を吐く獲物のそばに片膝をついた。

「エンシェントマテリア、確かに戴いたわ」

あとは地上の命を残らず狩り取るだけ、と、苦痛に耐える相手の返事を待たずに朱いツヴィエートは一方的に話し続ける。
既に、ジュノン、ウータイ、エッジ、そしてカームを襲い、糧となるものとそうでないものに人類を分別して処分した、と。

「でもね、歯応えのない相手を殺すのには少し飽きてきたのよ。ちょうどいいところであなたが手に入った」

 ロッソはそこで言葉を切り、値踏みするように床に長身を横たえた男を眺めた。胸から流れた大量の血は黒いレザースーツに染み付
いたまま。暗赤色のマントは、巨大な血溜まりの中に彼が横たわっているかのような錯覚を起こさせる。

長く鋭い爪のついたロッソの手が、優雅な動きで獲物の胸の上を滑った。

「どうせ何度でも生き返るのでしょ?何通りもの殺し方を試せるわね」

 縊り、バラし、突き殺し、とヴァイスの演説を謳うように繰り返す彼女に、ヴィンセントは苦痛の中から醒めた視線を向けた。命を玩具の
ように扱うこの女の精神構造は、どう考えても理解できない。したくもない。

踏みにじられた傷の痛みがようやく少し和らぎ、彼は胸に置かれたままのロッソの手を拒むように身じろぎした。
 それに気付いた彼女は妖艶な笑みを浮かべ、優雅な動作で彼の脇に横座りした。まるでしなだれかかるように男の胸に上半身をもた
せかけ、甘くかすれた低い声で囁きかける。


「カオス因子をもった遺伝子と、ジェノバ細胞を持つ遺伝子。これがひとつになったら、どうなると思う?」
「…なに?」


唐突な質問に、ヴィンセントの反応は一拍以上遅れた。ロッソの言葉は、複数の承服しがたい意味を持っている。
夕日色の瞳が、苦痛をも忘れたかのように朱いツヴィエートを凝視した。それに含まれた驚愕と警戒の色に、ロッソは嘲笑で報いる。

「仮説よ仮説。でも、それを証明するためにはサンプルが必要というわけ」

ヴァイスも酔狂だこと、と呟きながら彼女は起き上がり、背に装備している巨大な刃のついた武器を外した。続いて、手につけている鋭い
爪も外していく。逃げる術を封じられた男は、その一連の動作をただ見守っているしかない。


「どうせその身体では戦いの相手は務まらないのでしょ」

形のいい唇が嗜虐的な笑みに歪められる。獲物は生きがよくなくては、狩をする気が起きない。さりとて、お楽しみを先に伸ばし、彼の
回復を待ってやるほど気は長くない。


「だったら、違う方法で私を楽しませてちょうだい」


あからさまな拒否と嫌悪の表情を浮かべた相手を、ロッソは目を細めて眺めた。





 魔女の白い手が、長い黒髪を止めるために巻いている赤い布を巻き取り、マントの留め金を外していく。

「へえ。意外と、きれいな顔してるじゃない」

ロッソは男の額に乱れかかった髪を、まるで愛撫のような手つきで梳き上げた。相手が眉をひそめるのにもかまわず、頬を撫で下ろし、
顎に指先をかけて上向かせる。

 蒼白な顔の中で、口元から顎にかけて生々しい赤い筋が伝わっていた。彼女は惹きこまれるように、舌先で獲物の血を舐め上げる。
顔を背け、逃れようとする獲物の抵抗は、ツヴィエートの腕力が許さない。

血に染まった硬質の唇が、朱い魔女の唇に覆われた。




「…へたくそ」

長い交戦のあと、ロッソが不服そうに呟く。

「…悪いが、強引な女は好みじゃない」

不快そうに吐き捨てた男の言葉を、朱いツヴィエートは鼻先でせせら笑った。

「あなたの好みなんか聞いてないわ」

ロッソは彼の上に馬乗りになり、無遠慮にレザースーツのベルトを外し始める。
 マントを奪い、上着を大きくはだけながら、時折上目遣いに視線を合わせて口端を吊り上げるロッソの表情は、妖艶であり官能的とも
言える。だが、彼女を腹に乗せている男のほうは、不快感が募るばかりだ。


『さかりのついた雌虎に喰われる気分だな』

抵抗しようにも両腕の自由は奪われ、重傷を負った身体は意のままには動かない。
ヴィンセントは顔を背け、勝手にしろ、と口の中で毒づいた。








「…まあ、及第点というところかしら」
 ヴィンセントの胸に頭をもたせかけたまま、ロッソが満足げな吐息を漏らした。
素肌に直接伝わってくる他人の体温を心地よいと感じたのは、初めてだった。何人もの命を殺めその血を浴びながらも、人に触れるの
はいつも武器を介してのみ。
 全ての倫理を無視するディープグラウンドで、適当な相手と気晴らしをするなど日常茶飯事だった。力が全ての世界で、ツヴィエート
以外の男たちは彼女にかしずき、従順に命令に従う。だが、自分と同等以上に強い相手を身体の下に組み敷き、意のままにするのは、
今までにない戦慄と興奮を彼女に与えた。


手放したくない。


自分の裡に芽生えたものを殺戮への願望と区別するには、ロッソの精神はあまりにも病んでいた。




「さっさと退け。重い」

 不機嫌さを音声にしたような彼の台詞も意に介さず、ロッソは男の胸にある治りかけた傷を感心したように手でなぞる。

「…あれだけの傷が、もう治るなんて」

 あなたの身体って一体どうなっているのと言いながら、満腹した雌虎は立ち上がった。腹の上の重みがなくなったヴィンセントは、後ろ
手に縛られたままようやく身を起こす。コンテナに立てかけておいた武器を手に振り返ったロッソは、その様子を見て目を細めた。


「ふーん、もう、動けるんだ」

 前触れなくツヴィエートの手から放たれる空気の刃。間一髪避けたヴィンセントの右頬をそれはかすめ、切り裂かれた黒髪の一部が
宙に舞う。

 驚くでもなく、次の動きを見切ろうと視線を外さない彼に、ロッソは楽しげな笑い声を上げた。折りたたんであった巨大な刃を広げると、
手負いの獲物に容赦なく振りおろす。ヴィンセントは、素早く床に身を転がしてそれをかわした。人間を縛るには長すぎる鎖が、耳障りな
音を立てながら彼の動きに追従する。


「…鬼ごっこぐらいは、できるようになったようね」

 両手を後ろに縛られレザースーツの前をはだけた姿で立ち上がった獲物を見て、ロッソの瞳に猟奇の影が宿る。これだけ満身創痍に
なっても屈しない相手には、そう出会えるものではない。どこまで耐えられるのか、音を上げるまで追い詰めてみたくなる。

 朱いツヴィエートは続けざまに刃を振りおろした。手負いのはずの男は、憎らしいほど冷淡に彼女の攻撃をかわしていく。
間合いをつめすぎると、武器を持った手や顔面を狙った鋭い蹴りが飛んでくる。上半身の動きを封じられ、思い鎖を引きずりながら、
驚嘆すべき身体能力だった。


誰にも渡さない。この男の命は、自分のものだ。

ロッソは心の中で断言する。
自分以外の者の手で倒されることなど認めない。たとえそれがヴァイスであろうと。
最期は必ず、自分の手で殺してあげる。
心臓を掴み出し、首を落として、その物言わなくなった唇に追悼の口付けをしてあげよう。
朱いツヴィエートは、幸福そうな笑みを浮かべる。



 まるで、虎が獲物を嬲るかのようなロッソの攻撃。体力の消耗を最小限にするため、すれすれのところで交わし続けたヴィンセント
だったが、息が上がってくるのを自覚せざるをえなかった。

エンシェントマテリアを奪われた際に、大量の失血をしているのが徐々に応えてくる。動きに切れがなくなり、ロッソの刃が当たらなくても
その衝撃波で腕や脚に無数の傷を負う破目になる。


「首を飛ばしても再生するのか、見てあげる!」

楽しげな朱いツヴィエートの笑い声に、彼は忌々しげに舌打ちした。同時に頭部を狙ってくる風の刃を避け、息を整えるためにコンテナに
一時背を預ける。その彼の視界に、見慣れたホルスターが飛び込んできた。

『…ケルベロス?』
おそらく、ここに運ばれてきた時に外されたのだろう。処分もせず部屋の隅にうち捨てておくあたりに、ロッソの自信が見て取れる。

「隠れても無駄よ!」

 ロッソの気合を込めた拳で、コンテナは粉々に破壊された。破片と埃の中から襲ってくる巨大な刃。
ヴィンセントは腕を縛めている鎖をあえてその攻撃にさらした。耳障りな金属音と共に、鎖が切れる。同時に、彼の肩から背も衝撃波
に傷つけられ、血煙が舞い上がった。

「…?!」
 奇妙な手ごたえに、ロッソの動きが止まる。その一秒間は、彼にとって十分な時間となった。
斬られた衝撃で床に膝をついたヴィンセントは、逆にそれを利用して低い姿勢のまま跳び、ホルスターを掴み取った。
振り向きながらケルベロスを抜き、ロッソが振りかざしている武器を狙撃する。朱いツヴィエートの手にした巨大な刃の接続部分が砕け
散った。続く第二、第三の銃弾は、ロッソの動きを牽制し、その場に釘付けにさせる。


「遊びは、終わりだ」

 床に身を倒したまま、彼は宣告した。
男の手にある得物を見て、ロッソは動きを止める。化け物じみたトリプルリボルバー。ドラゴンフライヤーすら撃ち落とすハンドガンが、
正確に自分の眉間を狙っているとあっては、慎重にならざるを得ない。


「で? 残りの弾はいくつ?それで私が倒せるとでも思っているのかしら」

「さあな。だが、頭に一発くらうだけでも、相当に痛い思いはするはずだ」

試してみるかと低く呟き、男はゆっくりと撃鉄を起こす。ロッソは両手の平を上に挙げ、大げさに肩をすくめた。

「わかった。今回は見逃してあげる」

でも、と彼女は粘着質な光を宿した瞳を彼に向ける。


「ヴィンセント・ヴァレンタイン。あなたの命は私のものよ。最期にとどめを刺すのはこの私。覚えておきなさい」


 口調だけを聞けば、愛の告白ともとれたかもしれない。熱い囁きを残して朱いツヴィエートはゆっくり後退した。倉庫の入り口で、驚異的
な跳躍力を見せ、瞬く間に姿をくらましてしまう。






 彼女の気配が消え去ったのを確認すると、ヴィンセントは銃を持った腕を床に落とした。背に負った傷のせいで、これ以上銃を支えて
いられなかった。ロッソは絶妙のタイミングで撤退してくれたと言える。


「…疲れた」

 鉛のような疲労感が彼に圧し掛かる。
身に受けた傷よりも、ロッソとの精神戦による消耗の方が大きかった。今までに闘った他のどのような敵とも異なる、ねっとりとからみつく
ような毒を持った狂気。命を奪われるのみならず、魂まで喰らい尽くされそうな恐怖に、戦意が蝕まれていくのがよくわかる。


「できれば…二度と……ごめん…だ…」

 苦笑を浮かべながら、彼は珍しく弱音を吐いた。目の前に現れるなら、闘わざるを得ない。だが、自分から彼女を倒しに行くなど考え
たくもなかった。




 疲労と傷からの出血で、意識が朦朧とし始める。闇に飲まれる寸前に、ヴィンセントは懐かしい声が自分の名を呼んでいるのを、遠く
に聞いたような気がした。







                                                            2007/8/5
                                                              syun




…ホントにこんなものアップしちゃって大丈夫かしら。でも、書いている間はたいそうたいそう楽しかったのでした。ロッソ姐さんてばステキ。(笑)
彼女は飛びぬけちゃってるだけで、ヴィンセントを構いたいウチの女性陣たちとベクトルは同じなんじゃないかと思ってしまいました。
最大値が姐さんで、最小値はマリンちゃんかなあ。愛となんとかは紙一重といいますしね。カマキリのメスは交尾したあとオスを食べちゃうといいますしね。
サロメはヨカナーンの首を所望するわけですし。(あああ、どんどん意味不明になっていく〜)
据え膳無理やり食わされるヴィンセントですが、まあ、彼も成人男性なのですから何とかしたんでしょう。多分(笑)
でも、ヴィンの種はフリーズドライなので発芽はしません。パパがカオスでママがジェノバなんて怖いことにはならないと思います。
最後の懐かしい声はもちろん忍者娘ですね。ヴィンセント、ずいぶん乱れちゃった姿で救出されます(笑)
気払いなのか暑気あたりなのかわかりませんが、真夏の夜の悪夢ということでご容赦くださいませ。



Novels.