とうさん、抱っこ!

注)セフィ×ヴィン風味




「ふむ…」

セフィロスは襟首を引っつかんでぶら下げた相手をまじまじと見直した。やる気を全く失った好敵手の腑抜けた姿に興醒めするには
するが、今は闘う理由もないのでそれはさておいて。

乱れたバスローブから覗く白い肌。湯上りで湿り気を帯びた長い黒髪。
戦闘の時以外は伏し目がちであることの多い切れ長の瞳。

赤マントに半ば顔を埋もれさせた無口で無愛想な男が、それなりに鑑賞に堪えうる容姿の持ち主であることに新たな興味をそそられる。
怠惰で投げやりな態度は、「気だるげでアンニュイ」と無理やり言い換えられなくもない
何より、漁師にぶら下げられた魚のようにスキだらけの彼を目にすることなど、二度とないだろう。

銀髪の半神は小さく舌なめずりした。それならそれで楽しみ方はいかようにもあるというもの。千載一遇のチャンスを逃すほどお人好し
ではない。


身に迫る危機にも気付かず、ヴィンセントは宙を見つめたまま「ルクレツィア…」などと呟いている。

よろしい。ならば母さんに代わってこの俺がなぐさめてやろう。




ぼんやりと眺めていた画像が壁から天井に変わったのを見て、ヴィンセントは緩慢にまばたいた。背に当る感触はソファのクッション
からベッドのスプリングになっている。


これは、一体どういうことだ?

まだ続いている頭痛と眩暈に眉をひそめるヴィンセントの視界に、銀髪の半神が現れた。

「抵抗なしか。合意と取っていいのだな」
「合意……?」

その言葉にようやく夕日色の瞳に生気が戻った。世界が一気に現実味を帯びる。ベッドの上でセフィロスに組み敷かれている自分を
見出したヴィンセントは驚愕した。


「ちょっと待て!これは何だ!?」
「気付くのが遅い」


相手の両腕を押さえ、堂々たる体躯で押さえ込むことに成功したセフィロスが唇の端を吊り上げる。
腑抜けの元タークスの動きを封じるなど、彼にとっては造作もないこと。抵抗してもがく相手の長い黒髪がシーツの上に広がるのは、
かなりそそられる光景だ。


「母さんが帰ってくるまで俺が相手をしてやろう」
「…ふざけるな!!」

怒鳴ったはずみで殴られた頭がビキッと痛み、ヴィンセントは顔をしかめる。

「怪我をしているだろう。無理をするな」
「殴ったのは誰だ」

相手の呪詛に構わず、セフィロスは目の前に晒された白い首に唇を落とし軽く歯を立てる。
夕日色の瞳が大円に見開かれた。

リミットゲージが一瞬で満タンになりそうな衝撃だったが、ブレイクしなかったのはステータスが「かなしい」状態に陥っていたからだ。
それに、変身して暴れたら部屋にあるルクレツィアのトランクが犠牲になる。

だが今の姿では渾身の力でもがいても、体格で勝るソルジャーにはかなわない。それに元々格闘は銃ほど得手ではない。
気色悪さにヴィンセントの喉元までわめき声がせりあがった。

「やめろーーーッ!!!」

腹の底から嫌悪をしめす叫びに、セフィロスは動きを止めた。
ヴィンセントは自分の上で銀髪の半神が身体を小刻みに揺らして笑っているのに気付き、不愉快さをつのらせる。

「冗談だ」

身を起こしながらセフィロスは人の悪い笑みを浮かべた。
ヴィンセントは呼吸を静めながらその顔を睨みつける。
珍しく怒りをあらわにする相手を楽しむように、不遜な笑みを浮かべていた瞳に寂しげな影がよぎった。ゆっくりと顔をそむけたセフィロス
の身体を淡い翡翠色の光が包み、銀髪の美丈夫の姿は2,3歳ほどの幼児へと変貌する。


「ただ、とうさんに抱っこされてみたかっただけ…」

思わぬ展開にヴィンセントは乱れたバスローブを直しながら身を起こした。
膝の上に乗った小さな身体は、背を丸めて寂しそうにうつむいている。

見え透いた真似を、とは思うものの目の前の子供から目が離せない。

この年頃にセフィロスが一番肉親の愛情に飢え、抱きしめてくれる腕を求めていたということなのだろう。母であるルクレツィアは彼に
触れることを赦されず、宝条は父であると名乗ってすらいない。

普通の家庭を知らず白衣の集団に囲まれて成長した彼が、恋い求めても得られずにいつしか諦めてしまった暖かな抱擁。

ヴィンセントはふと自分の幼少時を思い出した。
母の記憶はないが父の思い出は心地よいものが多い。膝に乗って見上げた横顔や、肩に回された力強い腕の記憶に胸が温かくなる。
そういった記憶を持たないセフィロス。
人として愛されることのない命の誕生を阻止できなかったのは自分だ。

『これも私の罪か…』

胸のうちで呟いた彼の言葉を聞いたかのように、小さなセフィロスが顔を上げる。

愛されることを知らない孤独な子供の寂しげな笑み。
ルクレツィアの面差しを色濃く残した愛らしい顔立ち。

お腹の赤ん坊を実験に使うのかと糾弾した、かつての自分の声が耳の奥に甦る。
あの時もっと自分が強かったら、この小さな命を災厄と呼ばれる運命から守ってやることができただろうに。
そばにいながら彼女を止めなかった。この無力な子供を救おうともしなかった。
罪の意識にまるで現実に傷を負ったかのように胸が痛む。彼の右手は知らずにバスローブの胸元をつかんでいた。

苦渋の表情を浮かべる夕日色の瞳を、翡翠色の大きな瞳が無邪気に見上げた。
ルクレツィア似の顔に、縦長の瞳孔を持つジェノバの瞳。


「とうさん…」

愛らしい声で呼びかけられ、ヴィンセントはたじろいだ。
小さな両手が迷いもなくまっすぐに差し伸べられる。ヴィンセントはそれに答えて胸元から離そうとした右手を途中で止めた。
この呼びかけに本当に応じていいのか。自分の贖罪の道具にこの子をしようとしてはいないか。
それに、本当の父親は…。

「…私でいいのか」

掠れ声の問いかけにじれたように小さな手が空中でばたばたし、銀髪の頭が強く縦に振られる。
恐る恐るといった風にヴィンセントは幼いセフィロスを抱き寄せた。小さな頭が胸にもたれかかってくるのを不思議な感慨とともに受け
止める。

手に触れる、子供の柔らかい髪と肌。
無心にしがみついてくる小さな腕。
大人よりは幾分体温の高い子供の身体を抱きしめながら、ヴィンセントは謝罪の言葉を呟いていた。

「すまない…セフィロス…」








突然腕の中の身体が巨大化し、重量感を増してヴィンセントの上にのしかかった。

「そう思うのなら、具体的に詫びてもらおうか」

目の前に迫るセフィロスの人をくったような笑み。
ベッドに再び押し倒され、呆気に取られて見上げたヴィンセントが嵌められたと気づいた時には、既に遅かった。


「意外に子供に甘いな」
「卑怯者!!」
「こんな時に感傷に浸る方が悪いとは思わんのか」

楽しげに笑いながらセフィロスはバスローブを引き剥ぎにかかる。

「さあ、とうさん。抱っこの続きだ」
「やめろ、詐欺師め!」

激怒したヴィンセントは無口な彼には珍しく罵詈雑言を相手に投げつける。

「俺だと分かっていて、さっきは抱きしめてくれただろう?」
「あれは違う!」
「どう違う?あれもこれも両方俺だ」
「黙れ!さっさとライフストリームへ帰…!!!」

暴れる相手の両腕を封じて自分も両手がふさがったセフィロスは、罵声を浴びせ続ける口を自分の口で封じる。

「○×▲□★〜〜〜〜!!!」

ヴィンセントの声なき悲鳴が部屋の空気を揺らがせた。
眠っているであろうヴィンセントを気遣って静かに帰ってきたルクレツィアが目撃したのは、まさにその光景だった。


「いったい何ごとなのーーー!!??」


このありえない状況に、ルクレツィアはバッグを取り落とす。

「やあ母さん。お帰り」

ふてぶてしくも爽やかな笑顔で振り返ったセフィロスと対照的に、ヴィンセントは目を見開いたまま卒倒していた。










「どういうことなのかしら。きちんと説明してちょうだい」

こに座りなさいとベッドの上に正座させられ、膝詰めで座ったルクレツィアにヴィンセントは滾々と叱られた。

「いや…あの…」

ヴィンセントの返答は歯切れが悪い。
当たり前だ。
ルクレツィアに置いて行かれてしょぼくれていたら、義理の息子に手篭めにされかけたなど情けなくて言える話ではない。
セフィロスの方は母親の怒りを交わすために3歳児に姿を変え、「もうしない」とルクレツィアの手に約束のキスをすることでまんまと
赦されている。


『汚いぞ、セフィロス…!』

ヴィンセントは胸のうちで義理の息子を罵った。
何故このようなふしだらな行為に及んだのかと叱る母親に、セフィロスは「だって義父さんが抱っこしてくれるって言ったから」と彼に
罪をなすりつけたのだ。
問題のあの場面も「あれはただのおやすみのキッス」としらを切り通している。



「自分の立場というものをわきまえてよ。あの子を言い諭すのがあなたの役目でしょ」

もう二度と誤った方向に行かないように、ちゃんと引き戻してくれなくちゃとルクレツィアは怒る。
叱られたヴィンセントの方はセフィロスを子供として扱う彼女に理不尽さを感じずにいられない。

言い諭す?
引き戻す?
あのセフィロスを?

『そんなことができるのはこの星の上できみだけだ』

こっちは貞操を守るだけで精一杯だったと、首にくっきりとつけられた歯形を押さえながらヴィンセントは恨めしく思う。

「ちょっとヴィンセント!聞いてるの?」
「あ、ああ。だが、講演のために少し眠っておいた方が…」
「それよりコッチの方が大事な話でしょ!」

火に油。ルクレツィアの怒りは収まらない。



結局昼前まで彼女の叱責は続き、午後の講演は中止になったのだった。










syun


2008/11/9    初出

2008/12/21  加筆修正





素敵なセフィヴィンサイト様に影響されて、キリリクの1シーンからあれよあれよとこんなことになってしまいました。いやー、楽しかったです()
どこまで行っても受難の人、ヴィンセント・ヴァレンタインですねー。当サイトでのセフィヴィンは「悪ガキセフィロスに翻弄されるお人好しヴィンさん」
というカラーになりそうです。Sironaさんから「最高にタチの悪いセフィロス」とお褒めの言葉を戴きました。うれしい!
そうです。英雄は人が悪い方が魅力的。ニヤリと笑っていけしゃあしゃあと俺様なセリフを言っていてほしいです。ちょっとよろめいてしまうかも(笑)






thanks.