年の初めの…其の参


(この話は「年の初めの…其の二」の続編になっております)






「よっしゃあ、ちぃとばかり腹ごなしといくか!」

つきたてのもちを腹いっぱい食べて、参加者の胃袋ははち切れんばかり。
シドの号令で、隊員たちは空になった炊き出しの大なべやウスと杵を片付け始めた。代わりに運び込まれたのは羽子板と羽根。
正月に行われるウータイの優雅な遊びだ。隊員たちは物珍しそうに異国の玩具を手にしている。
その彼らの前で、ユフィはシェルクを相手にデモンストレーションをやって見せた。


「地面に羽根を落としたら顔にスミ塗るからねー!」

ユフィの大雑把な説明の後、WROの広い前庭はにわかに羽根つき大会の会場となった。

日頃から軍事訓練は受けているものの、羽根つきなど初めての者がほとんどだ。
ひょろひょろと飛ぶ羽根を追って、隣で打ち合っていた同僚にぶつかる者、何度やっても空振りで組んだ相手に呆れられる者、
ほろ酔いで打ち始めたため足がもつれて転がる者など、騒がしいことこの上ない。瞬く間に白い顔を保っている者はいなくなり、
皆頬や額に太々とした筆で○や×を書かれている。それが汗で流れ、ぬぐった袖や襟元までが真っ黒に染まる始末。
悪乗りした一部の者たちは墨をなすりあう鬼ごっこを展開し始めている。


それでも、テニスやバドミントンの心得のある者は軽快な音を続けられるようになり、あちこちでいい感じのラリーが行われるように
なった。

その中でもユフィとシェルクの二人の打ち合いの激しさは群を抜いている。



「楽しそうですね」
「ああ。シェルクがああして遊んでいるのを見ると心底ほっとするよ」

ギャラリー席となったエントランスへ続く石段に腰を下ろして、リーブとシャルアは和やかに笑みを交わす。
私たちもやってみましょうかとシャルアを誘ったリーブは惨敗し、その顔にはネコのヒゲが墨で描かれたままだ。
それを見つけた隊員たちが笑い転げる。
鷹揚な局長は隊員たちの笑顔のために顔に塗られた墨をそのままにしていた。
新年の空に歓声と笑い声が弾けて舞い上がっていくのは悪くない。





「シドは参加しないのですか?」

リーブは新しい酒瓶の封を切って盃を傾ける飛空艇乗りに声をかけた。

「悪いな。俺はここを離れられねぇ」

餅つきのカントクでゆっくり呑めなかったからよぉ、と言い訳をしながらシドは片目でウインクした。

「おめぇも飲るか?」
「お、焼酎ですか。いいですねぇ」
「目先が変わるとまた飲めちまうんだよな。今時分は湯で割るとまた旨いんだ。おい、梅干ないのか?」
WROにあるわけがないだろう?」

飲む話となると一気に盛り上がる男たちに、シャルアが呆れて釘を刺す。
だが、リーブは一瞬目を閉じて意識をケット・シーに飛ばした。


「仕方ありませんね。私のとっておきを出しましょう」
「お〜さすが。準備がいいねぇ」

ひとつ残しておいたかまどにかかっていたヤカンをとりあげ、シドは上機嫌で右手の親指を立ててみせる。
シャルアはリーブの言葉に目を丸くした。


「局長、何故梅干なんかストックしてるんだ?」
「…以前にゴドー・キサラギから送られたものが、たいそうおいしかったのだそうです」


背後からかけられた声に一同が振り向くと、そこには変わり果てた姿のシェルクが憮然として立っていた。
羽根つきの敗者は顔に墨を塗られるというルールがある。一度羽根を落とすと一箇所、二度だと二箇所。
三回羽根を落とすとゲームセットというのが、今回のルールだ。

彼女の色白の両頬には黒い渦巻き模様が描かれ、額には波線が三本横向きに並んでいる。
それを目にしたシドは豪快に吹き出した。シャルアとリーブも一拍遅れて笑いの虫に取り付かれる。

「嬢ちゃん、別嬪が台無しだな!ユフィにやられたのか」
「負けました。経験値が違いすぎます」

同情した女性隊員からおしぼりをもらって顔を拭きながらシェルクは悔しそうだ。
そこへ、片方の頬に×印をつけたユフィが意気揚々と階段を駆け上がってきた。


「さっすがシェルク。手強かったよ。あ、アタシにもおしぼりちょーだい」

書き手の性格がわかる几帳面で小さめの×印を拭き取って、ユフィは差し出されたコップの水を一息にあおる。

「でもさ、今日は強敵を叩きのめすんだから初心者に負けてられないって!」


メラメラと闘志を燃やした視線の先には、両手に包帯をしたまま渋茶をすするヴィンセントの姿。
すっかり泥酔したルクレツィアに絡まれ、「甘いもの嫌いを矯正する」という名目で、大なべに残ったゼンザイを強制的に食べさせ
られている彼はリミットブレイク寸前だった。
変身しないのは加害者がルクレツィアであるからに他ならない。

もう喉までゼンザイで一杯。吐きそうなのだが死ぬほど叱られることが目に見えているので必死でこらえている。

『今変身したら、小豆入りのビーストフレアを吐きそうだな』

スプーンにゼンザイを載せてにっこり微笑むルクレツィアを上目遣いに見ながら、ヴィンセントはちびちびと茶をすすった。
両手のやけどはポーションの湿布のおかげもあって完治しているのだが、それを言い出すきっかけすらつかめていない。
茶を飲み終われば即座にスプーンが口に押し込まれるだろう。

逃げ道はない。
絶体絶命の危機。


そこへ、奇跡のように救いの手が差し伸べられた。


「おいこら、ヴィンセント・ヴァレンタイン! いったいいつまで食べてるつもり?」

包帯をぐるぐる巻きにされた両手ではさむように持っている湯飲み越しに、ヴィンセントは声の主を見上げた。
何やらゴテゴテとカスタマイズした羽子板を手に、ウータイの次期領主が挑戦的な笑みを浮かべている。

「去年の引き分けはただの気の迷い。ウータイの国技でアタシが負けるわけにはいかないっつーの」
「…いつから羽根つきがウータイの国技になった?」
「うるさい。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと勝負しろ!」

嫌いなものをなべ一杯食べさせられて涙目になっていたヴィンセントの瞳に光が宿った。
これこそゼンザイ地獄から抜け出す絶好の機会。投げられたこの命綱をつかまない手はない。
無表情なこの男にしては珍しく、喜色が端整な貌に広がる。


「…仕方ない」


セリフと抑揚を矛盾させながらヴィンセントは立ち上がり、慎重に表情を消してからルクレツィアを振り返った。

「聞いての通りだ。勝負をつけねばならない」
「まだこれ残ってるけど?」

ルクレツィアはどんぶり一杯分ほど残っているゼンザイを指し示す。
うっと言葉に詰まったヴィンセントに何も知らないユフィが再び助け舟を出した。


「あ〜おいしそ〜。ルクレツィアさん、あとでアタシ食べるから取っといて!」
「そう?ヴィンセント、ユフィにあげちゃうけどいいかしら」
「ああ」

かつて神羅屋敷で危機を救われた時よりもはるかに、彼はユフィに感謝した。
短い返答に込められた喜びをいったい誰が気付いただろう。






「どうせヤケドは治ってるんでしょ。手加減しないからね」

ユフィはしゃきーん、と特製羽子板を天にかざす。
かつてアイシクルロッジで買ったホークアイを羽子板に打ち直したもの。
「じゅうりょく」のマテリアがはめ込まれ、打球に威力を増すようになっている。
更に「ひっさつ」「カウンター」のマテリアつきという念の入りよう。
グリップには素早さをアップするチョコボの腕輪がはめられている。


「勝つために武器を準備するのなんか当たり前だからね。どう?降参する?」
「まさか」

ヴィンセントは薄い笑みを浮かべ、両手の包帯をまるでグローブを外すようにすっぽりと抜き取った。
左の掌を開いて魔力を集めると白い光が空中に輪郭を描くように走り、巨大な羽子板が出現する。

「ヘルマスカーのチェーンソーを変形させた。今日は左右両手を使わせてもらう」

羽子板にはファイアマテリアが埋め込まれ、パワーブースターγと反半重力フローターγがカスタマイズされている。
しかも柄には防御力を高めるケルベロスレリーフγがぶらさがっていた。


「きったねー!最新の武器使うのか!しかも最強チューンしてあるじゃん」
「戦う前に万全の準備をするのは当然だ。降伏するなら悪いようにはしないが?」
「ふざけんな!絶対ヤダ」

やり取りを見ていたギャラリーは呆れてあんぐりと口をあけた。特にヴィンセントの大人気なさには言葉も出ない。

「ここまでやるか、普通」
「二人とも意地っ張りのところがありますからねぇ」
「局長、そのセリフはもう聞き飽きたぞ」
「二人を止めなくていいのですか?」

最後のシェルクの発言が一番穏当だったが、大人三人は顔を見合わせた。

「いや、でもまあ、お正月の余興ですしね」
「そうそう。アイツらにとっちゃただのゲームだって」
「それに、けっこう面白そうじゃないか?」

シャルアのセリフにリーブとシドもうんうんと同意する。シェルクは小さくため息をつき、まあどうでもいいですけどと呟いた。
こんな時に頼りになるはずのルクレツィアは暖かい竃のそばで石段を枕にうたた寝を始め、女性隊員がその肩にヴィンセントの
ジャケットをかけてやっている。





まるで武器のような羽子板を手に石段を降りてきた二人を見て、羽根つきに興じていた隊員たちは潮が引くように場所を譲った。
最高のエキシビジョンを見逃すまいと微妙に立ち位置を奪い合いながら周囲を囲んでいる。



大勢の注目を浴びながら、悠然とした中にも静かな殺気をはらんで二人は対峙する。
ヴィンセントはポケットから羽根を取り出してユフィに放った。

「あとで文句を付けられると面倒だ。よく見ておけ」

ユフィはずしりと重い羽根を受け取ってしげしげと眺める。
アダマンタイマイの甲羅を削りミスリル銀をコーティングしたもの。
羽根はフェニックスの羽を使っているので、前回のように摩擦熱で燃え上がることはない。


「ふ〜ん。ファイアを使おうってわけね」
「不服があるなら換えるがいい」
「いいよ。アンタがズルをするとは思わないから」

ユフィは鷹揚に言って羽根を投げ返す。

「そっちから打っていいよ。挑戦者が先攻っていうのがルールだからね」

不敵な笑みを浮かべるユフィにヴィンセントの口端が吊り上った。

「挑戦者、か」

もはや羽根つきの羽根とは呼べない物騒な球を空中高く投げ上げ、巨大な羽子板を鋭く振り下ろす。

「ならばウータイの誇り、守って見せるがいい」

炎の属性を持った球が光の矢となってユフィを襲った。








「はい、下がって下がって〜」
「危ないですから、防護壁の後ろで観戦してくださいねー」

あまりにも激しい打ち合いに、エントランス前にはバリケードが築かれた。
ユフィの打球は重力弾となって受けたヴィンセントの靴が石畳の地面にめり込むほどの威力を見せる。
対するヴィンセントの球は炎の尾を引き、ユフィの羽子板を貫通するかのような勢いだ。
もし球が逸れたら被弾した場所はバズーカ砲を受けたような被害が出るだろう。



「いいのかよ、おい」
「はっはっはっ。あの二人なら大丈夫でしょう」

WRO局長と飛空艇師団長は、焼酎お湯割り梅干入りの杯を重ねながら呑気に観戦している。
眉をひそめていたシャルアとシェルクもお相伴にあずかり、熱々の焼酎をすすりながら過激な試合に見入っていた。


「もし施設を破壊するようなことがあっても、その分働いて返していただければけっこうですよ」
「…おめぇ、人のいい顔しやがってけっこうワルだよな」
「いやいや、そんなに褒めていただくほどのことでは」
「褒めてねぇって」

軽口を叩きあう二人の傍らでは高性能の撮影機器が据え付けられて、WROの情報処理部隊が戦いの様子を追っている。
二人の素早い動きについていけなくなった隊員たちのために、ホールではスロー再生が行われていた。
英雄たちのしなやかで無駄のない動きに、ギャラリーの間からため息が洩れる。


前回同様、球筋は地面に落とすことよりも相手の急所を狙うものとなっている。万一当れば重傷を負うことになる。
それでも二人はこのゲームを十二分に楽しんでいた。


「ユフィはともかく、ヴィンセントは10杯分ももちをついた後じゃなかったか?」
「疲れているようには見えません。彼はこの試合をかなり楽しんでいるようです」

唯一、二人の動きと球筋を目視できるシェルクが姉の疑問に答える。
ユフィが重力の属性を持った球を打ち返すのと同時にカウンターが発動し、ヴィンセントは重力弾と重力波の時間差攻撃を受ける
ことになる。球を受け、打ち返そうとスイングする羽子板を重力波が直撃するわけだ。
彼は反重力フローターの力を利用してそれに対抗する。
ダメージを受けないのはケルベロスレリーフのおかげ、打ち返す球威が落ちないのはパワーブースターのおかげだ。


一方、灼熱の球を受けたユフィが飛び散る火の粉で火傷ひとつ負わないのは、彼女がウータイの守護神である水神・リヴァイア
サンの加護を受けているからだろう。


いずれにしろ、戦いはヒートアップすることはあっても終息するようには見えない。



「ですが、彼らの疲労とは別の理由でこの試合は終了になるでしょう」

シェルクの言葉通り、重力と炎に克されてさしもの特製羽根も崩壊を始める。
ミスリルのコーティングが剥がれ、熱に強いフェニックスの羽も重力で毛羽立ち煤けてきた。
球の一部が割れて羽が炎をまとわせながら地面に舞い落ちる。
ヴィンセントの高い魔力を反映して非常な高温に熱せられたアダマンタイマイの球は、強烈な打撃を受け止めたユフィの羽子板
にへしゃげて張り付いた。



「あ、あれ…?」

羽子板に衝撃を感じたものの打ち返した感触のないユフィは動きを止めた。見ると羽子板に球が半ば同化している。

「何これ? こんなの初めて見た!」

肩で息をしながらじっと自分の得物を見つめるユフィの汗が、羽子板の表面に滴り落ちた。
こちらも軽く息を弾ませたヴィンセントが歩み寄って、ユフィの羽子板を取り上げる。

「おそらく、これ自身が重力場となって熱で半ば溶け出していた球を吸収したのだろうな」
「っていうことは…」
「今回もドローだ」
「ちぇっ」

不服そうな表情を浮かべたユフィだったが、思い直したように好敵手を見上げてニヤリと笑った。

「さすがに簡単には倒せないね。でも、いつかきっと負かしてやるから覚えといて!」

年若い仲間の威勢のいい言葉を聞いて、ヴィンセントも笑顔を見せる。

「楽しみにしていよう」

健闘を称えあう二人の戦士。WROの隊員たちがこの姿を見るのは、スロー再生画像が終了するまだ先のことになるのだった。








真冬にも関わらず汗を拭いながら石段を登ってきた二人を、残っていたギャラリーたちは惜しみない拍手で迎えた。

「いい勝負だったじゃねえか」
「さすがに見ごたえがあったな」
「隊員たちは、まだ録画の画面に貼り付いていますよ」

顔に塗られた墨を落とすために準備されたおしぼりで汗を拭い、ボトル入りのアイソトニック飲料を一気飲みした二人に仲間たち
が声をかける。


「弾切れというのがしまらないがな」
「そうそう。換えがあればヴィンちゃんをコテンパンにのしてやれたのにね!」

笑いあう仲間たちに、目を覚ましたルクレツィアが参加した。

「ヴィンセント、お疲れさま」

うたた寝して試合を見ていなかったと詫びる想い人の、酔いが醒めた様子にヴィンセントは安堵する。

「いや。置き去りにしてすまなかった」
「おなべをかけた火が暖かかったから、つい。…あれ?何で増えてるのかしら?」

彼女が眠っている間に、炊き出しのなべを片付けていた女性隊員があちこちに少しずつ残っていたゼンザイをひとまとめにして
いたのだった。大なべの底4分の一ほどに増えた小豆がくたくたと煮えて甘い香りを立てている。



喜ぶユフィと対照的に、ヴィンセントはよろめき口元を手で押さえた。忘れていた吐き気が甦ってくる。


『まずい…もう、ダメだ…!』


吐き気とリミットブレイクの衝動。両方同時には堪えきれない。どちらかを選ぶとすれば…。
地面に膝をついたヴィンセントの身体を金色の光が覆った。
周囲の人々の視界を奪う強い閃光が広がった後、銀色のたてがみを持つ魔獣が姿を現した。


驚きと恐怖から後ずさりする隊員たちと裏腹に、仲間たちは落ち着いたものだ。

ヴィンセントが思わず変身した原因が何か分かっているので、おかしくてしかたがない。
ユフィは地面を叩いて笑い転げ、シャルアとリーブも横を向いて失笑している。切羽詰った彼の精神に引きずられて一瞬シンクロ
したシェルクだけが、気の毒そうな表情をしていた。


「姉さんよぉ。リミブレするくれぇ嫌なんだから、甘いもんはもう勘弁してやんな」

シドはなべのそばに立っていたルクレツィアに近づき、その肩をぽんぽんと叩いた。

「甘いもの苦手なヤツが今日食べたんだって、あんたを喜ばせたい一心だったと思うぜ」
「そう…ね。可哀想なことをしたわ」

酔いの醒めたルクレツィアは、そばに行儀よく座っているガリアンビーストの大きな頭をそっと撫でた。

「ごめんね。そんなに嫌だったの」

言葉を持たない魔獣はルクレツィアに頭をこすりつけて甘えた後、大なべの中身を興味深そうに覗き込んだ。
長い鼻面を突っ込み、しばらく匂いを嗅いだ後ぺろりとゼンザイを舐める。


「ヴィンセント、もういいから。無理に食べなくていいわ」

苦笑しながら制止するルクレツィアを尻目に、ガリアンは本格的にゼンザイの攻略にかかった。
大きな口と長い舌で瞬く間に大なべを空にしていく。


「あーっ?!ちょっとヴィンちゃん、アタシの分残しといてよ!」

首に飛びついたユフィが引き剥がそうとしても、前脚でしっかりとなべを抱え込む始末。

一同は並んでぽかんとその光景を見守った。遠くではWROの職員たちが、魔獣と平気で接する彼らを感心しながら眺めている。

「…ヤツと違ってコイツは甘党ってことかよ」
「小豆が好きなモンスターっていったい何?」

熊など甘いものが好きな大型動物はいるが、魔獣もこの星の生物のハシクレということだろうか、とシャルアが唸る。
大型犬がエサを食べるときのようにピチャピチャと盛大な音を立てて、ガリアンはゼンザイを平らげた。
魔獣が顔を上げると、まるで洗ったようにきれいになったなべがごろんと転がる。


「もう!ヴィンセントの馬鹿!」

怒ったユフィが蹴りを入れるのにも大して応えていない様子で、ガリアンは長い舌でユフィの顔を舐め上げた。

「あんこくさい口で舐めんな!」
「ユフィ、今の彼に何を言っても無駄ですよ」

苦笑しつつなだめるシェルクに魔獣の唾液だらけになった顔を拭いてもらいながら、ユフィはもう一度ガリアンを蹴飛ばす。
魔獣は満足そうに大きなあくびをした後、再度金色の光に包まれた。

変身を解除した時の常で身を屈めていたヴィンセントは、そのままうずくまり膝の上に額を押し付ける。
甘いものが嫌でリミットブレイクしたのが裏目に出た。まさかガリアンがゼンザイを食べるとは思わなかった。
腹いっぱいの小豆で中毒死しそうだ。


「ヴィンセント?」
「…駄目だ…気持ちが…悪い…」

膝を抱えて目を閉じたまま、彼はか細い声で答えた。ユフィが両手を腰に当ててふんぞりかえる。

「人の分まで食べちゃうからバチが当ったんだよ!いい気味!」

今のヴィンセントには容赦のないコメントに反論する余力はない。

「このまま…星に還ってもいいか…?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。さっさと便所で吐いて来い」

シドにどやされ、ルクレツィアに付き添われながらラボに戻るヴィンセントを、一同は失笑と同情が混在した表情で見送る。



「よーし。敵の弱点を見切ったぞ。次の対決はあんこ玉を使えば楽勝だな!」

玉を沢山用意して口の中めがけて打ち込んでやる、とユフィが腕組みをして意地の悪い笑みを浮かべた。
リーブが同様に腕組みをしてうなづく。


「確かに有効かもしれません。ただし、会場の現状復帰は丁寧にお願いしますよ」

それは、あんこだらけになった戦場の掃除をきっちりしろということ。しかしユフィは平然としたものだ。

「そんなの、戦争の責任は敗者が取るって決まってるじゃん。ガリアンが喜んで拭き掃除すると思うよ」
「…ということは、勝負の最中に彼が変身したら全て口でキャッチしそうですね」
「なんだ。おめぇの負けじゃねえか」
「そんな!食べるのはルール違反だって! 大体ガリアンは羽子板持てないじゃん」

ムキになった彼女の返答に爆笑が巻き起こった。
次回の対決は見たいような見たくないような。
すっかり恒例行事となったようなユフィVSヴィンセントの戦いは、また一年後のお楽しみとなるのである。








                                                          syun
                                                        2009/1/6








やっぱりお正月の更新が何もないのはどうかなあと思って、最後の休日で書き上げました。まだ七草の前ですからお正月のうちということで
赦されるでしょうか。ヴィン&ユフィは本当に書きやすいです。羽子板カスタマイズはDCアルティメットをしていて思いつきました。銃を羽子板に
するのは無理があるので、強いて似ているものとしてヘルマスカーのチェーンソーを使わせていただきました。どこから出したんだとかどうやって
カスタマイズしたんだとかの追及はどうぞご勘弁を(笑) 甘いものが鬼門のヴィンさんと甘党ガリアンという落差も気に入ってます。きっとユフィ
は彼がリミブレするたびに、饅頭やらヨウカンやらアンミツやらを食べさせて嫌がらせするんだと思います() 変身してHPはフルに回復している
のに吐き気で戦闘不能になるヴィンさんというのも面白いかも。毎年くだらなくてすみません。






Novels.