年の初めの…其の弐






ぺったん ぺったん ぺったん ぺったん

 景気よさとのどかさが絶妙のバランスで入り混じったその音は、場違いにもWROのエントランスで響いていた。
100名ほどの人々が集まり、5箇所にわけて設置されたウスとそれを囲む簡易かまどの周囲にひしめいている。
そこここで溢れる笑い声や歓声。
 空はあいにくの曇りで夜からは雪という予報だったが、壊滅状態からみごとに復興した本部の前ではにぎやかに餅つき
が行われていた。最後の補修工事が済み、ちょうど新年も迎えたことだしということで、リーブが企画したものだ。

 ウータイでウスと杵、そして上等なもち米を空輸してきたのはハイウィンドU。お祭りイベントは見逃さないシドとユフィも
もちろん一枚かんでいる。


 古い固形燃料の在庫処分と炊き出しの演習を兼ねるという名目で、エントランスにはいくつも火が熾された。
米を蒸しているなべからはぽくぽくと白い湯気が吹き上がり、その隣では大なべがぐつぐつ言っている。中身はデュアル
ホーンの角煮と青梗菜のスープ。デュアルホーンの肉は硬いがよく煮込むといい味を出してくる。とくに青菜との相性は
最高だ。そのまた向こうのなべでは、デザート用に小豆と砂糖が煮られてほんわかとした甘い香りを周囲に広げている。
 日ごろは裏方に回っている厨房の職員たちが、自分たちの出番とばかりに張り切っていた。寒さのために人々は火の
回りに集まり、そこでまたお喋りや笑い声が弾ける。

 シドが運んできたウータイ一の銘酒、「花霞」の酒樽が会場の中央に置かれていた。非番の隊員たちは木の香りのする
真新しいマスで、ふるまい酒を楽しんでいる。


「…不思議な食べ物ですね」
「シェルクは初めてだったか?喉につまらせるなよ」

 あんこのたっぷりついたもちを一口食べて目を丸くする妹に、シャルアが紙コップに入ったお茶を手渡した。その隣では
ユフィがもちに醤油をつけ、海苔を巻いてかぶりついている。

 隊員たちや職員たちは、ディスポーザブルの皿や椀を手にわいわいと陽気に盛り上がっていた。
つきたてのもちは手早く丸められ、次々に差し出される皿に乗せられて、あっという間に彼らの口の中へ消えていく。
もちと運命をともにするのは、香り高いきなこや甘みをおさえたあんこ、砂糖醤油やすりおろされたダイコンたちだ。
 参加者たちは甘いもち、辛いもち、ウータイ産のスパイスがきいたスープと順番に味わって、また甘いもちに戻り、もは
やエンドレス状態。ダイエットという言葉は、本日は禁句になっている。





「よーし、米が蒸しあがったぜ!」

 いつものゴーグルのかわりに手ぬぐいを額に巻いたシドが、勢いよく蒸し器の中の米をウスに放り込む。
もわもわと盛大に湯気を吹き上げるそれを、WRO隊員たちが二人がかり杵でこね始める。
世界を飛び回り何故か各地のイベントにも詳しいシドが、自ら餅つきの手順を隊員たちに仕込んだのだ。
 昼前からもう何回も蒸しあがった米をもちにつきあげて、隊員たちもすっかり手際がよくなってきている。5つ設置された
ウスからは、入れ替わり立ち代りぺったんぺったんと景気のよい音が響いていた。


「もちはもともと保存食だからね。パックしとけば長持ちするよ」

ユフィがデュアルホーンのスープをすすりながら言う。最初に杵を振るったシドの相手役でもちをこねた彼女は、その熱さ
に閉口しすっかり食べる側に回っていた。


「よいしょ!」
「はいっ」
「うりゃっ!」
「はいっ」

 つき手とこね手が声を掛け合いながら、賑やかに餅つきが始まる。

「もっと腰入れろ腰!」

 杵は真上に振り上げて、その重みも生かしてつくものだと、シドがタバコに火をつけながら叱咤する。
熱血艇長にかかると、餅つきはまるでトレーニングのようだ。隊員たちは汗だくになって杵を振る。





「盛況ですね」

 仕事の合間をみて局長室を抜けてきたリーブが、隊員たちを見渡して満足そうに微笑んだ。その後ろにはラボに籠りが
ちなルクレツィアを伴ったヴィンセントの姿。すぐに伸びてしまうのでこまめに切ることを諦めたらしい長い黒髪は、ゆるく
束ねられて背に流されている。

 イベントに顔を出すのは珍しい二人の姿に隊員たちはわずかにざわめきながら、局長に略礼する。

「おーい。こっちだこっち」

 いま出来上がったばかりのもちをちぎって丸めているシェルクのとなりで、シャルアが遅れてきた三人に声をかけた。
隊員たちの労をねぎらいながらそばまで来たリーブに、隻眼の科学者が紙皿とフォークを渡す。

「できたばかりだ。うまいぞ」
「ええ。ありがとうございます」

 企画したイベントを楽しんでいる隊員たちを嬉しそうに眺めながら、リーブは自分ももちを口にした。女性隊員たちは、
敬愛する局長に枡酒やスープなどを甲斐甲斐しく運んでいる。
シェルクは自ら丸めたもちに4種類の味付けをして、ルクレツィアに渡した。


「ありがとう。ウータイのおもち、おいしいのよね」

 ルクレツィアも微笑んで受け取る。以前にユフィの実家でふるまわれて以来、このウータイ料理は彼女の好物だ。
楽しそうな彼女の様子を見てヴィンセントも瞳を和ませる。賑やかな場所の苦手な彼がここに来たのは、ともすると研究
だけに没頭しがちなルクレツィアの気分転換をさせるため。



「おう、遅えじゃねえか」

 くわえタバコのシドがヴィンセントの肩をどやしつけた。振り向いた彼の前に、ふちに塩を持った枡を差し出してニヤリと
笑う。


「おめぇはコッチの方がいいだろ?」
「ああ」

珍しく嬉しそうな顔をしたヴィンセントは枡酒を受け取り口をつけた。きりりと辛口の酒は、木の香りと塩でよりいっそう味が
引き立つ。


「花霞、か。よく持ち出せたな」
「…おめぇ、旨い酒には本当にハナがきくよな」

 一口で銘柄を言い当てた彼に半ば呆れながら、シドは親指で鼻の頭をこする。アルコールの効かないヴィンセントは、
だからこそ酒の味にうるさい。質の悪い酒は匂いを嗅いだだけで見向きもしない。門外不出の銘酒をうまそうに飲み干し
二杯目を要求する酒豪に、シドは顎で酒樽を示した。


「ユフィがいたからよ。特別に持って来られたって訳だ」
「なるほど」

二人の会話を聞いていた酒樽の番をしている女性隊員が、笑顔で彼の枡になみなみと酒を注ぐ。だが、彼に渡そうとした
隊員の手から枡を奪い取った者がいた。


「こら。酒が呑みたかったらまず働け」

ウータイの次期領主がヴィンセントに杵を押し付ける。

「もちのつき手がみんなへばっちゃってさ。ちょっと休憩がいるんだって」

 見れば、蒸しあがった米がウスに移されようとしているが、ずっともちをつき続けた隊員たちはさすがに腰が上がらない。
取り上げられた酒にちらりと視線を送り、ヴィンセントは不服そうな表情を浮かべた。


「だが、やったことがない」
「へーきへーき。教えたげるから」

しぶる彼に、ユフィはあっという間にさばけてしまうもちのトレイを示した。

「ルクレツィアさん、おもち好きなのにもうないよ。いいの?」
「…………」

 たじろぐヴィンセントの周囲で仲間たちのくすくす笑いが広がる。ルクレツィアを引き合いに出せばヴィンセントは絶対に
断れない。それは周知の事実で、特にユフィは便利に悪用していた。


「いいじゃねえか。姉さんにつきたてのヤツを食べさせてやれよ」

シドがニヤニヤ笑いながら煽る。

「ヴィンセントが参加してくれれば、隊員たちも喜ぶと思いますよ」

温和な笑顔でさりげなく敵に回るリーブ。味方を得てユフィが更に声を大きくする。

「お酒はルクレツィアさんに預けとくからね。ほら!お米が冷めちゃうよ!」

四面楚歌の中でヴィンセントは大きなため息をついて杵を手に取った。






「…すごいですね」
「星を救った英雄ですからタフだとは思っていましたが…」
「普通なら腰をやられますよ」


 WROの隊員たちが目を丸くして見守る先で、ジャケットを脱ぎ袖まくりをして杵を振るうヴィンセントの姿があった。
やけになったように力任せにウスを叩きつけ、その勢いは今までのつき手の比ではない。パコーン パコーンという餅つき
の音の質と速度も隊員たちとは異なっている。できあがったもちも、今までより粘りが強くてうまい。

 それなら残っている米を全部彼につかせてしまえと仲間たちは企んだ。
次々と米が蒸され、もちがつきあがるとシドが間髪を入れずに米をウスに放り込む。ヴィンセントの抗議は「米が冷める」と
いうシュプレヒコールで瞬殺され、渋々つき上げたもちはこれで10杯目。彼の相手が出来るということで喜んだ女性隊員
たちが代わる代わるこね手を引き受けていた。

 もう腹いっぱい食べたはずの参加者たちは、ヴィンセントがついたもちと知ると「ご利益があるかも」などと言いながら
箸を伸ばしてくる。



「剣ならばともかく、銃を使う彼がこんなに力があるとは知りませんでした」

シェルクまでが目を丸くする。それにシドが片頬で笑って見せた。

「あんな化け物みたいにでかい銃を使うんだぜ。並の力じゃ持てねえよ」
「彼は魔獣の因子を持っているしな。それも影響しているんだろう」

仲間たちはつきたてのもちを食べながら、働く彼を呑気に眺めている。

「ちょっとかわいそうな気もするけど…」

良いようにこき使われているヴィンセントに、ルクレツィアは同情の視線を投げる。

「大丈夫だって。ヤツにしてみりゃ運動不足の解消になるってもんだ」

 彼女の心配をシドは豪快に笑い飛ばす。かつての旅の過酷さに比べれば、餅つき連続10杯程度は論ずるに足りない。
それより姉さんも一杯どうだ?と勧められ、それじゃせっかくだからと枡をあけるルクレツィア。


「ぬる燗にしてみたが、こっちもいけるぞ」

 シャルアが残り火にかけたなべから、アルミのボトルを取り出した。炙って焦げ目をつけ醤油をたらしたもちを肴に、
女性科学者二人は酒のうまみの因子について熱心に語りあいながら杯を重ねる。






「ほらほらヴィンちゃん。スピード落ちてきたよ。へばったの?」

面白がってこね役を代わったユフィが囃し立てる。
夕日色の瞳がむっとしたように彼女を睨み、杵の振り下ろされる速度
があがった。


パコーンパコーンパコーン!
「まだまだァ」
パコンパコンパコンパコン!
「おっそ〜い!」
バコバコバコバコバコバコバコ!!!

 普通ではありえない速度で杵が振り下ろされ、聞いたこともないようなテンポで餅つきの音が響く。まるでマシンガンの
銃声のようだ。ユフィの素早い手は、その速度にも関わらず余裕でもちをこね、ひっくりかえしている。

 既にバトルと化したつき役とこね役のかけあいに、周囲には黒山の人だかりが出来上がった。ちょっとでもタイミングを
間違えば、ユフィの手は凶器と化した杵の餌食になる。常人からすると危険極まりないが、二人にとってはちょっと過激な
ゲームに過ぎない。
 隊員たちは皿やスープの椀はしっかり抱えたまま、固唾を呑んで成り行きを見守っている。


「あいつも意外と大人気ないよな」
「ふたりとも意地っ張りのところがありますからねえ」

「花霞」を楽しみながら、呑気に感想を述べる無責任男が約2名。




究極の粘りを持ったもちは、杵に張り付いて空中高く舞い上がった。
尋常ではない速度と力で振り下ろされた杵。
すこーん、という気持ちのよい音とともに、ウスは真っ二つに割れて左右に倒れる。
ヴィンセントは杵を投げ捨て、落ちてきたもちを両手で受け止めた。


「すっげー!!」
「おみごと!」
「信じられなーい!!」

 もちを手にしたヴィンセントに拍手と歓声が巻き起こる。たかが餅つきにここまで盛り上がるのは、前代未聞だろう。






「……熱い」

 眉をしかめたヴィンセントの訴えに、拍手をしていたシェルクが一番先に我に返った。慌てて大きなトレイを持って彼の
そばへ走りよる。仲間たちも駆け寄り、もうもうと湯気を上げるもちに息を呑んだ。

 究極のスピードでつき上げられた表面は、摩擦熱でぷすぷすと泡が立っていた。恐らく、蒸していた時よりも温度が
上がっているはずだ。

 その証拠にヴィンセントの両手は熱傷で真っ赤。トレイにのせられたもちを女性隊員が小さくちぎろうとしても、熱くて
とてもさわれない。もちの上空にはゆらゆらと陽炎が立っている。


「大変だ!水!水!」
「それより、ポーションはどこ?!」

運ばれてきた防火用水の入ったバケツに両手を突っ込んだ彼に、ようやく同情の視線が集まった。





「ちょっとかわいそうなことをしてしまいましたね」
「でもよ、姉さんに甘える口実ができたんだから、いいんじゃねえか」

 焼いたもちをスープに入れて香ばしさを味わいながら、シドとリーブは一見仲睦まじく見える二人を眺めた。

 ポーションの湿布をし包帯でぐるぐる巻きにされたヴィンセントは両手が使えない。ルクレツィアがそんな彼の口にもち
やスープを運んでやっている。WRO職員たちも、過酷な労働を耐え抜いた彼への心遣いとして、二人の傍によるのを
遠慮していた。



 エントランスの石段に座った彼らを遠目に見て、ユフィとシェルクは囁きあった。

「あの二人、怪我してなくてもああだよね」
「ええ。彼は意外に手のかかる人ですから。ルクレツィア・クレシェントもそれを楽しんでいるようですし」
「…シェルクさあ、フルネームで呼ぶの堅苦しいからやめない?」
「あ、すみません」

でもまあ、楽しそうだから放っておいてもいいかと、二人はデザートのゼンザイの攻略に取り掛かる。





「おいしい?」
「ああ。でももういい」
「ダメよ。まだこんなにあるもの」

 出された分は残さずに食べなさいと、ルクレツィアはきなこもちを彼の口に押し込む。
ヴィンセントはやっとの思いでそれを飲み下した。


 甘いものは苦手な彼に勧められているのは、きなことあんこがたっぷり付いたもち。大根おろしのついた辛味もちは
許容範囲だが、前者はどうにも食べる気になれない。楽しみにしていた「花霞」は、彼が働いていた間に飲みつくされて
しまっている。


「大体、好き嫌いがあるっていうのはよくないわ。この際、甘いものも好きになってもらうわよ」

 ほらこぼしてる、と彼の唇についたあんこを細い指先で拭い、自分の口に片付けた彼女は容赦なく宣言した。

「え、いや、あの、ルクレツィア…」
「いいから食べて」

にっこり微笑む彼女の瞳は、微妙にすわっている。

『誰がこんなに飲ませたんだ…!』

 ヴィンセントは心の中で呪詛の声をあげる。
正直言ってルクレツィアは酒癖が悪い。自分がそばについていれば適量でさりげなくグラスを取り上げるのだが、今日の
彼女は徹底的に杯を重ねてしまったようだった。顔は赤くならず外見は何ともないように見えるが、瞳が怖い。
もともと思い込みが強く一方的な性格が、さらにパワーアップする。


 味覚を意識から遮断して機械的にもちを飲み込んだヴィンセントの前に、甘く煮た小豆がスプーンに乗って現われた。

「ぜんざいって言うんですって。ウータイのデザートよ」

 一瞬、ウータイなど滅んでしまえという暴言が脳裏に浮かぶ。
それでも彼女に勧められると、涙目になりながらも口をあけるヴィンセントなのであった。








                                                     2008/1/20
                                                                  syun







オフの生活でやった餅つきが楽しかったのでネタにしてみました。あれは半端じゃなく力がいります。ヴィンセント、ぎっくり腰にならなけ
ればいいのですが()  
ユフィVSヴィンセント、去年は羽根つきでしたが今年は餅つきです。大人気なくユフィ相手にムキになって
しまう彼もかわいいと思いまして。回りにいいようにこき使われ、熱傷はするわ嫌いなものは食べさせられるわで大変です。リミブレしな
かったのは加害者がルクさんだったからに他なりません。今年も当サイトでは「気の毒なヴィンセント」がデフォになりそうです(笑







Novels.