体験チョコボライディング








「あ、ちょうどいいところに帰ってきた!」
 局長室からラボに戻ってきたヴィンセントを、コンピュータの前に貼りついていたルクレツィアが手招きした。
そばへ来た彼に、いそいそとネット通販の一画面を見せる。


「ねえ、これ、どう思う?」
画面に映し出されていたのは、木馬のような形をした電動機械。流行のダイエット用品で、跨って揺られているだけで腹筋や背筋が
鍛えられ、胴回りがスリムになるという唄い文句が添えられている。読めるか読めないかくらいの小さな文字で「効果には個人差があり
ます」と書かれているのは、クレームの予防線だろう。


「最近ちょっと太ってきちゃったかなあと思って」
 問われたヴィンセントはルクレツィアを見直し、それから彼女を抱きしめた時の感触を思い起こした。
もう少しくらい太ってくれた方が嬉しいのだがという素直な感想は押し殺し、曖昧にうなずいてごまかすことにする。
体重と年齢の話を女性が振ってきた時には、細心の注意が必要であると、彼も過去の経験から学んでいた。

「ねえ、どう思う?効果あるかな?」
「個人差があると書いてあるが」
「それは、どんな機械使っても同じよ」

 ダイエットの知識も興味もない無粋な男を相談相手に選んだ時点で、ルクレツィアの気持ちは80%ほど購入に傾いている。
意見や感想など聞いても採用する気はなく、ただ自分の気持ちを確認しているだけだ。

ヴィンセントは画面の片隅に表示されている値段を見て小さくため息をついた。
「値段の割に効果が不確実だ。賛成しかねるな」
「だって、成功例も出ているわよ」
「誇大広告はよくあることだろう」
何故、ダイエットの話になるとこうも突っ走ってしまうのだろうと思いながら、ヴィンセントは忍耐強く説得を試みる。
「この程度で体重が落ちるなら、チョコボの方が揺れが大きいと思うが…」
「カイに乗せてくれるのね!?」

ヴィンセントがしまったと思ったときは既に遅かった。ルクレツィアが瞳を輝かせて立ち上がる。
「よかったぁ。いったいいつになったら乗せてくれるのかと思っていたのよ。危ないからって言ってばかりなんだもの」
「いや、あの…」
「うちのチョコボに乗るなら、お金はかからないものね。効果がなくても損はしないわよね」
「あ、だから…」
「いい考えだわ。いくら支払われた給料と言っても、WROから頂いたものを無駄使いしたらダメよね」
「………」
「私、着替えていくから、先に準備をお願いね」
ルクレツィアはコンピュータをログオフし、にっこり笑ってラボを出て行った。当然、ヴィンセントが口を挟む隙などない。
「…相変わらず、一方的だな」
残されたヴィンセントは腕組みをして途方にくれた。
彼とクラウド、ユフィにしか乗りこなせない凶暴チョコボにルクレツィアを乗せるのか。
「星を救った英雄」の運動能力と精神力があってこそカイを従わせることができる。ルクレツィアの場合、精神力はともかく運動能力は
未知数である。ヴィンセントが知っているのは、キーボードを叩くブラインドタッチの早さとダンスの軽やかなステップだけ。

しかし、やる気満々の彼女を止めるのはもはや不可能に近い。
いつまでたっても「彼女を止められない」ヴィンセントは、何回目かのため息をついて重い腰を上げるのだった。






「チョコボに乗るのに、こんな装備しないといけないの?」
「落ちた時のことを考えたらな」
「でも、これじゃ動きにくいわよ」
 WRO
の兵士が使用するプロテクターにヘルメット、ニーパッドなどを付けさせられて、ルクレツィアは不満そうにヴィンセントを見つめる。
いつもなら簡単にほだされてしまうその眼差しに、今日のヴィンセントは負けなかった。

「怪我をさせて、乗せたことを後悔したくない」
「大げさだなあ」
「ほんま、過保護とちゃいますか、ヴィンセントはん」

 チョコボの運動場を囲った柵の上に腰掛けたケット・シーも、まるで戦闘に行くかのようなルクレツィアの姿にぽかんと口を開ける。
ヴィンセントの依頼を受けたリーブが、ケットを使ってWROの裏庭にあるチョコボの運動場まで、防護具一式を届けたのだった。青々と
した芝生と白い柵を背景に、ルクレツィアのいでたちは奇妙に浮いて見える。

 しかし、ことルクレツィアの安全に関する限り、ヴィンセントは絶対に譲らない。その頑固さを知っている彼女は、渋々踏み台を使って
チョコボに跨った。

「うわ、随分高いのね」
「だから言っただろう。落ちたら困る」
ルクレツィアに合わせてアブミの長さを調節し、カイの腹帯を締めなおしながらヴィンセントが答える。ナーバスになっている飼い主の
精神状態に反応して、普段は図太い凶暴チョコボも妙に緊張していた。

「そのまま手綱を持って、軽く蹴ってやれば動くから」
「こう?……きゃあ、動いた…あれ?止まっちゃったよ」
「手綱にしがみつくからだ。もっと軽く持って」
「わ、わかった。こうかしら? きゃあ、揺れる」
「ダイエットには揺れる方がいいんじゃないのか」
「そうだけど、揺れすぎよ!」


 そんな二人の様子を、ケット・シーは元々細い目をますます細めて眺めていた。
無口で無愛想というのが定評のヴィンセントだったが、ルクレツィアと共に暮らし始めてから表情が和らぎ笑顔をよく見せるようになった。
物見高い市民やマスコミに騒がれることを嫌って、髪を切りありふれた服装になったその外見から「星を救った英雄」の面影を見つける
のはむずかしい。
あまりこだわりのない彼のために、あれこれ服を見立てているのがルクレツィアだという噂を思い出して、ケットはくすくす笑った。

 実年齢を考えると本体のリーブよりも年上なのだが、お互いに向ける純粋な想いとそれを伝える不器用さは、まるで少年少女の恋の
ようだ。この真摯で不器用な二人を温かく見守ってやりたいという思いは、彼らの不遇な過去を知っている仲間たちに共通していた。


 そのケット・シーの目の前で、いかつい防護具に身を固めたルクレツィアが体験レッスンの真っ最中である。運動場の中を柵に沿って
ぐるぐる歩くチョコボにぴったり寄り添って、ヴィンセントがにわかインストラクターを務めている。

「ヘルメット、重いから、脱いでもいい?」
「ダメだ」
「もう!これの、せいで、余計、揺れるのに」
 不安定にぐらぐらするルクレツィアを背中に乗せて、カイは居心地が悪そうだ。しかし、この乗り手を落としたら恐ろしいことになりそうだ
と分かるらしく緊張してぴょっこりぴょっこり歩くため、いつも以上に乗り手の受ける反動が高くなってしまう。傍から見ても今にも落ちそう
で危なっかしい。

「ルクレツィアはん、リラックスリラックス〜!」
「もっと上半身を起こして。チョコボの動きについていけばいい」
「そんな、難しいこと、言われたって、できない、わよ!」
へっぴり腰で反論するルクレツィア。彼女の踵が揺れた弾みでチョコボの腹に強くぶつかった。発進の合図と受け取ったカイはあたふた
と小走りになる。

「きゃあ!」
驚いた彼女はチョコボの首にしがみついた。さすがに細い首では乗り手の体重を支えられず、カイも前のめりにバランスを崩す。
「えらいこっちゃ〜!」
「首につかまっちゃダメだ!ルクレツィア!」

 慌てたヴィンセントが追いかける。カイは横目で怖い飼い主を見ながら何とか踏ん張ろうとしたが、重いプロテクターやヘルメットをつけ
た乗り手を首だけでは支えきれない。羽根をばたつかせながら駆け足になり、どんどん前にのめっていく。
ケットも柵から飛び降りて駆け寄りチョコボの尻尾を引っ張ったが、無論焼け石に水だ。傾斜したチョコボの首の上を滑ってルクレツィア
が頭から地面にダイブする。

「危ない! ヴィンセントはん!」
「………!!」
チョコボの前方に回りこんでルクレツィアを抱きとめたヴィンセントの額に、彼女のヘルメットが激突した。
彼の視界に派手な花火が炸裂し、あとは一面の闇となった。





「……ント、ヴィンセントしっかりして!」
 額に濡れた冷たい布の感触。
うっすらと目を開けたヴィンセントの視界に、ルクレツィアの心配そうな顔が飛び込んできた。そばには、水を入れたバケツを持ったケット
・シーが同じようにのぞき込んでいる。

「大丈夫でっか?ルクレツィアはんとチョコボと、二人の下敷きやさかい、キツかったと思います」
 ヴィンセントはゆっくりとまばたきをした。ケットの解説に先ほどの記憶が甦ってくる。チョコボの頭をかかえこんだままのルクレツィアを
抱きとめ後方へ倒れこんだ彼の上に、彼女とチョコボの上半身が見事に乗ったわけだ。チョコボの平均体重は約350kg。大柄なカイは
390kgある。普通の人間なら押しつぶされてしまうところだが、同居している魔獣のおかげで結構タフなヴィンセントであった。

「…ルクレツィア、怪我は?」
「私は大丈夫。あなたの方が、こんなに大きなたんこぶできちゃって」
ルクレツィアの指先がそっと彼の髪をかきあげて額に触れた。脳震盪を起こしながらもヴィンセントが身を挺して庇ったおかげで、彼女に
はかすり傷ひとつない。

「大丈夫だ。どうせすぐ治る」
「それはそうだけど。…ごめんね」
瞳を閉じたヴィンセントの額に、彼女の唇が優しく触れる。彼らの周りだけ、空気の流れが急にゆるやかになった。

「……ケアルガ以上の効果がありそうだな」
 こぶの痛みも忘れたように片肘をついて身体を起こし、ヴィンセントはルクレツィアに微笑みかける。プロテクターを外しながら彼女も
微笑み返した。

「じゃ、早く治るように追加する?」
 いい考えだと笑った彼の髪を、ぬっと顔を出したチョコボのくちばしがもしゃもしゃかきまわした。ケット・シーに引かれて来たカイが、
一生懸命「ご機嫌伺いの毛づくろい」を始めたのだ。

「あっちのすみっこでしょぼくれてましたんや」
 飼い主の大事な人を落とした上に、飼い主本人まで踏んづけてしまったカイは、今度こそ喰われると思ったらしい。
何とか許してもらおうと必死のチョコボだったが、せっかくのケアルガ投与を邪魔されたヴィンセントは、無情にそのくちばしを押しのける。

「わかった。もういい」
「大丈夫よ。あなたのせいじゃないから」
無愛想な飼い主の代わりにルクレツィアになぐさめられカイは少し元気を取り戻した。その黄金色の羽根を撫でながら彼女はヴィンセント
を振り返る。

「残念ながら、チョコボに乗るのは向いていないみたい」
「そうか」
内心ほっとしながらヴィンセントは答えた。
「やっぱり、自分に合う方法じゃないと長続きしないわよね」
「そうだな」
「だから、あなたも手伝ってくれるわね?ダンスはパートナーが必要なの」
「え」
一瞬にしてフリーズした彼の目の前で、ルクレツィアはくるりと軽やかにターンしてみせた。
「ちょっと踊れば勘を取り戻せると思うから」
「いや、あの…」
「随分前だけど、教えたわよね?」
「あ、だから…」
「何?言いたいことがあるなら、はっきり言って」

思わぬ展開にしどろもどろになったヴィンセントは、視界の隅でじたばたしながら笑っているケットを見て苦し紛れの言い逃れを試みる。

「リーブの方が…私よりも…うまいと思うが」
「忙しい局長にお願いできるわけないでしょ」
「いやいや、ルクレツィアはんのお相手なら喜んでやりまっせ。むしろ光栄や」
笑いながら起き上がったケット・シーが、胸に手を当ててルクレツィアに向け大げさに一礼して見せた。
「プレジデントが晩餐会やら音楽会やらようやっとったから、こう見えても社交ダンス、一通りマスターしとります」
「本当に?すごいわ」
喜んだルクレツィアはケット・シーを抱き上げ、その場でくるくるとダンスのステップを踏んでみせる。ヴィンセントの表情が、やや複雑な
ものに変わった。そんな彼を横目に見て、ルクレツィアがケットにウインクする。

「ねえ、局長にダンスを教わってきてもいい?」
「いやだ」
 即答してしまった時点で、ヴィンセントの完敗は決定。それならダンスの相手をお願いね、とルクレツィアに言い渡され、芝生の上にがっ
くりと両手をつく。

絶妙な連係プレーで勝利を収めたルクレツィアとケット・シーは、こっそり握手を交わしたのだった。




 その頃。
午後のお茶を運んできたWRO職員は、書類を巻き散らかしながらデスクの上で笑い死にしている局長を、不思議そうに見つめていた。





                                                                  2006/12/15
                                                                  syun







リンクさせていただいている素敵サイトさまのイラストに影響を受け、ご了解を得て書かせていただきました。いやー、ルクさんと一緒だとヴィンセントが
ヘタレ全開です。いいように手のひらの上で転がされてます(笑)確かにルクレツィアはチョコボ乗れそうにないなあと思いますね。スカート、ハイヒールと
いうイメージが強いのでチョコボでもバイクでも「跨る」のが馴染まない感じがします。ダンスネタはまだ見ぬLEから頂きました。ケット・シーは、以前に放り
投げられたお返しが出来て満足だと思います(笑)こんな話ですが、つつしんでアキラさんに捧げたいと思います。どうぞご笑納くださいましね。




Novels.