淑女たちの午後




 傾き始めた午後の日差しが、セブンスヘブンの窓から店内を明るく照らし出している。
ランチタイムが終わり夕方のバータイムまでの僅かな時間、ティファは店の前に「準備中」の札を下げて、プライベートな客を
迎えていた。

 ウータイから訪ねてきたユフィに、ヒーリンにいるシャルアの看病をしながら時々ティファを手伝っているシェルク。
それに、自らを封印していたクリスタルからようやく外の世界へと足を踏み出したルクレツィア。


 彼女の帰還はヴィンセントの努力に負うところが大きかったのは言うまでもない。カオスの泉に何回も足を運び、沈黙を守る
彼女に言葉を尽くして説得を繰り返した。決して饒舌ではない彼が、そこまでしたということから、ゆるぎない決意が伺える。

 しまいには素手でクリスタルを割ろうとし、傷つき血まみれになった彼を見かねてルクレツィアが降臨した、という噂がまこと
しやかに流れているが、当人たちが黙っているため真相を知るすべはない。

 確かなのは、引きこもることは決して罪の償いにはならない、と彼らが認識したということ。


 
ルクレツィアは、現在WROに所属し、病休中のシャルアの任務を引き継いでいる。その他にも、ジェノバ・プロジェクトや、
カオス・オメガ理論を取りまとめ、WROのデータベースに乗せるなど、彼女にしかできない仕事も続けていた。
また宝条の残した論文やデータを点検し、他に起こりうる彼の行為の悪影響を未然に防ぐことも、重要な課題だった。


 それらは、過去の罪状と直面する厳しいものであった。
自分の過ちのプロセスをたどり、本来の意図とはかけ離れてしまった結果を目の前に突きつけられる。
 そもそも、ジェノバ・プロジェクトは、ガスト博士が古代種の復活を夢見て立ち上げたもの。そして、「星の循環」は生命を守る
ためのシステムを解析することが、目的だった。善意から取り組んだ科学者たちの研究が、悪意をもって利用されたことが
悲劇の始まりであり、ある意味彼らも被害者ではある。だが、当時のプロジェクトメンバーとしては責任の一端を担わざるを
えない。ルクレツィアは、復活したあとの日常を、贖罪のために費やすこととなった。


 しかし、彼女は気丈にそれらを受け入れた。自分の罪に正面から向かい合い、今できることに懸命に取り組む。
同じように元神羅であり今はWRO局長として活動しているリーブの姿が、彼女の道標になったようである。そのリーブのさり
げない情報操作のおかげで、ルクレツィアを迎えるWRO職員たちは、概ね好意的だ。

 
そして、そのそばには、ぴったりと寄り添って彼女を支えるヴィンセントの姿があった。


 ルクレツィアがWROに参加するのと同時に、ヴィンセントも正式にWROに所属することとなった。もちろん、ルクレツィアと
同時に勧誘すれば彼が承諾するとふんだ、リーブの巧みな交渉術が功を奏していたことは言うまでもない。

 
ヴィンセントは局長直属の特殊スタッフという位置づけで、通常はルクレツィアの補佐、特に危険が予測される任務が発生
した場合に局長の特命を受けて働くということになっていた。



「それで、今回もその特命、なんですか?」
 
ユフィにはアイスココア、シェルクにはグレープフルーツジュース、ルクレツィアにはハーブティーを出して、ティファが自分
もコーヒー入りのマグカップを手にして席に着く。

「そうなのよ。神羅ビルのエネルギー源を止めるんですって」
 
ルクレツィアはいったん言葉を切り、目を閉じてハーブの香りを楽しんだ。くわえていたストローから口を離してユフィが首を
かしげる。

「あれ…?でもあの時魔晄炉は全部壊したはずだよ?」
「ええ。でも社内ではまだ魔晄を使ったシステムが生きていて、誰もいないのにエネルギーが浪費されているそうなの」
 もはや星に戻す術のないエネルギーの有効利用は後日考えるとして、膨大な無駄遣いを停止させようというのが今回のプロ
ジェクトの骨子であった。ゆくゆくはビルそのものも解体して更地にし、エッジを「縁」ではなく中心部に向けて発展させるという
構想もある。元々都市計画が専門のリーブは、ミッドガルを新しく生まれ変わらせることにも、ひそかな情熱を抱いていた。


「コンピュータの電源を全て落としてしまえば、使えなくなってしまうデータもあるの。だから一緒に行って回収したかったのに、
絶対ダメって言うのよ」

 通常はルクレツィアの願いにはことごとく応じるヴィンセントが、神羅ビルへの同行だけは頑として首を縦に振らなかった。
彼にしてみれば、危険な半壊のビルにルクレツィアを連れて行くなど全く論外である。

「…どうしても必要なデータがあれば、SNDを試みることもできますが」
ためらいがちに、シェルクが申し出る。それに、ルクレツィアは優しい笑みを向けた。
「ありがとう。でも、あなたに負担がかかりすぎるわ。せっかく元に戻ってきてるんでしょ」

 
ヴィンセントから事情を聞いてからルクレツィアはシェルクを恩人として大切に扱っている。その体調を気遣い、二度とSND
をしないほうがいいと強く勧めたのも彼女だった。その言葉通り、ツヴィエートの能力を一切使わなくなったシェルクは徐々に
成長の速度が速まり、現在は145歳の外見になっていた。

 
一方シェルクも一時は彼女の断片を身に記録したことから、他人とは思えない不思議な感情を抱いている。ルクレツィアを
前にすると、姉以外に新たな肉親を持ったかのように胸のうちが温かくなるのであった。

 シェルクだけでなく、ティファもユフィも、エアリスを失った後に初めて出会った年長の女性の仲間に、何となくほっとするもの
を感じている。本人と出会う前からヴィンセントとの関係や様々なエピソードを聞いているため、まるで旧知のような錯覚を起こ
しているといえるかもしれない。
 ルクレツィアにしてみれば初対面の人々であるが、ヴィンセントから説明を受けていることもあり元々社交的な彼女が打ち解
けるのにさほど時間はかからなかった。何より日常の激務からひと時離れて、他愛ない話ができる仲間の存在がありがたい。


 そんな訳で、「たまに集まってお茶しておしゃべりする」ことを楽しみにするような女同士の絆ができあがっていたのだった。


「彼、機械の扱いが嫌いでしょ。連れて行ってくれないなら覚えなさいって必要なデータの取り出し方を教えたんだけど、大変
だったわ」

 機械嫌いのヴィンセントを知っている一同が、同時に笑い出す。
「ケータイもなかなか持たなかったんだよ。メールの打ち方教えるのも、大変だったんだからぁ!」
ユフィが飲み干したココアのストローを振りながら力説する。シェルクもうなづいた。
「彼からメールの返事が来ても、たいてい1行か2行ですよね」
「もともと無口だから、メールも少ないんじゃないの?」
 
笑いながらティファも同意し、空になったグラスやカップを下げて、お代わりを淹れるためにカウンターの反対側へ回った。

 その時、ルクレツィアのバッグの中で着信音が響いた。
「はい…あぁ、ヴィンセント。今どこにいるの?……え?エネルギー切られちゃったって、じゃああなたどうやって帰ってくるの?
……飛び降りる?ダメよ!危ないから…ちょっと!」

 ユフィとシェルクが顔を見合わせる。ルクレツィアは携帯を切り、困惑した表情を二人に向けた。
「…データをFDに落とすのに夢中で指定された時間を忘れたんですって。今、科学部門の資料室にいるらしいの。エレベータ
も止まってしまって、外壁飛び降りるって言って電話切っちゃったんだけど…」

「ヴィンセントなら大丈夫よ」
ティファが淹れなおしたコーヒーをテーブルにおいた。ユフィも砂糖とミルクに手を伸ばしながらうなずく。
「平気、平気。ヴィンちゃんにとっちゃ、エレベーターとか使うより手っ取り早いかもね」
「そう…」
ヴィンセントが改造されたことは承知していても、実際に彼の戦いぶりなどを見たことのないルクレツィアにとっては、大丈夫と
言われても実感が湧かない。


「今神羅ビルを出たくらいなら、もうじきここに来ますよ。…今日のケーキ、サバランにしてみたけど、どう?」
「食べる!」
 
ティファの提案にユフィが大声をあげシェルクも嬉しそうな笑顔を見せる。その仲間たちの屈託のない様子に、ルクレツィア
もヴィンセントの無事を信じて待つことにしたのだった。




 ほどなく。

セブンスヘブンのドアがノックされ、背の高い男が入ってきた。
「あ、帰ってきた!」
「おかえりなさい!」
テーブルを囲んでいる華やかな一群が、笑顔で彼を迎えた。ルクレツィアが立ち上がり、彼の側へと歩み寄る。
「おつかれさま。大丈夫だった?」
ルクレツィアが気遣わしげに、ヴィンセントを見上げる。それにうなずき、ヴィンセントは微笑んだ。
「遅くなってすまない」
「なんだか、埃だらけになっちゃったね」
ルクレツィアがハンカチを取り出し、彼の顔を優しく拭っていく。断るかと思いきや、瞳を閉じ、少し背を屈めてされるままになっ
ているヴィンセントの背中に、ティファが小さく咳払いをした。

「あの〜。とりあえず、座ったら?コーヒーでいい?」
「…ああ。頼む」
 明らかに上の空の返事が返る。途中で中断するどころかルクレツィアに髪についた埃まで払ってもらってから、ヴィンセント
は彼女の隣の席に腰を下ろした。


 その目の前に、ティファが淹れたてのコーヒーを置く。

「はい。…当てられちゃうから、ルクレツィアさんに甘えるのは二人きりの時にしてね」
「……何のことだ?」
 
心底不思議そうにヴィンセントがティファを見上げる。ティファはトレイを抱きしめたまま声も出ない。向かい側ではシェルク
が目を丸くしたまま固まり、ユフィはテーブルに思い切り額をぶつけていた。

「…自覚がないのかよ。たまんないな〜」
「多分、日常茶飯事ということ、なんでしょう…」
 
年若い仲間たちの意味不明の呟きにやや眉をひそめながらも、喉の渇いていたヴィンセントは皮手袋をはずし、コーヒーに
口をつけた。

「エネルギーが切れたんじゃ、データは途中ね?」
「いや、君に言われたデータは全てコピーしてきた。ディスクも持ち出せるかぎり持ってきた」
「そう、よかった!ありがとう」
ルクレツィアの言葉にヴィンセントが今まで見せたことのないような嬉しそうな笑顔を見せる。ティファはルクレツィアに頭を
撫でられて尻尾をパタパタ振るガリアンビーストの姿を想像した。

『こいつ、こういうキャラだったっけ…?』
 今までの印象とあまりに違うヴィンセントに、ユフィは天井を見上げながらぼんやりと考える。
「これね、ティファの作ったサバランですって。おいしいのよ。食べる?」
 ルクレツィアが半分残っていた自分のケーキをヴィンセントに見せた。二人を視界に入れないようにしながら黙々と自分の分
を食べていたティファが、顔を上げる。

「あ、まだあるのよ。持ってきますから」
「いいのよ。この人、一口でいいんだから」
 微笑んでティファを制したルクレツィアが、フォークにすくいとったひとかけらをヴィンセントの口元に持っていく。
元タークスは何の抵抗もなく、ぱくりとそれを口にした。



「………」
「ちょっと、ユフィ!コーヒーこぼしてる!」
「え?あ? あっちぃ!」
 
世にも恐ろしい光景を目にしたユフィは、持っていたカップが傾いているのにも気付かず、じょろじょろとソファの上に熱い
コーヒーを注いでいた。隣にいたシェルクがケーキ皿を持ったままジャンプして難を逃れたのは、さすが元ツヴィエートという
べきか。


「大丈夫?」
「大変、早くこれでふいて」
 
ルクレツィアとティファが慌てて後始末に手を貸す。自分が原因とも知らず呆れたようにその様子を眺めていたヴィンセント
のポケットから、着信音が響いた。彼は携帯を取り出すと周りの喧騒に閉口したのか席を立ち、少し離れた場所で通話ボタン
を押した。

「……そうか、わかった。これからすぐに戻る」
「どうしたのですか?」
椅子がきれいになるまで皿を持って立ったままだったシェルクが、ヴィンセントに問いかける。
「他にも取り残された者がいたらしい。一人、戻ってこない隊員がいるそうだ」
 
携帯をポケットに押し込み、代わりに車のキーを取り出しながらヴィンセントが答えた。口調も表情も先ほどとはがらりと
変わり、仲間のよく知る怜悧な印象を与える。

「そんなの、外壁からジャンプしろ、ジャンプ!」
「普通の隊員には無理ですよ」
「じゃあ、これから捜索?」
ティータイムを中断した仲間たちがざわめく。窓の外にはもう夕闇が広がり始めている。

「ああ。…すまないが、ここで待っていてくれないか」
ヴィンセントの視線の先にいるルクレツィアは首をかしげ、僅かに考え込む。
「もし遅くなるようなら、私一足先に本部に帰って、ディスクの解析始めてもいいかな…?」
「………」
 
彼女の一言で、ヴィンセントの表情が変わった。まるで、親においていかれる子供のように、不安げに見える。
夕日色の瞳ですがるように見つめられたルクレツィアは、小さく吹き出して前言撤回する。

「わかった。ここで待ってるから、そんな顔しないで」
 
安堵したようなため息をつき、ヴィンセントはうなずいてようやくドアへと向かった。



「おっどろいた! ヴィンセントがあんなに変わっちゃうなんて!」
「ルクレツィアさん、甘やかしすぎですよ!」
 
彼が居なくなったとたんに、ティファとユフィはルクレツィアに迫った。冷えてしまったコーヒーを一口含んで、ルクレツィアは
困ったような笑みを浮かべる。

「そう。うんと甘やかしてあげてもいいなと思っているの。ずいぶん、苦しめちゃったから…」
「それにしたって…」
 
ティファはクラウドを思い浮かべてみた。自分は彼の髪の埃を払ってやったり、ケーキを食べさせたりできるだろうか?
 否!自分たちには到底似合いそうにない。

「あれじゃあ、ヴィンセント、まるで飼い猫だよ!」
ユフィの頭の中では、獰猛な黒豹がデフォルメされて小さな黒猫になり、赤いリボンをつけてルクレツィアの膝の上でゴロゴロ
喉を鳴らす映像が、まざまざと浮かんでいる。

「シエラさんと言ってたの。男の人っていくら強がっていても、ほんとは淋しがりやのあまえんぼだって」
 
ルクレツィアが微笑んだ。シエラとはお互いに手のかかる男を愛した同志ということで意気投合し、堅い友情で結ばれている。

「…でも、甘やかしているだけじゃ、ないみたいですよね」
 
ようやく席に戻れたシェルクがちらりと上目遣いにルクレツィアを見やる。その視線の意味に気付いたルクレツィアの表情が
いたずらっ子のように崩れた

「ふふっ、気がついた?」
「ええ。いつも夕食まで一緒なのに、どうして今日に限って帰ると言ったのかな、と」
ティファとユフィも、そう言えば…というようにルクレツィアを見やる。
「彼、真面目でしょ。時々からかいたくなるのよね。困った顔が見たくて」
「それで、わざわざ…?」
シェルクの脳裏に、つい先ほどのヴィンセントの表情が甦った。困ったというより泣きそうなという方が近いように思える。
無表情が売りの彼にそんな表情をさせるとは、ルクレツィアは天性のいじめっこのようだ。

「そう。でも、これから捜索でしょ?すぐに見つかりそうなら、ヴィンセントに連絡はこないもの。きっと朝までかかるかな」
長々待たされそうだから、ちょっと意地悪を言ってみた、とルクレツィアは笑う。


「それなら、それでいいじゃない?」

 ティファが入り口のドアに歩み寄り、「準備中」の札を「本日休業」に替えた。
「クラウドも今日は遅いし、女だけの宴会!といきましょうよ」
「やったあ!賛成!」
「私、お姉ちゃんにメールしておきます」
盛り上がる仲間たちを見て、ルクレツィアも楽しげな笑みを浮かべる。

「じゃあ、今夜は無礼講、だね!」




 その夜、セブンスヘブンは華やかな宴会の場となった。


 
思いのほか、早めに仕事が終わったクラウドと、早く帰りたい一心で発見した迷子の隊員を脇に抱え、ビルの窓からダイブ
したヴィンセント。この二人はいくら呼んでも女たちに気付いてもらえず、店の入り口で侘しく朝を迎える羽目になったのだった。
二日酔いの集団のお世話ももれなくついてきたのは、いうまでもない。








                                                  
2006/5/6
                                                    syun







 

難産の小説をちょっと放っておいて、書きやすいタイプの話に逃げてみました。思いのほかさくさくと書けたのにびっくりです。みわさんとメール
で「ヴィンセントはルクさんの前では虎が猫になる」と話していて思いついたネタです。話の展開上虎じゃなくて黒豹になってしまいましたが。
どこまで甘々にできるか挑戦してみましたがこれが限度ですね(笑)こんなのですが、謹んでみわさんに捧げさせていただきたいと思います。
ヴィンとルクさんは、艱難辛苦を乗り越えて幸せになって欲しいという願いを込めて書いてみました。(これでか?)



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