食卓の風景




「ここだ。やっとついたな」
「あの時とほとんど変わってない。何だか、なつかしいね」


 海を越えてエッジからはるばるロケット村までやってきたティファとクラウドは、メテオの影響をほとんど受けなかった
村の落ち着いた様子を、フェンリルの上から感慨深げに眺め渡していた。

 村のはずれには、神羅カンパニーの作ったロケット発射台がモニュメントのように残っており、それが窓から眼に入
る場所に、飛空艇師団長、シド・ハイウインドの家はあった。

「少し早くついちゃったけど、大丈夫かしら」
「いいさ」
 少しためらうティファをよそに、クラウドが扉についているノッカーを叩こうとしたちょうどその時、鍵を外す音が聞こえ
て、重厚な木製のドアが内側から開き、優美な長身があらわれた。

「!?」
クラウドが驚いたように眼をみはる。
 ウォームグレーの、ポートネックのセーターに黒のボトムス。肩を越える長さの黒髪は後ろでゆったりとまとめられて
おり、その飾り紐から外れた一房が柔らかく胸元で揺れている。端整な顔立ちに、夕日の色をした印象的な瞳が二人
を映し出した。いかにも普通の服装であるが、この人物が普通の姿をしていることが、とても新鮮に感じられる。

「……よく来たな」
「ヴィンセント! 久しぶりね、元気だった?」
 ティファが声を弾ませる。それに頷き、ヴィンセントは先に立って遠来の客を家の中に招きいれた。
「ノックもしてないのに、よくわかったな」
「部屋の中にいても、お前たちの声は聞こえていた」
その言葉に、彼の人間離れした聴覚を思い出し、クラウドは肩をすくめた。

 香辛料のスパイシーな香りがキッチンからリビングの中にあふれており、空腹だった旅人たちの鼻腔を刺激する。
「…ヴィンセント、あなたがカレー作ったの?」
「いや。今日の当番はシドだ」 
 ティファとクラウドはこっそり視線を交わして微笑みあった。日常会話なのだが、この背の高い麗人の口からこぼれる
と、不思議な違和感がある。昼の穏やかな日差しがたっぷりと差し込む広い室内は、新たにここの住人となった人物
の性格を表すように、きちんと片付けられていた。
 以前に訪れた時の雑然とした印象が強烈だった二人は、きょろきょろと室内を見回した。
「意外と綺麗ね…。掃除も当番制なの?」
「聞くだけ野暮だろう。あのオヤジが掃除してるところなんて、見たことないぜ。…そういえば、シドは?」
 クラウドは磨きこまれたテーブルの前の椅子に腰をおろし、対面式のキッチンカウンターの中に入ったヴィンセントに
声をかけた。コーヒーミルに豆を落とし込み、丁寧にひきながら長身の麗人が答える。

「すぐに戻るはずだ。買い物に行っている」
「ふーん…」
「あ、そうそう、これお土産ね。両方とも冷蔵庫に入れた方がいいからね」
 ティファは思い出したように包みを開き、上等なロゼワインのフルボトルと手製のアップルパイを見せた。良質の酒を
好むヴィンセントが柔らかな微笑でそれに応じる。

 旅の間、ほとんど無表情か、シニカルな笑みしか見せることのなかった彼の意外な表情に、クラウドとティファは魅入
られた。長い旅を共にしてきた仲間だというのに、まるで別人を見るかのような思いにとらわれてしまう。

いつも、暗赤色のマントの襟に半ば顔を埋めていた彼が、今は大分柔らかな色と素材のセーターを身につけている。
滅多に人目に触れることのなかったあごから首、鎖骨までのラインと、うつむいた時に頬にかかる張りのある黒髪が二
人の目を引いた。広い襟からのぞく白い喉は、ずいぶんと無防備な印象を与える。


「……なんだ?」
二人の凝視に、ヴィンセントはコーヒーを淹れる手を止めて不思議そうに問いかける。
「あんた、随分印象が変わったな。 一瞬誰か判らなかったぞ」
 頬杖をついてクラウドが答えた。いつも彼を支配していた孤独な影と張り詰めた緊張感がうすれ、端整な貌の中の
夕日色の瞳は、穏やかな光をたたえている。

「そうか」
発言の方は相変わらず端的だ。彼は客を促してテーブルにつかせ、その前に淹れたてのコーヒーを置いた。
 ガントレットや皮手袋で覆われていない彼の手は、すらりと指が長くきれいな形をしている。ティファは、意外に上品
な動きをするヴィンセントの手に視線を奪われた。人の手の形と動きは、その人となりを表すと聞いたことがある。優雅
な仕草をするヴィンセントの手は、彼の本質を雄弁に語っているのだろう…


「ああ、美味いな」
 のどの渇いていたクラウドは、丁寧に淹れられたコーヒーを美味そうに飲んでいた。その声に我に返って、ティファも
カップを傾けた。豊かなキリマンジャロのふくいくたる香りが、広がっていく。

「ほんと、おいしい! コーヒーをおいしく淹れるのって難しいのよ」
 客の賞賛に、ヴィンセントはかすかにはにかんだような表情をした-。ティファの顔にも微笑が広がる。無口で無愛想
なガンマンだった彼をかわいいと思えるのは、ちょっとした驚きだった。これも、同居している騒がしい男の影響なのだ
ろうか。


 マグカップを傾けていたヴィンセントが急に玄関を振り返り、席を立った。ティファとクラウドが顔を見合わせる。しばら
くして、大荷物を抱えたシドの大声が廊下に響き渡った。

「おう、客人は来たかよ? ヴィンちょっと手を貸せや!」
「……香草を買いに行ったのではないのか?」
「遠来の客は盛大にもてなさねえとな! これはビールだ、よく冷えてるからすぐに飲めるぜ。こっちは焼酎と梅干と…
おっと、これはアイシクルから今日入ったキャビアとウータイの子持ちししゃもだ!」

「いいから、まずは中に入れ」
 玄関から聞こえてくるやりとりに、リビングにいた二人はくすくすと笑いあった。
「…なんだか、まるで漫才みたいよね」
「ヴィンセントがいるかぎり、この家にはノッカーはいらないな」

 そこへ、なつかしい足音と大声が割ってはいる。
「おうおう、よく来たな!!」
「シド、久しぶりだな!」
「エッジで会ったきりだね、なつかしいわ」
 買い物の大荷物をヴィンセントに押し付けて、シドは二人と熱烈に握手を交わし、どかりと椅子に座った。
「直行便ができたからな。便利になっただろう」
「そうだな。貨物も運べるというので、フェンリルも積んでもらった。おかげで空港からまっすぐ来られたよ」
「わざわざ運んだのかよ?! 言ってくれりゃブロンコで迎えに行ってやるのに」
「いいのよ。タンデムでツーリングもけっこう楽しかったよ」
「へっ、オアツイねえ。当てられちまうぜ」
シドは笑い、ふところからタバコを取り出した。
「食事の時はやめてくれ」
 シドの搬入してきた大量の食料を片付け終わったヴィンセントが、静かに抗議する。無精ひげののびた頬がいたずら
っぽく笑い、客人にウインクしてキッチンに立った。

「おう、わりい。…なんだよ、キレイにしまっちまって。ビール飲もうぜ」
「カレーはどうする」
「もうちっと煮込んだ方が美味いんだよ。ししゃも、食うだろ?」
「…昼から、ビールとししゃも、か?」
「悪いかよ。卵たっぷりかかえた子持ちだぜ!」
「好きにしろ。今日の当番はあんただ」
 ヴィンセントはやれやれというように首を振り、魚を焼く網を探し始めたシドを放置して、ビールとグラスをテーブルに
運んだ。当惑をのせた夕日の色をした瞳が、ティファとクラウドの笑いをこらえた瞳とぶつかる。

「いいのよ、ヴィンセント。ウータイのししゃもは有名だよね。私、好きよ」
「すまない、ティファ」
 小さなため息をついたヴィンセントは、それでも女性客にそれだけではまずいと考えたのか、キャビアの缶をあけ、
クラッカーとチーズをオードブルにしてテーブルに載せた。そのとなりに、ナッツやサラミ、ビターチョコレートといった
つまみと、シドが焼き加減にも気を配ったししゃもが香ばしい香りを放ちながら仲間入りする。
 そしてグラスにたっぷりと注がれたロケット村のご当地ビール、「ハイウインド」。

「んじゃま、再開を祝して乾杯といくか!」
「乾杯!!」
4つのグラスが軽くぶつかり合い、にぎやかな昼食が始まった。


「で、おまえんとこのチビたちは元気かよ?」
「ああ、デンゼルもすっかりよくなったしな。マリンと今、学校に通い始めてる」
「学校?!」
「そう、エッジにもできたのよ。この間の事件で、子供たちをもっと大切にしようっていう運動がおきたの」
「リーブが仕掛け人だ。しばらく前に、相談を受けたことがある」
 ヴィンセントの言葉に、ティファとクラウドは驚いて彼を見た。
「…そう、たしかにWROの設立だけど、何だ、知ってたの」
「そう言えば、ヴィンセントは今何をしてるんだ?」
 キャビアをこんもりと乗せたクラッカーを口に放り込んで、クラウドが興味深そうに訊ねる。
「……辺境地域の調査、及び研究者の護衛をたまに、というところだ」
「何だ、最近は護衛もしてんのか?」
「シド、いっしょにいて知らないの?」
「月の三分の一も顔合わせねえぜ。こいつは出かけると何週間も帰ってこねえし、オレ様もフライトがあるしよ」
 蜂蜜色の頭髪をしたパイロットは、まるまると太ったししゃもをビールで流し込んだ。
「何だか、タークスの仕事に戻ったみたいだな」
「…………」
ヴィンセントは数回の瞬きを返事代わりにしてしまう。隣に座っていたシドが、無口な本人に代わってクラウドの呟きに
答える。


「こいつもリーブを手伝ってんだよ。WROの非常勤特別職員、ってヤツさ」
「契約をした覚えはないが」
WROではそうなってるらしいぜ」
「ふーん、でも調査ってヴィンセントに向いていそう」
カダージュたちのことも一番詳しかったしな、とクラウドがティファの感想に同意した。ヴィンセントは自分が話題になる
ことに馴染めず、黙ったままぽりぽりとししゃもをかじっている。


「それと、マテリア販売かぁ?」
「……それは副産物だ」
からかい口調のシドを横目で睨み、ヴィンセントは空いた皿をキッチンに下げに行ってしまった。
「マテリア?」
「辺境はまだモンスターがわさわさいやがるからよ。ピースメーカーかバントライン持ってくと、結構マテリアが育つんだ
と。ちょっと長い仕事だと倍にして帰ってくるぜ。それをリーブに売りつけてるってわけよ」

「ヴィンセント…」
ティファとクラウドは困惑してキッチンにいる仲間を見やった。
 シドは軽い口調で言うが、ヴィンセントが、マテリアが育つほど頻繁に戦いの場に身をおいているとは思わなかった。
旅をしていた頃よりも穏やかで静かな雰囲気をまとった彼は、この平和なロケット村での生活で癒され、満たされてい
るように見えた。

「今のモンスターは昔ほど強力ではない。それに、WROでもケアルやポイゾナが必要な施設は増えている」
「治療マテリアを増やしているのか…」
無口で無愛想に見えるが、その実、情の深い彼らしいな、とクラウドは思う。
「魔法のもそうだぜ。治療マテリアはただでくれてやってるらしいが、攻撃用の魔法マテリアはWROやここの武器屋が
高く買い上げるからよ。こいつ、武器屋のオヤジとすっかり懇意になりやがって、いいお得意様だぜ」

相変わらず無口な本人に代わって、シドがビールを飲みながら解説する。
「確かに、銃はメンテナンスや消耗品の補充が大変だな」
クラウドがうなずく。

「……それよりも、しばらく帰らないと家の掃除の方が大変だ」
掃除の魔法が発動するマテリアがあると助かるのだが、と呟くヴィンセントにティファが吹き出した。
「やっぱり、掃除はヴィンセントが専任なのね。初めて来た時と別の家みたいに片付いているから、そうじゃないかと思
ったわ」

「シドが掃除をするのは、タイニーブロンコとハイウインドの中だけだな」
「うるせーよ。いいじゃねえか、おめぇは掃除が趣味みたいだしな」
「趣味ではない。必要に迫られているだけだ」
「ヴィンセント、うちの掃除もしてくれない? クラウドはシドと変わらない汚し屋さんなのよね」
「シドといっしょにするのか。ひどいな」
何杯目かのビールを飲み干したクラウドが顔をしかめる。その発言に口をひん曲げて絡んだシドに、再びキッチンから
声がかかった。


「シド、カレーが焦げるぞ」

「おぅ、火止めろ! メシは炊けてるんだろうな?」
「あんた、出かける前に自分でスイッチいれていただろう」
「そうだそうだ! くっはー、いい匂いしてやがる。さすがウータイの米は違うねぇ。よしヴィン、皿出せ」
「……もう出してある」
客二名は、キッチンで繰り広げられるコントのような会話に、テーブルに突っ伏して笑った。正反対の性格をしたシドと
ヴィンセントであるが、その凸凹がうまく噛み合いながら日常生活を送っているらしい。


 キッチンから戻ってきたヴィンセントが、おおぶりのグラスになみなみと入ったヨーグルトドリンクをテーブルに置いた。

「? 酒のあとにヨーグルトドリンク?」
甘いものは苦手なんだがと申告するクラウドに、ヴィンセントは首をふった。
「シドのカレーは瀕死状態になるほど辛いぞ」
 大喧嘩をした後のメニューがこの激辛カレーだった日、一口食べた途端リミットブレイクしたと、彼はぼそぼそ語った。
慌てたシドに窓から放り出されたが、その時にガリアンビーストがつけた爪あとが、窓枠にくっきりと残っている。

「……何だか、思ったよりサバイバルな生活なんだな」
「リミットブレイクするほど辛いカレー、ねえ」
「おらおらおら、待たせたな! 今日の出来もサイコーだぜ! オレ様の『ダイナマイト・カレー』だ」
 シドが4枚の深皿にたっぷりとよそったカレーを、一気にテーブルに運んできた。刺激的な香りが立ち上る。それに、
マリネと呼ぶには厚切りのサーモンとオニオンがたっぷりのった、ボウルに山盛りのサラダ。

「さあ、食ってくれ。客人のための特製だぜ」
クラウドとティファは、緊張した面持ちでスプーンをとり、恐る恐るひとくち口に運んだ。
「…かっ………ら〜い!!」
「……けど、おいしいよ。……でも、から〜い!」
 二人は同時にヨーグルトドリンクのグラスをつかみ、口の中の消火作業をするかのような勢いで流し込む。ヨーグルト
のたんぱく質が、口やのどの粘膜の保護をしてくれるはずだ。ヴィンセントも、慣れたとはいえ破壊的な辛さを警戒して
わずかずつを口に運んでいる。大汗をかきながらも通常ペースで食事をすすめているのはシドだけだった。



「……うぅっ…」

黙々とスプーンを動かしていたクラウドの顔が青ざめ、身体を二つに折って胃を押さえ込んだ。
「クラウド?! ねえ、大丈夫?」
驚いたティファが、自分の分のヨーグルトドリンクを差し出すが、それどころではないらしい。
「辛さで胃をやられたのだろう。今ケアルをかける」
ヴィンセントが慣れた様子で立ち上がり、自分の部屋からマテリアをはめこんだシルバーバングルを持ってきた。
 シエラ号の乗組員やロケット村の連中が、たびたびシドのカレーの犠牲者となっており、その度に治療するのはヴィン
セントの役目となってしまっていた。食べなければいいのだか、シドの勧めを断ることの出来る勇気の持ち主は皆無で
ある。

ヴィンセントの低い声が呪文を詠唱すると、翡翠色の光がクラウドを取り巻き、彼の身体に吸い込まれていく。
ほどなくして、復活したクラウドが顔を起こした。その視線がニヤニヤ笑っているシドの視線とぶつかる。

「すまない。うまいと思うんだが、何しろ、辛くて…」
「なんでぇ、情けねえな。ティファは食っちまったぞ」
「え…?!」
 クラウドと、ヴィンセントも驚いて、彼女の空の皿を見つめた。二人の驚嘆と尊敬の視線を受け、ティファは自慢げに
少し顎をあげる。

「辛かったけど、おいしかったわよ。なかなかいい味だわ。シド、レシピ教えて?」
「んなしゃれたもんはねえよ」
シドは空になった深皿にスプーンを放り込み、冷水をあおる。
「料理ってやつはな、気合とインスピレーションなんだよ。誰かみてえに本と首っぴきでやってちゃ、味が死んじまわあ」
「経験の乏しい分野に挑戦する場合、マニュアルから入るのがセオリーだ」
ヴィンセントがちまちまと殺人カレーを攻略しながら、言い返す。クラウドは白旗を掲げ、ヨーグルトドリンクをすすって
いた。

「……要するに、味の記憶とイメージで作っているわけなのね? それはそれですごいけど」
カクテルと似ているわとつぶやいて、ティファは感心する。
「へへっ。飛空艇の設計も料理もヒトマネじゃだめだ。オリジナリティがねえとな。…おいヴィン、おめぇまで残すんじゃ
ねえ。ちゃんと食えよ」

「……これが限界だ。あんた、いつもより大盛りにしただろう」
 やや苦しそうなため息をついてヴィンセントはスプーンをおいた。三分の一以上残っている皿を押しやり、ヨーグルトド
リンクを飲み干す。

「なんでえ。食うときは人の3倍も4倍も食うくせによ」
「3倍?!」
「ヴィンセントが?」
驚いた二人の視線を受けてヴィンセントは決まり悪そうにうつむいてしまう。
「…だって、旅の間だってあんまり食べなかったじゃない。誰より小食だったわよね?」
「野営の時とか、食わないこともあったな」
「……それは今も同じだ。…ただ、最近は変身した後にひどく腹が減るようになった」
 少し恥ずかしそうにしながら、彼はぼそぼそと話した。

 リーブからの調査依頼によりおもむくメルトダウンした魔晄炉やその周辺には、まだ手強いモンスターが残っており、
時にはリミットブレイクするほどの重傷を負わされることもあった。異形への変身は、桁外れの戦闘力と防御力、それ
に身体の傷の回復をもたらす。旅の間はそれで済んでいた。

 しかしシドと暮らすようになってからは、仕事から帰ると飢えをみたすかのように食事に集中し、それがすむと2,3日
眠り込んでしまう。


「変身って、カオス…?」
ティファが首をかしげる。
「いや、私が制御できるのは他の3体だけだ。カオスは変身が解けた後の反動が大きすぎる」
 ヴィンセントの切り札とも言える4番目の魔獣への変身は、彼の負担も大きいらしく、旅の間も人の姿に戻ってからは
昏倒してしまうのが常であった。仲間の援護がある時はともかく、単独の調査行動中に呑気に気絶していては、確かに
命に関わる。

「出ている間、食ってねえってワケじゃねえんだろ?」
「ああ。省略することもあるが」
「メシは三度三度ちゃんと食えって言ってんだろう。だから、帰ってきた途端に、冷蔵庫空っぽにするほど食いやがるん
じゃねえのか」

「人聞きの悪いことを言うな」
 さすがに顔を赤らめてヴィンセントは反論した。
「…あれは、私が留守の間にあんたが買い物に行かなかったからだろう。期限切れの近い保存食品をまとめて処分し
ただけだ」

「確かに、保存食品は意外とすぐ期限切れになるな」
 クラウドが妙なところで同調する。ティファは呆れて声も出ない。 
クラウドはともかく、缶詰やレトルトパックの山を攻略していくヴィンセントを想像するのは困難だった。だいいち、彼が
こんな話をすること自体がそぐわない。


「だから、上海亭で腹いっぱい食わしてやったろうが。グラスランドの上等なチョコボステーキ、800グラムも一気食い
しやがっただろう」

 帰宅するなりダイニングキッチンのテーブルに空のパッケージを積み上げはじめたヴィンセントを、シドもさすがに見
かねたのだった。冗談のつもりで彼が注文した特大ステーキを、ヴィンセントは淡々と行儀よく平らげ、集まっていた
野次馬の喝采を浴びている。

「へえ、いいな。グラスランドのか」
カレーの打撃から立ち直ったクラウドが、滅多に口に出来ない高級食材の名前に興味を示す。
 フェンリルで「運び屋」をしている彼も、リーブの協力を得てそれなりの収入を確保できるようになっていたが、二人は
その上を行く高額所得者だった。シドは飛空艇師団を指揮して、復興のための物資を各地に輸送し、ヴィンセントは
WRO
の活動の最も危険な部分を請け負っている。そして、二人はその果たしている役割に応じた十分な報酬をリーブ
から受け取っていた。ただし、二人ともそのほとんどを武器やタイニーブロンコにつぎ込んでしまうため、日ごろの暮ら
しぶりは質素そのものである。

 最も、ヴィンセントに関しては、リーブとシドが二人がかりで仕事をさせているという言い方の方が正しい。 「ジェノバ
戦役」後、世界の復興に力を注いでいるリーブにとって、ヴィンセントは単独で一個部隊以上に相当する得がたい戦力
であった。カダージュたちとの戦いのあと、ふらりと立ち去ろうとする彼をシドが捕まえてロケット村に連れ帰り、無理や
り滞在させた。そして、リーブが仕事を発注し、なだめすかしながら報酬を受け取らせることで、どうにか貴重な戦力と
しての彼を確保しているのだった。エッジで購入したヴィンセントの携帯電話のメール履歴は、リーブからの業務連絡
とユフィの他愛ないおしゃべりが大半を占めている。

 シドの留守中家を預かっていたシエラは、WROの航空部門メカニックチーフに引き抜かれ、数ヶ月間本部に出張し
ている。彼女は、誰かが面倒を見なければシドがゴミの山に押しつぶされてしまう、とヴィンセントを説得し、彼の滞在
に一役買っていた。



「ねえ、そろそろデザートにしない? アップルパイ切ろうよ」
男どもの色気のない食い物の話に肩をすくめ、ティファが提案した。カレーが食べられず、ししゃもとクラッカーに少し
飽きてきていたクラウドと、甘いものは苦手だがティファのパイだけは食べるシドが、熱心に賛成する。

彼女は身軽く立ち上がり、キッチンに入ると巨大な冷蔵庫から手土産の箱を取り出した。
「あら、いちごにネーブル? こんな果物までちゃんと買ってるの?」
「いや、ネーブルは武器屋の奥さんからの貰いものだ。いちごは村の婦人会からもらった」
カレーの皿をシンクに置きながらヴィンセントが答える。
「婦人会? なんだそりゃ」
クラッカーをつまんでいたシドが振り返った。
「シド、あんたが知らないのか? 婦人会の集まりで果物狩りや釣をするのだろう? あんたの留守中にも色々届いて
いるぞ」

毎回届けにくる人は違っているが、と呟くヴィンセントの言葉をシドの爆笑がさえぎった。
「違う違う! そりゃおめぇが目当てだぜ! 婦人会なんてしおらしいモンはここにゃねえよ!」
「しかし、あんたに渡してくれと…」
「そう言わねえと、おめぇが受け取らねえからだろ」
事情を察したクラウドとティファも吹き出した。まったく、この麗人は変なところでボケている。

 シドがヴィンセントを連れてロケット村に帰ってくると、熱烈な歓迎が二人を待っていた。シドはもともと村の看板男で
あり、「星を救った英雄」が二人も村にいるということは、人々を得意がらせた。

 無口で人付き合いの下手なヴィンセントであったが、シドの留守中に村を襲ったモンスターの群れを一人で殲滅した
ことから急速に村人との距離が縮まっていた。本人のあずかり知らぬところで、彼は「はにかみ屋のヴィンセントさん」
とあだ名され、人見知りの激しい彼にどうやって接触するかというのは、村の女性たちの一番の関心ごとであった。

「いいじゃない。人気があってうらやましいわ」
 ネーブルを切りながらティファがからかうと、背の高い麗人は困ったように夕日色の瞳を伏せてしまう。
その表情を見て、彼女は村の女性たちの母性本能がうずく理由がわかる気がしたのだった。この美貌でそんな表情を
されたら、誰でもころりとまいってしまう。当の本人が自覚がないのは、すでに犯罪と言えた。


「…ねえ、ヴィンセント」

 考え込みながらかけた言葉に、本人だけでなくシドとクラウドもティファに視線を向けた。
「お腹がすくようになったって言ったでしょ。それと眠れるようになったって。きっとそれって旅の時からそうだったんじゃ
ないかな。それだけ、変身って体に負担がかかってたってこと。でも、あの状況ではそんなこと言っていられなかった。
貴方も、私たちもね」

ティファは三人を見回して言葉を続ける。
「今、安心できる場所を見つけたから、自分の欲しいものがわかるようになったんじゃないかな。食べること、眠ること。
それって、安心してないとできないよね」

「たしかに、帰る場所があるのとないのでは大違いだな」
クラウドが静かにうなずく。
「人は、独りでは生きられない。…そして、俺たちは、一人じゃない」
 考え込むように呟いたクラウドを、ティファが優しい眼差しで見つめた。彼にとっても、その命題は重い意味を持って
いる。一番そばにいる彼女はその重みを十分に理解していた。

「へへん、この風来坊に人並みの生活を教え込むのは、ちっと骨が折れたぜ」
何故か得意げに、シドが椅子にそっくりかえる。
「シド、あなたの方が掃除してもらったりして、世話をかけているように見えるけど?」
「なんだと〜」
 笑いを含んだティファの突っ込みに、シドは椅子から落ちそうになった。横を向いて失笑するクラウドに八つ当たりの
照準を合わせて、その首根っこを捕まえ拳骨で金髪頭をぐりぐりしてやる。日ごろクールな若者も、年長の仲間の悪
ふざけに形ばかりの反撃をし、ほろ酔い状態の二人は腹ごなしとばかりにテーブルの周りでどたばたと暴れまわる。



「……私はかりそめの客だ。ここに長くいるつもりはない」
 その明るい雰囲気をよそに、いちごのへたや傷んだ部分をナイフで器用に切り分けながら、ヴィンセントが呟いた。
アップルパイの皿にネーブルを飾っていたティファと、暴れていた二人が凍りつく。

「…なっ、何だよいきなり! そんなの聞いてねえぞ!」
シドがクラウドを放り出し、カウンター越しにヴィンセントを睨みつける。
「…私がここにいるのは、彼女が帰ってくるまでの間、あんたをゴミの山から護るためだ」
「あ゛?」
「新婚家庭に、第三者が同居を続けるわけにはいくまい?」
 涼しい顔で爆弾発言をしたヴィンセントに、シドの顔が真っ赤に染まった。今度はクラウドとティファが椅子を蹴って
立ち上がる。

「何なに?! それこそ聞いてないわよ!」
「シド、シエラさんと婚約したのか?!」
 二人は左右からシドを挟んではやし立てた。本人は真っ赤な顔から汗を流してヴィンセントを睨みつける。
「ヴィン、てめえ勝手にリークしやがって…!」
「 きゃーっ、おめでとう!! 式はいつなの? どこでするの?」
 長い戦いのあとの始めての慶事に舞い上がったティファは、指輪は、ドレスは、お色直しは何回、新婚旅行はとシド
にはちんぷんかんぷんの質問を立て続けに浴びせかける。その彼女が放擲したアップルパイを大きく切り、ネーブル
といちごをトッピングして、ヴィンセントはクラウドに皿を渡した。

「ありがとう。…しかし、シドも水臭いな。もっと早く教えてくれればいいのに」
「女性を無駄に待たせるのは罪だ。一度失ってしまうと、もう取り返しがつかないものもある…」
テーブルで騒いでいる二人の分もカウンターに乗せ、ヴィンセントはその夕日色の瞳をクラウドに向けた。
「…おまえも、ティファをあまり待たせない方がいい」
一瞬硬直して顔を赤らめたクラウドの肩越しに、避難してきたシドがカウンターをのぞき込んだ。

「おい、何こそこそやってんだよ……っと、うまそうだな」
「今、茶を淹れる」
すっかりキッチンの中が定位置になってしまったヴィンセントが、湯を沸かして紅茶の準備を始めた。
「おめぇが余計なこと言うから、すっかりティファが舞い上がっちまったじゃねえか」
「いつまでも連絡しないほうが悪い。シエラさんも気の毒だ。今後の予定も早く決めたらどうだ」
「あーそうかよ。じゃ、決めてやらあ」
行儀悪く立ったままでパイをかき込んでいたシドが、フォークでびしっとヴィンセントを指した。
「友人代表スピーチ、おめぇやれよ」

ティーカップが床に激突する音が、部屋に響き渡った。

「もちろん断らねえよな。オメデタいことだからよ。『断る』なんてのは縁起がわりいや」
「シ…シドっ…!」
来客用のティーカップを2脚まとめて粉々にし、ヴィンセントは気の毒なほど動揺した表情をシドに向けた。
クラウドとティファも、あまりに大胆で不適切な人選に、眼を丸くして二人を交互に見つめている。

「……ヴィンセントのお祝いスピーチ、まったく想像できないな」

「…ほんとね。シドしか思いつかないことだわ」
「まだ、葬式の時のお悔やみの方が…」
「ばか!」

小声でひそひそと話し合う二人をよそに、パイを平らげたシドはニヤリと笑ってタバコに火をつけた。
「あー、言っとくがマニュアル通りの定型文なんざ却下だぜ。ちゃーんと、オリジナリティあふれるスピーチしろよ」
「無理だ!」
「聞こえねえなあ」
「……仕事が入れば、式に出られるとは限らない」
「そんなマネしやがったら、リーブをぶっ殺すぜ」
「…………」
「場所はロケット発射台跡。人前式で、日程はお前がスピーチの原稿を仕上げ次第だ。いいな?」
「…………」
「予定決めろっていったのはおめぇだぜ。…おら、湯が湧いてる。早く茶淹れろよ」

 ハイウインドの一斉砲撃を食らったかのように、ヴィンセントは割れたティーカップのかけらを手にしたまま、キッチン
でフリーズしていた。見かねたティファが壊れたカップを片付け、ポットとリーフを探し出してお茶を準備する。

「…大丈夫よ。私、一緒に考えるから。ね?」
「シドの結婚式は、いつできるかわからない……私の罪だ」
「ばかなこと言わないで。 お祝いする気持ちはあるんでしょ。それを言葉にすればいいだけじゃない」

 ティファはすっかりたそがれてしまった男に喝を入れ、パイとお茶をテーブルに運ぶ。健啖家のシドと小腹が空き始
めていたクラウドは2切れ目に手を伸ばした。ショックでもともと乏しい食欲を失ったヴィンセントは、お茶のみを口に運
んでいる。

「ティファのパイは、甘すぎねえし、酒が効いていてうまいよな」
「ああ。店でも評判はいい」
「シエラもよお、料理は上手いんだが、何しろトロくて困るんだよなあ」
「シドはせっかちだからな」
「けっ、腹減ってる時に延々と待たされる身にもなってみろってんだ。自分で作っちまった方がよっぽど早いぜ」
「だから、料理が上手になったのね」
野営の時に、捕らえた獲物をさばいて料理するのもうまかったし、とティファは回想する。
「ところで、シエラさんはWROだろう?結婚したら村に戻るのか?」
アップルパイの大きな切れを胃に収めて、クラウドがティーカップを傾けながらたずねる。
「ああ〜、仕事はあっちだしな。ここと行ったり来たりになるだろうよ。まあ、飛空艇使やぁどこだっていけるしよ」
それなら、とティファが瞳を輝かせる。
「セブンスヘブンでもパーティしようよ。旅の仲間だけ集めて」
「それはいい考えだ」
 クラウドも同調する。それぞれの生活に戻った仲間たちとは会える機会は少なく、こんなチャンスはのがす手はなか
った。しかも、仲間で一番のお祭り男の華燭の宴である。こんな時代だからこそ、盛り上がれる場は多い方がいい。

「おう、ティファの手料理のパーティなら大歓迎だぜ。気心しれた連中でぱーっとやるのは悪くねえな」
シドは茶を飲み干してカップをソーサーに置いた。
「そうと決まりゃ、今夜は豪勢にいこうぜ。上海亭で前祝だ。ちっと早いがオヤジに店開けさせるから、チョコボステーキ
食いに行こう!」
「いいね」
「賛成だわ」

 食後のデザートが終わったばかりというのに、ステーキを食べに行くと言い出したシドと、それに同調した二人をヴィ
ンセントは呆然と見つめた。

「ヴィン、ぼけっとしてねえで、行くぞ」
「ついさっき、食事が終わったばかりだと思うが」
「あれはあれ、これはこれだ!ごちゃごちゃ言ってねえでついて来い!」
「……私はここで待っている」
「ばか言うんじゃねえ。客人だけ行かせるのかよ。お前は酒だけ飲んでりゃいいから来いよ」
 胸も腹も一杯で、チョコボステーキなど見たくもないヴィンセントは、結局シドに襟首つかまれて連行される羽目に
なったのだった。



「おや、艇長のとこの兄さん。今日は腹減ってないのかい? 分厚いのをレアで焼いてやろうか?」
「………勘弁してくれ」
 上海亭の主人が、酒のグラスのみを前にしたヴィンセントに人懐こい笑みを向ける。憮然とした彼の目の前では、シド
とクラウドがステーキの大きな切れを口に放り込んでいた。そばではティファがシーフードグリルの盛り合わせを堪能
している。


視覚だけで胸焼けを起こしたヴィンセントが、その晩寝込んでしまったという噂もあるが、真実の程は定かではない。



 カームで復興祭が行われる、数ヶ月前の話であった。








2005/12/30
2006/2/10加筆修正
Syun






ししゃもを食べているヴィンが書きたかった…。ずーっと座り込んで喋って食べての繰り返し。おやつの直後に夕食なんて
普通です。まるで自分の日記のような話になってしまいました。でもヴィンはついて来れないでしょう。小食というイメージの
強い彼ですが、個人的には大食らいの美形が好きなので、ちょっとドカ食いしていただきました。でも、リミブレして傷が全快
というのなら、体内の蛋白質やらカルシウムやら色々使うだろうし、そうしたら補充が必要だろうしと,ちょっと理屈をこねて
みたりして。ヴィンが日常生活をしているところを描写するだけで、十分にギャグになるような気がしてしかたありません。
ロケット村の婦人会には、是非加入したいです。(笑)






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