暑気払い






「あ〜づ〜い〜〜!」

「仕方ないでしょ。夏だもの」
「わかってるよ。でも文句ぐらい言わせてよ」

タンクトップの襟元を指先で持ち上げ、うちわ代わりのメニュー表で風を送り込みながらユフィは暑い暑いと吠えた。
長い黒髪をアップにしたティファも暑さにうんざりしているのは同じなので、苦笑しながら忍者娘のグチにつきあっている。
ユフィの頭越しに見える窓の外は熱気で揺らいで見える。開け放した入り口と窓から入ってくるのは湿気を帯びた熱風。
それでも無風よりはましだ。


「この暑さで空調効かないなんて、サイッテー!」
「配給電力は全部保冷庫に回ってるの」
「それもわかってるってば」

これで冷たいドリンクまで取り上げられたらもうリミブレものだ、と憤慨しつつ、ユフィはオレンジスカッシュのお代わりを
せがむ。
気を利かせたティファは、グラスではなくビール用のジョッキに氷を大盛りにして注文のアイスドリンクを出した。


「さんきゅ」

カウンターに突っ伏したユフィはジョッキを引き寄せ、細かい水滴を張り付かせたそれに頬を押し当てた。
冷たさが心地よく肌を刺激する。氷が揺れてぶつかり合う涼やかな音、炭酸の泡がジョッキの底から立ち上ってはじける
様子などが、体感温度を僅かに下げてくれる。


「気温と湿度から言ったら、コスタやゴンガガの方がよっぽど高いんだけどね」
「あそこで暑いのは諦めがつくの。ここはいつもなら空調効いてるはずなのに暑いから腹立つんだよ」
「明日には復旧するそうよ」

ティファは自分用に淹れたアイスティを一口飲み、限られた電力でできるメニューをあれこれ考えていた。
エッジの街中が暑さにうだっている時に客が喜びそうなのは、冷たいガスパチョかヴィシソワーズ。目先を変えてウータイ
の冷たい麺なども良いかもしれない。ゴンガガ産の飛び切り辛いカレーなども食欲を刺激してくれそうだ。
もちろん、今日はビールが飛ぶように売れるだろう。

折りしもランチの時間帯なのだが、殺人的な猛暑の中を出歩く人はいない。
やけに車の数が多いのは短距離でも歩きたくない、と車のクーラーで涼みたい、の両方の理由だろう。


魔晄エネルギーがふんだんに使われていた頃は停電など滅多に起きなかった。
石油を使った火力発電に切り替わった今は、時折メンテナンスのために電力の配給が制限される。
WROは太陽光による発電システムの開発を急いでいるようだが、まだ実用化はされていない。


「ここにも風車つけたら?風力発電ならコスモキャニオンでやってるじゃん」
「発電できるほどエッジの風は強くないよ」

それより、ウータイの忍術を極めると、火でも涼しいと感じるようになるんじゃないの?とティファはからかう。
修行嫌いで資質と実戦で力をつけたユフィは鼻を鳴らして嘲笑した。


「あんなの、修行マニアのヘンタイ発想だよ」

それより、飲み物お代わり!とユフィが中身の少なくなったジョッキを持ち上げたのと、入り口のドアについたチャイムが
涼しげな音を立てたのが同時だった。


「あら、いらっしゃ…い…」

珍しい客を迎えて最初は弾んだティファの声が後半は途切れ、そこにユフィの嫌そうな罵声が被さった。

「うっげ〜! アンタ暑くないの? ってか、この炎天下をそのカッコで歩いてきたわけ?!」

ティファとユフィの視線の先には、このクソ暑いのにレザースーツをきっちり着込みマントまでまとったヴィンセントがいた。
額に巻いた布や鈍く光るガントレットはもちろん、黒皮の手袋も外してはいない。サイホルスターに納まった大型ハンドガン
までが暑苦しく見える。熱風になびく長い黒髪に至っては言語道断。
いつもはその端整な美貌で人の目を惹き付ける彼だが、今日は万人が目を背けるだろう。

今日の最高気温は37℃。その中をこの格好で歩かれては見ている方が暑くてかなわない。
ある意味究極の迷惑行為だ。
炎天下を歩いて身に吸収した熱気と共に入ってきた彼の周りには陽炎が立っていた。


「暑苦しー!こっち来んな、妖怪赤マント!」
「用を済ませたらすぐに消える」

ヴィンセントは運んできた大きなケースをカウンターの脇に置いた。首を傾げたティファはWROのロゴマークがついた
それに思い当たる節があったようだ。


「クラウドがWROに寄ったついでに持ってくると言っていたわ」
「手が回らないから届けてくれと電話があった」

相手の返事にティファは笑みを深くする。
実のところ、ストライフデリバリーサービスは、明日から数日間休みをとる。滅多に姿を見せないヴィンセントをセブンス
ヘブンに来させるための、クラウドの方便だろう。マリンやデンゼルも彼に会いたがっているしユフィも遊びに来ている。
ヴィンセントを召喚して賑やかな彼らの「防波堤」にしようというクラウドの思惑が透けて見えて、ティファはこっそり失笑
した。それならこの子守役を逃がさないようにするのは彼女の役目だ。

「とりあえず座って。コーヒーでいい?」
「ああ」
「ちょっと待て。座る前にこれ脱げ」

ユフィがカウンターにもたれたまま、手の届く距離に来たヴィンセントのマントを引っ張る。

「このままで構わん」
「見てるこっちが暑苦しいんだってば」
「見なければいいだろう」
「屁理屈こねないでさっさと脱げ!」

アンタがそばに来るだけで体感温度が2度上がる、と毒づくユフィに、ヴィンセントは渋々と言った風に喉元のベルトを外し
始めた。
たっぷりと日光を吸って熱を孕んだマントを脱ぐと、最初からそうすればいいのだと鼻を鳴らしてジョッキを取り上げる彼女
の上にバサリと落とす。
マントの重さと暑苦しさにウギャーと悲鳴が上がった。


「何すんのー!?」
「すまない。手が滑った」
「うそつけ、このボケ老人!」

明らかに笑いを堪えながらそらぞらしい詫びをする相手に2,3回蹴りを入れ、ユフィは大立腹の態でジョッキを空ける。
…ヴィンセントときたら、あんな風に見えてたまにむかつくことをしてくれる。いつかも危ないところを助けてやったアタシに
向かって『頭は大丈夫か?』と言ったんだから!


「はい、お代わりね」
「うん」

ティファから冷たいストレートティを受け取って機嫌を直しかけたユフィは、男の前に置かれた飲み物を見て目をむいた。
このクソ暑いのに、ホットコーヒーだと?!

「ティファ、オーダ間違えてないよね?」
「注文どおりよ」

カウンターの中におかれたスツールに座ったティファは、うちわで顔をあおぎながら応える。
一応は手袋とガントレットを外したヴィンセントが、湯気の立つカップを傾けて満足げな笑みを浮かべた。


「ゴンガガ産はアイスにすると香りが死ぬからな」
「だったら他の飲めばいいじゃん!何でわざわざホットなのよ?」
「何を飲もうと私の勝手だ」

お前こそ冷たいものばかりを飲んでいると腹を下すぞ、と言われてユフィはぶんむくれる。その二人のやりとりをうちわを
動かしながら聞いていたティファはおかしくて仕方がない。

暑さに苛立ってヴィンセントに八つ当たりをするユフィもユフィなら、その彼女を秘かにからかって愉しんでいる彼も彼だ。
以前はユフィにからまれると硬直していたヴィンセントだが、ようやく攻略法を身につけてきたのだろう。
何だかんだと言いながらも、この二人は相性がいい。


「ねえ、ところでこれ何?」

もうヤダこの赤マント、と毒づいたユフィは興味の矛先を届けられた荷物に向けた。WROのロゴがついているあたりから
すると、リーブからの贈り物か。


「充電池よ」

フル充電しておけば、メンテナンスの間くらいは電気が持つんですって、というティファの話にユフィが瞳を輝かせる。

「じゃあ、使えば空調入れられるんじゃないの?」
「あいにく充電はされていないそうだ」

熱いコーヒーをちびちびと啜りながらヴィンセントが無下に答える。

「何で充電してないものを持って来るかなあ。今使えなきゃ意味ないじゃん」
「私に言われても困る」

使えないヤツと決め付けた直後、何かを思いついたようにユフィの表情が変わった。暑苦しいからそばに来るなと遠ざけて
いたヴィンセントの隣のスツールに移動し、大きな瞳で相手を覗き込む。


「ねえねえ、リミットどのくらい溜まってる?」
「?」

またよからぬ事を考え付いたなと警戒するヴィンセントは、唐突な質問に首をかしげた。

「デスギガスに変身できるくらい溜まってる?」
「変身してどうするの?」

ティファも首をかしげる。

「ライブスパークに使ってる電力を、この充電器に貯められない?」

突拍子もない発想にヴィンセントはあっけにとられていたがやがて小さく吹き出した。

「何で笑うのさ。デスギガスの時は無駄に放電しまくってるじゃん」
「お前の自由な発想には敬意を表するが」
「やってみなくちゃわからないでしょ」
「壊れるだけだ」

電気や雷をあやつる魔獣を発電機代わりにしようとする発想に呆れつつも、ヴィンセントはその自由さと大胆さに感心する。
周囲にいるものを即座に感電死させる攻撃エネルギーを、いったいどうやったらこの小さな充電器に送り込めると言うの
だろう。彼女のことだから、口に送電ケーブルでも押し込みかねない。

もっとも、デスギガスが放電するエネルギーを蓄えられたら、エッジの街全体が半日位は空調を使えるようになる。
リーブがこのことに気付いた場合はヴィンセントにもっと深刻な事態が降りかかるが、それはまた別の話だ。


「だからさー、壊れないようにデリケートに充電できないの?」
「私が制御できるのはガリアンビーストだけだ。他の2体のすることに責任は持てない」
「ちぇっ」
「なーんだ。ちょっと期待したのに」

ユフィだけでなくティファにまで落胆され、ヴィンセントはやれやれと首を振る。その動きとともに長い黒髪が揺れ、隣にいる
ユフィの鼻先を掠めた。


「この分では、次はサンダーで充電しろと言い出しかねんな」
「できるの?やってやって」
「だから無理だと言っている」

魔法を使うならブリザドで氷柱でも作る方が現実的だ、と言う彼にティファとユフィは顔を見合わせた。


「それで涼しくなるの?」
「空気中の水分を凍らせるから湿度は下がる。氷柱のそばで風を起こせば今よりは涼しいはずだ」
「あ〜。グラスランドでチョコ房の前に氷柱たてて扇風機回してるあれか」
「でも、この暑さじゃすぐに溶けちゃうわよ」
「何度かブリザドをかければ明日まで……何をしている?」

ティファはうちわを動かしながら、ヴィンセントの髪を勝手に編み始めたユフィを面白そうに見ていた。
もちろん止めようとはしない。
隣の不穏な気配を察していたくせに予防しないのだから、彼もユフィの行動を許容しているのだろう。


「アンタの髪、暑苦しいんだよ。三つ編みとアップ、どっちがいい?」
「どちらも断る」
「じゃあ、切るぞ」
「それも断る」
「そんなわがまま許せるか!」

安心しろ、もう帰る、とコーヒーを飲み干して席を立とうとしたヴィンセントをティファがやんわりと制した。

「クラウドに頼まれたんでしょ。帰って来るまで待ってもらわなくちゃ困るわ」

マリンとデンゼルもそろそろ帰ってくるし、子供たちに会わずに帰るならその説明はちゃんと自分でしてねと言われると、
ヴィンセントは黙るしかない。


「そうそう。大体アンタ帰るトコあるの?万年ホームレスじゃん」

ユフィも髪を編む手を緩めない。ストレートで張りのある彼の髪は、少し指の力を緩めると編み目がほどけてしまう。

「痛い。引っ張るな」
「だって編みにくいんだもん。それより、ブリザガで氷柱作ってよ」
「自分でやれ」
「アタシがやったら建物ごとぶっとんじゃうって」

ユフィは魔力の資質は高いが繊細なコントロールは苦手だ。確かにセブンスヘブンごと凍りつきかねない。魔力の有効
活用には自制心がものを言う。


黙り込んで無視を決め込む彼に怒るでもなく、ユフィは狡猾な笑みを浮かべた。

「そういえば、ライブスパークで充電する話だけど、リーブのおっちゃんに言えば何か開発してくれるかもよ」
「………」

妙なところで機転のきく忍者娘にヴィンセントは長いため息をついた。
会う度に繰り返されるささやかな駆け引きは、今回も彼の惨敗。相手の突っ込みをかわせなくなった時点で負けだ。

デスギガスを発電機代わりにするなど実効性は殆どないが、彼の身に宿っている魔獣の研究にはシャルアあたりが興味
津々で飛びついてきそうだ。緊急時には大いに助かりますねえ、と両手をこすり合わせながら笑うリーブの姿もリアルに
想像できる。
WROに長期間拘束されると何かとこき使われるので少々面倒くさい。


「石油だって魔晄と同じ星の命だからね。他の方法で発電できるならその方がいいわ」

電気を自前で生み出せるなんてそれも立派に星を救うことになるんじゃない?とティファも巧妙に彼を追い詰める。
前後から挟み撃ちにされたヴィンセントはあえなく撃沈した。





一日中荷物の配達に追われていたクラウドがセブンスヘブンに帰ってきたのは、日付が変わろうとする時刻だった。

「ただい…ま…?」

ドアを開けた彼を迎えたのは、店の中央に居座った巨大な氷柱。床から天井まで届くそれは照明を反射して輝きながら、
店内にひんやりとした空気を提供している。
夜中になっても25度を下回らない外気に比べて、セブンスヘブンの中はそれこそ天国のようだ。
停電しているはずなのに扉も窓も締め切ってあったのはこのためか、とクラウドは納得する。


「おっかえり!遅かったじゃん」
「夜食用意してあるわよ」

氷柱の向こう側からユフィとティファが元気良く迎えた。この涼しさの中にいたなら当然だろう。

「ブリザラの応用か」
「そう。湿気も下がるから助かるわ」

そしてその恩恵をもたらした主はカウンターの隅で褒美のワインにありついていた。

「随分涼しげになったな」

隣のスツールに腰を下ろしたクラウドは冷えたビールのジョッキを掲げてみせる。
それにグラスを合わせたヴィンセントはタークス時代のように髪を短く切り、いつもならきっちりと上まで止めているレザー
スーツの襟元をくつろがせていた。
彼自身の意思ではなく強制されているのは一目瞭然だ。


「こうなると分かっていたら頼みを断ったのだが」
「そう言うな。夏場はそのぐらいの方が見る側も助かる」

クラウドにまで遠まわしに暑苦しいと言われ、ヴィンセントは沈黙するしかない。
暑さに辟易している仲間たちの意見は手厳しかった。


「今日は早仕舞いか?」

いつもなら常連客がまだ飲んでいる時間帯だ。これだけ暑ければ客も来ないだろう、というクラウドにティファとユフィは
揃って首を振った。


「その逆よ」
「エッジで涼しいのはここだけって、わんさか客が来ちゃって満員御礼。チョ〜忙しかったんだから!」

ユフィだけでなくヴィンセントまでが手伝う羽目になり、彼目当ての女性客がカウンターに陣取って大変だったとユフィは
報告する。


「あんまりうるさいからヴィンちゃんが一服盛って早く帰したんだよね」
「人聞きの悪いことを言うな」

臨時のバーテンダーを勤めたヴィンセントはグラスを干してそっけ無く答えた。

「注文のカクテルのアルコール度数を少々上げただけだ」
「それだけ?」
「鎮静剤も多少」
「ひっど〜い!」
「早く眠れる上、二日酔い防止にもなる」

悪いことはあるまい、としれっと言ってのけるヴィンセントにユフィはあきれ返った。
クラウドの前に夜食のプレートを置いたティファは悪戯っぽく微笑む。


「ヴィンセント、それレシピ教えて。酔ってからむ客に使えるわ」

あんまりうるさいと目の前でリンゴやジャガイモを握りつぶして見せるんだけど、食材を無駄にするのがイヤなのよと
セブンスヘブンの女店主はぼやく。
もっとも、彼女を良く知る常連客はそんな無謀をするわけもなく、お灸をすえられるのは行きずりの一見の客たちだ。
「星を救った英雄」の店は、エッジで一番治安のいい店でもあった。




「冷たっ!」

天井付近から落ちてきた水滴にユフィが首をすくめる。
夜中を過ぎてもさして下がる気配のない外気温に、氷柱も少しずつ溶け始めていた。
ヴィンセントは立ち上がると氷柱にかざした両手の間に魔力を集中する。
ブリザラを応用させて、攻撃ではなく限られた範囲に氷の結晶を作ることは、高い魔力と集中力を必要とした。


「普通、暴発するよね」
「ブリザドどころかブリザラを凝縮させるからね」

やっぱり器用だね〜と呑気に感心する仲間たちの前で、空気中の湿気が氷結し、氷柱に吸い込まれていく。
溶けかかった氷は再度硬度を増し、氷柱は一回り太くなって新たな冷気を漂わせ始めた。


「停電が復旧するまで、明日も客が来ちゃうんじゃないの?」

氷柱に一番近い位置に椅子を運んで冷気を享受していたユフィがティファを振り返る。
常連客たちの顔を思い浮かべて、ティファは困ったように腕組みをして俯いた。
セブンスヘブンもストライフデリバリーサービスに合わせて休みの予定なのだ。
だが、暑さから逃れて喜んでいた彼らを
思うと締め出すのは気が引ける。


「復旧するまで半日ぐらい開けることはできるけど…」
「要するに、涼しければ場所はどこでもいいわけだ」

カウンターに戻ったヴィンセントがぼそりと呟いた。

「どゆこと?」
「大人数を収容できる涼しい場所があれば、おのずと人はそちらに集まる」

WROのエッジ支部にでも氷柱を立ててやればいい、と言う相手にティファは目を丸くする。

「でもそれ、WROが困らないかしら?」
「暑さで倒れる者が続出するよりはよかろう。集まった群衆をどうするかはWROの勝手だ」
「アンタって親切なのか悪辣なのかよくわかんないね」

ユフィが足をぶらぶらさせながら、感嘆と悪態の混在した感想を述べた。
ヴィンセントのことだ、ふらりとWROに行き、勝手に巨大な氷柱を立てて説明もせずに立ち去ってしまうのだろう。


「だが、それですむなら助かるな」

夜食をかきこんでいたクラウドがようやく人心地ついたように参加する。

「WROが涼しくなるのならむしろ貸しだ。俺とヴィンセントで行ってくる」
「それじゃアタシも行く!」
「ユフィは屋外にしておいてね。建物が壊れるわ」

意気込むユフィをやんわりと制して、ティファはカウンターの奥に仕舞い込んでいたものを取り出した。
それは、かつてユフィがクラウドに送った「臨時休業」の看板。


「これ使うの、今回で2度目だね」
「今回は臨時じゃないけどな」
「珍しい。どこか行く予定でもあんの?」

まとまった休みなど滅多に取らないクラウドにユフィは首をかしげた。食後のコーヒーを飲み干して、クラウドは彼女へと
向き直る。


「行き先は、忘らるる都だ」

その言葉は場の空気を変えるほどの重みを持っていた。
ユフィの態度が神妙になった。彼の隣でグラスを傾けていたヴィンセントの手が止まる。彼の右腕には風雨に晒されて
色を失った古いリボンが結ばれたままだ。


「たまにはみんなで会いに行くのもいいだろう」
「そだね。じゃ、うんと大きい花束持っていこうよ」

表情と口調を改めたユフィにうなづき、クラウドはヴィンセントを振り返った。

「あんたも、行くだろ」
「ああ」

ヴィンセントが肯定的に即答するのも珍しい。
クラウドは口の端を上げ、早くも白み始めている夏の夜空を窓越しに眺めた。
緯度の高いアイシクルでは、夏の間白夜になっていることだろう。


「明日は、晴れるといいな」

呟いた彼の手の中では、臨時休業の看板が出番を待ち構えているかのようだった。

                                               





                                              syun
                                             1012/8/25




FF7の「星」は地球ではないのですが、どうしても日本の生活事情がにじみ出た二次創作になってしまいます。それにFF7のテーマ
自体がエコロジーだと思っているので、魔晄使用停止と原発使用停止がどうしてもかぶります。星の命を大切にというのはフィクション
でもファンタジーでもないですねえ。そして猛暑真っ盛りの中でヴィンさんと出会ったらいくら美形でも目を背けたくなるだろうなあと思って
書いてみました(笑)皮スーツの上にマント!もう縫ぐるみ着てるのかというレベルで暑苦しいですよね。本当はユフィにナイフで服切ら
れて脱がされるという予定だったのですが、あんまりなのでやめました。セブンスヘブンの構造を忘れてしまっていてACを見直したら、
ラストのオチまで変わってしまいました(笑)避暑とお墓参りというのも夏休みっぽいかな。そしてクラウドが忙しいのはお中元シーズン
だからですね、きっと(笑)





Novels