Summer Vacation
盛夏。
長い下積み時代を経て、ようやく地上に出られた寿命の短い夏の虫が、命の限り合唱している。
山腹にあるWRO本部は平地よりやや気温と湿度が低いとは言え、今年の猛暑から逃れられるわけでもない。
特に、大型コンピュータが集中している研究室は、どこも空調の利きが悪く、暑さとの戦いになる。
「あっちーね、この部屋」
折りたたみ椅子に座ったユフィが、部屋の中央に置かれた大きなテーブルにだらしなく突っ伏した。
「電源落とすわけにいかないからね」
ルクレツィアがその鼻先にアイスティーを入れたグラスを置いた。氷同士がぶつかる涼やかな音が、せめてもの救いである。
同じテーブルの端で黙々と銃の手入れをしている男の前にもグラスを置いて、ワーカホリック気味の科学者は端末の前に戻る。
「ルクレツィアさん、夏休みってないの?」
「うーん、あるようなないような…」
やりたい仕事がたくさんあるので、休んでいるより研究室にいるほうが落ち着く、とルクレツィアは笑った。
「ユフィはどうなの?」
「へっへー、それがさ、聞いてくれる?」
忍者娘はアイスティーを半分ほど一気飲みして、ポシェットから薄い封筒を取り出した。
「ホテルのリニューアルキャンペーンで当たっちゃった!」
コスタ・デル・ソル一のリゾートホテルの招待券を、彼女は得意げに振ってみせる。
「それでさ、ヴィンちゃん借りたいんだけど、どうかなあ」
ユフィに見つめられ、ルクレツィアは形のよい顎を指先でつまんでスケジュール帳を頭の中でめくる。
「…データ入力の作業はしばらくないし、3,4日で返してくれれば構わないわ」
「やったー!サンキュー」
まるでレンタカーか何かのようにやりとりされるヴィンセント。銃の手入れに没頭していた彼は、自分の意志を見事に無視した
決定に驚いて顔を上げた。
「…ルクレツィア…!」
「いいの。私に気を使わず楽しんできて」
いつも手伝わせてばかりで、悪いと思っていたのよ、とルクレツィアは方向性の思いっきりずれた気遣いを示す。
「あなたもたまには息抜きが必要だわ。ユフィとなら気心知れてるし、いいでしょ?」
「…いや、だが」
「ツインじゃなくて、シングル二つにもしてもらえるみたいだよ」
浮き浮きとした調子でチケットを振ってみせるユフィを、夕日色の瞳が睨む。
「シェルクと行けばよかろう」
「ばーか。男女ペアのご招待なんだよ」
「他に誘う相手はいないのか」
「日程がつまってんの。見渡したところ、一番ヒマそうなのがアンタだったってわけ」
局長からの特別命令がないかぎり、ラボでルクレツィアの研究助手もどきをしているヴィンセントは、確かに他の仲間たちから
みると、一番ヒマといえる。
「いいじゃん、たまにはエスコートしろよ」
「何故私がお前をエスコートせねばならない?」
「アンタ、アタシにでっかい借りがあるでしょ」
「…何の話だ?」
いやな予感を覚えながら、ヴィンセントはユフィを凝視する。その彼に、忍者娘は思い切り人の悪い笑みを浮かべた。
「もう忘れてんの?人の顔めがけて水鉄砲…」
ヴィンセントの顔に朱が散った。相手の口を押さえようと黒い影が動くが、予測していたユフィは横っ飛びにすっ飛んで、ルクレ
ツィアの後ろに隠れる。
「ヴィンセント、こんなせまいところで暴れないでちょうだい」
「〜〜〜〜!」
「へっへー。やーい怒られた〜」
この上なく安全な砦の後ろから、ユフィは腰に手を当てて宣言する。
「じゃ、明後日の朝ここに来るから。『足』もちゃんと確保しといてよ」
「局長には私から伝えておくわ。ゆっくりしてきてね」
彼の意思は無視されて、状況は勝手に進展していく。不本意ではあるのだが、力の差が歴然としている相手からの好意を
どうやって断れるというのだろうか。
ヴィンセントはテーブルに片手を着き、やや哀しげな瞳でルクレツィアを見やった。
ゴールドソーサーと並び称されるリゾート地、コスタ・デル・ソル。
三度にわたる災厄で一時は閑古鳥が鳴いていたこの場所にも、ようやく客足が戻ってきつつある。
神羅が経営していたホテルはただ同然の値段でライバル会社に移り、新しい名前で売り出している最中だった。
「ま、アタシたちの功績からしたら、とっくに招待されてたって良いと思うけどね」
パティオに面したレストランで遅めの昼食をとりながら、ユフィが言った。
テーブルの上には、ランチメニューの小皿料理がひしめいている。
小エビや稚魚をオリーブオイルでからりと揚げたもの、具だくさんのオムレツ、じゃがいもとイカの煮込みに、たっぷりのバジル
で味付けされたトマトのソテー。
油っぽい料理が多いためか、サラダはレタスと香草にツナフレークをかけただけのシンプルなものが出されていた。
小型飛空艇で船酔いしていたことを忘れたかのように、ユフィは健啖家ぶりを発揮している。同じテーブルについている男は
呆れたようにその様子を眺めながら、激辛チョリソを肴に、氷をいれた赤ワインのグラスを傾けていた。
コスタ・デル・ソル周辺の乾燥地帯で取れるぶどうは、糖度が高い割合にさっぱりとしている。ワインに氷を入れるのは、夏の
季節の風習だ。
「ちょっと、ひとりで1本空ける気?」
ユフィが空いている自分のグラスを指差して催促する。
「この後泳ぐつもりなら、やめたほうがいい」
「ワインの1杯ぐらいじゃ、なんともないって」
ヴィンセントは小さなため息をつき、アイスバケットからボトルを取り出して彼女のグラスに注いだ。テーブルに頬杖をついたまま
ユフィはそのさまを満足げに見守る。
ブルーグレーの麻のシャツとストーンホワイトのボトムを身につけたヴィンセントは、人畜無害なただの観光客のように見えた。
服装さえちゃんとしていれば、端整な容姿の彼は、目の肥えたコスタの女性の前を連れて歩いても恥ずかしくない。
救いようのない朴念仁だが、最初からそういう約束なので最低限のエスコートはしてくれる。愛想がないのが難点だが、これで
愛想がよかったら完璧に「潜入工作中のタークスモード」だ。それはそれで気持ちが悪い。
強い日差しを受けて、パティオの白壁と籠に生けられてふんだんに飾られた花々は、自ら光を放っているようだ。珍しく明るい
風景を背にしたヴィンセントは、いつもとはまるで別人。他の席にいる女性客が、時折彼に視線を投げかけているのが面白い。
リゾート滞在向きの服など持っていない彼をひきずって、ユフィはコスタに到着してすぐにショッピングストリートに走ったの
だった。有無を言わさず、選んだ服を押し付けて着るように命じ、ついでに自分も買い物の亡者となる。
今日の目玉は思いがけず安価で手に入れた、デザイナーズブランドの水着。空は快晴。いやがうえにも気分が盛り上がる。
「さて、腹ごしらえも済んだし。着替えてビーチ行こ!」
氷で気持ちよく冷えたワインを飲み干し、ユフィは快活に言った。
ウェイターの差し出す伝票に部屋番号のサインをしながら、連れの男は何度目かのため息をついた。
ホテルの広大なプライベートビーチは、宿泊客の活気で溢れていた。
白い砂浜には白いパラソルが整然と並び、エメラルドグリーンの遠浅の海には、ウィンドサーフィンの帆が咲き乱れている。
「じゃーん!どう?似合う?」
コスタ・デル・ソルのデザイナーによる新作水着を身につけたユフィは、ビーチに連行した男の前でくるりと回ってみせた。
パラソルの下でデッキチェアに寝転がったヴィンセントは、無感動な瞳で忍者娘を眺める。
「…武器や防具を着けていないだけで、いつもと大して変わらんな」
ユフィの露出度の高い服装はいつものこと。この朴念仁には、新作水着もタンクトップとホットパンツも、大差はない。
ユフィは怒ってサンダルを投げつける。
左右のサンダルの時間差攻撃を、軽く首をすくめてかわし、ヴィンセントは暇つぶしに持参した本を広げた。
「私はここにいる。お前は好きなだけ遊んでくるがいい」
「ビーチまで来て、読書かよ」
「ならば、部屋に戻ってもいいか?」
「じゃなくってー! 全く泳ぐ気ないわけ?」
「ああ」
「つまんない男!」
ユフィは腰に手を当てて、連れの男を睨みつける。
ヴィンセントはサングラスをしたまま視線をもう本に落としている。
濃い色のサングラスは、強い日差しから目を守るためだが、あまりに有名になった彼の素性をごまかす役も担っていた。
コスタ・デル・ソルにいる多くの観光客風の装いをし、ビーチの片隅で読書にふける彼が、オメガと刺し違えた英雄だとは
誰も思わないだろう。
「んじゃ、アタシひと泳ぎしてくるから」
「ああ。溺れるなよ」
「ダレに言ってんの!」
男の保護者然とした言葉に拳骨を振り、元気印の忍者娘は軽やかに走り出した。
容赦なく照り付ける午後の日差しはパラソルに遮られ、潮風が心地よく吹きすぎていく。
パラソルと交互に配置されている南国の木々は、デッキチェアでくつろぐ客を午睡に誘うかのようにさやさやと葉を鳴らす。
視界に入るのは、真っ白な砂浜と、美しく澄んだ海と、抜けるような青い空。
水平線のかなたには入道雲がもくもくと盛り上がっている。
遠くで聞こえる人々の楽しげなざわめきすら、穏やかな午後の演出に一役買っているようだ。
『…たまには、のんびりするのも悪くないな』
ヴィンセントは長身を思い切り伸ばし、読み終えた本をテーブルに置いた。
物見高いリスが一匹、幹の途中まで降りてきていたが、慌てて身を翻して木を駆け上っていく。
客の動きに反応して寄ってきたホテルの従業員にコインを親指で弾き、彼はよく冷えたビールを受け取った。
視線の先では、流れ着いた海藻をひとまとめにして運んでいく作業員の姿があった。リゾート向けの美しい海岸を保つために、
それなりの努力が必要というわけだ。片付けられた海藻から転がり落ちた小さな蟹などを狙って、数匹の猫が作業する人々に
つかず離れず従っている。
ビールを飲み干し、すっかりオフモードに入ったヴィンセントは両腕を頭の後ろに組み、目を閉じた。心地よい風が頬を優しく撫で
ていく。
寄せては返す波の音と、木の葉の優しい囁きが、彼を心地い眠りへといざなっていった。
澄み切った水と存分に戯れ、シュノーケリングにビーチバレーまで堪能したユフィは、一番端のデッキチェアへ歩いていった。
他にいくらでも空いている場所があるのに、あの陰気な男はどうしても隅っこに行きたがる。
途中でホテルの従業員からミネラルウォーターとトロピカルフルーツの盛り合わせを買い、彼女はパラソルが作り出す快適な
日陰へ滑り込んだ。
「ヴィンちゃん、フルーツ買ってきたよ」
返事はない。
みずみずしい果汁のしたたるスイカにかぶりつきながらユフィが覗き込むと、ヴィンセントはぐっすりと眠っているようだった。
少しでも周囲に異変があれば飛び起きる男なので、彼女の気配を感じ取り警戒をといているのだろう。
ユフィはビーチバレーをしながら目撃した情景を思い出して、くすりと笑った。
彼に目をつけた女性グループがわざとビーチボールを投げ、「すいませえん。ボールとってくださあい」などと言っていたのを
見事に無視していたヴィンセント。狸寝入りかと思っていたが、どうやら本気で爆睡していたようだ。
ユフィは気付かれないようにそっと男のサングラスを取り上げた。
「…確かに、キレイな顔はしてるんだよねー」
これで性格が伴っていれば考えてやってもいいのに、と独りごちながら、ユフィはパパイヤ、マンゴーと皿の上のものを片付け
ていく。今年は猛暑でたわわに実った果物たちは味が濃く、たいそう甘い。
寝たきり男にわけてやるつもりなどさらさらなく、ユフィは山盛りのフルーツを存分に楽しんだ。
最後に残ったマンゴスチンの皮をむいていたとき、背後で大きな水音が響いた。人々の悲鳴と慌しい足音がそれに続く。
振り返ったユフィの目に映ったのは、巨大な水棲モンスターの姿。
「げ、ボトムスウェル?!」
通常、ジュノン沖合いに生息する魚型のモンスターだが、海流にのってまれにコスタ・デル・ソルに出没することもある。
肉は美味で、上手くしとめられた場合高値で取引されるらしいが、その幸運は滅多に訪れることはない。
大きな尻尾が水面を叩き、それにあおられたウインドサーファーたちが転倒する。泳ぎも達者な彼らは必死で浜辺にたどり着
いた。ビーチにはモンスター出現の警報が鳴り響き、コスタ・デル・ソル勤務のWROがばらばらと集まってきている。
「ちょっと、ヴィンセント!起きてよ」
この騒ぎの中にも関わらず惰眠をむさぼる男の頭を、ユフィはミネラルウォーターのボトルでひっぱたいた。
「……私を悪夢から呼び起こすのは…」
「ウソつけ。気持ちよさそうに寝てたくせに」
厳しく決め付けた彼女は、マンゴスチンをかじりながら背後の大騒ぎを親指で示す。
「あれ、なんとかしてよ」
ヴィンセントは眠そうな目でWROとボトムスウェルの戦いを眺めた。
コスタの海岸に来てもモンスターには何のメリットもない。恐らく、浅瀬に乗り上げたところを攻撃されたので、逆上したのだろう。
「…海に入らなければいい。そのうち立ち去るだろう」
「そのうち、じゃ困るの!ウィンドサーフィンレースの予約してあるんだからぁ」
「明日にしろ」
「明日は天気が悪そうなんだってば!」
「………」
ヴィンセントはのっそりと起き上がり、口元に手を当てて大あくびをした。どうやら完全にスイッチが切れているらしい。
「そのうち、彼らが追い払うと思うが…」
やる気の全く感じられない声でぼそぼそと文句をいう男に、ユフィは肩をそびやかした。
「アンタ、それ本気で言ってる?」
滅多にモンスターの現れないコスタ・デル・ソルは、WROの部隊の配置も手薄だった。新兵や実戦経験の乏しいものも多く、
弾もまともに当たっていないらしい。もっとも銃弾は堅い鱗に跳ね返され、モンスターの怒りを煽るばかりで大した効果はあがっ
ていない。逆にボトムスウェルの起こす大波になぎ倒され、銃が水浸しで使えなくなる有様だ。
「…仕方がない」
さも面倒くさそうに呟き、ヴィンセントは立ち上がった。ベルトに挟んでいたピースメーカーのマテリアを確認すると、あくびを
かみ殺しながら、まるでバーにビールでも買いに行くように無防備な足取りで歩き出す。
「あいつ、目醒めてるのかな…?裸足で行っちゃったよ…」
まあ、砂浜だから裸足でもおかしくはないんだけど、ヴィンセントがとなると珍しいよね…と呟くユフィ。
寝起きの男は寝癖のついた髪をかきあげながら、苦戦するWROの援護に回った。
魔力を加減しながらファイアを放ち、ボトムスウェルの放った水球に閉じ込められた隊員を解放した彼に、コスタ・デル・ソル駐屯
部隊の隊長が訝しげな目を向ける。
「あなたは…」
「…私が相手をする。お前たちは援護に回れ」
聞き覚えのある重低音の声に印象的な夕日色の瞳。大分カジュアルな服装になっているが、WROに所属していて彼を知らぬ
ものはいない。
「ヴィンセント・ヴァレンタイン殿!失礼いたしました」
隊長は踵を鳴らして敬礼した。まわりにいた隊員たちも驚いてそれにならう。そのうちの何人かが、敬礼の姿勢のまま水球に
閉じ込められた。慌てた一同は、再び銃を取り上げる。
大物モンスター相手にライフルだけで応戦している隊員たちを見て、ヴィンセントは小さくため息をもらした。
準備はされてあるが、誰も扱おうとしないバズーカを取り上げ、マテリアを装備する。
相手は水の属性モンスター。火の属性を付加した攻撃をすれば、すぐに片はつく。何故こんなに手こずるのか、彼にとっては
その方が不思議だ。
「さがれ!」
彼の指示で、ボトムスウェルを牽制していた隊員たちが、一斉に引く。水面に躍り上がった怪魚の頭部を、バズーカの一撃が
吹き飛ばした。ボトムスウェルの胴体部分が、派手な水しぶきをあげて浅瀬に落ちる。
ビーチに、野太い感嘆の呻きと、黄色い歓声、それに拍手が巻き起こった。
ヴィンセントはふーっと息を吐き出し、バズーカを隊長に手渡した。かつてWRO本部でアスールと闘った際に使用したものと
同型のはずだが、随分と使いにくい。
「照準が右にずれるな。整備はしていないのか」
「は、申し訳ございません。実は、大型火器を扱えるものがおりませんので…」
隊長は汗を拭き拭き応える。
「ご存知の通り、コスタは今まで大きな戦乱に巻き込まれておりません。その分、予算も薄めでして…」
「…………」
一気にしみったれた話になり、二人とも気まずく黙り込んだ。そこへ、元気娘の明るい声が乱入してくる。
「ヴィンセンとー!」
身軽く走ってきたユフィは、そのままの勢いでヴィンセントの背中に飛びついた。よろけもせずに受け止める男におぶさったまま
嬉々として話しかける。
「ウィンドサーフィン、再開するってさ!」
「そうか」
ラフなシャツに裸足のまま、背中に水着姿の娘を張り付けたヴィンセントの姿を、WRO隊員たちはぽかんとした顔で見守って
いる。しかし、星を救った戦友同士は周囲の視線など気にかけていない。
「それでね、アンタさえよければ、ホテルとかコスタの店が、アレ買い取りたいんだって」
「アレ…?」
その代名詞が何を指すのかわからず首をかしげる男の頭を、ユフィは両手で持って浅瀬へと向ける。そこには、シェフやコックや
板前、それに宝飾デザイナーなどがボトムスウェルに群がる姿があった。
「すっごくおいしいから、すっごく高く売れるらしいよ。鱗とかは、アクセサリーになるんだって」
「…わかったから、降りろ」
彼の背中から滑り降りたユフィは、狡猾そうな光を瞳に宿らせている。
「一番きれいな鱗のアクセサリーくれるなら、アンタと話つけてきてやるって言っちゃった。…いいよね?」
「…好きにするがいい」
「やったー!」
「ただし、支払先はWROコスタ・デル・ソル駐屯部隊としてもらおう」
隊長がはじかれたように頭を起こした。見開かれた両眼に見る見る涙が溜まってくる。周囲の隊員たちが興奮気味にざわめき
始めた。
「なるほどー。コスタのWROはビンボーだもんね」
忍者娘の心無い一言も、今の彼らには気にならないようだ。
「ヴィンセント・ヴァレンタイン殿、ありがとうございます!」
「リーブに報告はしなくていい」
「はっ!供与されました資金は、武器、弾薬の補充および重火器のメンテナンスに充てさせていただきます!」
隊長を始めとする部隊一同の最敬礼を受け、ヴィンセントは面倒くさそうに頷いて見せた。
「ねえ、ヴィンちゃん食べないの?」
ビーチに作られた大規模な特設会場の上座に座らされたヴィンセントは、ユフィの問いにうんざりしたような表情を作った。
「もう一通り食べたぞ」
「だってまだたくさんあるよ」
コスタ・デル・ソルは、時ならぬボトムスウェル喰い尽くしパーティに沸いていた。
滅多に口にすることのできない食材だけに、地元の料理人たちは大奮起した。新鮮な切り身をふんだんにつかって、刺身に鮨に
カルパッチョが作られ、ステーキに蒲焼に煮込み、揚げ物に炒め物、すり身を使ったハンバーグもどきも並んでいる。
ボトムスウェルの炊き込みご飯や、クリームソースと絡めてパスタと合わせるなど、同じ食材でここまで出来るかと思うほどの
万能選手ぶりだ。しかも、そのどれもが旨い。
人々は紙皿を何枚も抱え、バイキング方式で様々な料理を心ゆくまで味わっている。火の通った料理は、本日中に食べることを
条件に、お持ち帰りも可だ。会場はホテルの客だけでなく、地元の人々などで大盛況である。
硬い鱗や骨はアクセサリーデザイナーや民芸品を作る工房などがひきとり、売り上げ総額はかなりのものとなったらしい。
WRO駐屯部隊は今日は飲めや歌えの大騒ぎだ。隊長はネクタイを額に巻いて、ライフルを振り回しながら踊っている。
感激した隊員たち一人ひとりのお酌を受けて、ヴィンセントはいやというほどワインやシャンパンを飲むはめになった。
「ホテルのシェフが燻製にしてくれるって。おっちゃんたちへのお土産にいいよね」
「…好きにしろ」
そんなお土産を持って帰れば、一部始終がばれてしまう。もっとも、情報戦でリーブやシェルクに勝てるとは思っていないが。
あのにこやかな笑顔で、「コスタの駐屯部隊がお世話になったそうですね」と言うリーブの姿が、いとも簡単に想像できる。
ヴィンセントは酔っ払った隊員の何度目かの乾杯を受けながら、空を見上げた。満天に輝く星たちは、彼の苦労を優しくいたわっ
てくれるかのように見えた。
彼はポケットから取り出した商品引き換えカードを眺めて、わずかに瞳を和ませた。コスタ・デル・ソルきってのデザイナーが、
お礼代わりにくれたもの。ボトムスウェルの鱗のうち、一番美しいものを選び抜いて作られるペンダントは、彼の想い人の胸元を
優美に飾るだろう。
「…あと二日の我慢、ということか」
少し気を取り直したヴィンセントは、よく冷えたシャンパンを喉に流し込んだ。
だが、あと二日のバカンスがつつがなく終わるのか。
その保障は、どこにもない。
2007/8/23
syun
リゾートに行きたい欲求不満をパソコン上で解消してみました。名無しのコスタのホテルのデザインはコルドバ風。ランチメニューはマドリッドとコルドバと
アリカンテで食べたおいしいものを並べました。食べつくしパーティに出てきた炊き込みご飯は、もちろんパエージャです。ヴィンセントが頭を吹き飛ばさな
かったら、きっとかぶと焼きも出てきたことでしょう。ヒレ酒はどうかしらと思ったけど骨がでかくて堅そうだし、暑いビーチで熱々のヒレ酒というのはポイント
低いので却下。いやー、ボトムスウェルでこんなに楽しめるとは思いませんでしたー(笑) お魚系モンスターとしてはコルベットやダイバーネストというのも
いましたけど、食べる身が少なそうなのとまずそうだったので却下(笑)
チノパンに裸足でバズーカぶっ放すヴィンセントというのもある意味カッコいいかもしれません。
そして彼はいったん熟睡しちゃうとものすごく寝起きが悪かったりしてと妄想してみました。
あくびしながら戦うヒーローってあんまりいないですよね。もうすぐ終わる8月を惜しみつつ、アップいたします。