Shall we dance…?






「コーヒーのお代わり、いかがです?」
「…ああ、すまない」

 局長室にある不ぞろいのソファのひとつに座ったヴィンセントが、リーブからコーヒーを受け取るのはこれで3度目。
ラフな私服の上に、WROのロゴが入ったシルバーグレーのジャケットを肩に無造作にひっかけた彼を見て、リーブは微笑を
浮かべた。
最近、ようやくこのジャケットを身につけるようになったヴィンセントが、周囲に与える影響は絶大だった。
「星を救った英雄」がずっと共に闘ってくれる、と隊員たちの士気が上がり、本部内に活気が戻って来ている。


 リーブにとってもヴィンセントの存在は大きかった。ずば抜けた戦闘能力への期待はもちろん、隊員たちには伝えられない
極秘事項の相談相手としても適任だ。以前は、ふらりと気まぐれに姿を消す彼にやきもきしたが、ルクレツィアがWROのラボ
にいる限りその心配はない。復活したシャルアも含め、WROは職員の数の不足を質で辛うじて補っているのだった。



「本人たちには、プログラムを今日中に配布しておきます。銃のタイプはばらばらでよろしかったですよね?」

「ああ。決まった銃しか扱えないのでは、話にならんからな」
 わかりましたと答えて、リーブはこっそり笑いをかみ殺した。散々渋っていた割には綿密な企画を立ててきたヴィンセント。
さぞかし厳しい鬼教官になることだろう。


 リーブが再三打診していた射撃の特別訓練をヴィンセントがようやく引き受け、今日はそのための打ち合わせが行なわれ
ていた。

 戦闘と射撃に天性の才能を持つ彼に新兵の教育はできない。ある程度銃を使える者でなければ、彼の言葉の意味が
わからないのだ。特定の分野に秀でた者は、本人にとって当たり前にできることを殊更に言語化して伝えるのが難しい。
むしろ、苦労して技術を習得した者の方が教えるための言葉を多く持っているものだ。名選手が名監督には必ずしもなれ
ない所以である。

 そういったわけで、今回の訓練に参加できるのは、神羅軍あがりの者やオメガ戦役で銃の腕を急激に上げた者などそこそ
こ腕に覚えのある隊員たちのみ。教わるというより、ヴィンセントの技術を見て盗むことのできる面子である。

ヴィンセント・ヴァレンタインが教官になる特別訓練ということで希望者が殺到したが、実際についていけそうなのはほんの
一握りの人数だった。



「打ち合わせは以上ですが、他に何か?」
 3杯目のコーヒーも飲み干してしまい、所在なさげにカップを弄んでいるヴィンセントに、リーブが声をかける。
「実は、その、お前に頼みがある…」
端整な顔に一瞬朱がさし、ヴィンセントが口ごもる。ちらりと一瞬リーブを見上げ、すぐにカップに視線を落として口の中で
ぶつぶつと呟く。

「こんなことを頼むのは…どうかと思うんだが…」
「水臭いですね。私でよろしければ喜んで協力しますよ」
「……すまない」
更にうつむき、手の中でカップをくるくると回しながらヴィンセントはしばらくためらっていた。やがて、ようやく決心したように
顔を上げる。


「…ダンスを…教えて欲しい」
リーブの眉が一瞬上がり、それからにこやかな笑顔になった。
「ああ、先日の件ですね。いいですよ。彼女もラボに篭りきりですから、気分転換が必要でしょう」
「違う。私にだ」
「え?」

 一拍おいて、リーブはこらえきれずに吹き出してしまった。何故ヴィンセントがダンスなどと言い出したのかが手に取るよう
にわかるだけに、腹の底から湧き上がってくる笑いの衝動は止めようがない。

「…もういい。今の話はなかったことにしてくれ」
憮然として席を立つヴィンセントの腕をリーブは慌てて押さえた。笑いすぎて出た涙をハンカチで拭きながら、なんとか取り
繕おうとする。

「いや、すみません。貴方にも意外な面があるんですねえ」
ほんま、ルクレツィアはんのことになるとなりふり構わずやな、と心の中で付け足しながら、リーブは立て続けに咳払いを
して、何とか笑いの発作を追い払った。

「もちろん、お教えしますよ。これで気分を害されて訓練を中止されたら困りますからね」
「………」
腹立ちまぎれに射撃訓練の約束を撤回しようと考えていたヴィンセントは、先手を打たれて沈黙する。リーブはデスクの
時計を見やって、自分もソファから立ち上がった。

「次の会議まで30分あります。できるところまで教えましょう」

 ソファを押しやって部屋の中央に立ち、手招きするリーブ。自分から頼んだくせに、重いため息をついてジャケットをソファ
に置き、ヴィンセントは妙に楽しそうな局長に近づいた。

「基礎から覚えるのはルンバが最適ですが、多分、ブルースとかワルツとか、ホールドする方がいいですよね?」
「…ホールド?」
「身体をつけて組むことをそう呼ぶんです」
リーブはにっこり笑って優雅に一礼すると、右手でヴィンセントの手を取り、左手で彼の腰を抱き寄せた。
「お、おい…!」
「女性側の、フォローの方から入った方が覚えやすいと思います。まずは慣れですよ」
「………」
「リードしますからついてきてください。いいですか?はい、1、2、3、1、2、3…」
星を救った英雄が二人、WRO局長室で手を取り合ってワルツを踊るという奇妙な光景がそこにはあった。
「そんなに緊張しないで、力を抜いて。優しくリードしますから」
「……気色の悪い言い方だな」
「でも、フォローがそんなに力んじゃ踊れませんよ」

 さすがに飲み込みは早く、ヴィンセントはリーブのリードに従って無難にステップを踏めるようになった。
身長が4センチも高い相手を腕に抱きながら、リーブは滅多に見られないヴィンセントの表情を楽しんでいた。
真剣な顔でリズムを覚えようとし、時折これでいいのかと問うように夕日色の瞳で見つめてくる。間近で見る彼の顔は、同性
の自分からみても確かに綺麗だった。大切な女性のために、決して好きではないだろうダンスを覚えようとするあたり、健気
でかわいいとすら思ってしまう。
軽やかについてくるようになった相手に興が乗り、頭の中で好みの円舞曲を奏でてついつい熱が入るリーブであった。





「おっちゃん!会議の時間過ぎてるよ!一体何して…」
局長室のドアがスライドし、頬を膨らませて踏み込んできたユフィは、目と口をまん丸にあけて立ち尽くした。
「何やってんの、二人とも?!」
 彼女の目の前にはぴったりと寄り添ってワルツを踊る男が二名。こちらも突然の闖入者に驚いて抱き合ったままフリーズ
している。

立ち直りが早かったのはユフィの方だった。すばやく取り出した携帯で立て続けにフラッシュをたき、珍スクープ写真をカメラ
に収める。

「ひゃっほう!面白い写真が撮れちゃった〜。みんなに送ってやろっと」
「ユフィ!」
気色ばんだヴィンセントの正面から更にフラッシュを浴びせ、ユフィは舌を出してみせる。
「おっちゃんとの浮気現場、ちゃーんとおさえたからね。ルクレツィアさんに言ってやろー!」
「違う!これは…。おい、ユフィ待て!」

 からかうようにとんぼ返りを打って外に逃げ出すユフィを、ヴィンセントは本気になって追いかけた。閉まりかけたドアに
構わず突っ込み、轟音と共に扉をレールから外して外に飛び出す。廊下の突き当たりのエレベータが閉まるのを見て舌打ち
した彼は、吹き抜け部分から一気に1階まで飛び降りた。驚いて道をあける隊員たちに構わずエレベータから出てきたユフィ
を捕まえようとする。しかし、彼女も伊達にウータイ一の忍を名乗っていない。

「へっへー。エンシェントマテリアくれたら、写真削除してあげるけどー?」
「冗談はよせ!」
ユフィはヴィンセントの手をかいくぐり、照明器具につかまって上のフロアにジャンプする。直ちにその後を追う一回り大きな
黒い影。壁を蹴り、手すりを飛び越えてヴィンセントはすばしこい忍者娘に追いすがる。それを間一髪の差でかわして逃げる
ユフィ。キラキラと瞳を輝かせていかにも楽しげに、壁から柱へ、更に上のフロアへと跳躍していく。

 本気なのかじゃれあいなのか、エントランスから5階までの吹き抜け部分を舞台にして飛び廻る二人に、WRO隊員たちは
仕事を放り出して熱心なギャラリーに変身する。


「やれやれ、どちらも怪我をしなければいいのですがね」
 撮られた写真のことなど歯牙にもかけない局長は、時計を見ておやおやと肩をすくめた。ノートパソコンとファイルを持っ
て会議室へと急ぐ彼をよそに、WRO本部内では星を救った英雄二人による壮絶な鬼ごっこが、更にヒートアップしていた。

 


 業を煮やしたヴィンセントがユフィの携帯電話を銃で撃ちぬいたとか、それに腹を立てたユフィが不倶戴天をヴィンセント
に投げつけたとか、WRO職員の証言は尾ひれがついてもはや収拾不可能。しかし、星を救った仲間たちの携帯に、世にも
奇怪な写真が添付で送られてきたところを見ると、鬼ごっこの勝利者は誰か言うまでもなさそうだった。 






                                                  2006/12/19                                                                                      
                                                                  syun






リーブがダンス得意…と書いた時に思いついたネタです。当然ヴィンセントはへたくそで、ルクさんの足を何度も踏んづけてしこたま怒られ
たんでしょう(笑) もじもじしながらリーブにお願いに行く彼というのも可愛いなあと、ちょっと萌えてしまいました。ダンスについてネットで
調べてみたら、カップルとして「女同士はよいが、男同士というのは許されない」そうです。あらま。
でも練習ですから勘弁してもらいましょう(笑)ちょっぴりリブヴィン風味、ですかね?





Novels.