因縁の闘い
空全体を覆い尽くして低く垂れ込めた暗雲から、棒のような雨が降り注いでいる。
分厚い雲を通してさえ、メテオの赤黒い輪郭はぼんやりと不気味に浮き上がっていた。それを背景に、こちらも不気味に
浮き上がる魔晄キャノン。
八番街から長い階段を上って上って上って、ようやくたどりついた場所にターゲットの後姿はあった。
「宝条!そこまでだ!!」
最初に階段を上り切ったクラウドが叫ぶ。
コンソールに張り付いていた白衣姿の男がゆっくりと振り返る。おりからの強い風が男の長髪と白衣の裾をバタバタとあおった。
「ああ、失敗作か」
「その呼び方はやめろ!俺はクラウドだ」
名を覚えようともしない無礼な相手に憤慨しながら、クラウドはエネルギーの充填中止を要求した。
スカーレットが「シスター・レイ」と呼ぶ魔晄キャノンにエネルギーが注がれているため、不夜城ミッドガルの街の照明は極端に
暗くなっている。おそらく、他のインフラにも多大な影響が出ていることだろう。
ミッドガルが崩壊すれば、そこに住む大勢の市民が犠牲になる。
神羅本社のあるミッドガルを犠牲にしてまでセフィロスに肩入れする理由が全くわからない。
「なぜだ!なぜそんなことを!」
糾弾の際の常套句として使った言葉は思いがけない回答を引き出した。
「息子が力を必要としている。……理由はそれだけだ」
常とはやや変わった口調でもらした宝条の言葉に、場の空気が一瞬変わる。
クラウドはぽかんとした顔をし、いち早く言葉の意味を咀嚼したシドは素直に仰天する。
そしてヴィンセントは触れられたくない話題を出されたかのように表情を強張らせた。
「セフィロスがあんたの息子!?」
クラウドは驚きと同時にわけのわからない絶望感に囚われた。
見開いた瞳は目の前に立つ生え際のやや後退した科学者を見つめている。
これが、セフィロスの父親…?!
脳裏に浮かぶ銀髪の美丈夫と狂科学者の画像がどうしても重ならない。いや、重ねたくない。
確かにセフィロスは英雄から災厄へと堕落したが、「宝条の息子」にまで堕ちるのはあんまりだ。憎むべき敵だがセフィロスは
美しく覇気に満ち、見る者の魂を鷲づかみにするカリスマ性がある。
彼がこの宝条の息子だなんて……!
小さく首を振りながら、嘘だ、信じないと呟くクラウドをよそに、シドは醒めた目で宝条とヴィンセントを見比べていた。
数十年前の宝条がどのようだったかは知らないが、この二つの選択肢でアッチを選ぶなど、ルクレツィアという女は相当趣味
が悪い。少なくとも面食いというわけではなさそうだ。
女ってやつは時々理解できなくなるよな、とシドは首をひねる。
もっともヴィンセントも天然ボケのところがあるから、それに業を煮やしたという線も考えられるが。
呑気に数十年前の三角関係に思いをはせるシドを尻目に、リーダーは論旨のずれた抗議をぶつけていた。
「うそだ!お前がセフィロスの親だなどと信じられるか!」
「私の子を身ごもった女をガストのジェノバ・プロジェクトに提供したのだ」
否定しようとするクラウドに畳み掛けるように宝条は哄笑しながら言い放つ。
セフィロスがまだ母親の胎内にいたころに、ジェノバ細胞を移植してやったのだと。
「き、きさま……!」
前方の敵に意識を集中していたシドとクラウドは、斜め後方からじんわりと広がってきたどす黒い殺気に思わず振り返る。
きつく吊り上った眦に炯々と光る紅い瞳。いつになく激しい怒りを露わにした美貌は、一瞬状況を忘れて見惚れるほどだ。
歯軋りするほど食いしばった歯の間から押し出すようにヴィンセントは呻いた。
「私は……間違っていた。眠るべきだったのは……」
マテリアをてんこもりに装備したバントラインが真っ直ぐに相手を狙う。
「きさまだ、宝条ッ!!!」
世にも珍しいヴィンセントの怒号。それをきっかけに戦いの火蓋が切って落とされた。
それ本気で今頃気付いたのかと、心の中で突っ込んでしまった2名の攻撃開始が遅れたのは、誰も責められないだろう。
セトラと思われていた頃ならともかく、その正体が判明した後にジェノバ細胞を自らに注入するなど正気の沙汰じゃない。
もっとも狂科学者にそう言ってみても蛙の面に小便、却って賞賛されたとイタい勘違いをされるのが関の山だ。
本人だけでも気持ち悪いのに、宝条はサンプルモンスターを2匹召喚して得意そうに解説を始めている。
「アレ、ゲルニカにいたよな…?」
「ああ」
クラウドとシドは視線を交わした。沈没した輸送船ではお宝も手に入れたが、徘徊していた正体不明のモンスターたちに
手こずらされたものだ。姿形の気味悪さと攻撃のいやらしさを思い出し、製作者を目の前にしてなるほどと無駄に納得する。
「多分、その辺の生き物を使ってジェノバ細胞の実験をしたんだろう」
「カニ、イソギンチャク、ヤドカリ、ってか」
アポカリプスと青龍偃月刀を振るって二人はモンスターを切り伏せる。
セフィロスとの戦いに比べれば、宝条相手などマテリアを育てるための前哨戦に過ぎないはずだ。仕上げにファイラを放って
プドゥレアサンプルとイビルラップサンプルを焼き尽くすと、周囲には魚介類の焼けるいい匂いが漂った。
「こいつはイカだな」
爆風で飛んできた切れ端を摘み上げ、シドは豪胆に呟いた。刺身もいいがバター焼きにしてレモンを絞り、仕上げにウータイ産
の醤油をちびっと垂らすと旨いんだ。
「酒のツマミにちっと持って帰るか」
「やめておこう。色々と中毒りそうだ」
刃についたイカスミを振り払いながらクラウドが眉をひそめる。彼もかつてセフィロスコピーの実験体にされた経歴の持ち主だ。
記憶は混乱するわ自我は見失うわと酷い目に会って、狂科学者に対する怒りは有り余っている。
だが、戦いの主役の座はクラウドよりも年季の入った怒りと憎しみを抱えた男が独占していた。
二人がお供のモンスターを屠っている間、ヴィンセントはこれでもかと銃弾を白衣に叩き込んでいた。炎の属性を持たせた
マグナム弾が文字通り宝条を蜂の巣にしていくが、狂科学者は落ち着き払ったままだ。
「お前の力はそんなものかね? ヴィンセント・ヴァレンタイン!」
所詮はお前も私の実験に耐えられなかった失敗作だ、と宝条は嘲る。
クァックァックァッという耳障りな哄笑とともにその姿が崩れ、みるみるうちに醜悪なモンスターに変化した。
余裕の表情を浮かべていたシドとクラウドは、おもむろに武器を構え直す。前座が終わり、真打登場というわけだ。
人間の尊厳を踏みにじるような奇怪なデフォルメは、かえって宝条の内面を見事に表現している。
ヴィンセントは銃弾をリロードしながら、らしくもない乱暴な仕草で地面に唾を吐き捨てた。
「なるほど、貴様の根性に似つかわしい姿だな」
殺意を顕にしてヴィンセントは攻撃を再開する。
振り下ろされたモンスターの右腕を交わしながらシドとクラウドも間合いを測る。
「面白くなってきやがったぜ!」
シドが大きくジャンプして偃月刀を一閃させた。鋭い爪のついた右腕が半ばから切断されてどさりと落ちる。
「見たか!」
だが喜びもつかの間、右腕はまたたくまに再生した。ヴィンセントの銃の連射でずたずたにされても傷が見る間にふさがって
いってしまう。それどころか、格段に上がった攻撃力は歴戦の三人を一時後退させるほどだ。
「腕だけ倒してもだめだ。頭を同時に潰さないと」
額から流れる血を二の腕で拭いながらクラウドはリジェネを唱えた。エーテルターボを一気飲みしたヴィンセントがマテリアを
付け替えながら応える。
「私が頭を潰す」
「じゃオレ様は左腕だ」
シドはニヤリと片頬で笑って見せる。三人は視線を合わせてうなづくと同時に仕掛けた。
クラウドは爪をたくみに交わしながら右腕を切り飛ばし、シドは左腕を根元から先まで3枚におろしてのけた。
ヘレティック宝条の頭上に跳躍したヴィンセントは、脳天に銃弾を叩き込みながら同時にアルテマを発動させた。
しかも連結穴に納められているのはMPターボ。周囲の空気が魔力の影響を受けて歪んだ。
「げっ!」
「うそだろ?!」
シドとクラウドは大きく跳び退り、とばっちりを受けないようにマバリアとマイティガードを立ち上げる。
翡翠色の海中を思わせるようなエネルギー波が辺り一面に広がった後宝条に向かって収斂し、爆発した。
のた打ち回るモンスターの姿を背景に、爆風で飛ばされてきたヴィンセントが受身を取ってよろよろと起き上がる。
「おめぇな、予定にないことすんじゃねえよ」
こっちも準備ってもんがあるだろ、とシドが文句をつけたが、説教されているヴィンセントは倒れた敵を凝視したまま。
「シド、まだだ」
クラウドの声に振り返ったシドの前で、ヘレティック宝条の姿は歪み、よじれ、ひょろりとした生物へと形を変えた。
グレーを基調とした全体の色は宝条の薄汚れた白衣を思い出させる。ヘレティックよりもフォルムが人間に似ている分、余計に
薄気味が悪い。
幽霊のように宙に浮かんで滑り寄ってきた極限生命体にクラウドが立ちはだかった。
アポカリプスで鋭い斬撃を加えるが、一向に応えた様子はない。それどころか尻尾のように長く伸びた後頭部と下半身で強烈な
コンボをかましてきた。
「な…に?!」
ダメージはさほどではないが全身が麻痺したクラウドは地面に膝をついた。意識はあるがそこから動けない。
ステータス異常を起こさせる長い尾は次にシドを襲った。連続攻撃を偃月刃で撃退するが最後に強烈な一撃を顎に食らって
ひっくり返る。
「シド!」
駆け寄ったヴィンセントの目の前で、シドは大の字になって盛大なイビキをかき始めていた。
仲間二人を戦闘不能にされたヴィンセントはゆっくりと立ち上がり、マントをばさりと後方になびかせた。
「よかろう。お前とサシで戦うのも悪くはない」
リロードを済ませたバントラインにはめ込まれたのは、連続攻撃とカウンターのマテリア。
「今度こそ、ここで終わりだ。宝条!!」
銃が火を吹くのと長い尾が振り下ろされるのはほぼ同時だった。
殴る、撃つ。
殴る、撃つ。
殴る殴る、撃つ撃つ。
お互いに一歩も引かずにやられただけやりかえす、意地の張り合いのような戦闘が続く。
強烈なコンボに全身を殴打されて傷だらけになりながらも、ヴィンセントは攻撃の手を緩めない。ルクレツィアを実験サンプルの
ように侮辱されて爆発した怒りはヒートアップするばかりだ。
セフィロスへのエネルギー補給を阻止しミッドガルを救う、という大義名分はどこかへ吹っ飛んでいた。
彼女が幸せならばかまわないだのこの身体は与えられた罰だのと抑圧していた分、圧縮された怒りは爆発力が大きい。
絶対にここでブッ殺す。
ヴィンセントの凄まじい形相と攻撃がその固い決意を物語っている。
銃弾と魔力を使い果たした彼は文字通り極限生命体との殴り合いを始めた。
「なんだかなあ…あいつ、自分が銃使いだって忘れてんじゃねえか」
「ああ。珍しいものを見たな」
ステータス異常が解けたシドとクラウドは因縁の闘いに割って入る気にもならず、並んで腰を下ろして観戦に回っていた。
「ハイポーション、飲むか?」
「お、すまねえ」
蓋を開けてぐびりぐびりと飲むシドの向こうでは、ヴィンセントが極限生命体の尻尾をつかんで振り回している。
埃まみれ血まみれになりながら闘う姿は常のクールな彼からは想像もつかない。
長年の怨恨が加味された闘いは他者の介入を許さない凄惨さを増すばかりだ。
「いつも後列から涼しい顔で銃をぶっ放してるヤツが、今日はどろんどろんだな」
「あ、蹴ってる蹴ってる」
高カロリーの非常食をかじりながら二人は無責任な感想を口にする。
その視線の先で、ヴィンセントは相手を蹴り上げ、踏みにじり、鋭いガントレットの爪で攻撃してくる尻尾を引き裂いた。
再生防止のためか憎しみの余りか、長い尻尾を千切っては投げ千切っては投げ、周囲に肉片をまき散らしている。
「リミブレすればいいのに…」
肩で息をしているヴィンセントが変身を堪えているのに気付いてクラウドは首をかしげた。
カオスとまでは言わないが、ガリアンビーストに変身してしまえばさっさと勝負をつけられるだろうに。
「オトコの意地、だろ」
シドはもう出番は終了とばかりに愛用のタバコに火をつける。
「敵に与えられた武器は使いたくねえってのはわかるぜ」
「なるほど」
クラウドは頷き、攻撃の手段を失くした敵のHPを削り取って行くヴィンセントに視線を向けた。
「お、これで終わるな」
シドが呟く。
ガントレットの爪で散々突き刺した後渾身の蹴りが決まり、極限生命体宝条は鈍く光った後に揺らぎながら姿を消して行く。
びょうびょうと吹きつける強い風の音が今更のように耳に響いてきた。
「……」
クラウドは黙ったまま立ち上がる。勝利の爽快感も充足感も何も感じられない闘いだった。
「チッ、けったクソの悪い……!」
隣に並んだシドが吐き捨てる。
地面に両手をつきゼイゼイと息を切らしていたヴィンセントは、ケアルガをかけてもらってようやく立ち上がった。
血と雨に濡れそぼりながら瞳はギラギラしたまま宝条が消えた空間を見つめる。
長い確執に終止符を打ったが、宝条が引き起こした騒ぎを思うともっと早く始末しておくべきだったと言う後悔はぬぐえない。
「宝条……、永遠に眠れ……」
闘いのためにかすれた声で呟いた彼は、まさかこの宿敵と数年後に再会するとは想像すらしていなかった。
初出 2010/12/12
加筆修正 2012/5/10
だいぶ前の拍手お礼SSです。宝条との因縁の対決は個人的にもちょっと気に入っております。ゲームをしていて、宝条はヴィンセントばかり
を狙ってくるなあと感じたのがきっかけでした。マスターレベルのカウンターマテリアをつけていたヴィンセントも当然黙っているわけがなく、ステー
タス異常を起こしたシドとクラウドをよそに、二人はドロドロのガチバトルへ突入。それを眺めていて「これって因縁の対決じゃないの?」と思
いついたのがきっかけでした。いやあの、ここでこれほど角突き合わせるなら、コスタの海岸やら北の大空洞やら、バトル勃発しそうなニアミスは
何度もあったのですけれどもね。まあ、そこは独自のエピソードを入れる対象でもない隠しキャラの悲しさでしょうか。リメイクの時はもちろん
適切な脚本と演出をお願いしたいところです(笑)