面倒に巻き込まれるのはごめんだ





  DGソルジャーの襲撃により、壊滅的な打撃を受けたWRO本部は、職員数を大幅に減らしながらも、「ジェノバ戦役の英
雄」たちと「世界に借りのある者」の力を借りて、わずかずつ復興の兆しを見せ始めていた。

 もともと頑丈な作りであったため、倒壊の恐れはないと判断されて、瓦礫が運び出され簡単なリフォームが施された。
間に合わせの調度品が備え付けられ、本部内は整然とした様子を取り戻したかに見える。


 しかし、ハード面の修復よりもいっそう困難だったのは、データの処理や蓄積、更に指示命令系統に大きな影響を及ぼす、
コンピュータネットワークの再構築であった。

 アスールを始めとするDGソルジャーたちは、非戦闘員も惨殺していったため、地下に避難していた技術者たちも多数犠牲
となってしまった。生き残った者が不眠不休の復旧作業に追われていたが、過労で倒れる者も出始めている。そして、倒れ
た者の分の仕事を被った者が、更なる負担を抱えるという悪循環に陥っていた。

 この非常事態に、WRO局長は、類まれなコンピュータのスペシャリストに協力を要請することにしたのだった。



「よくきてくれました。シェルクさん。…少し、背がのびましたか?」
「お久しぶりです。リーブ・トゥエスティ」

 シドの操縦する小型飛空艇から降り立ったシェルクは、以前とは見違えるような明るい笑顔を見せた。
すんなりと細い肢体は相変わらずであったが、普通の少女として過ごした数ヶ月の間に、止まっていた成長が 徐々に歩み
を始めていた。

「おそらく、ツヴィエートとしての能力を一切使っていないため、身体への負荷が緩和されているのかもしれません」
 年齢に似合わない小難しい言葉使いは相変わらずで、それがリーブを微笑ませる。
「体調はよさそうですね。それは何よりです。…こちらは少々疲れ気味の者が多いものですから」
 実態は「少々」どころではないのだが、温和な物腰と裏腹に、逆境に強いWRO局長は弱音を吐かない。

 機内でWROの近況をシドから聞かされていたシェルクは、複雑な表情で頷いた。本部の崩壊には、彼女にも少なからず
責任がある。ヴィンセント・ヴァレンタインの追跡を行い、WRO本部を検索し、当時仲間であったDGソルジャーたちに襲撃の
機会を与えたのは、紛れもなく彼女だった。


 シェルクは無言であちこち修繕中の建物を見上げた。自分の罪は承知している。それを少しでも償うことが出来るのならと
彼女はハードワークになるのを覚悟でリーブの依頼を引き受けたのだった。



「…これがホストコンピュータですね?」

 まずは一休みして、と、彼女の身体を気遣うリーブをよそに、シェルクは本部に入ったその足でホストコンピュータルームに
向かった。
「そうです。何とか修理はしたのですが、各セクションに配置する端末とのリンクが残っています。しかし…」
 リーブは、人気のない室内を見渡して苦笑する。
「最後まで頑張ってくれていたスタッフが、今朝過労で倒れましてね。このままでは作業開始のめどが立たないままで、困っ
ていたところです」

「端末の数は?」
シェルクは説明も受けないままに席に着き、目まぐるしくキーボードとマウスを操作し始める。灰色に沈黙していたディスプ
レイが息を吹き返し、様々な数字や文字を表示させ始めた。

「新たに購入したものと、使えそうなものをかき集めて、200といったところですかね」
容量や機能は様々ですが、と諦めたように呟くリーブにシェルクは頷いた。彼女にとってはたいしたことのない数である。
「わかりました。実際の端末の起動チェックには人手が要りますが、あとは私ひとりで何とかなります」
何の気負いもなくさらりと言ってのけた元ツヴィエートの少女に、WRO局長の目が軽く見張られた。
「そう…ですか! それは助かります。頼みましたよ、シェルクさん」

 安堵の笑みを浮かべるリーブの表情には、しかし深い疲労の影もまとわりついていた。シェルクはもう一度頷き、目の前の
任務に没頭し始めた。



「よぉ! 相変わらず辛気臭え顔してやがんな」
「シド、お疲れさまです。…貴方に比べたら、たいていの者が『辛気臭い』ということになりますよ」

 館内のリフォームがまだ終わっていないため、WRO内部は一つのスペースが複数の役割を持たざるを得ない。局長室兼
会議室になっている一室に、蜂蜜色の頭髪と夏空の色の瞳をした男が大股に入ってきた。
 全身から覇気と活気を発散させるこの男が来ただけで、室内の空気ががらりと一変する。

 DGソルジャーとの戦いで、飛空艇師団の数は半減してしまったが、生き残った飛空艇乗りたちは意気消沈することもなく、
この豪胆な師団長のもとで復興のための活動に力を注いでいた。

 
 シドはニヤリと笑うと、かき集められた不ぞろいのソファの一つに陣取り、懐からタバコを取り出した。

「まあな、星痕騒ぎといい、今回といい、続いたからな」
 シドの吐く紫煙がゆっくりと天井に昇っていく。リーブは、部屋の隅のコーヒーサーバーから紙コップに二人分のコーヒーを
注ぎ、テーブルに置いた。


「お、すまねえな。局長みずから、かよ」
「人手が足りませんからね。セルフサービスが今のWROのモットーですよ」
 かつての戦友同士は軽口を叩きあい、笑いあう。組織のトップに立ち、気の抜けない毎日を送っているリーブにとって、「旅
の仲間」は心を許して弱音を吐ける貴重な存在であった。

「まさか、メシまでおめぇが作るんじゃねえだろうな?」
「まさか! 幸い、賄い方は無事でしたからね。厨房の修理は最優先にしました」
ならいいけどよ、とシドは豪快に笑った。
「シエラが色々持たせやがってよ。ここじゃ食えねえような食材たんまり仕込んでやったから、今夜はうまいもんが食えるぜ」
「そうですか。それは楽しみだ」
 そういえば、ここのところ栄養補給という意味以上に食事を考えたことがなかった、とリーブは回想した。健啖家のシドはど
んな時にも食事を抜かさない。それは食欲を満たすということ以上に、生きるためのエネルギーの充電。あるべき姿のままに
真っ直ぐに生きる生命の強みというものを、シドは周囲のものに感じさせる。



「で、エッジはどうですか?クラウドとティファは?」
「ああ、元気でやってるぜ。真ん中のミッドガルはボロボロだがよ、エッジは案外復興が早いな」

 街があまり破壊されなかったのがよかったのかもな、と言い、シドはタバコをもみ消すとコーヒーを口に運ぶ。
エッジの住民たちは一度は倉庫からコンテナに積み込まれたが、ミッドガルに運び込まれる寸前に、クラウド、ティファを始め
とするWROの残存部隊が奪回に成功し、大多数が街に戻っている。

 DGソルジャーたちの目的は「命の狩り取り」であったため、建物の破壊は小規模だった。カームの被害が大きかったのは
「ヴィンセント・ヴァレンタインの捕獲」が目的に入っていたため、重火器やドラゴンフライヤーなどが投入されたせいである、
とは、シェルクか後日語ったことである。


そうですか。ネットワークも復活してきましたからね。最後まで状況の分からなかったのは、コスモキャニオンとミディール
ですが、ヴィンセントからの連絡では、どちらも被害は少なかったようです…」

「ヴィンから連絡があったのか?」
 コーヒーを飲み干したシドが膝を乗り出す。リーブは紙コップを手にしたまま首をかしげた。
「ええ、2日ほど前に。今日くらいには戻ってくるはずですが、何か?」
「俺も、ここで落ち合って飲む約束してんだよ。エッジでシェルク乗せたあと、近くにいるなら拾ってやるって連絡したんだが、
通じやしねえ」

「まさか…」
シドとリーブは顔を見合わせた。
「最後の報告書は、モバイルPCではなく携帯電話からでしたが、故障…?」
「まあ、ヤツのことだ。大丈夫だとは思うがな」
「だといいのですが…」リーブが表情を曇らせる。

「カオスが星に還った後、傷の治り方が以前より遅くなったと聞いたことがあります。確かに、調査などに出かける際使用する
ポーションの数も、以前よりはるかに増えています」
「何でそんなことまでわかるんだ?」
「ええ、経費請求してもらっていますから」
「経費請求ねえ…」

急に緊張感を失った会話に、シドは背もたれに身体をあずけ、二本目のタバコに火をつけた。
「まあ、しばらく待つねえか…」



 リーブが新しいコーヒーの粉をサーバーにセットし、シドが三本目のタバコに火をつけた時、局長室のドアがスライドして、
黒皮のバトルスーツにジャケットを身につけた、長身の男が入ってきた。長い黒髪はばっさりと切られ、赤いマントも身につけ
ておらず、腰に下げた大型のハンドガンと肩にかけたライフルを除けば、一見ありふれた調査員か何かのようないでたちだ。
 以前とは全く印象が変わっているが、仲間には誰であるか一目瞭然であった。

「ヴィンセント!」
「ヴィン!」
 シドとリーブ、二人の声が前後して入室者を迎える。この反応に戸惑ったヴィンセントは入り口付近で立ち止まり、数回瞬きを
した。


「ああ、シド。久しぶりだな」

「おう……じゃなくてよ、おめぇ何で電話に出ねえんだよ?」
「電話?」
「ええ、心配していたのですよ。あなたと連絡が取れなくなって」
 
 リーブは淹れたてのコーヒーを用意しながら、身振りでヴィンセントに席を勧めた。シドの隣に腰を下ろしたヴィンセントは、
バックパックから形の歪んだモバイルPCを取り出してテーブルに置く。

「コスモキャニオン近くでモンスターと戦った時にやられた。直せるか?」
「こりゃ無理に決まってんだろうが」
シドが見事に歪んだPCを取り上げて呆れたように言う。
「だろうな。それで、携帯で報告書を送ったら電池が切れた」
「充電すりゃいいだろう」
「アダプターを忘れた」

真顔でのボケ発言に、シドとリーブが同時に頭を抱える。

「…リーブよぉ。出かける前にはちゃんと持たせとけよ。短い旅じゃねえんだろ?」
「はい、すみません。…現地のWRO職員にひとこと言ってもらえれば、よかったのですがね」
 苦笑しながら、それでもリーブはヴィンセントにねぎらいの言葉をかける。
「お疲れさまでした。あなたが送ってくれたデータで、コスモキャニオンとミディールの様子が分かりました。どこもコンピュー
タの技術者が不足しているのですね。早速支援部隊を送っています」

「本部は大丈夫なのか」
「ええ。シェルクさんに来てもらいましたから」

そうか、と頷くヴィンセントの短くなった髪を、となりのシドが無遠慮にかき乱す。
「おめぇ、ずいぶんばっさり切っちまったんだな。大分印象変わったぜ。顔つきも前より明るいしな」
「…変えざるを得なかった。行く先々で騒がれては仕事にならん」
 やや恨めしげに睨むヴィンセントの視線の先にいるリーブは、いともにこやかに笑ってみせる。
「それは残念ですね。復興のシンボルとして適役なのですが」
 
 シドの脳裏に、WROが提供したドキュメンタリー番組の一部が甦った。「星を救った英雄」としてヴィンセントがクローズア
ップされ、オメガと刺し違えてなお復活した彼になぞらえ、復興への力を奮い起こすよう呼びかけるような内容だった。

「ああ、あれか…。映像は作り物なんだろ?」
「ええ、でも実際にヴィンセントを録画したものも入っていますよ」

 市民感情を考慮して、禍々しいカオスの映像はうまくごまかされており、その番組は見るものに勇気を与えるようなヒロイッ
クファンタジー仕立てになっている。放送直後からヴィンセントの知名度は飛躍的に上がり、調査のために訪れた先々で熱
狂的な歓迎を受けた。実際、WRO職員の中には彼に命を救われたものも多数おり、カームの街では「ヴィンセント・ヴァレン
タイン」の名を知らぬ者はいない。

 他局の取材陣に追い回されることもあり、一部のWRO職員による加熱気味の協力も、やや人見知りをする傾向のある彼
にとっては、「干渉、束縛、過剰接近」以外の何物でもなかった。

閉口した彼は、目立つ今までのいでたちを一新して、「よく似た他人」を決め込むことにしたのだった。

「本来でしたら、きちんと本人に許可を得るべきなのですが、断られるのが明白と判断して、勝手にやらせてもらいました」
「迷惑だ」
 ヴィンセントは憮然とする。それをまあまあとなだめながら、リーブは言葉を継いだ。
「こんな時代ですからね。人々の希望をつなぎとめる何かが必要なのです。前回は「ジェノバ戦役の英雄」が市民の求心力
になりました。WROが広く受け入れられたのも、そのおかげです」

「それは言えるな。飛空艇師団に人が集まったのも、<ジェノバ戦役の英雄>と一緒に戦いたいからってのが多かったぜ」
 シドは勝手にコーヒーサーバーからポットを取り出し、自分とヴィンセントの紙コップに追加を注いでやる。ヴィンセントは黙
ったまま熱いコーヒーを口に運んだ。


「ですが、今回のDGソルジャーとの戦いで、WROは壊滅的な被害を受けました。もともとが、戦うことだけを目的にした組織
ではありませんのでね。しかし、市民を護りきれなかったことについてはクレームも来ています。そこで、さらなる英雄が必要
になるわけです」

 どのような状況になっても、救いが現れる。自分の命を引き換えにしても、市民を護ってくれる英雄がいる。その希望があっ
てこそ、復興への協力が得られる、とリーブは語った。

 その「英雄」は旅の埃にまみれたまま、壊れたPCを前に、紙コップに入ったコーヒーをすすっている。

「不本意でしょうが、今はあなたの力が必要なんですよ」
「………」
シドの大きな手が、ずっしりとヴィンセントの肩に置かれた。
「あきらめろ。おめぇ、あの時自分で言ってただろ。『しかたがない、世界を救うとしよう』ってよ。まだ続きがあったんだと思うしか
ねえよ」



ため息をついたヴィンセントが、空になった紙コップを握りつぶした時、再び入り口が開いた。
「リーブ、主な作業は終わりました」
 軽い足音と共に入ってきたのはシェルクだった。ヴィンセントに気付いた彼女の足が止まり、深い青色をした大きな瞳が見
開かれる。

「ヴィンセント…!」
 髪を切ったヴィンセントの姿は、タークス時代の彼の映像と重なった。それがトリガーとなって、シェルクの中のルクレツィア
の断片が、感情を溢れさせる。




 生きて欲しいと願い、その命をつなぐために必死の作業を続けながら見上げた、魔晄ポッドの中の彼。

 カオスの外見を色濃く残した姿ではなく、一緒に過ごした頃の、人間だった頃に近い外見。

 ファイナルウェポンの覚醒を恐れることなく、見守ることが出来る、生きている、ヴィンセント。



「シェルクさん…?」
気遣わしげにかけられたリーブの言葉に、シェルクは我に返った。頬を一筋の涙が伝わっている。
「あ、いえ、なんでもありません」
 指先で涙をぬぐうと、シェルクはあらためて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ヴィンセント、お帰りなさい。無事だったのですね」
「ああ。お前はいつからここに?」
「今日着いたばかりです。シド艇長に連れてきてもらいました」
「そうか」
 涙に気付かないはずはないが、あえてそれに触れようとしないヴィンセントに不器用な気遣いを感じ取り、シェルクの口唇
が再び柔らかい微笑を刻む。


「立ち話も何ですから、座ってはいかがです?」
 リーブの笑みを含んだ勧めに従い、シェルクはヴィンセントの向かいの席についた。その視線が、テーブルの上の壊れた
PCに釘付けになる。あまりに見事な壊れ方に、彼女の目が丸くなった。

「これは?」
「モンスターと戦った際に、壊れてしまったのだそうです」
 ばつが悪そうに、返事をしようとしない当事者に代わって、リーブが説明する。シェルクは小さくため息をついて、PCを
取り上げた。蓋を開けようにも歪みがひどく、もう使い物にならないのは明白だ。

「せっかく、あなた専用に調整したのに…」
「…すまない」
 申し訳なさそうにうつむくヴィンセントに、シェルクは再度ため息をつきながらも笑顔を向けた。
「仕方ありません。また次のものを用意します」

「おい、ちょっと聞いていいか?」

 シドが横から口を挟む。
「おめぇ、いつからPC扱えるようになった? 機械は苦手とか言ってなかったか?」
「調査報告をするのに必要だからな。WROでレクチャーを受けたが、正直、最初はさっぱり分からなかった」
 短くなった髪をかきあげながら、ヴィンセントが答える。リーブがそのあとを引き取って説明した。
「ネットワークが繋がらず、状況の分からない地域がいくつかありましてね。調査団を送りたいのですが、何分人手がないし、
飛空艇も数が足りない。その点、彼ならば単独で調査行動が可能です。帰還してから報告を受けるよりも、現地から報告書
を送っていただければ次の対応が早くなるので、お願いしました。無論、シェルクさんの 協力も大きかったですが」

 実際、ヴィンセントの行動のスピードに付いてこられる者など、WROには存在しない。彼を最も効果的に使うには単独行
動に限る、というリーブの判断は的を射ていた。そうなると、連絡・報告の手段も自分で覚えてもらわざるを得ない。


 シドはようやく得心が行ったというように大きく頷いた。
「な〜るほど。専属のインストラクター付だったってわけだな。そりゃ覚えも早いだろうよ」
「だが、面倒くさい」
ぼそりと呟いた彼の言葉に、今度はシェルクが小さく吹き出した。
「苦手だとは思えません。十分使いこなせていると思いますが、それとは別の次元で『好きではない』のですね」
「………」
ヴィンセントは黙ったまま、手の中の潰れた紙コップをもてあそんでいる。


「安心してください。モバイルPCの代替品が届かないと、次の調査依頼はできませんから…」
柔和な手練手管を駆使しながら、実は非常に人使いの荒いWRO局長は、はたと膝を打った。
「ヴィンセント、しばらく本部に滞在しますよね?」
「ああ、そのつもりだが」
「それでしたら、シェルクさんと一緒に端末の立ち上げチェックをお願いできませんか」
 ヴィンセントの手から潰れた紙コップが落ちるのと、シドが喫っていたタバコにむせ返るのが同時だった。
「そいつはかなり大胆な配置だな! こいつにそんな慣れねえことやらせてミスったらどうすんだ?」
「それは大丈夫です。私がフォローします」
ミルクを落としたコーヒーを口に運びながら、シェルクがさりげなくリーブの援護に回った。
 好きではない仕事をヴィンセントに押し付けるのは気の毒だが、それは自分が大部分肩代わりできる。何よりも、滅多に会
えない彼と時間を共有できるのが嬉しい。


 嬉しい…?


 シェルクは自分の中に浮かんだその感情に、自分で驚いた。これは、自分の想いだろうか?それとも、また彼女の断片の
干渉…?


「これ以上、面倒に巻き込まれるのはごめんだ」 
 思いに沈むシェルクをよそに、珍しく不満の色を表情に浮かべて、ヴィンセントがリーブに言い放つ。しかし、リーブは動じ
ない。


「今は、あなたの力でも、必要なんです」
「…微妙に言い回しが変わったな」
「人手が足りませんのでね。…そうだ、WROの隊員募集ポスターに、あなたの写真を使わせてもらえるのなら、一気に応募
が増えると思うのですが」

「………!」

ヴィンセントは反論しようとして口を開けたが、言葉が出ない。やがて大きなため息をついて肩を落とした。
「…仕方がない。ポスターは、やめてくれ」
「そうですか!ご協力感謝します。その分はきちんと報酬に上乗せしますので、ご安心ください。あ、そうそう、今回の調査に
かかった経費請求書と、PCの破損届け、あとでよろしいのでお願いします。」

 この辺が、元タークスと元神羅上層部の器の違いなのだろうか。WRO局長は温和な口調で次々と業務命令を伝えていく。
それに反発しきれないのも、元神羅職員として、組織の中で働いた経験があるヴィンセントの弱みかもしれない。

 結局、リーブの手のひらの上でいいように転がされ、常勤職員でもないのにこき使われるヴィンセントであった。



「…おめぇの負けだ。あきらめろ」
 シドが、うつむいてしまったヴィンセントの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「いつまでもそんな汚ねえカッコしてねえで、着替えて来いよ。そろそろメシの時間だ。ちょいと気の利いたワインも仕入れて
きたぜ」

赤、好きだろ?と元気付けるように言うシドにうなづき、ヴィンセントは立ち上がった。入り口に行きかけて、思い出したように
バックパックから取り出した小さなものをシドに放る。

受け取ったシドは、ラベルを見て目を輝かせた。
「コスモキャニオンの葉巻じゃねえか! よく手に入ったな」
「見つけられたのはその一箱だけだ。以前、あんたが気に入っていたようだったのでな」
「よく覚えてたな。ありがとよ」
 さっそく箱をあけ、うれしそうに一本に火をつけるシドを見てわずかに微笑み、ヴィンセントは退室していった。



「……うらやましいです」
葉巻の味と香りを楽しんでいたシドに向かって、シェルクがぽつりと言った。
「ん?何が?」
「これが、仲間というものなのでしょうか。言いたいことを言い合い、相手の好みも理解し、距離が離れていても途切れること
のない、強い絆」

 ツヴィエートの一人ひとりの姿が、シェルクの脳裏に甦る。
情緒的な交流など皆無だった。いや、自分も感情などというものがあることすら忘れていた。今でも、彼らに対しては何の
感慨もない自分自身に、シェルクはやや嫌悪感すら覚えている。彼女の凍りついた感情を溶かしたのは、姉であるシャルア
の愛情。そして、身に取り込んだルクレツィアの断片が持つ、ヴィンセントへの想い。


「いつか、私もそういう仲間を持つことができるのでしょうか…」
「なーに言ってやがんだ、この嬢ちゃんは!」
葉巻を口から離して、シドが陽気な大声で言った。
「お前さん、とっくに俺たちの仲間じゃねえか。シエラ号のエンジンルームを護るために戦ってくれたろ?」
「そうですとも」
リーブもうなづく。
「オメガレポートの解析のために、ずいぶんと無理をしてくれました。それに、カオスの制御が出来なくなったヴィンセントを
助けてくれたのも、貴女だと聞いていますよ」

「それは…」
シェルクは、頬を紅潮させた。
「その時、私にできることをしただけです」
「それでいいんじゃねえか?」
シドが諭すように言う。
「理屈なんざいらねえんだよ。こいつを助けたい、こいつのために何かしてやりたい。そういう気持ちがありゃそれで十分だ。
あとは実行あるのみだな」

「………」

 シェルクの中にヴィンセントの言葉が甦った。自分のまわりには、理屈抜きで飛び出して誰かを助けるお人好しばかりだ、
そう語る彼の口調と眼差しは柔らかく、呆れた風を装いながら、わずかに誇らしげですらあった。

初対面の時は孤独なアウトローといった印象の強かった彼が、仲間たちとは強い絆で結ばれていることを知った時、シェルク
の中に寂しさと羨む気持ちが同時に湧き上がってきた。


 自分も、彼のような仲間が欲しい。自分も、彼からその仲間たちと同じように扱われたい、という思い。しかし、ツヴィエートと
しての生を歩んでしまった自分には、もはや無理だろうという諦め。いくつもの相反する思いは、それまで感情を抑圧していた
彼女を戸惑わせ、悩ませた。情緒を切り捨て、偏った思考と行動だけを肥大させて生きてきた、それしか術のなかった彼女を
その思いは大きく揺さぶる。そして、シドの一言は、彼女を一方向に大きく押しやった。



「あ〜、うめぇ。あいつも意外に気が利くよな」
「彼は、根本的に優しいんですよ」
 自分ひとりの思考に沈んだシェルクを無理に追及することなく、男たちはさりげなく話題を変えている。
「仲間の頼みは断れねえタチなんだからよ、おめぇもあんまりこき使うなよ」
「わかっていますとも」
シドの突っ込みに、リーブは微笑んだ。
「ずっと調査旅行が続いていましたのでね。少し、休んでもらおうと思っていたところです。でも、彼のことですから用がなけ
ればまたふらりとどこかへ行ってしまうでしょう?せっかくここに来ているシェルクさんが、気の毒じゃありませんか」

「え…?」
 思いがけないリーブの言葉に、シェルクは瞠目した。
「ああ、そうだな。滅多に会えねえんだし、ちっとはゆっくり話したいだろう」
シドもうなづき、短くなった葉巻をもみ消してシェルクにニヤリと笑いかける。
「あの、彼は、出歩いている方が好きなのだと、思います」
とまどい、何故か動揺したシェルクは、怜悧な彼女に似合わない見当はずれな話を始めた。
「彼の、お父さまがそうでしたから…」



 ヴィンセントの父、グリモア・ヴァレンタインは、デスクワークよりもフィールドワークを好む一風変わった科学者だった。

 研究室で論文をまとめることより、星の各地を訪ね歩き、その息吹に直に触れて、自分の目と手で事実を確かめることに
重きをおいており、その結果カオスの泉を発見するに至っている。彼のライフワーク「星の循環」は、共同研究者であるルクレ
ツィア・クレシェントが論文発表しなければ、日の目を見なかったかもしれない。

 研究者のシンボルである白衣姿よりも、旅行者の服装をしていることが多く、旅の間モンスターから身を護るために、銃の
腕前もなかなかのものだったと聞く。

 特定の組織に迎合することなく、自分の信じた道を進む、温和ながら意志の強い人物だった。

「…あいつの放浪癖と射撃の腕は、親父さん譲りだったってわけか」
「はい。グリモア博士は、亡くなる際ヴィンセントをとても気にかけていました。ですが、その伝言は、まだ彼には伝えられてい
ない、のです」

「そうでしたか…」
 意外なところから、彼の過去の一部に触れ、三人は黙り込んだ。
 伝えたい思い、伝えねばならない言葉。それらは、いくつもの偶然と必然の事象の中で、何と多くがこぼれ落ちて行くのだろ
う…。




「まだ、ここにいたのか」
 ドアのスライドする音とともに、話題の主が局長室に戻ってきた。シャワーを浴び軽装に着替えた彼は、妙に神妙な三人を
不思議そうに見渡した。

「食事の用意ができている、と、連絡があったが」
「もうそんな時間でしたか」
リーブが慌てて時計をみやる。シドが両手で膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
「ようし、メシだメシだ! ツモる話はうまいもん食いながらにしようぜ」
「ああ。さすがに腹が減ったな」
 ヴィンセントの言葉にくすりと笑い、シェルクも立ち上がる。ドアに向かいかけたシドが、怪訝そうに振り返った。
「珍しいじゃねえか。いつもちびっとしか食わねえヤツが」
「飲まず食わずでニブルエリアを横断すれば、誰でもそうなると思うが」
「WROの携帯食料はどうしたのです?」
「それもPCと一緒にモンスターにやられた」
 自分自身の安全に関して、あまりに無頓着なヴィンセントの返答に、リーブとシドががっくりと肩を落とす。

「ヴィンセント・ヴァレンタイン。それは軽率だと思います」
艇長の説教が炸裂する前に、口を開いたのはシェルクだった。
「あなたの身体が常人よりもはるかに強靭なのは、知っています。でも、もう少し自分を大事にしてください」
 魔晄を浴びたものだけがもつ、深い青色の瞳がヴィンセントをじっと見据える。
「あなたを大切に思う人たちのためにも。そして、なによりも、ルクレツィア・クレシェントから貰った命、ではありませんか」
「………」
ヴィンセントは呆気にとられた様子で、夕日色の瞳をシェルクに向けていたが、やがてふっと微笑んだ。
「わかった。気をつけよう」
「お、珍しく素直じゃねえか」
 シドがヴィンセントの首を片腕で抱え、短くなった黒髪をくしゃくしゃにかきまわす。目の前で展開される、今まで見たことの
ない親愛の情の表現に、シェルクの目が丸くなる。

「シド、放せ!」
「オレ様の説教には楯突くくせに、嬢ちゃんの言うことは素直にきくってのは、どういう料簡だ、ええ?」
「あんたに楯突いた覚えはないぞ」

「うそつけ。いつもじゃねえか」
 黒髪の頭に軽く拳骨をくれて、シドはシェルクにニヤリと笑いかけた。
「気に入ったぜ、シェルクよぉ。今夜はとことん呑みながら、こいつの暴露話を聞かせてもらうとするか!」



 その夜。

 WROの幹部用食堂は、シドが運び込んだ目新しい食材で作られた料理が、誇らしげにテーブルを飾っていた。
シドにあれこれ飲まされて、すっかり酔っ払ったシェルクは、酒豪の上、笑い上戸であることが判明した。
 酔わない体質のヴィンセントはともかく、シドとも対等にグラスを重ね、酔った勢いで、ルクレツィアの断片から得たヴィンセ
ントの個人情報を暴露し始める。

 
 神羅屋敷の護衛のために赴任してきたが、平和で退屈だったので昼寝していたところをルクレツィアに見つかり、説教され
たこと、そのあと彼女に、ランチに誘われて喜んだのは良いが、ワインを飲みすぎて午後はまったく仕事にならなかったこと、
タークスの新人の頃、個人票の「ストレスマネジメント」欄に「昼寝」と入力して、当時の上司に大目玉をくったこと。
 更に新人の戦闘訓練室で優秀な成績を収めたものの、システムエラーが起こって暴走メカに袋叩きにあい、危ないところを
先輩タークスに救出されたことなど、話の種はつきない。

 何しろ、「ルクレツィアの視点から見たヴィンセント」の話なので、親密さからくる気安さで容赦も遠慮もない。元々は確かに
彼が彼女に話した内容なのであるが、そこにルクレツィアの思い込みが加わって、微妙に事実と異なる色合いを帯びたもの
もある。更に当時の二人の力関係が如実に反映され、散々な描写をされる。


 顔色を変えて制止しようとするヴィンセントと、もっと喋らせようとするシドに、ひたすら笑い転げるシェルク。

WRO局長はもちろん事態の収拾などする気もなく、無責任に面白がって観客に回っていた。




 翌日。

 シェルクはWROのコンピュータの一部を、SND仕様にこっそり変えていた。ネットダイブが出来れば、端末へのリンクと起
動の確認など、あっという間に終了できる。

 二日酔いで軽い頭痛を抱えながら作業に励む彼女の傍らで、ヴィンセントは「お詫びのしるし」として提供された、昼寝タイ
ムを享受している。背もたれの壊れたソファをカウチ代わりに使い、長い足を肘掛からはみ出させて、ここのところオーバー
ワーク気味の「星を救った英雄」は、気持ちよさそうにまどろんでいた。



 後日、昼寝の事実を知ったリーブが、彼の報酬からその分を容赦なく差っ引いたのは、言うまでもない。















                                                         syun
                                                                     2006/3/14

 

ヴィンセント、非常勤職員ですから時間給なんでしょうかね(笑) でも、うちの設定では、彼は生活に困らない高給取りです。危険手当
とか特殊勤務手当てとか山ほどつけられそうだし。DCプレイ後から、リーブの株が急上昇。今までヴィンに絡めて面白いのはシドと思っ
ていましたが、彼もなかなか!シドがお父さんでリーブがお母さんということで。(誰の?) ふたりしてヴィンの面倒をみてくれるといいで
す。「機械が苦手」というヴィンセントですが、20年以上のブランクがあれば、今の機械を扱えなくても当然と思います。元タークスでメカ
音痴はないだろうと思ったので、ちょっとこじつけ。「扱えるけれど好きではない」ということにさせていただきました。何のことはない、ただ
の面倒くさがり屋さんだったりして。それも可愛い(笑)
 シェルクは個人的には好きです。あの小難しい喋り方も可愛いし。何と言っても、
ヴィンとルクさんのホットライン的な役割をしてくれましたから。ヴィンにほんのり片思い、というところですかね?

                        

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