面会者





「休みはないのかね?」

「最初の3ヶ月間は無しだって」
「夕食も一緒にできないのか」
「ノルマが沢山あって、食堂で食いながら資料読んでる」
「消化に悪そうだな」
「他に時間がないんだ」


まだこなれていない制服姿の背の高い青年と長い外套をまとった男は、スタンドでフィッシュアンドチップスとホットドッグ
それに飲み物を買ってベンチに並んで腰を下ろした。

久しぶりに会った父親に、タークス訓練生の息子はその過密なスケジュールに埋め尽くされた1日の様子を話して聞か
せる。

夕食の後は座学の講義かライブラリーで自己学習。またはジムで自主トレ。
23時には点呼があるので宿舎に戻り、0時に消灯。起床は5時。
朝食の前にジョギングとストレッチ、その後は講義と演習とシミュレーションと実技と…

「まるで軍隊だな」
「自己学習の量も睡眠時間も全て契約内容に入ってる。養成期間中は仕方ないらしいよ」

息子とゆっくり話す時間もとれないのかとため息をつくグリモアを見ながら、限られた時間を有効に使うためヴィンセント
はまだあたたかいホットドッグにかぶりつく。


神羅のタークス養成施設に入ったヴィンセントに面会に来たグリモアは、その制限の厳しさに面食らった。
原則、養成期間中の面会は禁止。
神羅と多少は関わりがある高名な科学者ということで特別にお目こぼしをしてもらったが、許可されたのは昼休みの
1時間のみ。

店を探す時間も惜しい二人は、神羅製作所に隣接した公園広場でファストフードを手に久しぶりの親子の対面をしたの
だった。
周囲には同じように手早くランチを済ませようとする人々が、あちこちのベンチを占領している。


「訓練は辛くないかね」

いい音を立ててチップスをかじっていたヴィンセントは少し考えて首を振る。

「大変だけど辛くはない」

学年をスキップし通常より早く卒業が決まった優秀さを見込まれて、神羅からスカウトされたヴィンセントだ。
広範な情報の中から要点を把握することには長けているし、新しい知識を学ぶことは嫌いではない。
星や魔晄、マテリアについては一流の科学者であるグリモアから直に学んでいる上、旅行中に身につけた雑学が役に
立っている。

主に使用する武器は使い慣れた銃を選んだので、厳しい訓練にも余裕を持ってついていける。
幼い頃からグリモアのフィールドワークに同行してサバイバル生活の経験があるヴィンセントは、同期生たちと比べて
多少有利だった。

それでも神羅製作所のエリートを育成するためのカリキュラムは苛酷を極め、グリモアはもともと細めの息子が更に
痩せたように感じて眉をひそめた。


「もっと食べなさい。少し痩せたんじゃないか?」
「食ってるけど運動量に追いつかないんだ」

父の分のフライドフィッシュも口に放り込みながらヴィンセントは笑った。
寮にいる賄いの女性たちもグリモアと同意見らしく、彼のトレイには常に大盛りの食事が用意されている。
前より筋肉がついたし、養成所の中では成績が良い方なんだと自慢してみせる息子に、グリモアも苦笑を浮かべた。

本当ならば、ミッドガルの母校に息子を入れ科学者として育てたかった。
共に星の営みを解明するための研究に取り組むことが出来たらどれほどいいか。それはグリモアの希望でもあった。
だが実際には卒業と進学を決める時期にグリモアは長期の研究旅行から戻って来られず、当面の生活に困ったヴィン
セントは神羅製作所と契約を交わしたのだった。

成長著しい人気企業の精鋭部隊として特別訓練が受けられ、しかも給与つきという条件でスカウトされれば、断る理由は
ない。

しかし、まるで身売りさせたようなものだ、と父親は秘かに嘆く。

「…留守をしたばかりに、お前には悪いことをことをしたな」
「いつまでも脛をかじっているわけにはいかないから、後悔はしてないよ」

入社してみて初めて、「タークス」という特殊精鋭部隊の仕事の中身を知ったが、もう後には戻れなかった。
退職するには莫大な違約金が必要であり、神羅の機密を知った彼には当分監視がつくだろう。
情報漏洩すれば抹殺されることも在り得る。

どちらにしろ生きて行くのにきれい事は言っていられない。
安定した収入を得ることにあまり関心のない父親の脛は、かじり続けるのに抵抗がある。
さっさと割り切ったヴィンセントは現実に適応する道を選んだ。後戻りできないのなら前に進むしかない。
そして、父親が心配するような情報をわざわざ伝えようとは思わなかった。


「この間初めての給料もらった。思ったより額が多くてびっくりした」
「何か記念になるものでも買ったらどうかね」
「親父に飯を奢りたかったのにな」

大人びた口調で言う息子の頬にチップスのかけらがついているのをとってやりながらグリモアは笑い、そして何度目かの
ため息をついた。

幼かったヴィンセントが成長し、「父さん」から「親父」へと呼び方を変え、自分で収入を得るようになった。
共に過ごした時間は短かったとはいえ、慈しみ育てた我が子が手を離れて行くのは一抹の寂しさを感じるものだ。
感傷に浸る父親をよそに、腹ぺこの息子は2本目のホットドッグを胃袋に送り込むのに忙しい。

「…やっぱり、父さんのところへ帰ってこないか?」
「無理」
「違約金なら何とかできるが」
「親父、貧乏なくせに」

印税や特許料などで多少は収入のあるグリモアだが、神羅製作所へ支払う違約金の額は桁違いだ。
憎まれ口を叩く息子の頭を小突くと、ヴィンセントは笑いながら痛がるふりをする。
幼い頃の面影がそのまま残る笑顔を見ると、グリモアの胸がちくりと痛んだ。
ケチャップが服につく、と息子が騒ぐのも構わず抱き寄せて、癖のない黒髪をくしゃくしゃと撫でる。
子煩悩なグリモアにとって、自分よりも背が高くなっていようと子供は子供。
抱きしめて愛情を示すのは父親として当然のことだ。
一口分残ったホットドッグを落とさないように注意しながら、ヴィンセントは父の肩におとなしく頭を預けた。

「本当はこのまま連れて帰りたいのだがな」
「…うん」
「お前はこれでいいのかね?」
「うん」
「辛くなったらいつでも迎えに来てやるから連絡しなさい」
「大丈夫」



背を撫でる父の大きな手を感じながら、ヴィンセントはつかの間そのあたたかさに浸る。
次にこうして会えるのはいつになるのだろうか。
学生の頃は長期休暇のたびに迎えが来て、一緒に調査旅行に連れて行ってもらえた。
長く会えなくても、次の再会が約束されていた。
だが、これからは今までのようにはいかなくなるだろう。
親の翼の下から飛び立った若鳥は、自分の翼で飛び続けていかねばならない。
それが、想像を超えた苛酷な環境の中であっても。

いや、苛酷な環境にいると父に知られないためにも、平然と飛び続けなければ。


「父さんは、いつでもお前のことを思っているよ」
「……うん」

慈愛に満ちた言葉に、精一杯の強がりがもろくも溶け崩れる。
これ以上あたたかい親の懐にいると本当に戻れなくなりそうだと思った時、ヴィンセントの腕時計のアラームが鳴った。
昼休み終了5分前。

気がつくと、周囲のベンチで昼食を取っていた人影は殆どなくなっていた。
ヴィンセントは残っていたホットドッグのかけらを口に放り込み、包み紙を丸めて父に押し付ける。

「ごめん、もう行かないと」
「ああ。遅れるといかんな」

結局ひとりで全部平らげた息子からゴミを受け取りながら、グリモアは笑顔を作った。

「当分はミッドガルにいる。また会いに来るよ」

名残惜しそうに振り返りながら歩いていたヴィンセントは、父の言葉に頬を緩めてうなづくとようやく走り出した。
グリモアも息子の姿が建物の中に消えてしまうまで、手を振りながら笑顔で見送る。

実現するかどうか極めて危うい約束。
それでも、笑って別れるために今の父と子にはどうしても必要だった。


また会いに来るよ。

急に襲ってきた目頭の熱さに耐えながら、それでも無理に頭を起こして背を伸ばし、ふたりはそれぞれの道を歩んで行く。


会いに来るよ。
きっと、いつかまた。

祈りのようにくりかえすその言葉だけが、離れ離れになる父子の心を支えていた。
午後の始業を知らせる神羅製作所のチャイムが、無表情に空気を振るわせた。





                                                                           syun
                                                                  初出 2009/10/21
                                                               加筆修正 2011/2/12




かなり昔のターヴィン祭りの時に挙げた拍手SSです。すっかり忘れておりました(笑)この頃は年相応のヴィンセントに萌え転がっていたのでありました。
もしもヴィンセントがお父さんと同じ職業を選んでたとしたらどうなったんでしょうね?専攻がどの分野になるのかというのもありますが、別の立場でジェ
ノバプロジェクトに参加していたりして。そうするとホントにセフィロスの父になるような展開かあるのか、ルクレツィアと共に神羅を出奔してガスト博士のよ
うになるのか。いやそれより、この父子と同時に知り合ったら一体どちらを選ぶのかルクレツィア女史!(グリパパの可能性高し…)妄想はつきません。





thanks