目には目と歯を
厳しい寒さにかじかんだ手足を伸ばして、男たちは三人三様に長い息を吐き出した。
狭い室内にこもった熱が、芳しい木の香りと共に身体の表面をぴっちりと押し包む。
芯に残る冷たさと体表面の熱さ。男たちは極端な体感温度の差を心地よいものとして受け止める。
雪深い山道を延々と歩き、途中でモンスターとも戦い、ようやくたどり着いたアイシクルロッジのサウナは、彼らにとってまさに
天国だった。左腕に銃を持つバレットだけはその恩恵にあずかれず、シャワーでがまんしている。
女性陣はホテル内にある小さめのサウナを占領しているようだ。やや離れた場所にあるこのサウナ小屋まで来る気はないらしい。
「あー、やっと温まってきたぜぇ」
シドが額に浮かんだ汗を拭い、両手のひらで頬を叩いた。
「次からはちゃんと道を確認してくれよな、リーダーさんよ」
「迷ってはいない。ただ思ったより距離が遠かっただけだ」
汗でぺしゃりとなったつんつん頭をかきあげながら、クラウドが言い返す。
「だがよう、直線コースがあったんじゃねえのか?」
「間に深い谷がある。女連れでは越えられない」
シドの追求に、クラウドは頭の中でアイシクルエリアのマップを描きながら答えた。
雪崩の起きやすい斜面を通り抜けるには、人間離れした速力が要求される。
「俺とヴィンセントだけなら、直線コースをとったがな」
「ちっ」
シドは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
そのヴィンセントは半ば目を伏せて、サウナの暑さを楽しんでいる。アイシクル出身の彼にとって、サウナはなつかしい故郷を
満喫できる場所らしい。
夕日色の瞳がふと壁を見やる。そこに取り付けられた砂時計は、ちょうど最後の砂粒を落としきるところ。
彼は立ち上がると脱衣所を抜けて雪の積もる屋外へと出て行った。
のぼせてきた二人もそれにならい、三人はパウダースノーを身体に振りかけて、火照った身体の熱を冷ます。
身を切るばかりに冷たい風が、今はむしろ心地よい。
シドはさらさらと崩れる雪を手早く丸め、ヴィンセントに向けて投げつけた。その冷たさに無口な元タークスも思わず小さく声を
上げる。
「へっへっ。スキあり、だぜ」
鼻の頭を軽く指でこすってシドがいたずらっ子の顔をして笑う。しかし、次にわめき声をあげたのは彼の方だった。
首、わき腹、膝の裏に次々と雪玉がヒットし、シドは強靭な足腰に物を言わせて一気に戦線を離脱した。
雪玉にまで正確な照準を合わせるスナイパーと戦うのは、得策じゃない。
「ここならおめぇの球もとどかねえよ」
針葉樹の大木の陰に隠れ、勝ち誇ったように言い放つシド。
「死角に入ったな。どうする?」
「…見ていろ」
腕組みして観客に回るクラウドに短く答え、ヴィンセントはサウナ小屋の軒先から氷柱を折り取って来た。
それをシドのいる場所よりも上空へ向けて投擲する。
「どこに投げてやがんだぁ〜」
シドの野次は途中から野太い悲鳴に代わった。
氷柱に直撃された木の枝は、たっぷりと降り積もった雪をシドの頭上に投下する。飛空艇乗りの身体は、金髪の先端のみを
残して雪の中に埋没した。
「さすがだな」
無責任に感心するクラウド。目には目と歯を。元タークスのやり口は見事なほどに徹底していた。雪に埋もれた仲間を
見捨ててサウナに戻ろうとしたヴィンセントを、復讐の鬼と化したシドが襲う。
「ヴィンよぉ、てめえ、責任とってあっためてくれんだろうな?!」
羽交い絞めにされ背中に氷のように冷え切った身体を押し付けられて、ヴィンセントは冷たさと気色悪さに身をそらした。
「シド、放せ!冷たい!」
「おめぇのせいだろうが」
ニヤリと笑ったシドは、無精ひげの伸びた顎を相手の首筋から肩にごりごりと押し当てて追い討ちをかける。
思わず首をすくめたヴィンセントはシドの腕をつかみ、力任せに投げ飛ばした。
キレイに空を飛んだ男は先に小屋へ帰ろうとしていたクラウドを巻き込み、二人揃って深雪にはまりこむ。
「何であんたが空から降ってくるんだ!?」
「あいつに文句言え、あいつに!」
踏ん張れば踏ん張るほど、柔らかい雪からは出られず、かえってずぶずぶと沈んでいく。そのそばを冷淡に通り過ぎようとする
ヴィンセント。二人は素早い目配せを交わし、その足首をつかんで雪だまりに引きずり込んだ。
雪に埋もれてくぐもった歓声と怒声が上がる。
腰にタオル一枚巻いただけの男どもが雪の中で転げまわっている姿はかなり滑稽だが、周囲は深い森林に囲まれて誰に見ら
れる心配もない。
長すぎるクールダウンの時間を過ごした三人は、凍えそうになりながらサウナ小屋へ駆け込むのだった。
「暖かいというのは、ありがたいな」
オレンジ色の照明がついたサウナの中でクラウドが呟く。冷え切った身体にじんわりと熱がしみ込んでくるのは確かにありがたい。
もっとも、狭い室内に筋肉質の男が三人並んでいるのは、暖かいというよりは暑苦しい光景ではあるが。
セットを忘れていた砂時計をひっくりかえそうとして、ヴィンセントが動きを止める。
「どうした?」
問いかけるシドを唇に指を当てて制止し、彼は扉をそっと開いて隙間から様子をうかがう。だが、そのわずかな動きにも敵は反応
した。
まさに脱兎のごとく逃げ出す、ジャンピングの群れ。
「なんだ?! どうしてジャンピングが?」
「あーっ! オレ様の服!」
ジャンピングたちは三人の服を盗み出し、雪原でわきゃわきゃと踏みつけたり蹴飛ばしたりしている。
「待てコラ!」
三人はサウナ小屋から飛び出した。
とたんに、ジャンピングたちは服をひきずりながらてんでばらばらな方向へ逃げ出す。
どれを追うべきか迷った隙に、にゃわにゃわと別の群れに取り囲まれた。アイシクルロッジに来るまでの間に、数匹捕らえて昼食
がわりにしたモンスターだ。
だが、今は多勢に無勢。おまけに文字通り丸腰である。
モンスターウサギは小さいが強靭な脚で蹴られるとけっこう痛い。冷凍になって強度を増したばくさつにんじんソードでやられると
痛いし冷たい。
男たちの弱点をすぐさま見抜いたジャンピングたちは、腰に巻いたタオルを奪おうとにゃわにゃわまとわりついてくる。
タオルを片手で押さえながらでは、戦闘もなにもあったものじゃない。
裸体にアイシクルの冷たい風が突き刺さり唯一の装備がみるみるぼろぼろになって、三人はたまらずサウナ小屋に逃げ込んだ。
「おそらく、昼食にした個体の群れだろう」
見せしめのように服を踏みにじるジャンピングたちを小屋の窓から眺めながら、ヴィンセントが呟いた。
「報復、というわけか」
予備のタオルを腰に巻きながらクラウドが応じる。二人とも、凍傷と擦り傷と小さなあざに全身を彩られている。
「上等だ!またふんづかまえて、ウサギ汁にしてやるぜ」
これまた満身創痍のシドが気炎を上げる。だが、この状況では負け惜しみにしか聞こえない。
「服と武器がなければ、寒くてとてもだめだ」
「PHSはどうしたい」
「ポケットに入っている」
シドとクラウドは同時に腕組みをして考え込む。
服がなくても、雪の中に出て闘える者。
二人の視線が同時に、窓の外を見ているヴィンセントに向かった。
「しばらく時間を稼いで救援を待つしか……なんだ?!」
振り向いたヴィンセントの目に映ったのは、小屋に備え付けのほうきとデッキブラシを手にしたシドとクラウドの姿。
「ヴィンセント、すまない」
「リミブレしてちゃっちゃと片付けてきてくれや」
剣や槍を使う並外れた膂力の二人は、逃げ場のない相手に容赦なく得物を振り下ろした。
「よーしヴィン、よくやったー!」
「服、持ってきてくれ!」
小屋の窓から観戦していた二人は魔獣から人の姿に戻った仲間に呑気な声をかけた。服を身につけマントをまとったヴィンセント
は、雪原に散らばった仲間の服を拾い集める。
「やれやれだな」
「これでホテルへ帰れ……お、おい!」
片手に服を積み重ねた男は、仲間を顧みることなくさっさとホテルへの道を歩き始めている。
二人は顔を見合わせ、慌てて小屋を飛び出して後を追った。
小雪交じりの風が容赦なく肌を刺す。
足の裏は冷たさを通り越して痛みを感じ、やがてなにも感じなくなる。
殆ど涙目になりながら、二人はこけつまろびつして底意地の悪い元タークスを追うのだった。
「…お客さまー。困りますねえ」
「すまない。姿が見えなくなったので、先に戻ったのかと思った」
渋面を作るホテルのフロント相手に、ヴィンセントはしれっと言ってのける。その隣には、集衆監視の中で服を身につけるクラウド
とシドの姿。
コスタじゃあるまいし、素裸に近い姿でホテルに駆け込んでくる客など前代未聞だ。
思わぬ赤っ恥をかかされた二人は、思い切り文句を言ってやりたいのだが、とにかく凍えて歯の根も合わない。
「早く凍傷の手当てをした方がいいぞ」
リミットブレイクしたおかげですっかり傷の治っているヴィンセントは、凍えた指でうまく服が着れない二人を置き去りに部屋へ
行ってしまった。
後にはろれつの回らぬ舌で罵声を上げるシドとクラウドが残されたのだった。
syun
2008/1/17 初出
2008/6/21 加筆修正
お礼画面から下げるにあたって、ちょっと加筆しました。そしたらあらあら、何だかシドヴィン風味(笑)
まあ、気の置けない男同士の裸の付き合いということで。それにしても寒そうです。