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リミットブレイク
「ヴィンセント、目が覚めたって」「おう、聞いたぜ。ちょっくら覗いてくるか」
ニブルヘイムに1軒しかないホテルのドアを開けて入ってきたバレットの足元に、燃えるような赤い毛並みの獣が飛びついた。
獰猛な外見に似合わず、子供の心を持ったナナキは、仲間の回復が嬉しくてならないようだ。
「ティファが、今何か食べられそうなもの作ってるって。ホテルのキッチン借りられたみたいなんだ」
「ふーん、そいつはよかったな」
階段をどすどすと上がりながらバレットが応える。2階のゲストルームのうち、一番奥の部屋が病室となっていた。小さなこの
ホテルは、彼らだけで貸しきり状態だ。開け放しにしてあるドアからは、部屋の中の様子を見ることが出来た。
「おっ、もう起きていいのかい」
バレットはベッドの上のヴィンセントに声をかけ、次に訝しげな顔つきになった。
「どうした? まだ具合悪いのか? ……何飲んでるんだ?」
「………」
ヴィンセントは、大ぶりのマグカップに入った濃緑色の液体を、少しずつ辛そうに飲み下している。話すどころではないらしい
彼に代わって、そばで仁王立ちしていたシドが応えた。
「オレ様の特製スタミナジュースだ! ビタミンたっぷりカロリーどっさり、豪華シルキスの野菜入り!これさえ飲みゃあ、明日
から走り回れるぜ。おらおら、さっさと飲んじまえよ」
材料名を聞いたヴィンセントの手が止まった。
「………シルキスの野菜は…チョコボのエサじゃないのか……?」
「うるせえな、細かいことにこだわると早く治らねえぞ。チョコボに効くんだ。人間にだって効く!」
バレットとナナキは顔を見合わせた。二人の顔が同時に同情を表す。
「もう、これ以上は無理だ」
やっとの思いで2割ほど飲んで、ヴィンセントが音を上げた。
シドの厚意を無にしてはならない、と無理をしていた彼であったが、材料を聞いたとたんに気がくじけたらしい。口元に手を当て、
いかにも気分が悪そうに背にあてがわれたクッションに沈み込む。
ホテルに備え付けてあったオフホワイトの寝衣を着せられている彼は、いつもの暗赤色のマントをまとっている時と大分印象
が違う。病み上がりということもあってか、取り付く島もないといった冷淡な感じが和らいでいる。
「どんな味がするんだ?」
興味をそそられたバレットが、カップを取り上げて一口含んだ。と同時にぶーっと噴き出す。
「なんじゃあ、こりゃあ??!!!」
「何なに、どんな味?」
ナナキもジュースをひと舐めすると、全身の毛を逆立てて跳び上がった。
「まっず~い!! こんなの、よく飲めたね?!」
二人は、味覚が破壊されるかのような味にじっと立っていることができない様子で、室内をばたばたと走り回っている。
ヴィンセントは夕日の色をした瞳に皮肉っぽい光を宿して、その様子を眺めた。
「………あの二人には、明日といわずすぐに効果があるようだな」
「うるせえ。……そんなにまずいか?」
シドは不満そうに、自信作のジュースとがっとあおる。濃緑色の液体は、一秒足らずのうちに床に吐き出された。
「うげえええええっ!! ぺっっぺっぺっ!」
シドは天井まで跳び上がった。ひとしきりむせ返り、口元と涙をスカーフで拭う。
「やっぱ、トリのエサはトリのエサだよな! だめだこりゃ。失敗失敗。がはははは」
「……その失敗作を…」
抗議しかけた被害者の肩をシドは照れ隠しにバンバン叩いた。治りきっていない傷に響き、ヴィンセントがわずかに硬直する。
「わりいわりい。しかしだ、失敗は成功の母! あとでもっといいの作ってやるぜ! 大丈夫、任せとけ!」
もう何も飲みたくないというヴィンセントの主張は、シドの耳には届かないのであった。
「ヴィンセントとシドってさ、仲いいよね」
その様子を見て、ようやく舌が正常に戻ったナナキが、後足で耳を掻きながら言う。テーブルの上に置かれた
水差しから水をがぶ飲みしたバレットは生返事をした。
「ん~? あ~ そうかぁ?」
「うん。ヴィンセントって、いつもあまり話しないじゃない。話しかければ答えてくれるけど。でもシドとは話すよ」
水差しを置き、バレットは記憶の中の映像をたどった。シドに巻き込まれ、絡まれ、ちょっかいを出されているヴィンセントの姿
しか浮かんでこない。
「……自己防衛上、必要に迫られているだけなんじゃないのか?」
「何が自己防衛なの?」
いい匂いを先行させながら、ティファとエアリスが部屋に入ってきた。バレットはしまったというように首を縮める。
「い、いや、何でもねえよ。おっ、うまそうだな」
「特製の野菜スープよ。じっくり煮たから、これなら食べられると思うの」
ティファは得意げにベッドのそばにテーブルを寄せる。彼女の料理の腕前は、ミッドガルのスラムでは有名だった。トレイの上
には、原型を留めないほどに煮込まれた野菜スープが食欲をそそる湯気を立てている。
「また“特製”が来たよ」
「野菜って、シルキスの野菜とかミメットの野菜じゃねえだろうな?」
ナナキとバレットが同時に言う。ティファはきょとんとした顔になった。
「それって、チョコボのエサじゃない! や~だ、そんなもの料理に使う人なんかいないわよ」
………いるんだよ、それが! シドを除いた全員がそう思ったが、誰も口に出しては言わなかった。
「エ~、ゴホンゴホン。いいじゃねえか。せっかく作ってもらったんだからよぅ。冷めないうちに食っちまえ」
「…………」
肝心の本人は途方にくれて目の前に出されたスープを見つめている。食えと言われても、先刻の特製ジュースのせいでまだ
胸がむかついており、何も口にする気になれない。
「そうそう、早く食べちゃってね。そのあと、傷の手当しましょ」
「そうね。あ、身体も拭いて、着替えた方がいいかしらね」
「いっそ、お風呂でもいいんじゃない?」
「そうね~ それもいいわね。今ならユフィもいないし」
エアリスとティファは妙に浮き浮きと楽しそうだ。
「私たち、用意して待ってるから」
「早くしてね」
二人はにっこりと笑い、そろって部屋を出て行った。約一名を除く男たちは、全員似たような笑みを浮かべて見送った。
「エ~、ゴホン。まあ、先に食っちまえよ」
先刻とは微妙に違う調子でシドが言う。
「………?」
ヴィンセントは説明を求めるようにシドを見上げた。シドは片手で蜂蜜色の頭髪をかきまわす。
「まあ、気にすんな。誰だって意識がなけりゃどうにもならねえんだから」
「……何が、どうにもならないのだ?」
ヴィンセントの夕日色の瞳に凝視されて、シドが言いよどむ。
「まあな、お前もこうして目が覚めたんだし、もうあんなことはされねえよ。うん」
「あんなこと…とは?」
口調は淡々としていたが、語尾にわずかに不安そうな響きが混ざる。
「シド、駄目だ。ごまかしきれねえよ。いっそ教えておいてやった方が、本人のためじゃねえか?」
顔に手のひらを当てて首を振りつつバレットが言う。ナナキまで、気の毒で聞いていられないというように耳を伏せている。
シドは天井を見上げてため息をつき、懐からタバコを取り出して火をつけた。大きく吸い込み、長々と煙を吐き出す。
「……ここに着いた時、お前は血まみれだった。とてもそのままベッドに乗せられちゃ困るって、ホテルから言われたのよ。
あとの始末が大変なんだと。傷はあったが仕方ねえ。そこのバスルームでよ、お前を素っ裸にして洗ってくれたのが、あの二人
ってわけさ。自分たちがやるって」
「………………………」
ヴィンセントの瞳が驚きに見開かれる。日ごろ感情を表さない彼だったが、かすかな動揺すら見て取れた。しかし、それを抑え
つけるように低い声で答える。
「…………それは……世話をかけた………」
「それだけじゃねえ。すっかり味をしめちまったみたいなんだよ。あのお二人さんは」
唸るようにバレットが言う。
「その、なんていうか、あれだな。着せ替えごっこの人形あつかいってとこだな」
マリンも同じような遊びが好きだったな、とかなり場違いな連想をしながら彼が告知をした時、廊下からくすくす笑いが聞こえて
きた。
「……なのよね。のけぞった首からあごの感じとか」
「そうそう! 細身だからね。 大人のオトコの色気ってとこ?」
「背中から腰にかけてのラインも、きれいなのよ」
「禁欲的な感じのとこがかえって……なのよね」
「クラウドもいいけど、あの感じはまだ出せないわね。もう数年待たなきゃ」
「あの人の場合、何となく被虐的なとこがそそるのよ」
「その通り! こう、何かめちゃくちゃにしてみたいっていう気にさせるのよねっ」
「……ちょっと、声が高いわ」
部屋の中を静寂が白々しく占拠する。一同は天井を見上げ、それから視界の隅に黒髪の犠牲者を映した。
ヴィンセントは彼らしくもなく、表情にありありと困惑の色を浮かべていた。いつもの冷めた態度で内心をカバーしきれなくなり、
耐え切れずに片手で額を押さえて俯いてしまう。
「………何故………とめてくれなかった……?」
消え入りそうな声が、珍しく恨み言を訴える。
「努力はした。が、無理だった」
「本気で止めようとしたら、俺たちが殺されてるぜ」
ますます、ヴィンセントは立ち直れない。バレットは気の毒そうに彼を見下ろした。
「災難だったな。ま、おムコに行けない身体にされたわけでもないんだから、元気だせや」
「バレット! それじゃフォローになってないよ!」
ナナキは落ち込んでしまったヴィンセントを気遣い、ベッドに前足をかけて立ち上がるとそっと彼の手を舐めた。
しかし、ヴィンセントは反応しない。
「しかし、意識を失うほどの怪我はするもんじゃねえな。何されるかわかったもんじゃねえ。もっとも、俺やシドが大怪我したって
こうはならねえと思うけどよ」
「まあ、そうだな。あの二人が相手にするのはコイツか、クラウドだな」
「でもよう。別に命とられるってわけじゃなし、男冥利につきるって言い方もあるわな。美女に世話されてよ」
「まあな。コルネオならウハウハもんだよな」
「これはこれで楽しんじまうって手もあるよなあ。滅多にねえことだしよ」
川向こうの火事、とばかりに、オヤジ2名はだんだん無責任な放言を始める。ヴィンセントはナナキの介抱むなしく、両手で頭
を抱え沈没したままだ。浮上する気配は全くない。
「あっれ~? こんなとこでなにしてんの?」
「あらユフィ、ずいぶん早かったのね」
「だってこの町ってたいしたもの売ってないんだもん。買い物だってすぐ済んじゃうよ。それより、ヴィンちゃんは?」
「うふふ。これからお・フ・ロ」
「えーっ! アタシも手伝う!」
「駄目よ! 18歳未満お断り」
「ずるいずるいずる~い! あの髪シャンプーして、三つ編みしたい!」
「そうね、目が覚めてるから抵抗するかもしれないし。人手は必要よ」
「じゃ、マテリアとってくるね」
「……バスローブのひも、あったかしら」
廊下でひそひそと入念な打ち合わせを済ませ、エアリスは無邪気な笑みを浮かべて部屋を覗いた。
「ね~、食べ終わった?」
ヴィンセントを除く全員が、いっせいに同じような表情で愛想笑いをする。
「今はまだ、食いたくねえってさ。先に面倒みてやってくれや」
「……シド!?」
沈没していたヴィンセントが、がばっと身を起こしてシドを見上げる。聴覚の鋭い彼の耳には、廊下での不穏な会話が全て
聞こえていた。
「しかたねえだろ、みんなの平和のためだ。ここはひとつこらえてくれ」
「…………………」
ヴィンセントは必死で首を横に振る。そんな彼の気も知らず、エアリスとティファとユフィが部屋に入ってきた。
「何だ、せっかく作ったのに。でもあとでまた温めれば食べられるからね」
「それより見てみて。着替え、ピンクのを見つけたよ」
「きゃ~、可愛い! それじゃ、お風呂にしましょ」
ベッドの上で青ざめて後ずさるヴィンセントをよそに、3人は既に盛り上がっている。男たちは顔を見合わせてうなずいた。
「あ~、じゃ俺たちは下にいるから。よろしくな」
射程範囲外の3人は一斉にだだだだと階段を駆け下りていく。
「……シド! バレット! ナナキ!!」
ヴィンセントの悲痛な声が彼らの後を追った。
「ねえ、ヴィンセントが助けを求めるのって初めて聞いたよ」
「俺もだ。しかしな、世の中にはやりたくてもできないことってやつがあるんだ。こればっかりはしょうがねえ」
「大丈夫。命まではとられねえよ。……多分
「でもさ……」
ナナキが口を開いた時、2階から大きな物音と犠牲者のかすかな悲鳴が聞こえてきた。
「逃げるな! ヴィンセント・ヴァレンタイン!」
「大丈夫! 怖くないから。いい子にしてればすぐにすむの!」
「………あんまり暴れると、縛るわよ!」
男たちの体感温度が、確実に2度は下がった。
「…………自殺、しちゃうかも……」
これ以上はないくらい、耳を伏せ、尻尾をたらしたナナキがつぶやいた。
「……クラウド、呼んでこようか?」
「これ以上死人を増やしてどうすんだよ」
苦虫を噛み潰したような表情でシドが答える。
「…まあ、でもよ、オレ様たちにできることってないよな」
「そうそう、こればっかりはしょうがねえんだよ」
「そうだね、そうだよね」
少数の犠牲で勝ち得る、皆の平和。3人は異様に静かになった2階をあえて無視して、ホテルを飛び出していった。
心の中で、謝罪の言葉を唱えながら。
「おい、生きてるか?」
ほとぼりが冷めた頃を見計らって、シドは戦場に相棒の骨を拾いに出かけた。おざなりにドアをノックして中へ踏み込む。
気の毒な犠牲者は枕にうつ伏せて横たわっていた。そばによるとほんのりとフローラルブーケの香りがする。肩を越える長さ
の漆黒の髪は三つ編みされ、エアリスのものらしいピンクのリボンでまとめられている。
危うく吹き出しそうになるのをこらえて、シドはヴィンセントの頭を軽く小突いた。
「起きろよヴィン。気付け薬を持ってきてやったぜ」
「…………」
憔悴しきった様子でヴィンセントがのろのろと起き上がる。疎ましげにリボンを外し、頭を振って結われた髪をほどき、前髪を
かきあげた。シドを見据える血の色をした瞳が、一切のコメントを拒否している。
「……もう、スタミナジュースは断る」
「もっといいもんだって! ほらよ」
シドは町で仕入れてきたウィスキーの瓶を相棒に差し出した。ヴィンセントは無表情のまま受け取り、封を切る。
「それでちったあ元気も出るだろう。寝る前にロックにして一杯やりゃあ、夢も見ずに……お、おい!」
シドが喋っている間に瓶の中身は急激に減り、あっという間に空になった。
「……二流メーカーだな」
ラベルを眺めて呟き、ヴィンセントは空瓶を相手に押し付けた。酔わない体質になった彼にとって、酒は味とのどごしを楽しむ
ものでしかない。
それゆえにこの二点を重視するヴィンセントが、安酒をラッパ飲みするなど尋常ではなかった。それに気付いてはいたが、引き
下がるようなシドではない。
「全部やるとは言わなかったぞ!! ちっとは残しとけ! このうわばみ野郎!」
「慰謝料ではなかったのか」
「何で慰謝料をオレ様がお前に払うんだよ! いいじゃねえか。美女たちといい思いしたんだからよ」
「いい思い………?」
ヴィンセントが低く呟く。シドがしまったと思ったときは遅かった。彼を睨みつける真紅の双眸がすわっている。
「………これを、いい思いというのか…………?」
片腕にまきついたバスローブの紐を投げ捨てたヴィンセントのピンクの寝衣を着た身体が、淡い金色の光をまとい始める。
「わーたったった!! 待て! 早まるな! おい、ここはまずいっ! 待てって言ってるだろうがー!!」
シドの制止も空しく、度重なる仲間からの虐待に耐えかねたヴィンセントはリミットブレイクした。
金色の光がスパークした後、長い尾と角を持つガリアンビーストが、ベッドの上に仁王立ちになって咆哮した。
爪を立てられたマットレスは綿のように千切れ、スプリングが飛び出してあちこちに転がる。
「落ち着けっ! 静まれっ! テメエ、このシド様の言うことが聞けねえってのか!」
シドはビーストに飛びつき、その長い頚を押さえて動きを封じようとするが、相手はますますいきり立つばかりだ。
強靭な後肢に力を入れただけで木製のベッドが軋み、音を立てて中央から二つに割れた。無残に破壊されたベッドを尻目に、
ビーストは頚にぶら下がったシドを振り飛ばして襲いかかる。
部屋の隅まで転がったシドは、手に当たったモップを掴み、力任せに相手の頭をぶん殴った。ビーストが怒りの咆哮を上げ、
シドの喉笛めがけて牙を剥く。シドも負けてはいない。その口の中に外したモップの布束を押し込み、更に柄を噛ませて押さえ
込む。
「おらおらヴィンよぉ、もういい加減にしろよ。これ以上暴れるとホテル追ん出されるぜ! 野宿はイヤだろ!」
そう言っても今のヴィンセントには通じない。シドの説教に相手は長い尾の一撃で応じた。熱血パイロットの身体が吹っ飛び
壁に激突する。彼の体を中心に、放射状のヒビが壁一面に広がり、絵画とカレンダーが床に転がった。
「いってえ………。畜生、やりやがったな」
シドは腰をさすりながら唸った。
「駄目だ。こいつ、目の前に誰かいる限り、戦い続けるつもりだな」
ビーストはモップをめちゃくちゃに噛み砕き、鋭い爪の生えた後足で踏みにじる。シドは脱出経路を探して視線を走らせた。
戸口から出たら、ビーストを連れて他のメンバーのところへ行く羽目になってしまう。
かくなる上は……
ビーストが大きく口を開けて炎を吐き出そうとした瞬間、シドはモップと一緒においてあったバケツをビーストの顔にかぶせ、
取っ手を角に引っ掛ける。突然視界を塞がれビーストは攻撃を中断したが、それでもバケツは底が抜け、黒こげになって吹き飛
んだ。
しかし、すでにシドの姿は室内から消えうせていた。敵を見失ったビーストは不服そうに唸り室内を徘徊していたが、その金色
の瞳に戦いの影響で半分開いてしまったバスルームの扉が映った…。
「………まったく、世話の焼ける野郎だぜ。」
何でこのオレ様がこんな目にあわなきゃならねえんだ、とぶつぶついいながら、シドは窓の外にぶら下がっていた。
中からは派手な破壊音が続いている。シドを見失ったビーストが、何かに八つ当たりしているようであった。
飛び降りて脱走するのは簡単だったが、たけり狂うモンスターを放置してはいけない。万が一の場合には再び室内に戻って、
気絶させてでも取り押さえなければならなかった。
彼は片手を離すと器用にタバコを口にくわえ、火をつけた。ゆらゆらと揺れながら煙とため息を同時に吐き出す。
破壊音はどうやら止んだようだ。
「おい、ヴィンよ~ 早く正気に戻りやがれ」
ややあって、シドの呟きが聞こえたかのように、いつもの服装に戻ったヴィンセントが窓から姿を現した。マントとガントレットは
外しており、素手で頬杖をついて窓の下のシドを無感動な瞳で眺める。
「あんた、何故そんなところにぶらさがっている?」
「馬鹿言え! 誰のせいだと思ってやがるんだ!? 見てねえでさっさと助けろ!」
「あいにく、リミットブレイク中の記憶はほとんどない」
淡々とした口調で応じながら、ヴィンセントはシドに手を貸して部屋の中に引き上げた。変身したおかげで傷の回復が一気に
早まった彼は、先刻までベッドから立てなかったことがうそのように涼しい顔をしている。窓枠を勢いよく乗り越えたシドは、部屋
の惨状を見てあんぐりと口をあけた。
あちこち焼け焦げたカーペットの上には、原型を留めていないモップと黒こげになったバケツが散らばっている。
ベッドは中央から二つに割れ、ずたずたに引き裂かれたマットレスからは、ときおりスプリングが外れて転げ落ちていた。
そこまでは、シドも経緯を知っている。
「……さっきのすんげー音は、ここか?!」
シドは部屋の奥にあるバスルームに近づいた。扉はへし折られ、めちゃくちゃになった室内ではバスタブが粉砕されている。
片隅に盛り上がっている黒い塊は、シャンプーやボディソープのボトルなどが溶けたものらしい。
――― こいつ、よっぽどイヤだったんだな… ―――
立ち尽くすシドの後ろに立ち、ヴィンセントも被害状況を確認した。
「………弁償しろといわれるだろうな」
「他人事みたいに言うな! やったのはお前だ、お前! ほんとに記憶ねえのか!?」
シドは振り返り、ヴィンセントの顔の前に指を突きつけた。しかし、本人の表情は変わらない。
「連帯責任だろう。誘因がなければ変身などしない」
「ゆういん、だぁ?」
「私にも忍耐力の限界はある」
ヴィンセントは恨みのこもった眼差しで、破壊されたバスルームを見つめている。パーティ最強の3人から彼が受けた仕打ち
を想像して、シドも一瞬同情を覚えた。
「だけどよ、今日のお前の災難の原因はあの3人だぜ! 何でオレ様にあたるんだよ!!!」
思い直したシドが抗議する。バスタブを睨みつけていたヴィンセントが、視線をシドに移した。
「ななな何だよ!? だってそうだろうが! オレ様だけが、その、ゆういんじゃねえぜ」
「……………………そうだな。何故だろう……」
やや冷静さを取り戻し、考え込みながらヴィンセントが呟く。シドは蜂蜜色の髪をかきむしった。
「かーっ! “何故だろう”じゃねえだろう! 八つ当たりされるこっちの身にもなってみろよ!」
「…………多分、当たっても差し支えのない相手を選んだのだろう」
ヴィンセントはそう結論を出し、シドに背を向けると淡々と室内の片付けを始めた。
「どういう意味だ!? 大体なあ、リミットブレイクするまで我慢すんな! もうちっと器用にストレス発散しろよ!」
「……私はこういう性格なのだ。悪かったな」
「生意気に開き直るんじゃねぇ! 自分を省みてちったあ反省しろ!」
シドは焦げたバケツをひろって投げつける。片手で受け止めたヴィンセントは、壊れたベッドやマットレスなどと一緒に部屋の
片隅に積み上げた。
「それをあんたが言うのか?」
「うるせえ。文句はちゃんと本人たちに言えよ! オレ様やバスタブに当たるんじゃねえ!」
「私をスケープゴートにしたのは誰だ」
日ごろ無口なヴィンセントも、必要があれば辛辣に応戦する。シドの舌鋒も鈍る気配はない。
「しょうがねえだろ! あの三人をどうやって止められるんだよ。 ……そうだ、おい、フロも片付けとけよ!」
「嫌だ」
「嫌だ、じゃねーよ! あんなに念入りに壊しやがって!」
「あの部屋には、二度と入りたくない」
「けっ、弱虫め」
「あんたにそれを言う資格はないぞ」
結局、二人は掃除をしながら今度は熾烈な舌戦を展開したのだった。
「ねえ、あの二人、まだ喧嘩してるよ」
ニブル山を登りながら、ナナキはクラウドにそっと囁いた。リーダーはやれやれというように頚を振る。
「放っておこう。ここなら戦っても被害はでない」
「そう…だね。お金、高かったもんね」
ホテルの一部屋を瓦礫の山にしてしまった賠償金は、マテリアを2つ売却して用意したのだった。実際にホテルに支払った
金額はマテリアの代価の3分の一程度であり、残りは他のパーティメンバーに必要なアイテムの購入に当てられた。
予定より早くホテルから追い出される羽目になった仲間への、「お詫びのしるし」が必要なのは、当然である。
支配人からいやというほど苦情をいわれ、クラウドにマスタークラスのマテリアを没収されたシドとヴィンセントは、新たなマテ
リアを育てるために、競い合うようにしてモンスター狩りをしている。二人とも無言のまま大股でパーティの先頭を歩いており、
近づきがたい雰囲気を醸し出していた。
「えーっ、そうなの? お風呂壊したのはヴィンセントだったんだ」
最後尾を歩いている華やかな一群から、陽気な笑い声が響いてきた。ナナキは恐る恐る振り返ってみる。
「シドと話していて、逆ギレしたらしいよ」
「やっぱり、縛られたの、イヤだったのかな?」
「だって、あんなに暴れたらきれいに洗えないじゃない」
「次はさ、スリプルとかフリーズかけちゃえばいいんだよ」
「そうだね、ヴィンセント、あんまり薬効かないから」
最前列を歩いていたヴィンセントの速度が増した。まけじとシドもスピードをあげる。そのまま二人は争うように速度を上げ、
仲間を遠く引き離した場所で、偶然遭遇したニブルウルフの群れに突入した。当然ながら応援など呼ばず、まるで八つ当たり
するかのように不運なモンスターたちを虐殺していく。
マスタークラスのマテリアは、意外に早く入手できそうであった。
パーティ最後尾の話し声が一時期低くなったかと思うと、次には弾けるような笑い声が山道にこだまする。
それをあえて聞かないようにしながら、男たちは背筋に走る悪寒をこらえつつ地面を見つめて歩調を速めるのだった。
戦いと戦いの合間の、ごく短い平和な日のことである。
syun
2005/11/3
日ごろ静かな人ほどキレるとすごいだろうと思って書いてみました(笑) あっという間に傷の治る特異体質のヴィンですが、セフィロスにつけ
られた傷だからなかなか治らない、というでたらめ設定でいかせていただきました。女性メンバーにいいように弄ばれる彼を書いているのは、
楽しかった~(私も混ざりたい)。
本人たちに抗議できず、シドにやつあたりするのは、ある意味「甘え」ですかね?ホテルが吹き飛ばなくてよかったです。