イヌも食わない…
「クラウド!ティファも、いいとこに来てくれたぁ!」
WROの局長室から飛び出してきたユフィは、廊下でばったり出会った元リーダーの腕を捕まえた。
アポをとっていたわけでもなく、偶然寄っただけのクラウドとティファは顔を見合わせる。
「何が起こってるんだ?」
「けんかだよケ・ン・カ! もうアタシじゃ止められないって」
「誰と誰が?」
「ヴィンセントとルクレツィアさん!」
この意外な取り合わせに、二人はもう一度顔を見合わせると、足を速めて局長室へ入った。
局長不在のデスクの前で、腕組みをしたまま柳眉を逆立て、唇をきゅっと結んだルクレツィアが立っていた。
そのそばに、困り果てた様子のヴィンセント。
夏空の色の瞳をした男がソファの背に両腕をもたせかけ、くわえタバコのまま二人を振り返るとウインクを送ってよこす。
『いったい、どうなっているんだ?』
そろりそろりとソファに腰を下ろし、声をひそめてクラウドは空の男に質問した。
『イヌも喰わねえってヤツさ。ま、黙って見てろ』
明らかに半分面白がっている口調で、シドはささやく。
WROに物資を運んできたシドの飛空艇に、珍しくユフィが便乗していた。
久しぶりの仲間との再会を喜んで、局長室でささやかなお茶の席が設けられていたのだった。
ユフィが最近新しくした携帯電話の話題になり、写メールの話になった時、ルクレツィアとヴィンセントの間が険悪になったというのだ。
いつもなら上手なとりなし役となるリーブは、急に入った会議のために中座した所。
シドはタバコをくゆらしながら、観客に回り、事態の収拾を図るものは誰もいない。
ユフィが珍しくしおれた様子でティファのそばに座った。
『ケータイで送ったあの写真がね、やばかったみたい』
『リーブとヴィンセントのツーショット?』
『そ。あれでルクレツィアさん、怒っちゃったみたいなんだ』
『まさか』
本来三人がけのソファに無理やり四人並んで、彼らは戦況を見守る。
当事者たちに近い独りがけソファには、誰も行こうとしない。
「…だから、誤解だ」
「何が誤解なの。ちゃんと証拠もあるじゃない」
「それは、ユフィが…」
「人のせいにしないの!」
迫力のある鋭い叱咤に、一同は思わず首をすくめた。
さすが、セフィロスを産んだ女性。何人かがこっそりと奇妙な感心の仕方をする。
「そんなに私とダンスするのがイヤなら、そうはっきり言って。こんな遠まわしなやり方、卑怯よ!」
「ルクレツィア、そうじゃな…」
「局長やユフィの手まで借りるなんて。ひどいわ」
「いや、それは…」
「うるさい!もう聞きたくない!」
炎のような彼女の糾弾に、ヴィンセントは火だるまになった。
しどろもどろの弁解は、全て彼女の鼻先で叩き落され、もはや万事休す。
勝負あったかと思われた時、元タークスは捨て身の行動に出た。
怒りに身を震わせてくるりと背を向けたルクレツィアを、強引に後ろから抱きしめる。
「君を失望させたくなかった。ダンスの相手も務まらないのかと、笑われたくなかったんだ」
振り払おうとする彼女を一層強く抱きしめながら、ヴィンセントの声が懇願の響きを帯びて彼女の耳にささやく。
「だから、リーブに練習相手を頼んだ。それをユフィに見られてからかわれただけだ」
「…ホントに?」
「ああ」
耳に心地よい重低音の声が、力強く肯定する。
腕組みをしたままだったルクレツィアの手がゆっくりと解かれ、そっとヴィンセントの腕に添えられた。
ソファで観戦していた一同から、ほ〜っと安堵のため息が洩れた。ティファがこっそりとなりのクラウドをつつく。
「…仲直りの仕方、誰かさんよりヴィンセントの方が上手じゃない?」
「人生経験豊富な年寄りと一緒にするなよ」
クラウドが渋面を作って軽く睨む。
「…それなら、私とダンスするの、嫌じゃないのね?」
「もちろんだ。ただ…」
「ただ、何?」
機嫌を直したルクレツィアは、柔らかい口調でたずねる。
鈍感な男は無用心に答えた。
「私としては、もう少しふっくらしていてくれる方が嬉しい」
「バカ…!」
ティファとユフィが異口同音に呟くのと、ルクレツィアの肘鉄がヴィンセントの鳩尾に決まるのがほぼ同時だった。
「すみませんね、会議が長引いてしまって。…おや、ヴィンセント。床に倒れてどうしたんです?」
そのころになって、WRO局長がぬけぬけと柔和な顔を見せる。
絶妙のタイミングを計りやがったな、と、シドは局長席で留守番をしていた動かぬケット・シーをちらりと眺めた。
2007/3/4 初出
2007/8/12 加筆修正
一方的で思い込みの激しいルクさん。ヴィンはいつも犠牲者。それでもあんなに思っているんですから、もうお好きにどうぞというところでしょうか。
仲間たちにしてみると、意外なヴィンセントの姿が見られてけっこう楽しいかもしれません。