I.Dカード






 緑豊かに伸びた畑の中を子供たちのはしゃいだ声が流れていく。

大地の恵みを小枝から受け取るしなやかな指先は、いつもの女主人のものとは異なる強靭さを秘めたものだ。十分に熟した野菜
を戦闘用の大型ナイフで次々と摘み取っていく。トマトやナス、玉蜀黍の緑の合間に揺れる長い黒髪は一瞬畑の主と見紛うが、
すらりとした長身は明らかに女性のフォルムではない。


「ヴィンセントー!こっちももう食べられそうだよ!」

 ティファの手伝いをしていて食べごろの野菜の眼が利くようになったマリンが手を振った。
バスケット一杯の夏野菜を抱えたヴィンセントが、植物の根を踏まないように注意深くそばに歩み寄る。


「エダマメ、そろそろとってもいいってティファが言ってた」
「………」

 マリンが指差す作物をヴィンセントは黙ったまま眺めた。丸々と肥った豆を孕んださやがびっしりとついているが、これをひとつ
ひとつ摘むとなるとかなり面倒くさい。


「あ、これは枝ごと斬っちゃっていいんだって」
「そうか」

それなら話は早いと言わんばかりに、ヴィンセントはさっさとエダマメの収穫にかかる。彼のナイフの一振りでまるで牧草のように
簡単に刈り取られた小枝の束が、ぎっしりとついた豆のさやをわさわさと揺らしている。


「いっぱい取れたな!」

自分のかごにナスを山盛りにしたデンゼルが、鼻の頭に汗の粒を光らせながら笑う。いつもなら渋々手伝う野菜の収穫も珍しい
参加者と一緒なら楽しくなる。もっとも、英雄が畑仕事などをするのは面子に関わると信じている彼は、ティファの麦わら帽子を
ヴィンセントに被せるというカモフラージュも忘れない。帽子と長い黒髪だけ見た人は、ティファがいつもどおりに畑を手入れして
いると思うだろう。…多分。


「このくらいでいいだろう」
「うん」

 収穫物を抱えたヴィンセントが立ち上がると子供たちも跳びはねながら従った。暑いし喉も渇いたし、冷たい飲み物が欲しい。
ひんやりと涼しい店内に入り彼等はほっとした。まだ電気もつけないカウンターの上ではセブンスヘブンのオーナーシェフが二日
酔いと闘っている。


「ティファ、トマト採ってきたよ!」
「…お願い、大声出さないで」

ティファは乱れた髪をかきあげながらだるそうに頭を起こした。そのそばにヴィンセントはそっと収穫物を置く。

「大丈夫か」
「ううん、ダメ」

 ティファは一度起こした頭をもう一度カウンターの上に戻した。あんなに飲んだのにあなたはどうして平気なのと、徹夜で飲み
明かした後のお決まりのセリフを彼に投げつける。その彼女のそば転がっているタンブラーにヴィンセントは冷蔵庫から出した
ミネラルウォーターを注ぎ足してやった。

 久しぶりに会った仲間たちが再会を祝うようにとことん飲み明かすのはいつものことだ。涼しい顔でグラスを重ねるヴィンセント
につられて許容量を大幅にオーバーした他の者たちは、翌日二日酔いの洗礼を受けることになるのだった。そして宴会の翌朝は
ヴィンセントが一人で片付けや雑用を引き受けるというのも、仲間たちの中では暗黙の了解になっている。
シドあたりに「おめぇのせいで飲みすぎんだから責任取れ」などと理不尽なことを言われながら、累々と横たわる屍の世話をする
彼は、確かに底抜けにお人好しの面を持っていた。


 昨晩マリンの捜索のために臨時休業にした分、今日は店を開けなければと、使命感に支えられたティファはどうにかベッドから
起きてきたが、クラウドはまだ眠りの国に滞在している。二日酔いと縁のないヴィンセントは元気のあり余っている子供たちととも
に、ティファの頼みで朝の収穫をしてきたところだ。


「とにかく…ランチの仕込みを、しなくちゃ…」

 よろよろと起き上がったティファは採りたての野菜たちを広いシンクにあけて洗い始めた。その場を離れるに離れられなくなった
ヴィンセントは、何となくそばで手伝っている。

野菜を洗い上げてざるに並べ、ナイフを手にしたティファの動きが止まった。大きな瞳がすがるようにヴィンセントを見つめる。

「…ごめん、この後お願い」

たじろいだ彼にトマトとナイフを握らせ、ティファは小走りにバスルームへと消えた。

「………」

ティファを見送ったヴィンセントと子供たちは黙ったまま顔を見合わせ、それから同時に壁にかかった時計を見上げた。

10:30。

 セブンスヘブンのランチタイムは11:30から始まる。本日も臨時休業にするという選択肢もあるが、食材の新鮮度は確実に
落ちていく。そして何よりも重要な問題は、子供たちの昼食をどうするかということだ。

 マリンとデンゼルはティファが託していったトマトとナイフを眺め、それからヴィンセントの顔を見上げた。困り果てたヴィンセント
も手に持たされたそれらに眼を落としてため息をついたが、やがてポケットから携帯を取り出した。
プッシュしたボタンは「#VIN」。


「…シェルクか。頼みがある」

電話の向こうにいる相手は、珍しく連絡をよこした相手の意外な頼みごとに驚いたようだった。



「ティファはまだダメみたい」
「何か手伝うよ」

バスルームと厨房の往復を始めた子供たちが心配して声をかけてくる。

「いや。大体の流れは把握した」

シェルクが添付で送ってきたレシピをしばらく無言で読んでいたヴィンセントは、おもむろにナイフを取り上げて作業を開始した。
トマト、ナス、ズッキーニと玉ねぎ、それにヘッジホッグパイのバラ肉を調理しやすいように下拵えしていく。外皮を剥き、ヘタを取り
傷んだ部分を切り落として、整然と並べられた野菜たちはまるで整備中の銃のパーツのようだ。
意外と手早い彼の作業に子供たちは目を丸くした。

 長い髪を後ろでゆるく束ね両袖をまくって料理するヴィンセントの姿は、それはそれでけっこうさまになっている。気を利かせた
マリンが持ってきたティファの黒いエプロンを腰に巻きつけたほっそりとした姿は、本職に見えないこともない。目的が違うとはいえ
刃物の扱いにももちろん慣れているし、扱っているのが食材でなければ何かの秘密工作のようだ。
調理をしながら同時進行で生ゴミの処理と道具の片づけまでこなすのは、几帳面な性格の一端を表しているのだろう。


現在の時刻は10:52。
 
 ヴィンセントは大なべにオリーブオイルを熱してスライスしたガーリックを炒めると、野菜たちを放り込んだ。少々癖のあるヘッジ
ホッグパイの肉はハーブで臭みを取ってから炒めるという念の入りようだ。やるからには本気で取り組むつもりらしい。
野菜がしんなりしてきた所で塩、胡椒と固形スープ、更にオレガノを加えて味を整え、なべをかきまわしながら15分ほど煮込む。

野菜の煮えるいい匂いが店内にゆっくりと広がって行き、子供たちはくんくんと匂いをかいで嬉しそうな顔をした。

「いい匂いだねー」
「何ができるの?」
「さあ。料理名は聞かなかった」

 味見をしていたにわか料理人はやや首をかしげると、スパイスラックにあった調味料の香りを一つ一つ確認して、選び抜いた
ものを加えていく。そもそも、人間外の存在になった彼は食事を必要としない。食べ物を口に運ぶのは味覚を楽しむためだけで
不味いものは絶対に口にしないというのは、ある意味究極のグルメと言えるかもしれない。

 彼の人間離れした嗅覚と敏感な味覚を頼りに味付けされたラタトゥユは、通常と一味違ったものとなった。
これにトーストやパスタなどを加えれば立派にランチのメニューになる。


現在の時刻は11:28。



「どうやら間に合ったようだな」

作業を終了したヴィンセントはエプロンを外しながら子供たちに笑顔を見せる。突然ふりかかってきた難題をクリアできた達成感
はそれなりに心地よい。そして超レアな料理人によるランチにありつけそうなデンゼルとマリンも大喜びだ。


「…すごく、いいにおい、だけど…誰が作ったの?」

ようやくバスルームから復帰したティファが厨房に立っている仲間を見て目を丸くする。

「まさか、ヴィンセント?」
「…昨日に引き続き、ここでは代行をすることが多いようだ」

軽く肩をすくめた彼は小皿に料理を取ってティファに渡す。味見したセブンスヘブンの店主の表情がプロの料理人に変わる。

「おい…しい! これ、ラタトゥユでしょ?ちょっと変わった味付けだね」

 一体どうやって作ったのと問い詰められても、勘と思いつきで味付けをしたヴィンセントには答えられない。材料と制限時間を
シェルクに伝えて作成可能な料理を検索してもらった、と説明する彼にティファは呆れるやら感心するやらだ。


「でもありがとう。助かったわ。できたら、これからも時々ピンチヒッターで働いてくれるといいんだけど」
「………………」

無言で固辞する相手の気配にティファは笑い出し、最後は息切れしてため息をついた。

「そうだよね。でももううちょっとだけ。薬が効いてくるまでお願い」

吐き気は治まったけど頭が痛くてダメなのと頼めば彼が断れないことは予測ずみだ。それに実際二日酔いの尻尾はまだ続いて
いる。





 マリンとデンゼルは厚切りトーストに特製ラタトゥユを載せてかぶりついた。滅多に食べられない料理の味が気に入ったようで
おかわりまでしている。ティファは残念ながら食事は喉を通らず、レモンのスライスを落としたトマトジュースをちびちびとすすって
いた。
 ヴィンセントは結局厨房の中に留まってせっせとナイフを研いでいる。自分が使う道具にそれなりのこだわりを持つ彼は、ナイフ
の切れ味が気に入らなかったようだ。使った器具や道具はきれいに磨き上げて片付けるなど、彼の中にはものぐさと几帳面さ、
なげやりと完璧主義が奇妙に同居している。




 入り口のチャイムが軽やかな音を立てる。今日だけの特別メニューを試食できる幸運な客の第1号がやってきた。

「お久しぶりです…」

 WRO隊員にドアを開けてもらってにこやかに入ってきたリーブは、世にも奇妙な光景を眼にして立ち止まった。
カウンターに半ば寄りかかるようにしてトマトジュースを飲んでいるティファ。そして、カウンターの中で熟練のバーテンのように
馴れた風情でナイフを研いでいるヴィンセント。


「ヴィンセント、セブンスヘブンに就職したのですか?」
「まさか」

指先で刃が均等に研がれているかを確認しながら、ヴィンセントが即座に否定する。いつもより元気のない笑顔のティファがリー
ブに向けて軽く会釈した。


「私が二日酔いで、ちょっと手伝ってもらってるの」

口の周りにソースをつけながら、デンゼルとマリンが満足げな表情でリーブを見上げる。

「すっごく、おいしい!」
「食べられるのは今日だけなんだ」
「ほう、それはそれは」

ティファや子供たちの様子から今日のランチの製作者を察したリーブが笑みを含んだ視線を投げた先には、背を向けてしまった
ヴィンセントの姿があった。


「それは是非ともお相伴にあずかりたいですねぇ」
「お前はWROに帰って食えばいいだろう」

研ぎ終わったナイフを所定の場所に片付けながら、日雇いシェフはあろうことか客のオーダを無情に却下する。

「ヴィンセント、そんなこと言わないでリーブにも出してあげて」

大分頭痛が治まってきたティファが笑いながら命令した。これ見よがしのため息をついたヴィンセントがぶっきらぼうにたずねる。

「パンかパスタか、どちらか選べ」
「そうですね、じゃ、パンで」

 状況を楽しんでいるWRO局長はあくまでもにこやかだ。黙ったままヴィンセントが取り上げたパン切りナイフの磨き上げられた
刃が、返事の代わりのようにきらりと輝いた。






 大なべ一杯のラタトゥユはあっという間に売り切れとなった。
リーブと一緒にようやく起きてきたクラウドがテーブルにつき、局長を護衛してきたWRO隊員や、ティファの夏野菜ファンの常連た
ちで、こじんまりしたセブンスヘブンの店内は満席状態だ。いつもと一味違う料理のおいしさと、意外な製作者に客たちは大いに
盛り上がっている。

 ようやく復活したティファが通常業務を始め、厨房から解放されたヴィンセントはそっと席を外そうとしたところをつかまって仲間
たちのテーブルに連行された。




「あんたにこんな特技があるとは知らなかったな」

二日酔いで起きてこなかった割合にはさっさと皿の上の料理を片付けたクラウドが、食後のコーヒーを口に運びながら言う。

「本当においしくいただきました。これならいつでもお嫁に行けますね」

やはりWROに嫁いで来ませんか、と冗談半分本気半分でリーブは持ちかける。ヴィンセントはコーヒーカップを傾けながら横目で
相手を睨んだ。


「その話は何度も断ったはずだ」
「でも昨夜のような事件がありますと、私も心配ですから」

 昨夜のようなこととは、未成年略取と詐欺容疑で警備員に身柄を拘束されたヴィンセントの話だ。怪しい風体をしている事実を
棚に上げ、コスプレした誘拐犯扱いされて腹を立てたヴィンセントが警備員詰め所に居座ったために、WROに救援要請が来たの
だった。

 確かにあなたの身分証明は難しいでしょうし、いつもすぐにお迎えに行ってあげられるとは限りません、とまるで保護者のように
リーブは諭す。あなたの意思に関係なく何か問題があればWROに通報が来るんですよ、と。


「人間とは関わるなと、そういうことか」

舌戦ではリーブに敵わないことを承知しているヴィンセントは、意図的に論点を飛躍させた。WROに迷惑がかかるというなら人里
離れた荒野に引っ込んでもかまわない。何なら100年ほど眠りにつくという手もある。


「そうしたらまた起こしてやるさ」

二杯目のコーヒーをティファから受け取りながら、クラウドがヴィンセントの抵抗をあっさりと封じた。

「夕べのようにどこかで拘留されていても、俺が迎えに行ってやる」

まだまだ雑草と害虫退治の仕事は続くし、秋になればハロウィン用、冬になればクリスマス用のエピオルニス狩りをしなくてはなら
ない。クラウドにとってヴィンセントは困った時に召喚できる便利な存在なのだ。呑気に眠ってもらっていては困る。

 ヴィンセントは今日何度目になるかわからないため息をつき、ぬるくなったコーヒーを喉に流し込んだ。

「それで、このようなものをご用意しました」

ヴィンセントの主張をまるで聞いていなかったのようにリーブが差し出したのは銀色の小さなカード。WROの身分証明証だ。
ついにWROは野生の獣に首輪をつけるつもりか、とクラウドは内心面白がって二人のかけひきの見物に回る。

冷たい一瞥を投げたきりヴィンセントは触ろうともしない。

「大丈夫です。あなたを拘束する気はありませんよ」

できるはずもありませんしね、とリーブは笑う。いつまでも受け取ろうとしないヴィンセントに代わり、クラウドがカードをテーブル
から拾い上げた。

 住所の欄は「不定」となっているが連絡先には携帯電話の番号が印字されていた。本人の写真の部分には特殊加工が施され
角度によってヴィンセントとガリアンビーストの姿が交互に浮かび上がるようになっている。局長の身分証も、本人とケット・シーの
写真が同様に印刷されているので、一応公式の書式にのっとっていることになるらしい。

 外見と全く一致しない生年月日もそのまま記載されており胡散臭いことこの上ないのだが、欄外にはリーブの携帯番号が書か
れ、金色の文字で「ここに記載された内容についてはWRO局長が全責任を負う」と記されている。


 やや呆れたような表情で眺めていたクラウドの瞳が今までと異なる色を浮かべたのは、「所属」の欄に書かれた文字を読み
取ったからだ。


「ヴィンセント見ろよ」
「断る」
「いいから、ほら」

元リーダーから強引に渡されたIDカードを興味なさげに眺めたヴィンセントの視線がある一点で留まる。
通常ならば長々しい肩書きで埋められる所属欄に書かれた、ごくシンプルでありながら重い意味を持つ言葉。


『友人』

 本来IDカードに記載されるようなものではない。だが所属欄に堂々と書かれているその単語をヴィンセントはただ見つめた。

 不老不死の身体と群を抜いた戦闘能力を誇り、非常時には最強の存在となる彼だったが、平穏な日常生活を送る人間社会の
中では居場所を失う。自分自身を証明しようとすればするほど、異質の生命体であることが際立ってしまう。
 彼にできるのは人間とつかず離れずの距離を保ちながら孤独の道を歩むことだが、それでも彼を知らぬ人々と接すると時折
面倒な事態に巻き込まれることがあった。
 ジェノバ戦役やオメガ事件の英雄など人々の記憶からは簡単に薄れていく。不審者として追放されたり拘束されそうになったり
するのは、別にこれが初めてではない。

 WROの諜報部や参謀本部の幹部なら拒否できただろう。だが彼に送られたものは「友人」というある意味最高の称号だ。
実際には、多少のトラブルなど独力で切り抜けられるので護ってもらう必要はないのだが、「ヒト」としての彼の心を護ろうとする
リーブを、ヴィンセントは拒むことができなかった。
 彼の唇からは先刻までと異なる色合いを帯びたため息がもれる。


「…こんな身分証明は見たことがない」
「特別製ですから。誰にでも出せるという訳ではありませんしね」

くつろいだ様子で膝の上で指を組みリーブは微笑む。私にとって貴方は特別な存在なのですよと、その笑顔が語っている。
ランチに来た最後の客を見送ったティファが、ヴィンセントの手からカードを取り上げた。所属欄に書かれた肩書きを見てにっこり
と微笑んだ彼女は快活に語りかける。


「ステキじゃない。これでもう変質者扱いされなくてすむね」
「変質者じゃない。詐欺と誘拐の濡れ衣だ」

多少傷ついたらしいヴィンセントが珍しく速攻で抗議するが、ティファはそうだっけ?と軽くスルーする。

「うちの職員証も発行しようか?セブンスヘブンの臨時シェフって、どう?」
「それならストライフデリバリーサービスの副社長というのもあるぞ」
「いい。これ1枚で十分だ」

 連絡先にうちの番号も書いてあげるとペンを取り出したティファから、ヴィンセントは慌ててカードを取り返した。これ以上怪しい
書き込みをされると、ますます贋物くさくなってしまう。

最初は触りもしなかったIDカードを我が物のように取り戻したヴィンセントを、リーブは笑みを湛えた瞳で見守っていた。

「…してやられたな」

その視線に気付いたヴィンセントが苦笑を浮かべる。リーブは茶目っ気たっぷりの笑顔でそれに応じ片目を瞑ってみせた。

「でも、あなたの力が必要なことも本当です。友人としてたまには、いえ時々、いや、しばしば協力してくれればありがたいですね」
「考えておこう」

ヴィンセントはカードをポケットにしまいこむ。
先刻まで料理をしていたのだから素手なのはあたりまえだが、リーブは手袋越しではなく素手でカードを受け取った彼に、確かに
何かが伝わったと感じたのだった。









 ゆっくりと西に傾いていく夕日を浴びながら、ヴィンセントはエッジの町外れをゆっくりと歩いていた。
遊び疲れた子供たちがエッジに帰っていくのを見届けると、五番街スラムに通じるエリアで崩れた建物から剥き出しになった鉄骨
の上に飛び乗り、周囲を念入りに監視する。やがて彼の鋭い眼は遠くに蠢くウォームの群を捕捉した。
その彼の足元に聞き覚えのあるバイクのエンジン音が近づき、停止する。

「徘徊老人は、また連中に拘束されるぞ」

からかうように声をかけたのは、デリバリーサービスの仕事帰りのクラウドだった。彼もまた子供たちの無事を確認するため、帰り
道を大きく外れてバイクを飛ばしてきたのだ。


「もう大丈夫だ。これがあるからな」

ヴィンセントはポケットを軽く叩いて言い返すと、肩にかけていたライフルを取り上げた。夕方になって現れた夜行性のモンスター
を狙ってトリガーを引くと、マテリアによって炎の属性を付けられた弾丸は獲物の身体を貫通し炎に包み込む。

 相変わらず鮮やかな狙撃の腕にクラウドは短く口笛を吹いた。ヴィンセントは炎や雷の魔法と相性がいい。身に宿した魔獣の
攻撃方法と重なるからかもしれないが、彼が放つファイアやサンダーは他の者の2倍近い威力を見せる。

ウォームの群が死角に入り小さく舌打ちをしてライフルを下ろしたヴィンセントに、クラウドは親指でバイクの後部座席を指した。

「乗れよ。追撃しよう」

 言葉は交わさなくても二人の考えは一致している。このあたりに出没するはぐれモンスターを片付けて、子供たちの安全を護る
ことは最優先のミッションだ。

ヴィンセントは体重の無い者のようにひらりと後部座席に舞い降りた。新たな弾丸を装填する音を背後に聞きながらクラウドは再び
エンジンをかける。
 暗闇が支配し始めたスラムへと、二人の狩人を乗せたフェンリルは爆音を轟かせながら飛び込んで行った。






                                                               syun
                                                            2009/8/2




まさか二部作になるとは思いませんでしたが、「夏の思い出」の後編でございます。IDカードを押し付けるリーブの話ですが、コメディタッチで
いくつもりがちょっぴり真顔な感じになりました。ヒトとモンスターの境界線をふらふらしているヴィンさんですが、仲間たちからは思い切り愛され
ているという話になったのは、きっとお友達サイトさまの夏の大作にヨロメイて影響を受けたからです(笑)。あのオモチャのようなIDカードがどの
くらい役に立つのかは怪しいところですが、嫌がっていた割にきっとヴィンセントはとても大事にするんじゃないかと思ったりするのです。そして几
帳面な彼はレシピさえあれば一通りの料理はできそうな気がします。やる気と必要性が全くないのが残念です。





Novels