ヒーローの舞台裏






 仲間を呼び合う声とともに、軽い足音がいくつも街を駆け抜けていく。
いくつもの路地や家々から出てきた子供たちは、誘い合うようにスラムの教会へと向かう。かつて、星痕症候群から彼らを解き放った泉のある
教会は、子供たちの気に入りの遊び場になっていた。

 教会の中は不思議な明るさをたたえ、ミッドガルやエッジでは咲かない花が、ここにだけ咲いている。遊んでいてできた擦り傷や打撲などは、
泉にちょっと浸かれば簡単に治ってしまう。ここが母性愛に満ちた「何か」に守られている場所ということを子供たちは感じ取っているようだった。


 二度の災難に見舞われ、現在エッジの人口は激減している。親を亡くした子供、子供を殺された親の数は、枚挙に暇がない。
そんな中で、WROが提唱した里親制度はうまく軌道に乗り始めていた。星痕症候群の脅威はまだ記憶に新しく、子供たちを大切にしようという
気運は、エッジ全体に広がっていたのである。

 DGソルジャーの襲撃によって人手が足りなくなり、開設したばかりの学校は長い夏休みに入っていた。もちろん子供たちは気に病む様子
もなく、三たび復興を始めた街のあちこちを遊び場所にしている。心配する大人たちをよそに彼らは案外タフなのだった。



「それでさ、新しい父さんはスゲーんだ。“けんちくぎじゅつしゃ”ってやつで、今のエッジのでかい建物のほとんどを作ってるんだって」
「ふーん、うちの母さんと同じ?設計図を作るの?」
「ちがうちがう、それ見てビル立てるんだよ」
 教会の泉のそばに集まった子供たちが「親自慢」を始める。引き取ってくれた保護者を認め、新しい環境に馴染もうとする、彼らなりの知恵
なのかもしれない。そして、仲間たちに「すごい!」と認められたいという、子供らしい競争心ももちろんあるのだった。

 今のところ「親自慢」のトップはデンゼルだ。「星を救った英雄」の被保護者である彼に並ぶものはいない。エッジの子供たちの間で、クラウド
は押しも押されぬヒーローなのだった。デリバリーサービスの仕事もヒーローの世を忍ぶ仮の姿で、本当は世界をパトロールしている、という
解釈をされているらしい。

 マリンも「星を救った英雄」の娘なのだが、バレットの油田探索という仕事が子供たちから見てわかりにくいことと、彼女自身がこの競争に
興味を示さないことから、不参加ということになっている。


 DGソルジャーに目の前で両親を殺された少年が、黙ったまま仲間の話を聞いていた。
彼を引き取ってくれた夫婦は小さなコンビニエンスストアを経営している。素朴で細やかな愛情を注いでくれる人たちだが、仲間に自慢するには
少々迫力が足りなかった。ここは何か、仲間たちに自分の存在をアピールする別のものを、考え出さなくてはならない。

「…クラウドもカッコいいけどさ、こないだオメガをやっつけたのばヴィンセントだぜ」
勇気を奮って口にした彼の言葉に、数人の仲間が食いついた。
「あー、そうそう!」
WROの番組でもやってたんだよね!」
「それ、再放送で見た!」
 より新しい話題に反応するのは子供の常だ。リーブが本人に事後承諾で作ってしまったドキュメンタリー番組は、子供たちのお気に入りの
ようだった。近く、DVDも発売されるらしい。


「でも、ヴィンセントは君のお父さんじゃないよね?」
「そうだよ。あの人はWRO本部にいて、子供なんかひきとってないよ」
「そ、そうだけど、オレ、あの人と一緒にDGソルジャーと戦ったことがあるんだ!」

泉の周りが一度にしんと静まり返った。

「ほんと!それ」
「うっそだあ」

「うそじゃないよ! 番組で、エッジでカードキーのありかを教えた少年、って言ってただろ、あれ、オレのことなんだ」
 実際には、護られながらカードキーの持ち主の場所まで案内したにすぎないのだが、少年の中では「一緒に戦った」ということになっている。
そして、彼が両親の仇討ちをお願いしたからヴィンセントがDGソルジャーと戦う決意をした、という拡大解釈も定着していた。
子供の世界では、ままあることである。


「すっごーい。一緒に闘ったなんて、カッコいいよな!」
「知らなかった〜。どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
 仲間たちの尊敬の眼差しを集めて、少年は誇らしさと照れくささで頬を真っ赤に染めていた。その様子を見ていたデンゼルが声をかける。
「それならさ、うちに来るといいよ。昨日からヴィンセント来てるから」
「え」
少年に向けられていた視線が、一度にデンゼルに集まる。
「ホントなの?」
「うん。いつも、すぐに帰っちゃうんだけどね。ルクレツィアさんと一緒の時だけ泊まっていくんだ」

 星を救った英雄に会える。子供たちは大いに盛り上がった。中でも「共に闘った」少年は興奮を隠しきれない。
両親を失い、雨の中でDGソルジャーに襲われたところを救われてから、ヴィンセント・ヴァレンタインの存在は彼の心の支えだった。親切な
里親に引き取られるまでの間の孤独だった日々も、ヴィンセントが彼の願いを聞いて闘ってくれたと思い込むことで乗り切ることができた。

 そのヒーローに、今日再会できる!
「行く!会いたい!」
 少年は叫んで立ち上がる。それにうなづいたデンゼルを先頭に、子供たちは、セブンスヘブンに向かって走り出した。



「気分はどうだ?」
「…頭がガンガンする。ちょっと飲みすぎたかな」

「準備中」の札がかかったセブンスヘブンのキッチンに、よろよろしながらクラウドが降りてきた。
業務用の冷蔵庫からミネラルウォーターを出してタンブラーに注ぎ、一息に飲み干す。
久しぶりにルクレツィアとともに訪れたヴィンセントを迎え、昨晩はティファも入れた4人で散々飲み明かしたのだった。酒豪の女性陣もさすがに
朝は辛いらしく、アルコールの効かないヴィンセントが、ルクレツィアに命じられて朝食を作る羽目に陥っている。


「あんたは相変わらずだな。カオスが抜けた後も、やっぱり酔わないのか」
「そのようだ」
 カウンターのスツールに座り込んだクラウドをよそに、ヴィンセントは手際よく朝食を整えていた。
二日酔いの仲間のためのメニューは、野菜スープとポーチドエッグ。それに牛乳をかけたシリアルとトマトジュース。プレートが3枚しか出され
ていないところをみると、彼自身は食べる気がないらしい。

「二人を呼んできてくれ」
「…ああ。その前に、水もう一杯」

 カウンターに突っ伏したままのクラウドに苦笑して、ヴィンセントがタンブラーを渡した時、セブンスヘブンのドアが開いて小さなお客たちが
なだれ込んできた。先頭に立っていたデンゼルは、二人の姿を見て天井を仰ぎ顔に手を当てる。


「デンゼル?どうしたんだ?」
「…ああ、ヴィンセントに会いたいっていうコがいたから…」
歯切れの悪い彼の後ろで、子供たちはぽかんとした表情を並べていた。

 彼らのヒーローであるはずのクラウドは、二日酔いでかったるそうにカウンターにもたれかかり、そのそばにいるのは誰だ?
印象的な夕日色の瞳にはたしかに見覚えがあるが、髪はばっさりと短く切られ、バンダナもマントも身につけていない。手にしているのは、有名
な「ケルベロス」ではなく、野菜スープをすくうためのおたまだ。これが、ヴィンセント・ヴァレンタイン?


 突然の来訪者に首を傾げていたヴィンセントは、子供たちの中に見覚えのある顔を見つけて柔らかい笑みを浮かべた。
「ああ、あの時の…」
彼はなべの火を止め、カウンターから出てくると、視線の高さを合わせるために少年の前に片膝を付く。こう見えてヴィンセントは意外に子供好
きだ。

「元気そうだな」
 少年はぎくしゃくとうなづいた。ヴィンセントの仕草は、あの雨の日のエッジで出会った時と全く同じだった。
だが、あまりにも違いすぎている。彼のヒーローであるヴィンセントは、こんな人ではない。長い黒髪とマントを翻して、カッコよく敵をやっつけて
いなくてはいけないのだ!間違っても、厨房で野菜スープなど作っていてはいけないのだ!

 夢と希望ががらがらと音を立てて崩れ、少年は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。

「あの、オレ、帰ります!」
いきなりくるりと後ろを向き飛び出していった少年に子供たちも続いた。あっけに取られて見送る二人に憮然としたデンゼルが歩み寄る。
「あのさ、二人とも、少しは俺たちの立場ってもんを考えてくれよな」
 上目遣いに二人を睨み、デンゼルは大立腹の態で店を出て行く。



「…俺たち、何かやったか?」
「…さあ」
 残されたクラウドとヴィンセントは、呆然としながら顔を見合わせる。
ヒーロー失格者たちが、自分たちの犯した過ちに気付くことは、不可能に近かった。








                                                        2006/8/10
                                                                          syun




…あまりにくだらない話ですみません(笑)電車の中で子供たちの会話を聞いていて思いつきました。いやー、夏休みといえば、子供・ヒーロー・恐竜じゃ
ありませんか(そうか?) ヒーローの舞台裏なんてこんなもんですよ。子供たちは現実の苦い味を知って大人になるわけですよ(笑)
 うちのヴィンは、ヒーロー扱いされるのが嫌で髪切って地味なカッコしてますから、デンゼルが怒ってもきっと反省はしません。
その役はクラウドに頑張ってもらう方がいいと思います。





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