ハロウィンの魔女






 つるべ落としの秋の日が落ちて、ロケット村は夕闇に包まれた。
一仕事終えた大人たちの時間には、ワインやビールを片手にパブや飲み屋で大きな笑い声があがる。
だが、今日ばかりはいつもベッドに追いやられる子供たちが主役だ。


 硬い木の棒でドアをノックする音に立ち上がり、シドはシエラにウィンクする。

「おっかない地獄の使いが来たぜ。貢ぎ物の用意はいいだろうな」
「はい。できてますよ」

 眼鏡の奥の瞳を細めながら、シエラは色とりどりのラッピングをしたお菓子が山と積まれた大かごを掲げた。
村中の子供たちに二つづつくれてやってもまだ余るほどの、たっぷりの貢ぎ物。


「よーし。んじゃ開けるぜ」

勢い良くドアを開いたシドの夏空色の瞳が大円に見開かれ、その唇からぽろりと吸いかけのタバコが落ちる。

 ドアの向こうにいたのは背筋も凍るような美貌の魔女だった。

瞳孔に金色の光が閃く深紅の瞳に、艶やかな漆黒の髪。
ぬれぬれとした紅い唇からわずかにのぞく鋭い牙。
しなやかな指先の先には黒くマニキュアの塗られた長い爪。

先のとがった大きなふちの帽子を被り、すっぽりと足元まで覆った長いローブとマントはすべて漆黒で、ともすると背景の闇
に同化しそうだ。ニブルヘイムから無理やり連れてこられたらしいファニーフェイスとブラックバットが、すらりと背の高い魔女
の頭上を舞っている。


Trick or treat?」

聞きなれた声に相手の素性を思い出し、シドは膝を叩いて大笑いした。その頭を魔女の杖が容赦なく殴る。

「笑うな」
「いっや〜、傑作だぜ! 良く似合ってるじゃねえかヴィンセント!」
「ヴィンセント?本当に?」

お菓子のかごを抱えてぽかんとしていたシエラが、眼鏡のレンズを拭き拭きそばによる。至近距離で眺められ感心されて、
ヴィンセントは顔を赤くし帽子のつばを深く引き下げた。


「付け爪と牙もイイ感じだな。雰囲気出てるぜ」
「これは自前だ」
「ほ〜お?良く見せてみろ」

魔女の腰に手を回して抱き寄せついでにマントもめくろうとしたシドの頭が、また杖に殴られていい音を立てる。

「リミットブレイク寸前だ。触るな」
「…婦人会のみなさまに遊ばれたか」
「誰のせいだと思っている?」
「いいじゃねえか。たまには村の連中に愛想振りまいてもバチはあたらねえよ」

ハロウィンの番に悪戯かお菓子かと家々を脅迫して回るのが、愛想を振りまくと言えるのかと反論しても、おめぇらしくていい
だろと言われておしまい。

 ロケット村婦人会はヴィンセントが村に来た時だけ臨時に発足する、彼のファンクラブ的存在だ。その面々に捕まったヴィ
ンセントは、壮絶に恥ずかしい衣装を着せられ念入りなメイクを施されて妖艶な魔女に仕立て上げられていた。


「トリック オア トリート!」
「お菓子よこせー!」

 ヴィンセントのローブの陰に隠れていた子供たちが、飛び出して騒ぎ始めた。小さな狼男やジャック・オ・ランタンの扮装、
可愛らしい魔女もいるし、シーツを被って目の部分をくりぬいただけというシンプルなオバケもいた。


「お、来たな悪がきども!」
「トリート アンド トリート!」
「はいはい。沢山あるわよ」


 シエラは山のようなお菓子を子供たちに配り始める。火のついていない新しいタバコを咥えて楽しげに小さなオバケたちの
騒ぐ様子を見ていたシドの鼻先に、長い爪を黒く染めた白い手が突き出された。


trick or treat
「てめえは菓子なんか食わねえだろ」
「ウータイの花霞かグラスランドワインのロゼでがまんしてやる」

多大な精神的苦痛の損害賠償を請求したいという魔女の手をシドは引っ叩く。

「まだ全部回ってねえだろ。さっさと行って来い」
「…Trickを選んだな。シド・ハイウィンド」

妙に据わった流し目で睨まれて心臓が一拍抜かして打ったが、むろんそんなことをおくびにもだすシドではない。

「おうよ、trick上等。おめぇが相手なら受けて立ってやるぜ」
「その言葉、忘れるな」


 真っ赤な唇に牙をひらめかせて微笑しながら、背の高い魔女は身を翻す。
無邪気な村の子供たちが両手一杯のお菓子を抱えながら、歓声を上げてその後を追った。


「楽しそうで、たまにはいいですね」
「…あいつ、リミットぎりぎりだな。ちょっと頭すっ飛んでるぜ」

シドの視線の先では上海亭にたむろしていた酔っ払いたちが悪戯、悪戯とヴィンセントに絡み、容赦なく杖で叩きのめされて
いる。


「まあいいか。帰ってきたら酒でも献上してやろう」

 もう嗅ぎつけやがったのが気に入らねえが、とシドは苦笑しながらグラスランドから取り寄せたヴィンテージもののロゼの
冷え具合を確かめ、シエラは二人のためにオードブルの準備をはじめた。


「よくあの人の背丈に合った魔女の服がありましたねぇ」
「オーダーメイドだからな」
「ええ?」

カボチャとチョコボのシチューをパイ皮で作ったカップに入れてオーブンに収めながら、シエラはテーブルにいるシドを振り返
る。

咥えたままだったタバコに火をつけ、煙を天井に向けて吐き出しながら、シドはニヤリと笑った。




 話は半月ほど前に遡る。
毎年自分の誕生日を忘れるヴィンセントを捕まえて、彼をダシにしたドンちゃん騒ぎがセブンスヘブンで行われた。
翌日、久しぶりに顔を合わせた仲間たちは、復興著しいエッジ見物にぞろぞろと繰り出した。

 2度の大きな戦いの舞台となったミッドガルはすでに廃墟と化しているが、その足元でそれこそ地に脚をつけて復興して
いくエッジの姿は、彼らを勇気付け安心させる。

新・八番街などミッドガルの繁華街を再現させたエリアもあるが、少し外れの方ではかつてのウォールマーケットを彷彿と
させるような猥雑な一角も見受けられた。だがそれすらも懐かしく、一向は逞しく生き延びている人々の営みを見て回る。



「…あれ?こんなところにブティックがある」

目ざといユフィが周囲とは一風代わった小洒落た店を発見した。

「ふーん。オーダーメイドも受け付けます、だって。こんなところに、珍しいね」

うなづいたティファがバレットを振り返る。

「紳士ものも扱ってるみたいよ。バレットもここで作ってもらえば着られるんじゃない?」
「うるせえよ。そんな気取った服なんかいらねえや」
「マリンの結婚式の時にいいじゃないの」
「マリンはどこにも嫁になんかやらん!」
「オッサン、横暴〜!」
「気持ちはわかるけどなあ」

 女性二人にからかわれるバレットをシドは咥えタバコでニヤニヤしながら眺め、クラウドは苦笑する。
ヴィンセントは最後尾で所在無さげに突っ立っていたが、武器店を見つけると弾丸を調達しにその場を離れて行った。


店の前で騒いでいる客に気付いて、店主が様子を見にやってきた。

「いらっしゃい。中にも色々取り揃えてありますよ。どうぞ」
「…あ、あんたは」

 見覚えのある顔にクラウドが反応し、即座にしまったという顔をした。
店主は眉を寄せてクラウドの顔をまじまじと眺め、やがてポンと右の拳で左の手のひらを打った。


「誰かと思えばあの時の!おかげでインスピレーションが次から次へと湧くようになって、店も繁盛してますよ」

感謝してますと握手され、クラウドはうやむやに笑ってごまかそうとする。

「クラウド、知り合いなの?」
「いや、知り合いというわけでは」

ユフィの問いに汗を滲ませながら言葉を濁すクラウドの気も知らず、店主は朗らかに言ってのける。

「商品を作るのに行き詰って、もう店をたたんでしまおうかと言う時にこの人が来てくれてね。女装をしてみたいと言ってくれた
おかげで新天地が開けたんだ」

「じょ、」
「そう?!」

シドとバレットがあんぐりと口を開ける。クラウドは片手で額を押さえてOh my Godと呟いた。

「それって、まさか、コルネオの屋敷に私を助けに来てくれた時の事?」
「それ以外にあってたまるか」

憮然としたクラウドはティファを軽く睨む。

「あの時、ティファが単独で潜入なんかするからだ。助けに行こうにも男は屋敷に入れなかった」
「それで女装?クラウドが女装?!」

ユフィは地面にしゃがみこんで笑っている。

「そりゃ、さぞかし見物だっただろうよ」

タバコのフィルターを噛み潰しながら、シドは苦笑して隣のバレットを肘でつつく。

「お前は見たのかよ」
「とんでもねえ。見たくもねえよ」
「だろうな」

 無責任な冷やかしに回る親父二人に同意していいのか怒っていいのかクラウドが迷っていると、ティファが急に真顔になり
腕組みをして口をすぼめた。


「それがね、キレイだったのよ。私も最初は誰だかわからなかったくらい」
「んあ?」
「へっ?」

再びシドとバレットがあんぐりと口を開ける。

「それにコルネオのヤツ、よりによってクラウドを選んだのよ!?私とエアリスがいたのに、よ?」

選ばれても嫌だけど、ちょっとフクザツ、とふくれるティファをバレットがまあまあとなだめた。

「ヤツはゲイだったんじゃねえのか」
「まさか。おなごおなごってうるさかったじゃない」
「そーだよ。ウータイではいたいけなアタシまで毒牙にかけようとしたの、忘れたの?」
「いたいけなアタシってのは、どこのアタシだ?」
「うっせー!クソオヤジ」

集団漫才のように店の前で騒いでいる一同を見て、店主はうおっほんと咳払いをする。

「それで、今日はどのようなご用件で?2着目を御所望でしたら、取って置きのを出しますよ」

「おらよ、クラウド。2着目を御所望かって聞かれてるぜ」

シドとバレットはニヤニヤしながらクラウドを振り返る。

「冗談じゃない。もうたくさんだ」
「そうおっしゃってても、意外にリピーターの方が多いんですよねえ」

癖になる人もいるようですが、当店では一切偏見はありませんのでご安心ください、と店主は言い募り仲間たちは爆笑した。
クラウドは一同に背を向け、買い物から戻って来たヴィンセントが一体何事だ?と首をかしげるのに、何でもないと首を振る。
今安心して普通に話ができるのは彼だけだ。他は全くの四面楚歌。


「お客様のサイズでしたら、種類も豊富に取り揃えてありますよ」
「ほら、種類も豊富だってさ」
「この前と違ったドレス姿も見たいな」

ユフィとティファが悪乗りし、バレットの太い指がクラウドの襟首をつかもうとする。

「…いや、今日は俺じゃない」

 窮地に追い込まれたクラウドはバレットの腕を振り払い、席をはずしてまったく状況を把握していないヴィンセントの後ろに
逃げ込んだ。


「はあ、ではこちらさんですか?」

無防備に突っ立っているヴィンセントを、店主は顎を撫でながらしげしげと見つめる。

「…クラウド、何の話だ?」

自分を盾にして背後に隠れているクラウドをヴィンセントは怪訝そうに振り返る。

「でも、この身長では女装は無理だろう?合うドレスなんかないよな?わかった。残念だが諦めよう」

 一方的にまくしたてて、これで話を終わりにしようとしたクラウドを、仲間たちはくすくす笑いながら見ていた。
追い詰められた元リーダーを見ているのも面白いが、犠牲者が増えたのでどんな展開になるのか興味が湧いてくる。
自分に火の粉が降りかかって来さえしなければ、他人の笑える不幸は蜜の味。特等席で見物できるチャンスを逃す気は
さらさらない。


「ふーむ」

店主はヴィンセントの顔をまじまじと眺め、不敵な笑みを浮かべる。

「プロを舐めちゃいけません。女装してみたいというご希望を叶えるためにあらゆる手を尽くすのが当店のモットーです」
「希望はしていないが」
「最初はみなさんそうおっしゃるんですよ。でもちゃんと当店の常連さんになってくれるんです」

特にお客様は創作意欲を非常に刺激してくださる、と目を光らせる店主に不安を覚えたヴィンセントは仲間たちを見回した。

「…これは何の冗談だ?」
「誕生日プレゼントじゃねえのか?
「ドレス着て記念撮影って言うのもちょっとあこがれちゃうね」

助ける気など全くない仲間たちは気楽に囃し立てる。
長身のヴィンセントに合うドレスなどないだろうと踏んで、逃れるための盾にしたクラウドは思わぬ展開に呆気にとられた。


「せっかくだが辞退する」
「ここまできて何をおっしゃいますか。どうぞ遠慮なさらずに」

強引に手を引く店主。助ける気の全くないギャラリー。それどころかさりげなく彼の退路を絶ち、逃亡できないようにしている。

「裏店舗へ、どうぞ…」


 仲間たちと店主の笑顔が邪悪なものに見えてヴィンセントは身震いした。







「仕上がりましたよ〜」

 所要時間は約1時間半。
退屈した一同が周囲の店を一回りし、立ち飲みバーで一杯ひっかけていい気分になって戻って来たのと、犠牲者の着付け
が済んだのがほぼ同時刻だった。


「それで、ヴィンセントはどこだ?」
「いないじゃん」

 好奇心をむき出しにして店内に駆け込んだのはユフィとシド。バレットやティファももちろん後に続く。
クラウドは罪悪感を抱えつつも見たい気持ちは抑えられずに店に入った。


「それが、奥のスタジオから出てきて下さらなくて。随分シャイな方ですね」

シャイというか、女装したまま表の店舗に堂々と出てこられたらその方がドン引きだ、と一同は思う。
思うもののヴィンセントの女装を見たいという好奇心はあるので、試着室の奥に作られた隠し扉から「裏店舗」へと入り込んだ。



 最初に入ったシドが棒立ちになり、その真後ろにいたユフィがシドの背中に鼻をぶつけて文句を言い、どうして立ち止まって
いるのと訊ねたティファの後ろから、どれどれオレも拝ませてもらおうかと足を踏み入れたバレットの巨体に押されて、一同は
あえなく将棋倒しになった。


「一体何をしているん…」

一番最後に入ったクラウドは、倒れた仲間たちの頭越しに「それ」を目にすることになる。


 亡国の王妃、とでも言いたくなるような儚げな美貌。姫ではなく妃なのは、やや年齢がいっているから。
それでも一同の視線を釘付けにし声を奪うには十分な美しさだった。

「どうでしょう。裏店舗のお客様としてはぴか一の美女に仕上がりましたよ」

店主は自分と店員たちの仕事を誇るように胸を張る。

 鮮やかなロイヤルパープルのシルクのドレスは、肌の白さをより一層引き立てていた。
肩から腕、背中がむき出しになるローブデコルテはイブニングドレスとして正式のものだが、日ごろスタンドカラーのバトル
スーツやら高襟のマントやらをきっちり着込んでいる彼と同一人物と思えないほど露出が多い。
たっぷりと詰め物をしたパッドで女性の胸とヒップの形を作り、性別が露呈するノドボトケはダイヤとプラチナでできた幅広の
チョーカーで隠されている。
腰の細さを強調するようにウエストが絞り込まれたドレスは、膝の高さから幾重にも重なるレースで優美に裳裾を引くようになっ
ていた。

 長身でほっそりしたヴィンセントの体型をカバーして女性らしくみせるために、シルクタフタの生地にはふんだんにドレープが
寄せられチュールがたっぷりとあしらわれ、ドレスには様々な工夫が凝らされている。

きれいに結い上げられた長い黒髪は、これもダイヤとプラチナのティアラで飾られ、耳元にもティアドロップ型のダイヤのイヤリ
ング。ピアスホールなどあけていない彼のために、急遽クリップを繋げて装着できるようしたものだ。

肘上までのサテンの長手袋をつけた気品のある姿は、このままどこかの王侯貴族の晩餐会に招かれても全く恥ずかしくない。

 将棋倒しになったまま口をぽかんと開けて、仲間たちはしばらくの間見惚れていた。

「すっご〜い!ヴィンちゃん、きれ〜い!!」
「ほんとに?ほんとにヴィンセントなの?」

 立ち直ったのは女性の方が早かった。ユフィとティファが俯いたままの麗人のそばにより、その顔を覗きこむ。
怒りと恥辱に潤んだ夕日色の瞳が二人を恨めしそうに睨みつける。
本人にしてみれば、即座に星に還りたいくらい恥ずかしい。


「…これは一体何の罰ゲームだ?」
「罰じゃない罰じゃない。すごいキレイだよー」
「ヴィンセント、泣くとマスカラ取れちゃうよ」
「そんなものはつけていない」
「え、睫毛自前?ビューラーで上げただけ?」
「そんな難しいことを言われてもわからん」

 アイラインとパープル系のアイシャドウをひいただけで、夕日色の瞳はぐっと色っぽくなる。
ドレスに合わせて少しだけ紫の入ったローズの口紅をひいた唇を噛み締めたヴィンセントは、女性たちに化粧が落ちると叱られ
た。


「こりゃまた、化けたもんだな」

我に返ったシドがポケットに両手を突っ込みながらヴィンセントの周りを一周する。


「いつもこてこてに着込んでるヤツが、今日はサービスいいじゃねえか」
「胸はどうしても詰め物が入るので開けられないんですよ。骨格とか筋肉で違和感が出てしまう方は、襟を狭くして長袖にする
んですが、こちらさんは大丈夫でしたし何より肌がきれいでしたからソワレで背中を見せて勝負しようと」


 一体何と、誰と勝負するのかさっぱり分からなかったが、露出したうなじから背はたしかに美しかった。
白い首筋にわずかにかかる長めの後れ毛が艶っぽさを演出し、煮詰まるヴィンセント以外の仲間たちはふむふむと納得する。
ユデダコのように赤くなったバレットは隠し扉のそばから近寄ってこようとしない。


「ふふん。奥さん、どうだい?今夜オレと二人っきりでいかしたフライトに出てみねえか?」

 どこまで冗談でどこまで本気だか分からない口調で、シドがヴィンセントの腰に手を回した。

潤んだ切れ長の瞳が夏空の色をしたシドの瞳を見つめる。
長手袋をはめた両手が優雅な動きでシドの両頬を挟む。

すべらかなサテンの感触にシドが満足げに眼を細め、一同がごくりと生唾を飲み込んで思わず次の展開を期待する。



でーっ!でででででででで!!!」
「その減らず口、二度と叩けないようにしてやる!!」

 麗しい外見に全くそぐわない罵声を浴びせ、ヴィンセントは両手の親指をシドの口に突っ込んで力任せに左右に引っ張った。
じたばたしながら逃げようとする相手を壁に追い詰め、片方の膝頭をシドの鳩尾に押し当てて動きを封じる。
体術としてはセオリー通りだが、今のヴィンセントはイブニングドレス姿。ふんだんに寄せられたドレープのおかげで脚の自由
が利く訳だが、デザインの目的と効果からすると使用法が思いっきり間違っている。

慌てた仲間たちが止めに入る。

「ヴィンセント、落ち着けっ」
「これが落ち着いていられるか!」
「とりあえず、借り物のドレスが痛むから暴れるな」
「私の知ったことじゃない!」

近寄れずにいたバレットも参加して、全員で何とかヴィンセントを押さえ込み、シドはようやく解放された。

「おくひゃん、ひろいじゃねへは」

 赤くなった両頬をさすりながら、それでもからかうのをやめないあたりシドも豪胆だ。その報いとして飛んできたハイヒールが
すこーんと金髪の頭を直撃した。
息を切らしていたヴィンセントは据わった瞳で同じように息を切らす仲間たちを見回し、脱衣かごに置いてあったホルスターから
銃を引き抜いてクラウドに照準を当てる。
負い目のあるクラウドはすみやかにホールドアップした。


「ちょっと待て。ヴィンセント、落ち着け」
「私に何の恨みがある?」
「いや、恨みはない。他意もない。これは事故だ」

 ミイラ取りがミイラになったというか、毒を食らわば皿までというか、とにかく、巻き込んですまんと意味不明の謝罪をするクラ
ウドを睨みつけながらヴィンセントは大きなため息をつく。


「ドレスにトリプルリボルバー、カッコいいけどちょっと物騒だね」

お店の中では発砲禁止、とティファが優しくヴィンセントの手に自分の手を重ね、銃口を下ろさせる。
今の騒ぎでほつれた黒髪を指先で梳き、曲がったイヤリングを直してやりながら、ティファは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。


「ヴィンセント、ホントにキレイだよ。せっかくだからみんなで記念撮影しようよ」
「断る」
「いいじゃん。あんまりキレイすぎて誰もヴィンちゃんだってわからないってば」
「嫌だ」
「そんなにごねてると、勝手に携帯で撮ってあっちこっちに送っちゃうからね!」

WROのホムペにも投稿しちゃうよというユフィの脅迫は無邪気で最凶だ。
がっくりとうなだれたヴィンセントは、情けないのと汗で流れたアイシャドウが目に入って痛いので、涙が滲んでくるのを止めら
れない。


「泣かなくなっていいじゃない」
「泣いてない。化粧で目が痛いだけだ」

それとも、泣けば勘弁してもらえるのかと言っても、ティファとユフィは笑顔で首を横に振る。
本気で泣きたい気分になりながらも、今までの経験から彼女たちの気が済むまでは解放されないことが分かっているヴィンセ
ントは、思考と感情を凍結させた。
どれほど抵抗しようが反論しようが、結局は言いくるめられ押し切られ逆ギレされ結局勝てたためしがない。
それならさっさと諦めて言うなりになった方が、不本意な時間が長引かずに済む。

ここに彼女たちがいなければ、さっさと変身して店ごと焼き払ってしまうものをとヴィンセントは歯軋りした。
男どもは、女性に弱い彼が涙目になりながら二人にいいようにされているのを面白がって眺めている。

 結局、ヴィンセントは望んでもいない記念撮影をされた上、商品のドレスを着て暴れた弁償として宣伝用の写真まで撮影され
る破目になった。



 後日、イブニングドレス姿の美女が50口径のトリプルリボルバーの銃口を向けている大きなポスターが裏店舗に飾られ、
モデルは一体誰なのかという話題が沸騰して、このブティックはその筋の客の隠れた名所になった。
珍しい色の瞳とトリプルリボルバーから、ヴィンセント・ヴァレンタインだ、いや、良く似た女優をカモフラージュして客寄せにポス
ターにしたんだという論議も呼んでいるが、それは本人の耳に入れる必要のない話である。






「…ヴィンセント、気の毒に」

話を聞いたシエラは素朴に同情する。
大の男が女装させられたら、それは確かにものすごく嫌だろう、という彼女の正論をシドは鼻で笑い飛ばす。


「似合ってんだからいいじゃねえか。男のクセしてきれいな面しているアイツが悪い」
「それは本人のせいではないと思いますけど」
「本気で嫌なら逃げ出してるぜ。何だかんだ文句いいながらも一緒にいるんだからいいんじゃねえか?」
「それで、ハロウィンに呼んでおいて魔女の格好をさせるわけですか」

ちょっぴり非難の口調になったシエラに、シドはウィンクしてみせる。

「オレ様の口を引き裂こうとしやがったからな。ちょっとお仕置きだ」
「…ヴィンセント、かわいそうに」
「かわいそうなもんか。身銭切って作ってやった高級品だぜ。店の親父も張り切りやがってよ」



 ヴィンセント用のハロウィン衣装を作らないかと持ちかけたシドに、ブティックの店主は1も2もなく乗った。
データベースに登録してあるヴィンセントの体型とサイズをもとに、ローブとマント、それに帽子の3点セットを作るための打ち合
わせにはいつも以上に熱が入る。


『せっかくですから似合うものにしたいですよね』
『ああ』
『ハロウィン、魔女、夜の衣装とくればちょっと扇情的で官能的なのがよろしいのでは』
『そりゃそうだ』
『あの方の場合、きれいな身体してますからローブはチュールを多めにして、背中は大胆に腰まで開ける、と』
『ほうほう』
『ローブのスカートは前面はロングにしますが、後ろ面は深いスリットを入れてレースたっぷりの間から脚が見えるように』
『いいねぇ』
『下は網タイツで、男のロマン、ガーターベルトを着けていただくというのはどうでしょう』
『そいつはサイコーだ!』

 ついつい脳内では本物の女性をイメージして喜んだシドは、はたとヴィンセント用の衣装だったと思い出してちょっとげんなり
する。


『…ホントの女じゃねえんだし、そこまで凝らなくてもいいぜ』

大体背中開けたりスリット深くしたりして、男モノの下着なんか見えちまったら興醒めもいいところだ、とシドはぼやく。

『何をおっしゃいますか。請け負ったからには最高の仕事をするのがプロとして当たり前。それにドレスと一緒に下着もおつけ
しております』

『しししし、下着?』
『はい。衣装に合わせて黒の総レースでご用意しましょう』

ごくりとシドの喉が鳴る。脳内モデルは当然ヴィンセントではなく好みのタイプの美女。

『それって上下揃いか?』
『いやですねお客さん。上は詰め物がローブと一体化してますから下着はいりませんよ』
『…なんでえ。半端だな』

やや落胆した様子のシドをなだめるように微笑んだ店主は、ただしローブの下にレースをつけて、下着風に仕上げますと胸を 張る。

『長いマントを羽織ってしまえば全く見えなくなりますが、ひとたび脱いで背を向ければ、深いスリットに網タイツにガーター
ベルト!さらに下には総レースの下着!』


細かいところまで手を抜かないのがプロです。しかも最高のモデルと出会えたのですから力が入るというものです、と熱く語る
店主に半ば同意しながらも、これはティファあたりに着てもらった方が楽しいなと、シドは妄想する。

 
 大体、こんなシロモノを着せようとしたら、ヴィンセントが死に物狂いの抵抗をするだろうことは想像に難くない。
間違いなく蜂の巣にされるだろう。





「それで、婦人会が急に集まったんですね」
「いいじゃねえか。あいつらも楽しそうだったし」

 エッジから届いた衣装を「婦人会」のメンバーに渡したところ、彼女たちは熱狂的な盛り上がりを見せた。
何も知らずに村の集会所に行かされたヴィンセントがどうなったのかは言うまでもない。
ただ、その時間帯に村中の女たちの姿がなくなったのは確かな事実である。


「…私はドレスなど買ってもらったことはありませんけど」

ちくりと皮肉を言うシエラにシドはむせた。

「げほげほ、げほ」
「ヴィンセントにはオーダーメイドですって?」
「だって、おめえはドレスなんかに興味ねえだろうが。最新式の工具セット、アレの方が数倍高いんだぞ!」
「わかってますよ。あれは私の宝物です」



おかしそうに笑うシエラにからかわれたと気付いたシドは、やたらにタバコをふかしながら窓の外に目を向けた。

「それにしてもおっせーな。どっかでほんとにtreatとして喰われちまったか?」

子供たちの歓声も静まったロケット村は、月明かりに照らされて静けさを取り戻している。
冴え冴えとした月光を浴びて、シドの家の裏庭に立つ妖しい影。とんがり帽子と長いマントの魔女のシルエットが、タイニーブロ
ンコの前に佇んでいる。


「…何やってんだ?アイツ」

 窓を開けたシドをちらりと振り返った魔女は赤い唇を吊り上げ、牙を見せて笑った。
その両手がシドの愛機に向けて差し伸べられる。強力な魔法が発動される時の空気の歪みが波動となって伝わってきた。
魔女のローブの裾が、マントが風にあおられて大きくはためく。
残念ながらレースの下着やガーターベルトを確認している暇はない。


 ヴィンセントの両手から爆発的に広がる青白い光が周囲を真っ白に染めた。裏庭を中心として半径100メートルほどに冷気
がたちこめる。


 暗がりに慣れていた眼を強烈な光でやられ、ようやく視力を取り戻したシドが見たものは、巨大な氷柱の中に封じ込められた
タイニーブロンコの姿だった。
リミットブレイクの勢いも借りて渾身のブリザガを放った魔女が杖で氷を叩いて強度を確かめ、満足そうにうなづいている。


treatを選んだな、シド』

悪意を秘めたヴィンセントの声が呆然としていた耳の底に甦った。

「んの野郎!ヴィンセントー!!そのマントひっぺがしてケツ百叩きしてやるぜ!」

怒髪天を突いたシドは地団太を踏んで叫ぶが、巨大な氷柱に閉ざされたタイニーブロンコが元に戻るわけでもなし。
シドは部屋の隅においてあったモップをつかむと窓から外へ飛び出し、魔女に一騎打ちを挑みにいく。
振り返った魔女も硬い樫の木の杖を構え、戦う気満々だ。

「ふたりとも、料理が冷める前に帰ってきてくださいねー!」

見送ったシエラが窓から叫んだが、果たして届いたのかどうか。

ハロウィンの夜は、魔女とパイロットの死闘で締めくくりになるようだった。










                                                                         syun
                                                        2009/10/28







せっかくのハロウィンですし久々に腐女子モードで行ってみよう!と力んだのですが、微妙に道を踏み外している気がします…。
意外なことに(?)ヴィンセントの女装は初の試みでしたが、ものすごく楽しかったです!このためにイブニングドレスの検索をして色々調べて
しまいました(笑)日ごろストイックに着込んでいるキャラほど脱がしてみたくなるもので、そこに持ってきて女装となったら、もうローブデコルテを
着ていただくしかありません!殆ど上半身むき出しのようなドレス姿は、ヴィンさんにとっては致死レベルの羞恥プレイだったことでございましょう
(笑)ソワレの基本は「異性に媚びないセクシーさ」と「肌の手入れと程よい筋トレで美しく伸びた背筋」なのだそうです。ヴィンさんはちょっと
猫背なあたりが減点でしょうか…(笑)転じてハロウィン魔女のコスプレは、マント着てれば大丈夫なのですが、脱いじゃうと大変というデザイン
です。冒頭で「壮絶に恥ずかしい魔女の服」としていますが、その赤裸々な実態が後半のシドの説明で明らかになるわけでして。
こんなものホントに着たのかヴィンセント!という感じですが、ロケット村婦人会のメンバーも只者ではないので、きっと泣きながら着たんだと
思います(笑)お着替えに立ち会えなかったのが残念です。




…我儘を承知でおねだりしてみたら、森村水産さまが素敵なイラストを描いてくれました。
しかも、おねだりしてから頂戴するまでが超特急!
ヴィンさん、こんなかっこで歩いていたらそりゃお菓子代わりに食べられちゃいますよ(笑)
シドはこの尻を百叩きするというのですから、さすが艇長。男の中の男です(笑)
ブラックバットとファニーフェイスも同伴で、ありがとうございました!






Novels.