風変わりなミッション






「困ったな」
「困ったね」

 セブンスヘブンのテーブルに置かれた白い紙に目を落として、クラウドとティファは同じように腕組みをし同じようにため息
をついた。


「バレットはどうしてもダメなのか」
「大きい油田が見つかりそうなんだって。今エッジに帰ってくると仲間に迷惑がかかるからって」
「そうか…」

クラウドは紙に書かれた日付の数字を意味も無くなぞる。

 冷たい風にかすかに花の香りが混じり始め、エッジに春の気配が忍び寄っていた。
WROが設立した子供たちのための学校は、この春初めての卒業生を出すことになった。
それに先立って最後の授業参観が行われるそうだ。

クラウドとティファの被保護者であるデンゼルも、卒業予定者の名簿に名前を連ねている。

「忙しいならムリしなくていいんだ」

学校からの通知を二人に手渡したデンゼルは視線を落としてつぶやいた。

 もっとも、子供の数が少ないので学校は2クラスしかなく、同じ教室の中でマリンもデンゼルも授業を受けている。
授業参観は年長の生徒全員の勉強ぶりを見ることになるわけで、学校上げての一大イベントと言っても過言ではない。
 だが、春は様々なイベントが重なる時期でもあり、ティファは貸切パーティの準備に追われ、クラウドは長距離の荷物配達
予約が目白押し。
とても授業参観に行ける状況ではなく、さりとてデンゼルの失望した顔を見るのも忍びなくて、二人揃って困り顔をつき合わせ
ているのだった。


「リーブに頼んだらどうだ?」
「馬鹿ね。あの人は主催者側でしょ」

WRO局長は学校の設立者ということになっている。その本人が特定の子供の保護者として参加するのはいかがなものか。

「結局、いつも同じ展開になるわけだな」

ため息をついたクラウドは携帯を取り出し、繋がる確率の著しく低い番号をプッシュする。

「充電、してると思うか?」

諦めが半分以上支配している声音で問いかける彼に、ティファは肩をすくめて首を振った。






『おう、クラウド。久しぶりだな! おめぇから電話よこすなんざ珍しいじゃねえか!』

 まさか繋がるとは思わなかった携帯から、持ち主とはかけ離れた陽気な声が響いて、クラウドは思わず手にしていた携帯を
まじまじと見つめた。


「…なんであんたがヴィンセントの携帯に出るんだ?」
『ヤツは今うちのチビを風呂に入れてるからな』

にわかには理解しがたい言葉が受話器から転がり出てくる。

「…え?」
『だから、今取り込み中だからオレが代わりに出てやってるっての』
「…え?」
『おめぇ、頭悪くなったのかよ。何度も聞くんじゃねえ』

そんなことを言われても、これはすぐに理解しろという方がムリな話だ。
頭の周囲に?マークを沢山貼り付けて棒立ちになったクラウドの手からティファが携帯をもぎとった。

「もしもし?」
『ティファか。元気にしてたか?』

覇気にあふれる懐かしい声が耳元に響いて、ティファは思わず唇をほころばせた。

「ええ。こっちはみんな元気よ。シエラさんと赤ちゃんはどう?」
『元気なんてもんじゃねえや。チビが2匹いて毎日お祭り騒ぎだぜ』

 シドの返事の後半はなかばぼやきに変わる。
双子の赤ん坊に恵まれてめでたさも2倍なら忙しさも2倍。
そこで、暇そうにしていた男を捕まえてベビーシッターとしてこき使っているのだそうだ。
例によって最初は面倒くさがったものの、今では沐浴からオムツ交換、授乳まで一通りのことをこなしている。
おかげでシエラは予定より早くメカニックの仕事に戻ることができたという。


『ヤツは子供好きだしよ。けっこうマメで助かってる』
「そう。その子供好きさんを、こっちにも派遣してもらいたいんだけど?」

 事情を察したティファは笑みを含んだ声で交渉に入る。
クラウドの代理としてデンゼルの授業参観に行って欲しいという依頼を聞いて、シドは小さく吹き出した。


『すっかり子守役が板につきそうだな、おい』
「平和で建設的な役目よ。悪くはないと思うけど」

モンスター狩りや不穏分子の制圧よりもよっぽどマシのはず、彼に似合うかどうかは別として。
ティファの主張にシドも苦笑しながら同意する。


『週末のWROの定期便に乗せてエッジに送ってやるよ』
「本人に聞かなくていいの?」
『なぁに、言うこと聞かなきゃ二度とシーダと遊ばせねえって脅迫してやるさ』
「あらあら」

 交渉役をティファに任せたクラウドは、心配そうに見上げるデンゼルの頭を撫でてやり片頬で笑ってみせた。
どうやらうまくいきそうだ。


「それじゃ、待ってるからよろしくね」
『おう』

通話が切れた。ティファはクラウドとデンゼルに向かってにっこりと微笑みを浮かべる。
 こうして本人の意向を全く無視した交渉がさっさと成立してしまったのだった。







 ヴィンセントの携帯をソファの上に積まれたホルスターやハンドガンのそばに戻して、シドは上機嫌でタバコに火をつけた。
壁のカレンダーを眺めて、ベビーシッターが不在の1週間ほどをどうやりくりするか頭の中で予定を立てる。


「…フライトの予定を1日ずらして、シエラをこの日休ませりゃどうにかなりそうだな」

指先でカレンダーを弾いてうなづいた時、険を含んだ声が背後から突き刺さった。

「シド、家の中でタバコを吸うなと何度言えば分かる」

振り返ると、バリアごしに揺らいで見えるヴィンセントが両手に一人ずつ赤ん坊を抱えて戸口で睨んでいる。

「おめぇ、バリアまで張るこたぁねえだろうがよ」
「タバコを消し、換気しろ。話はそれからだ」
「へいへい」

赤ん坊の安全に関しては譲らないことを知っているので、シドは渋々火をつけたばかりのタバコを消して窓をあける。
ヴィンセントは室内の空気が入れ替わり、更に空調で温められるのを待ってからバリアを解除した。

「マテリアなしでよく張れるな」
「必要に迫られて身につけただけだ」

 どこかの馬鹿が赤ん坊にタバコの煙を吸わせようとするからな、と睨む相手にシドは両手のひらを上に挙げて肩をすくめて
見せる。


「純粋培養で育つと弱っちいモヤシになっちまわあ」
「あんたの血統でそれはありえない」
「褒め言葉か、そりゃ」

 皮肉な笑みを浮かべたヴィンセントは、湯上りでほにゃほにゃと湯気の立ちそうな赤ん坊たちに視線を落とすと、笑みの質を
変えた。
穏やかな慈愛のこもった眼差しで幼い命を見つめ、細心の注意を払って揺りかごにそっと寝かせる。


「おめぇ、ホントに子供好きだよな」
「…子供には罪はないからな」

 願わくば、星の終焉の際にはカオスに吸収されるのではなく、オメガの一部として宇宙に旅立てる清きライフストリームに
なってほしい、という壮大ですっ飛んだ願いを呟く相手にシドは頭を抱えた。

カオスが同居していたせいなのか元からなのか、この男は幸福の基準が常人とはどうやらかなりずれている。
蜂蜜色の頭髪をかきむしり気持ちを立て直して、シドは咳払いしながら言った。

「そのおめぇを見込んで、仕事のオファーが来てるぜ」
「…?」

赤ん坊たちのための湯冷ましを哺乳瓶に移しながら、ヴィンセントは怪訝そうに振り返った。

「来週、クラウドの代わりにデンゼルの授業参観に行ってくれだとよ」
「授業参観…?」
「ああ。ティファもどうしても抜けられねえ仕事があるんだと」
「………」

少し考えた後、ヴィンセントの黒髪の頭は横に振られた。

「デンゼルはクラウドになついている。彼が行くべきだろう」
「だから仕事で抜けられねえって言ってるだろ」

だれでも食うために稼がなくちゃならねえ、無職でフラフラしていて大丈夫なのはおめぇくらいのもんだ、とシドは言いつのる。
夕日色の瞳が不満そうな光を宿した。


「人をただ働きさせているあんたがそれを言うのか」
「んじゃ解雇してやるからエッジに行って来い」

シドの言葉にヴィンセントの表情が変わった。
湯冷ましを入れた哺乳瓶を握り締め、揺りかごでもぞもぞと身体を動かしている小さな赤ん坊たちに視線を落とす。


「……シーダとシドニーを置いては行けない」

悲しげに呟くベビーシッターの尻をシドは容赦なく蹴飛ばした。

「てめえが産んだ訳でもねえのに何言ってやがる!! ちゃんと両親揃ってんだから安心しろ」

 かくして、子煩悩なヴィンセントを赤ん坊から引き剥がし、WROの輸送艇に有無を言わさず放り込んだシドは、一体どちらが
実の父親なんだと無意味な自問自答をしてしまったのだった。








 ロケット村からエッジに行くはずの直行便は、アイシクルエリアで起きた火山活動の影響を受けて大きく航路を変更し、ジュノ
ンに着陸した。上空に広がった火山灰が飛空艇のエンジンに悪影響を及ぼすことが懸念されたからだ。

 物資や人々をエッジに運ぶために急遽大型バスやシャドウフォックスが動員され、ヴィンセントは成り行き上護衛としてそれ
に付き合うことになった。



「すみません、ヴィンセントさん」

 WROの隊員がシャドウフォックスを運転しながらしきりに詫びた。
かき集められた中で一番古い型のシャドウフォックスはエンジンの調子が悪いらしく、時折怪しげな轢音を立てている。
途中で立ち往生することを想定して、修理の心得のある隊員も同乗しているという。
それでもヴィンセントさんがいてくれると護衛の部隊が倍増したようで心強いです、と隊員は笑顔を見せた。

ナビシートに収まったヴィンセントは軽く頷いてみせたきり、窓の外に広がる荒涼とした大地に視線を移した。

 このエリアは神羅に改造されたガードハウンドが野生化して群れを作っている。
積荷や人の肉の味を覚えた群れは、バスや輸送車を襲うこともある。今回のように大規模なキャラバンを襲う確率は低いが、
エンジンがいかれて荒野に立ち往生することになれば、飢えた群れに取り囲まれることを覚悟せねばなるまい。

 はたして。
荒野の中を貫く幹線道路を走っていた10数台の輸送車の内、ヴィンセントを乗せた一台が遅れ始めた。

「あんまり、スピードが出なくなってきました。…やばいですよね」

運転をしていた隊員が乾いた唇を舌先で湿しながら、落ち着かない視線をバックミラーに送る。
そこに映っているのは、岩陰や潅木に見え隠れしながら追いすがってくる無数の影。ガードハウンドの群れだ。
 自分たちのテリトリーを走りぬけていく輸送車の一群をそれとなくマークし、手を出せそうな車に狙いをつけるのは獲物を狩る
野獣の本能とも言えよう。

通常の速度で走り続けていればやがて諦めて遠ざかって行くが、スピードが落ちて屋根に飛び乗られると厄介だ。
窓を破り車内に侵入されると被害が甚大になる。
幸いこのシャドウフォックスに積んでいるのは旅人たちのトランクやコンテナなどの荷物ばかりだが、それでも数名のWRO隊員は
ガードハウンドにとって手頃なディナーになってしまう。


 ヴィンセントは黙ってライフルを取り上げると窓から身を乗り出した。
乾いた銃声と、ほぼ同時に上がる野獣の悲鳴。不調なエンジン音を伴奏にしながらそれは何度も繰り返された。
運転している隊員の表情に余裕が戻り、彼は信頼の眼差しを無口なスナイパーに送る。
すぐ後ろまで追いすがってきていた野獣の群れは、やや遠巻きになっているようだ。

 このまま逃げ切れるかと思ったが、地形が徐々に変わり、車は切り立った崖のそばを通過しなくてはならなくなった。
ガードハウンドの群れは崖を駆け上り、車の屋根に飛び乗るつもりらしい。


「ヴィンセントさん…!」
「私が相手をする。お前はこのまま走ることだけを考えろ」

再び緊張した面持ちの隊員に事もなげに言うとヴィンセントは屋根へ飛び移った。

「窓は閉めておけ!」
「あ、は、はいっ!」

 言われた隊員は慌ててナビシートの窓を閉めた。
それと同時に野獣が屋根に飛び乗る音と銃声が交互に聞こえ始める。
屋根の上で格闘しているらしい物音と振動。
ガードハウンドの爪が車の装甲を引っかく音。
獰猛な唸り声。



「ヴィンセントさん、頼みます…!」

隊員はハンドルにしがみつくようにして、夕暮れが迫る荒野の道だけに意識を集中した。






『で、それっきり行方不明というわけか』

「そうらしいわ」
『ガードハウンドに食われたかな』
「バカなこと言わないで!」

 片手で携帯を耳に当て、片手で届いた食材の仕分けをしながらティファは眉をひそめた。
配達に出ているクラウドが笑う気配が受話器を通して伝わってくる。


『冗談だ。逆にリミブレして奴らを食ってるかもな』
「それも出来の悪い冗談ね」

 話しながらティファはふと仕入れた食材を目分量で測る。
リミットブレイク後で腹を減らしたヴィンセントが来るとしたら、これではとうてい足りそうにない。


『どっちにしろアイツのことだ、心配はないだろう。徒歩でエッジに向かっているから時間がかかってるだけじゃないか』
「それよ。明日の授業参観に間に合うかが一番心配なの」
『携帯は?』
「いつも通りよ」
『電波が届かないところにいる、か』

二人は力なく笑い、また変化があれば連絡すると言い合って通話を切った。
WROは混乱した航空ルートの対応に追われており、万年行方不明であるヴィンセントの捜索に人手を割く余裕がない。


マリンは意気消沈した様子のデンゼルを見て心を痛めた。

「デンゼル…」
「大丈夫。きっと来るよ」

気遣わしげに見上げるマリンに、デンゼルは無理に微笑んでみせる。
ロケット村を出る前に連絡をくれたヴィンセントとの会話が、彼の記憶に鮮やかに残っていた。
シドとティファが強引に決めてしまったことを気にするデンゼルに、穏やかな声で心配するなと言ってくれた。

滅多に人と約束などしないヴィンセントだが、一度交わした約束は必ず守る。デンゼルはそう信じている。

「きっと、歩いてくるから時間がかかるんだよ」

どこまでも彼のヒーローたちの肩を持つデンゼルに、マリンはため息をつき、それからティファの口調とポーズをまねた。

「それだって、遅刻したらお説教、だからね」

まったく大人たちときたら、デンゼルの大切な日なのに何をしてるんだろう。
デンゼルが言えない分自分がちゃんと怒ってあげなくては。
小さな頬っぺたを膨らませるマリンを、デンゼルは嬉しいような困ったような表情で見ていた。






翌日。

一同の心情を反映するかのように空はどんよりと曇り、春だというのに肌寒い日となった。

「大丈夫。ヴィンセントが間に合わなかったら、お店の方を何とかしてちょっとでも行くから」

浮かない顔のデンゼルを励ますようにティファが声をかける。

「いいよ、無理しなくても」
「デンゼル…」
「いいったら!」

 多分、怒ることでこぼれそうな涙をこらえているのだろう。
唇をきゅっと結んだデンゼルは地面を見つめたまま、行ってきます、と呟いてセブンスヘブンのドアを出た。

追いついたマリンが、何も言わずにそっとデンゼルと手をつなぐ。
それに励まされたようにデンゼルは手を握り返し、二人は並んで登校していった。


「…ほんとにもう。来たらまずお説教だわ」

二人を見送ったティファはため息をつき、それから積み上げた食材のケージを見上げながら両指の関節をゆっくりと鳴らした。
デンゼルの授業参観に行ける時間を捻り出すためには、ちょっと本気を出して仕事をする必要がありそうだった。



「保護者のみなさま、お忙しいところお集まり下さいましてありがとうございました…」


 超多忙を極めるWRO局長が、教室の後ろにひしめき合う人々に如才のない挨拶をしている。
子供たちは始めて見る「校長先生より偉い人」と親たちに前後を挟まれて、緊張の中にも嬉しさと恥ずかしさが入り混じった
表情をしていた。

保護者たちの方も、子供の授業風景を見るという初めての体験にどことなく照れくさそうだ。


「星の未来を託す子供たちに、正しい知識を持ってもらいたい。星とそれを巡る命についてきちんと知っていてもらいたい。
 それが、私が学校を復活させようとした大きな理由であり願いでもあります」


 静かに熱く語るリーブに一同が引き込まれていた時、教室のドアがノックもなく開いた。
ざわめきが室内を一周する。

重い金属音を伴う足音と共に現れたのは、黒革の戦闘服に破れたマントをまとった長身の男。
大腿には巨大なハンドガンを下げ、左手には鈍く光る鋭い爪を備えたガントレットを装着し、戦闘の跡も生々しく全身が傷と埃に
まみれている。

長い黒髪の間から鋭い眼光が一同を眺め渡した。
WROに反感を持つテロリストの類なのかと親たちに緊張が走る。


常人と全く異なる危険な空気を漂わせるその男に怯え、そばの席にいた者たちが腰を浮かせた時、リーブがクラスを受け持つ
教師に向けて快活に宣言した。


「ああ、遅れていた父兄の方が到着されましたので、どうぞ授業を始めてください」

父兄?!

 参観に来ていた人々は、思わずこの物騒な風体の男を頭の先からつま先まで見直した。
気付いてみれば、教室内の子供たちは恐れるどころか思いがけない訪問者に興奮してはしゃいでいる。

当の本人は全く動じる様子もなく、彼の到着に気付いて嬉しそうに手を振る少年に、笑みを浮かべ頷いて見せた。







「もう、全く、信じられない!」


マリンは腕組みをして唇をきゅっと結びながら首を左右に振った。
彼女の目の前には、何故叱られているのかさっぱり判らないヴィンセントが、それでも一応神妙に座っている。
その隣には援護をするかのようにデンゼルが付き添った。


「デンゼルの最後の授業参観なのに。他所の家の人たちはみんなちゃんとした格好で来てたのに!」
「オレは気にしてないよ。遠いところから旅してきたんだ。仕方ないだろ」

な?と見上げるデンゼルに、成り行き上うなづくヴィンセント。
授業が終わった後、彼は子供たちに取り囲まれて大歓迎を受けた。
「英雄の一人であるヴィンセントを授業参観に呼んだ」デンゼルは仲間たちの中で面目躍如となり、すっかり機嫌を直している。


「それにしたって、いつも以上に汚いカッコだし」
「ああ、これか」

マリンの糾弾にヴィンセントは左手のガントレットを持ち上げた。
金色の表面にはところどころモンスターの返り血がこびりついている。


「途中で弾が切れそうになったのでな」
「ガードハウンドを殴って倒したのか?すっごい!」

デンゼルは瞳を輝かせて身を乗り出した。
何匹やっつけたの、と武勇伝を聞きたがる彼にヴィンセントは首をかしげ、数えていなかったと答える。
マリンは小さな咳払いをして話を引き戻した。


「ちょっと電話くれればこんなに心配しなかったのに」

携帯どうしたのと聞かれたヴィンセントはばつの悪そうな表情になり、ジュノンのWRO基地で充電したまま置いてきたようだ、
とぼそぼそ答える。
偶然なのか故意なのか、他の所持品に関しては忘れ物のないヴィンセントが、携帯電話だけは落としたり忘れたりする。
あまり人と関わることのない彼にとって必要性が低いからなのか。


「持ってなかったらケータイって言えないじゃない」
「…すまない」

どうしていつも連絡がとれないの、自分たちを嫌いなのとふくれるマリンに、ヴィンセントはしどろもどろに言い訳をする。
連絡がつきにくいことに同意見のデンゼルも、これには援護をしない。



「まあそれでも、来てくれて助かったわ」

セブンスヘブンの女主人が厨房から料理を満載したワゴンを押して現れた。
7,8人分はあろうかというそれを手際よくテーブルの上に並べて行く。


「何とかしようとしたんだけど、どうしても途中で抜けられなくて。ありがとう」

今日のパーティメニューを全部1品ずつとっておいたから遠慮なく食べてね、と笑顔で言うティファをヴィンセントは困惑して
見上げた。


「これは一体…?」
「あら、変身して戦ってきたからお腹空いてるんでしょ?」
「いや」

たかがガードハウンドの群れを相手に変身などしない、と言うヴィンセントにティファは目を丸くして両手を口元に当てた。

「ごめん。クラウドとそんな話をしてたからすっかりそのつもりになっちゃって」

ヴィンセントは「たかが」というが、ガードハウンドやカームファングの群れはミッドガルエリアの住人にとって十分脅威だ。
マリンとデンゼルもテーブルの上を席捲している料理を目を丸くして見ている。

「マリンも言ってたけど、連絡くれればこんなことにはならなかったのよ。罰として食べてちょうだい」

笑顔で宣告するティファにヴィンセントはたじろいだ。

赤ん坊たちから引き離され、直行便だったはずがジュノンに降りた飛空艇から輸送車への荷物運びを手伝い、護衛をしていた
車からガードハウンドの群れを引き離すために囮となり、休む場所もないような荒野をモンスターと戦いながら徒歩でたどり着
いたのに、この仕打ちはあんまりだ。

 とっさに言い返す言葉が見つからずにいる彼を見てティファは笑い出した。

「うそうそ。もうじき強力な応援が帰ってくるはずだから」
「オレも応援するよ」
「私も!」

お腹を空かせていた子供たちも元気に同調した。
食事の前には汚いガントレット外してちゃんと手を洗って、マントも脱いだらどうなの、とまるでティファのような口調でマリンが
あれこれ指示をする。


「食前酒のつまみに、シドの赤ちゃんたちの話を聞かせてよ」

ワインの栓を抜きボトルを掲げてみせるセブンスヘブンの店主の言葉に、ようやくヴィンセントの口元にも笑みが戻った。
ボトルから注がれる赤い液体が奏でる音に、入り口の扉に付けられたチャイムの音が重なり、更に子供たちの歓声がそれを
かき消して行く。


波乱万丈で始まった1日は、平穏な終幕を迎えそうだった。




                                                                     2010/4/26
                                                                         syun



驚くほどお待たせしてしまったキリリクです。しゃっちょこさん、申し訳ありませんでした!平身低頭してお詫びいたします。
「お子様と若干情けないヴィンセント」というお題で書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
熱心にベビーシッターを勤めてしまうヴィンさんというのも、ミスマッチで情けないかもしれません。しかも実の父親以上に赤ん坊に
ベタ甘(笑) そして例によってマリンちゃんには叱られてます。きっと両手は膝の上に揃えて置いているに違いありません。
リクを頂いてから月日が流れ、最初はクリスマス会の予定が豆まきになりバレンタインデーになり、しまいにはもう4月末というのに
卒業式直前授業参観という無理やりな展開になりました。イベントが公式になればなるほどマリンちゃんのお叱りも厳しくなります。
こんな話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。しゃっちょこさん、リクエストありがとうございました!









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