悪しき神に仕えし者







 レッドドラゴンの吐く炎が生き物のように襲いかかってきた。
ヴィンセントは左腕で顔面を庇いながら後方に飛び退り、スパスを腰だめにして連射した。
喉から腹を狙った攻撃は功を奏さず、いきり立ったドラゴンは咆哮し前脚の巨大な爪をかざして迫る。直撃を受ければかなりの
ダメージを覚悟せねばならない。ヴィンセントは注意深く竜の攻撃をかわし、その弱点を探る。




 ウッドランドエリアの密林の奥深くに眠っていた未知の神殿を探るため、クラウドはパーティを二手に分けた。
迅速に行動できるユフィ、ナナキ、ティファを斥候とし、戦力の高い彼自身とヴィンセントがエアリスを護衛しつつ内部を調査する。
バレットはケット・シーの監視役として神殿外に残った。


 古代種の神殿は、その裡に秘めたものを護るためか多くのトラップが仕掛けられていた。精霊と会話のできるエアリスの助言を
受けながら、彼らは神殿の中を進む。

迷路のような内部をさまよい、侵入者を阻止すべく次々と大岩が転がってくる狭隘な通路を通り抜け、彼等は巨大な時計針がゆっ
くりと時を刻む洞窟に行き当たった。

古代種の精霊が囁くところによると、この奥に黒マテリアを封じた壁画の間があるらしい。
 だが、足元には深い穴が口を開け、時計針を橋代わりに使うしか通り抜ける道はない。その不安定な細い針の上を渡る際に
バランスを崩したエアリスを庇って、ヴィンセントは洞窟の奥底へと落下したのだった。



 洞窟の底は煉瓦で周囲を囲まれた円柱状の部屋になっており、壁には等間隔で松明が燈されている。
ゆらめく炎で
照らされた室内の端には祭壇が設けられ、大型の肉食恐竜のレリーフが彫られていた。
ヴィンセントがその部屋に着地すると、レリーフから浮き上がるように紅い巨大な竜が現れ襲いかかってきたのだ。
 思わぬ不意打ちに孤立無援での闘いを強いられたヴィンセントだったが、彼は冷静にこの状況に対応した。
元タークスの彼にとって、戦闘は仕事と同義語である。むしろ落下したのがエアリスでなくてよかったとすら考えていた。
 巨大な竜を相手に一歩も引かず、狭い空間の中で巧みに攻撃をかわし一撃でとどめを刺す機会をうかがう。
俊敏な動きの彼を捉えられず、巨大な爪と牙は何度も空を切る。周囲の壁はドラゴンの前脚や尾の強打で煉瓦が吹き飛び、深い
穴が穿たれていった。その穴の縁を足がかりにヴィンセントは垂直に飛躍し、相手の頭上から攻撃をしかける。

 堅い外皮に弾丸が弾かれるのを見て彼が放ったサンダガを、レッドドラゴンは涼しい顔で受け流した。

「……魔法防御も高いということか」

 銃が効かず、マキシマムレベルの魔法も効果がないとなると、戦いは少々苦しくなる。
舌打ちしながらリロードするヴィンセントに生まれた隙をついて、ドラゴンが巨大な前脚を振った。彼の身体は吹き飛ばされ、煉瓦
造りの壁に叩きつけられる。そこに浴びせられる灼熱の炎。咄嗟にマバリアを張って身を守るが、炎の圧倒的なエネルギーに壁に
押さえつけられ、動きを封じられる。

 魔力を集中して炎を押し戻し、目の前に迫った牙を床に身を転がして避ける。そのヴィンセントの左脚をドラゴンの爪が捕らえた。

「………!」

巨大な前脚の体重をかけられ骨が軋む。ドラゴンは勝ち誇ったように吼え、とどめだと言わんばかりにヴィンセントの前に大きく口
を開けた。

 冷静な戦士はその機会を逃さなかった。
マテリアを装着したガントレットの鋭い爪でドラゴンの口蓋を突き刺し、そこでブリザガを放つ。
火の属性を持つモンスターは相反する属性の攻撃に弱いものだ。レッドドラゴンは口内から発動された魔法で頭を吹き飛ばされ、
断末魔の叫びを上げる暇も与えられなかった。閃光が室内を満たした後、神殿の守護獣の姿はかき消えた。





 ヴィンセントは小さく息をつくと、ゆっくり立ち上がった。戦いの勲章の数を増した暗赤色のマントが、その身体を包み込む。
ドラゴンに押さえつけられた左脚が鈍い痛みを訴えた。傷の様子を見ようと片膝をついた彼は、無視しがたい気配を察知して途中
で身を起こし、銃を構える。


「……手こずるようなら助けてやろうかと思ったが、どうやらその必要はなかったようだな」

 ヴィンセントが銃を向けた先の空間に、レッドドラゴンよりもはるかに厄介な相手が姿を現した。
ジェノバプロジェクトの申し子。古代種の復活を望んで生み出された命が天から来た災厄の復活を促すとは、当時誰も思わなかっ
ただろう。いや、ただひとり例外は考えられるが。


 愛する女性の面差しを濃く残したその姿に動揺しないと言えば嘘になる。だが、幾多の死線を潜り抜けた戦士はすぐに感情と
行動を見事に切り離した。

 ヴィンセントは片足を引きずりながら最凶の敵と間合いをとる。無造作に接近してきたセフィロスをショットガンの連射が迎えた。
ロケット村で仕入れたスパスは攻撃力が高く、大物を相手にする時に彼が好んで手にする武器となっている。

しかし、その弾丸は銀色の長剣によりことごとく切り捨てられた。銀髪の半神は鷹揚に片手を挙げて相手を制する。

「今はお前と戦う気はない」

 相手の意図を測りかねてヴィンセントは沈黙を守る。スパスの銃口は敵に向けられたままだ。
警戒を解かない元タークスにセフィロスは薄い笑みを浮かべた。


「…はぐれた仲間が心配だろう?」

 その言葉と同時に部屋の空気がゆらぎ、一面に壁画が描かれた部屋の様子が浮かび上がった。
空から巨大な隕石が落下してくる様子を表したレリーフの前に立っているのは、クラウドとエアリスの二人。
無事なその姿を見てやや安堵したヴィンセントだったが、すぐにその瞳は不審そうに細められた。

 クラウドが唐突にエアリスに向き直り剣を振り上げる。驚いたエアリスが制止しようとするが、その彼女めがけて剣は振り下ろされ
た。幸運に味方され、古代種の末裔は間一髪で難を逃れる。

 これは実像なのか。それともパーティメンバーに間隙を作ろうとする罠か。夕日色の瞳が鋭さを増してセフィロスをねめつける。

「…どういうことだ」
「セフィロス・コピー・インコンプリート。ナンバーさえ付かぬ失敗作。それがあの男の真実だ」

 衝撃的な言葉以上に、ヴィンセントはセフィロスが空中に結んだ映像に再度注意を奪われた。
壁画の間でクラウドがバスターソードを片手にエアリスを追い詰めていく。もしこれが実像だとしたら、とりかえしの付かないことに
なる。


「ようやくコントロールが利くようになった。…そうだ。その娘を始末しろ…」
「よせ」

笑みを含んだ楽しげな声を、低い恫喝が遮る。

「目的は何だ。何故このようなものを見せる?」
「察しがいいな」

 セフィロスはヴィンセントに向き直った。その背後の映像の中で、クラウドが両手で頭を押さえ地面に崩折れた。
視野の隅にそれを捉え、仲間たちの当面の危機が回避されたことにヴィンセントは秘かに安堵する。

「お前たちがリーダーと仰ぐあの男の正体を教えてやったまでだ」

 銀髪の半神の腕の一振りで、空中の映像は消え失せた。
ヴィンセントの脳裏に神羅屋敷での一場面が甦った。リユニオンへの参加を促し、自分を追って来るようクラウドに指示するセフィ
ロス。まるで内通者に向けられたかのような言葉に眉をひそめた記憶がある。
クラウドという元ソルジャーの、どこか不安定な精神状態にも彼はうすうす気付いていた。

 だが、それらは目の前にいる男の言葉を全て肯定する材料とはならない。ヴィンセントは沈黙を守ったまま、静かに相手の出方
を窺う。


「お前はいつまであの男に従っていくつもりだ?」

長剣を鞘に収め、セフィロスはまるで友人に語りかけるかのような口調で話し始めた。

「自分の意志で動いているつもりだろうが、所詮は私の傀儡。そんな男と行動を共にするよりは」

銀髪の半神は優雅な仕草で片手を差し伸べる。

「私に従え」

 意表を突く相手の言葉にヴィンセントはわずかに瞳を眇めた。
用心深く半歩下がり、右手をスパスから離して使い慣れたクイックシルバーのグリップにかける。
それを見たセフィロスは薄い笑みを口端に刷いた。


「お前も神羅を憎んでいるはずだ。ソルジャーやタークスすら簡単に実験のサンプルに切り捨てる、あの組織を」
「………」


 夕日色の瞳がわずかに動揺を見せる。
そう語るセフィロス自身が神羅の人体実験により生み出された存在だ。本当に古代種(セトラ)を復活させようとしたのか、古い地層
から発掘された異生命の細胞を使ってモンスターを生み出そうとしたのか。

失踪したガスト博士の後を引き継いで研究を進めた宝条の真意は、今となっては計り知ることができない。
 セフィロスの言葉は苦い過去を抉り出した。目的のためには手段を選ばない神羅の体質を、彼はいやというほど思い知らされて
いる。


「神羅と、その恩恵にあずかり甘い汁を吸う人間どもに復讐を考えたことはないのか」
「……復讐?」

耳慣れぬ言葉を聞いたように、ヴィンセントはその言葉を鸚鵡返しにつぶやく。

「お前も、宝条に改造されたモンスターだろう。奴が憎くはないのか」

 セフィロスの言葉にヴィンセントは当惑したように瞬いた。ジェノバプロジェクトを阻止できなかったことを自分の罪と受け止め、
自らを罰し続けてきた彼に、他者に責任を転嫁し憎むという発想はない。

過去の罪としがらみに半ば取り込まれたヴィンセントに、銀髪の半神はさらに追い討ちをかける。

「星を食い物にしてのうのうと数を増やし、何の智恵も持たない人間がこれ以上のさばる必要はない。
 ジェノバはいわば破壊と再生の神というわけだ」


 宇宙から来た災厄、というのは星の表面に住む人類からの見方だ。
小惑星の衝突や一定の種族の異常増殖など、星を蝕む事態が起きた時、星は死と再生のドラマを演ずる。全ての命をライフストリ
ームに換え、新たな始まりを求めて宇宙へと旅立つのである。
ライフストリームから膨大な知識と智恵を吸収したセフィロスは、ある意味人類を凌駕する視点を持っていた。

 この星のエネルギーを全て我が物とし、星の海を旅すること。そして新たな惑星を見つけそれを支配することが望みだと、傲慢
な半神は言い放つ。


「私はメテオにより星の力をひとつに集める。お前は地上の全ての命を狩り取るがいい」

 翡翠色の瞳が暗赤色のマントを纏った男を見据える。冷静さを取り戻した夕日色の瞳が静かにそれに対峙した。
宇宙的視野で自分の野望を語るセフィロスの言葉は、彼にとっては意味の掴めない虚言でしかない。
ましてや自分の身に宿った複数の魔獣の正体を知らぬ今、その話は理解を超える。

 ヴィンセントは更に半歩後ずさり、敵に視線を合わせながら残り少なくなった銃のカートリッジを交換した。
手馴れた様子で銃を回転させ、照準をセフィロスに合わせる。


「お前の話は理解しかねるな」

その様子に銀髪の半神は軽い失望と嘲笑を表情に乗せた。

「自分の身に宿る魔獣が持つ使命も知らんのか」

セフィロスはその背に佩いた長剣を抜き放った。唇に酷薄な笑みが刻まれる。

「ならば、目覚めさせてやろう」

 洞窟内の空気がざわりと波立った。







 銀色の閃光が続けざまにヴィンセントを襲う。
先刻のドラゴンとの戦いよりもはるかに緊迫した動きで彼はそれを交わし、後方に飛び退りつつブリザガを放った。
長剣を操る左腕を凍結されたセフィロスがそれを溶く隙を逃さず、銃のトリガーを引き絞る。殆どの弾ははじき返されたが、最初の
一発のみが半神の右腕を貫いた。


 セフィロスの瞳孔が縦に細められ、口端が吊り上って禍々しい笑みを形作る。

威力と速度を増した斬撃が暗赤色のマントに振り下ろされた。銃を武器とする相手に間合いを取る隙を与えず、次々と切り込んで
退路を断っていく。

 交わしきれなくなったヴィンセントはバリアをガントレットの表面に張り巡らせ、セフィロスの長剣を受け止めた。
激しい衝撃に刃と篭手の間で火花が飛び散り、ヴィンセントのブーツは煉瓦造りの床を踏みしめたまま、1メートル近く後退する。
左腕から肩にかけて重い痺れが走った。


「ほう、なかなかやるな」

 楽しげに銀髪の半神は囁き、至近距離から弾を浴びる直前に飛び退った。正確に頭部と心臓を狙撃してくる弾丸を次々に切っ
て捨て、間を置かずに放たれたサンダガをリフレクで撥ね返す。予測していたヴィンセントは跳躍して自分が放った魔法攻撃から
身をかわそうとする。

 だが、レッドドラゴンに傷つけられていた左脚は持ち主を裏切った。飛距離が不足し、自らの高い魔力によって作り出した強力な
雷属性の攻撃にさらされることとなる。

 不安定な着地をしたヴィンセントめがけて銀色の閃光が走る。鈍い金属音とともに、長剣はガントレットを貫き煉瓦の壁に縫いと
めた。


「遊びは終わりだ」

 銀髪の半神の唇に薄い笑みが宿る。
ヴィンセントは左腕の自由を失ったまま、一見丸腰のセフィロスに向けて銃を連射した。
だがそれはことごとくウォールによって阻まれる。舌打ちした彼は敵の足元に集中してブリザガを放ち、セフィロスの脚を凍りつか
せた。
 だが、敵の動きを封じ自由を得ようと長剣の柄に伸ばされた腕は、その目的を果たすことはできなかった。
強力な重力場が彼を捉え、無理やりねじ伏せる。最初に両膝を、次に右手を地面につき、囚われの戦士は術者を睨めつけた。


「まだ頑張るつもりか」

 溶けかかった氷の足枷をものともせず、セフィロスは優雅な指先の動きで重力を操る。数倍の圧力が加えられ、ヴィンセントは
地面に突っ伏した。マントも彼の身体と地面にぴたりと張り付いて、そよとも動かない。
全身の骨が軋み、呼吸も出来ないほどのプレッシャーに視界が赤く染まり、意識がぼやけてくる。
壁に打ち付けられていたガントレットも強い重力場に引かれ、鈍い音を立てて地面に落ちた。
ありえない角度に曲がった腕からの出血が、地面をどす黒く染めていく。


 銀髪の半神は術をかけたままゆっくりと獲物に歩み寄った。壁に突き刺さったままの長剣を苦もなく抜き取り、足元に這い蹲って
いる暗赤色のマントに無造作に突き立てる。声も立てられないまま獲物が小さく痙攣した。


「雑魚に用はない。最強の魔獣を呼び出せ」
『最強の…?』

苦痛のためぼやけた意識の中で、ヴィンセントはその言葉を反芻した。
ならば、この身に複数の魔獣が宿っているとでもいうのか。ガリアンビーストの他にも、星の命を狩り取ることのできるほどの力を
持ったモンスターが。


その考えに彼は戦慄する。

 一体、自分はどこまで人間から遠ざかってしまったのか。モンスターへの変身を繰り返すうちに、自分の意識は保てなくなって
しまうのではないか。

絶望に囚われかけた彼の耳に、聞きなれた咆哮が届いた。

 長剣を抜き取り、再度振りかざそうとしていたセフィロスが大きく後方へ跳び退る。燃えるような赤い毛並みの獣が飛び込み、
倒れたヴィンセントを庇うように立ちはだかった。


「これ以上、仲間に手出しはさせないぞ」

ナナキは恐怖に背中の毛を逆立てながらも姿勢を低くし、セフィロスを威嚇する。

「チッ。コスモキャニオンの守護獣風情が」

 セフィロスの放ったファイガを、ナナキはやすやすとマバリアで防いだ。
どちらかというと炎の属性を持つ彼にとって、ファイガはそれほど脅威にならない。ナナキの牙を避けたセフィロスを巨大な十字手
裏剣が襲った。次いで、重力から解放されたヴィンセントが、座り込んだままの姿勢で狙撃してくる。


「ヴィンセント!」

回転しながら手元に戻ってきた手裏剣を掴み、賑やかな忍者娘が駆け込んでくる。

「げっ!アンタこんなヤバイ奴とやりあってたワケ!?」
「ユフィ、来るの遅いよ!オイラひとりでどうしようかと思ったよ!」

狭い洞窟は一気に騒がしくなった。それに辟易したように銀髪の半神はふわりと宙に浮かび上がる。

「無粋な邪魔が入った。又の逢瀬を楽しみにしよう」

 嫣然と笑みを浮かべるその顔面を狙った弾丸は、空しく素通りした。先刻の映像と同様に、セフィロスの姿も薄闇の中に解けて
消えていく。ユフィの罵倒とナナキの咆哮が盛大に宿敵を見送った。





「大丈夫?酷い目にあったね」
壁に背をもたせかけて、額に巻いていたバンダナを左腕に巻きつけているヴィンセントにナナキが歩み寄った。
こめかみから頬に流れる血を舐めとってやろうと首を伸ばした獣を、傷ついた戦士は強い力で押しのける。


「ヴィンセント…?」
「私の血に触れない方がいい」

 腕の傷から流れる血を吸い取って濃さを増す赤いバンダナに目を落としたまま、彼は低い声で呟いた。
生体改造を受けた身体。ガリアンビーストのみならず、星の命にまで影響を与えるモンスターを宿しているならば、自分の体液は
仲間にとって毒でしかない。


 当惑してユフィを見上げるナナキに、忍者娘は小さく咳払いした。

「そーだよ。子猫じゃないんだから舐めなくたっていーじゃん」
「オイラは手当てしてあげようとしただけだよ」
「手当てならマテリアってもんがあるでしょ」

 ユフィは手裏剣にはめこんであるマテリアを確認し、ケアルラを唱えた。
翡翠色の光が浮かび上がり、傷ついた男の身体を包み込んでいく。全身に広がる癒しのエネルギーにヴィンセントは安堵の息を
ついた。自身の驚異的な回復力を持ってすれば一晩ほどで癒える傷だが、闘いの途中では回復のマテリアはありがたい存在だ。


「すまない。助かった」

 彼は立ち上がり傷を負っていない右手でナナキの頭を軽く撫でた。垂れ下がっていた赤い獣の尻尾がぴんと立ち、先端に灯っ
ている炎の明るさが増す。


「…って、アイツを信用していーわけ?どうなっても知らないよ!……そりゃそうだけどさ……わかった。脱出する」

PHSで会話をしていたユフィが不服そうな表情で通話を切り、ポケットに押し込む。

「どうした?」
「黒マテリアだってさ。そんな物騒なもの、持ち出さなきゃいいのに」

不親切なユフィの説明に、ヴィンセントは首をかしげる。

「だから、この神殿全部が黒マテリアなんだって!仕掛けを解いていくと、建物が縮まってマテリアになるんだって」

だから、早く脱出しようとユフィは急かした。

「何故このままにしておかない?」

出口を探して迷路のような道を走りながら、ヴィンセントは訊ねる。同じく走りながらユフィも答えた。

「知らないよ!クラウドがそう決めたんだから。コピーがいるからここは安全じゃないとか何とか…」
「コピー?」

 思わずヴィンセントの足が止まる。
古代種の神殿そのものが黒マテリアだとすると、仕掛けを解いた者は収束する建物と共に押し潰されることになる。
セフィロスはコピーを沢山持っているため、そのうちの1人を犠牲にすれば黒マテリアを手にすることが出来る。

 黒マテリアは究極の破壊魔法を発動できるという。セフィロスの手には決して渡してはならない。
だからこそ、機械であるケット・シーを犠牲にして我々が保管するというのが、リーダーであるクラウドの決定だ。


 だが。

そのクラウドこそ、セフィロス・コピーではないのか。セフィロスの言葉を借りるならば、セフィロス・コピー・インコンプリート。
失敗作であるゆえに、本体の指令を受けないとも考えられるが。


『ようやくコントロールが利くようになった』

禍々しい言葉が脳裏に甦る。あの映像が事実だとしたら。クラウドが本当にセフィロスのコントロールを受けているのだとしたら。

「ちょっとヴィンセントー!たたまれてマテリアの一部になりたいのかぁ!」

先に行ったユフィとナナキが怒鳴っている。

『クラウドが黒マテリアを持つのはまずい』

 ヴィンセントの胸に焦燥感が湧き上がった。パーティの和を乱すため自分の仮説は誰にも告げるわけにはいかない。だからこそ
クラウドが黒マテリアを手にする時にはそばにいて監視している必要がある。
彼は常人離れしたスピードで走り出し、先行していた二人を追い抜いた。


「急げ。置いていくぞ」
「アンタがぼーっと突っ立ってるのを待っててやったんじゃん!」
「うわ、待ってよ!」

慌てた二人が持ち前のすばやさで後を追う。
 神殿の仕掛けが解かれ、マテリアに変貌するまで、もうわずかの時間しか残されていなかった。











                                              2007/12/23
                                               syun









33333前後賞キリリクでございます。シフォンさん、長らくお待たせいたしました!「セフィとヴィンの話」というリクエストを頂いた
時、実は結構動揺しました。コピッタさんのリクとネタが被るとまずいし、BLと言われたら書けないし、と悶々悶々。
お伺いを立てたところ、バトルでOK、しかも「遭遇」のネタを使ってもよしという許可を頂きましたので、こんな話になりました。
一番難しかったのが、この二人が闘う理由です。セフィロスはクラウドしか眼中にないし、ヴィンセントにしてみると相手は「愛し
いルクレツィアの息子」で「自分の犯した罪の具現化したもの」ですから、闘志も鈍るというものです。下手するとセフィロスに対
してすら贖罪の意識を持ってしまいそうで。どうしようかと考えていたところ、ふいと思い出したのがACのセフィロスの台詞。
「この星を船として云々」を聞いたときには、「いつからそんな望みを持つようになったんでしたっけ??」と思ったのですが、
この星を船として⇒命の箱舟⇒オメガ⇒対となるカオス⇒ヴィンセントというつながりが頭の中で出来上がりました。
星のエネルギーを全て我が物としたいセフィロスからすると、カオスはうってつけの手下になるわけで。さすが親子。宝条パパと
発想が似ています(全国のセフィロスファンの皆様に撲殺されそうです!)無印本編の中の話ではありますが、設定はAC
DC
を借用しています。
時期がリクエストとずれてしまいました。ごめんなさい。
FF7ではセフィロスが最強キャラという基本設定も遵守いたしました。まだカオスの目覚めていない、古代種の神殿あたりの
レベルのヴィンセントですから、もちろんボコボコにされてます。救援に来たのがナナキとユフィというのはもう個人的な好みです。

こんなSSですが、けっこう頭をひねって書かせていただきました。シフォンさんのお気に召すと嬉しいのですけれど。どうぞご笑納
くださいませ。リクエストありがとうございました!


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