秋休み
一面緑の牧草地帯の中に作られた一本道を、大型のランドクルーザーがその車種の限界に挑戦するかのような速度で走
っていた。
一応は舗装されているはずの道のわずかな凹凸でも、スピードを出している車体は跳ね上がり左右にゆらぐ。
バカンス用の私服でナビシートにおさまっていたリーブは、シートベルトだけでは足りずに車窓の上につけられている手すりに
しがみついた。
「少し、飛ばしすぎじゃ、ありませんか?」
「出発間際までぐずぐず仕事をしていた奴がいたからな」
レッドゾーンまで振り切れた速度計の針を一顧だにせず、涼しい顔でハンドルを操作している乱暴な運転手が答える。
こちらも常のレザースーツにマントではなく、厚手のシャツにデニムといったグラスランドの風景に馴染む服装だ。
トレードマークの長髪もばっさりと切り落とし、遠目にはどこかのファームの牧童に見えるかもしれない。
しかしその大腿につけられたサイホルスターと大型のハンドガンが牧歌的な雰囲気を裏切っている。
超多忙を極めるリーブに夏休みを取らせることと引き換えに、ヴィンセントは護衛兼賄いという奇妙な役割を担うことになった。
元はといえば、休みを取るなら一度飯を作ってやってもいい、とヴィンセントが墓穴を掘ったことが始まりだ。
最初はジャンピング用程度だった墓穴は、あっという間にアダマンタイマイが入るほどの大きさになった。
いつの間にかリーブの夏休みの間の食事を全て面倒見るという勝手な解釈が一人歩きし、憮然とした彼は腹いせに車のアクセ
ルを床まで踏みつけているというわけだった
もっとも、多忙なリーブが仕事を調整するのは並大抵ではなく、予定は何度も変更されて、すっかり季節は晩秋になっている。
ぽつりぽつりとサイロや厩舎が見え始め、緑の野に点在するチョコボの姿が近くなって、ようやくヴィンセントは車のスピード
を落とした。
一本道だったルートに少しずつ十字路や三叉路が加わり始めたが、地図を頭に叩き込んできた彼は迷うことなく道を選んで
行く。
目指しているのはかつての神羅の保養施設が残っている一角である。
休みというからにはWRO本部を離れて家に帰れと迫ったヴィンセントに、リーブは困ったように肩をすくめた。
「WROが私の家ですから、他に帰るところなどないんですよ。ミッドガルにあった家もメテオ災害で壊れてしまいましたしね」
バカンスを過ごす場所として名前が挙がる筆頭はコスタ・デル・ソルとゴールドソーサーだが、騒がしいところはどうもね、と
渋面を作ったリーブが思い出したのが、グラスランドの別荘だった。
神羅の重役クラスに等しく与えられたものだが、多忙で勤勉なリーブは使ったこともなく住民に解放していた。
そこならのんびりしていて治安もよく、WROから陸路で行くことができるというわけで、幹部一同も満場一致で賛成。
5日分の荷物を詰め込んだ大型のトランクを載せたランドクルーザーは、製造されてこのかた味わったことのないような酷使
耐えて、ようやく目的地に到着した。
草原ばかりだった視界にぽつりぽつりと広葉樹が加わり始めた一角に、神羅の別荘エリアがあった。たっぷりと土地を使った
一戸建ての瀟洒な家は、なるほど激務の疲れを癒すにはぴったりと言えそうだ。
「お待ちしてましたよ。遠いところを大変だったでしょう」
「いえいえ。運転手が優秀なのであっという間に着きましたよ」
出迎えた住民と握手を交わしながらリーブは肩越しにちらりと笑みを含んだ視線を投げる。
ヴィンセントは車からトランクを降ろすのに忙しいふりをして黙殺した。
「家の掃除はしときましたし、連絡のあった食材も冷蔵庫に入ってますよ。あとは毎日若い者を来させますんで何でも言いつけ
てください」
「助かります」
この地区のリーダーでもある男はリーブに鍵を渡し、そばに来たヴィンセントにも会釈して自分の車で去って行った。
巷に良く知られている風体と全く外見の異なる彼を「ヴィンセント・ヴァレンタイン」とは認識せず、WROから来たリーブの部下
だと思ったらしい。
「管理人か?」
「いえ、近くの牧場主です。家の掃除やお手伝いをお願いしました」
「手回しのいいことだ」
休暇を楽しむにも周到な準備を怠らないWRO局長にヴィンセントは肩をすくめる。
リーブのことだ。ポケットマネーでハウスキーパーとして現地の人間を雇うことで、多少なりとも収入を得る機会を提供している
のだろう。
もちろん、破格の時給で。
「まあ、何もないところですがゆっくりしてください」
このお人好しめと言いたげなヴィンセントの視線を受け止めたリーブは別荘の扉の鍵を開け、鷹揚な笑みを浮かべた。
神羅上層部の別荘らしく、広々とした室内には名のあるデザイナーのダイニングセットやソファが無造作に置かれていた。
たっぷりと日の光が差し込む大きな窓からは、バーベキュー設備のある庭に出ることもできる。キッチンがアイランド式なのは、
大勢でパーティを楽しむようにできているのだろう。
ダブルベッドの置かれた主寝室がひとつに、ゲスト用寝室が2つ。それぞれに猫脚つきバスタブの置かれたバスルームがついている。
贅沢でゆったりとした造りはいかにも金に糸目をつけない神羅の所有物らしい。
ヴィンセントは家の周囲を一回りしてWROの部隊が設置したセキュリティシステムを確認した。
エンジンが火を吹きそうなほど車を飛ばした理由は、日のあるうちに周辺の状況を見ておきたかったからだ。
夜目が利くとは言え、より条件のいい状態で安全を確認するのは護衛として当然だった。
VIPと共にいることの意味を十分に理解している彼は、屋内に戻ると今度は一部屋ずつ入念にチェックして回る。
優秀なSPが任務を遂行しているのをよそに、局長の方はすっかりリラックスしていた。ヴィンセントに護衛されていると思うと、
本部にいる時と同等以上の安心感がある。
リーブは重たいトランクを主寝室とゲスト用寝室に押し込むと、牧場主が気を利かせて満タンにしてくれた冷蔵庫からワインと
チーズ、生ハム、ピクルスを引っ張り出した。ヴィンセントが好みそうな赤ワインのコルクを抜き、空のバケットに立てかける。
「…リーブ」
生ハムとチーズとピクルスを、皿の上にどういう順番で並べたら美味そうに見えるか思案していた彼に、部屋を回ってきたヴィン
セントが声をかけた。
「ここに入ったのは牧場主だけか?」
「いいえ。掃除や買い物は他の人もしてくれましたし、WROの部隊が安全点検に入ったと聞いています」
「盗聴器があった」
驚くリーブを、腕組みをして壁に肩を持たせかけたヴィンセントが面白そうに見ている。
「一体どこに?」
「主寝室のベッドヘッドとマットレスの間だ」
「そんなところに仕掛けても、聞こえるのは私のイビキぐらいですよ」
「他にも聞こえるものがあると思ったんだろう」
浮気の現場でも押さえるつもりか、と涼しい顔をしてからかう相手にリーブは一瞬言葉に詰まる。
浮気というからには本命がいるはず。WROの滞在時間が極端に短いくせに、それに見当がついているらしいヴィンセントに
舌を巻きながら負けじと人の悪い笑みを浮かべる。
「浮気の相手というのは、貴方ですか?」
「…すまない、聞いていなかった。今何と言った?」
「どうして貴方は都合の悪い時だけ耳が遠くなるんです」
形ばかり憤慨して見せながら、リーブは首をひねる。
「冗談はさておいて、私と貴方が寝室で密談するとでも思ってるんでしょうかねぇ」
「燻り出してみるか」
放置して五日間お前のイビキを聞かせてやるという手もあるが、という相手にリーブは首を振った。
「プライバシーを侵害されれば私だって不愉快です。少しからかってやりましょう」
ピクルスのビンの蓋を閉めながら、WRO局長は決然と立ち上がる。
ギシリ、とスプリングを軋ませながらリーブがベッドに腰掛けた。そのすぐそばには共犯者が立っている。
彼らの視線はマットレスとヘッドボードの間に挟まれた盗聴器に注がれたままだ。
「ヴィンセント、やっと二人きりになれましたね」
あまりにベタな台詞に失笑しそうになり、辛うじてそれをこらえたヴィンセントが答える。
「ああ。よく休暇がとれたな」
「貴方と蜜月を過ごすためなら、どんな努力だってしてみせますよ」
いとも平然と、だが瞳だけは悪戯心に満ちた光を宿しながら、リーブはかなり差し障りのある発言をした。
ちょっと待て、そういう展開なのかと相手を軽く睨みながらヴィンセントが台詞を探す。
「…お前は忙しすぎる。少しは自分のことを考えたらどうだ」
「私のことを心配してくださるのでしたら、WROの幹部として支えてくれませんか」
今度はそっちかとヴィンセントは渋面を作る。食えないWRO局長は即興の役者としても卓越した能力を持っていた。
どこまでが狂言でどこまでが本気やら、うっかりすると言質をとられかねないと元タークスは警戒する。
「今更組織と名のつくものに戻りたくない。共に居たいと言うならお前がWROを辞めればいい」
無愛想に言い放った相手に、本音と極論の二本立てで来ましたねとリーブが声を殺して笑う。
「そんな無理を言わないでください。もっとも、貴方にわがままを言ってもらえるのはうれしいのですが」
「わがままついでだ。もうお前をWROには帰さない」
「まさか、ここに監禁するつもりですか?」
「そうだと言ったらどうする」
駆け落ちの伴侶というよりは不当拉致拘束犯のようなヴィンセントにも、リーブのにこやかな声音は変わらない。
「貴方と共にずっと過ごせるのはすてきですね。でもすぐに無粋な迎えが来てしまいそうです」
「ならば、最後の手を使うまでだ」
面倒くさくなってきたヴィンセントはホルスターから銃を引き抜き、盗聴器のそばで撃鉄を起こした。
物騒な金属音に電波の向こう側で聞いている相手はどのような反応をしているのだろうか。
「今の重荷からお前を救うには、星に還してやる以外にないということだな」
「…いいですよ。貴方の手にかかるのなら本望です」
笑みを含んだ穏やかな声でリーブが応じる。
「正直、少々疲れました。貴方の協力が得られないのならこの先のWROは先細りになるのが見えています。
みっともない終わり方をするくらいなら、今のうちに解散するというのもひとつの方法かもしれません」
芝居とも本音ともとれるリーブの言葉に絡め取られたように、ヴィンセントはしばらく動かなかった。
だが、短いため息をひとつつくと、ベッドに膝を乗せてスプリングの軋む音を立てさせた。
「お前の墓標は永遠に私が護ってやる。ゆっくり眠るがいい」
言葉が終わると共に響く空砲の音。それと同時にヴィンセントは盗聴器を叩き潰す。
白々しい沈黙が室内を一周した後、二人は視線を合わせると同時に堪えていた笑いを爆発させた。
「傑作ですね!貴方にこんな芝居ができるとは意外でした」
笑いすぎて出た涙をぬぐいながら言ったリーブにヴィンセントはフンと鼻を鳴らし、抜いていた実弾を銃に戻してホルスターに
収める。
「これでひっかかるようなら大した相手ではないな」
「心当たりがあるんですか」
「仕掛け方が素人くさい。これはダミーで本体が別にあるかと思ったがそうでもなかった」
タークスオブタークスの探査能力に魔獣の知覚が加われば、仕掛けられた盗聴器を探し出すことなど雑作もない。
「私と貴方がここに来るのを知っている者は限られていますからね。恐らく誰かのいたずらでしょう」
リーブはやれやれと長く息を吐き出した。
「他の部屋には異常はない。後は相手の出方次第だ」
さっさと出て行ったヴィンセントを見送ったリーブは放置したままだったオードブルのことを思い出して立ち上がった。
呼吸させるために栓を抜いておいたコスタ産の赤が、もう飲み頃になっているはずだった。
「反応」は思ったより早くやってきた。
とろけるような生ハムと癖のあるブルーチーズ、それに酸味の強いピクルスをお供に、酒豪の二人は最上級の赤ワインをまた
たくく間に空け、2本目も早々に半分以上空にする。
グラスに注がれるルビー色の液体が立てる音に、静まり返ったグラスランドの空気を震わせる大型輸送車のエンジン音が加わ
った。
徐々に接近してきたそれは彼らの別荘の前で停止し、軍靴をはいた複数の人間が地面に降り立つ音がする。
「お前は奥にいろ」
「お手柔らかにお願いします」
立ち上がったヴィンセントに釘を刺しながら、リーブは手にしていた携帯電話のディスプレイに目を落とした。
そこには着信履歴がずらりと並んでいる。
WRO本部、WRO本部、WROグラスランド駐屯所、WRO本部、グラスランド駐屯所、本部、駐屯所、駐屯所……。
これでは下手人が挙手して名乗り出てきたようなものだ。
部下たちの行き過ぎた悪ふざけに厳重注意をしなくてはとため息をついたリーブだったが、護衛モードに入っているヴィンセント
の反応は更に冷徹だった。
自分の護衛対象に手を出すものには容赦をしないタークスの厳しさを思い出し、彼も確かに神羅の一員だったのだと今更なが
らに思う。
木製のドアが控えめにノックされた。
入り口から2,3歩入ればリビングが丸見えになってしまうため、リーブは死角になっているキッチンに回って息をひそめた。
それを視界の隅に入れながらヴィンセントが入り口の扉越しに誰何する。
「誰だ」
「WROグラスランド駐屯部隊であります」
「呼んだ覚えはない」
「…至急、局長と連絡を取りたい案件がありまして、夜分恐縮ですがお伺いしました」
勿体ぶってようやく扉を開いたヴィンセントの前に、緊張した面持ちの隊員が並ぶ。
硬直していた彼等は思い出したようにぎこちなく敬礼をした。
「リーブ局長の無事を、あ、いえ、至急のお話をさせていただきたいのですが」
「もう寝ている」
無表情に言い放った彼に隊員たちは顔を見合わせた。先頭にたったリーダーが必死に食い下がる。
「会わせてください」
「明日にしろ」
隊員の数は6人。
ヴィンセントは入り口に突っ立っているだけで彼らの突入を封じている。
隊員たちにしてみれば、何度携帯にかけてもリーブと連絡がとれず、現場に来てみればヴィンセントが行く手に立ちはだかる。
盗み聞きした会話とその結末に、見抜かれてからかわれているとは思ったものの、これでは疑心暗鬼がつのってしまう。
「失礼します!」
強行突破しようとした隊員はあっさりと壁に押さえつけられた。反射的に銃を構えた隊員たちをヴィンセントの瞳が捉える。
銃声は3発。
手にしていたハンドガンやショットガンを撃たれて吹き飛ばされ、隊員たちは呆然とした。
残る2人はホルスターに手をかけることすらできずに棒立ちのまま。
左腕でリーダーを拘束しながら武器だけを正確に狙撃した相手に隊員たちは震え上がる。
「私に銃を向けるからには、それなりの覚悟があるとみていいのだろうな」
低い声に恫喝され、隊員たちは猛獣に睨まれた小動物のように身を寄せ合って震えた。
玄関に立った相手はよく知っている「ヴィンセントさん」なのだが、今は揺らめきたつ殺気で別人のようだ。
正直言ってものすごく怖い。
「ヴィンセント、もうそのくらいで勘弁してやってください」
頃良しと見て、リーブは苦笑しながら姿を現した。
「あっ、局長!」
「局長〜〜っ!」
涙声になりながら叫んだものの、隊員たちはヴィンセントが怖くてそばに寄れない。
「私の寝室に困ったおもちゃを仕掛けてくれたのは、あなた達でしたか」
「いっいえっ、これは自分たちだけでは、あの、自分たちも入ってはいるのですが、その…」
「本部や、コスタの分隊や、カームの部隊もですね」
「みんな興味津し…いや、心配しておりましてっ」
意味不明のことを口走る隊員たちを一瞥して、ヴィンセントは押さえつけていたリーダーの襟首をつかんで吊るし上げた。
「通訳しろ」
「あ、あのっ、局長が5日間休みを取られると伺って、自分たちは安心したのであります!」
「……?」
「ただっ、休みに同行されるのがヴィンセントさんだとか、いや、謎の美女だとかという噂が広がりまして」
「…………」
「ヴィンセントさんなら我々は安心なのですが、シャルア博士擁護派からは別の意見がありましてっ」
本命の名前を出されたリーブが人差し指と親指で眉間を押さえる。
「WROの中では、局長のお相手としてヴィンセント派とシャルア派に分かれて大変な論争が起こっているのであります!」
「……それで盗聴器か」
「ご安心ください!我々グラスランド部隊は徹頭徹尾、お二人の幸せを祈念しております!」
ヴィンセントは疲れたようにため息をついてリーブを振り返った。
「殴ってもいいか?」
「それでは何の解決にもならないでしょう。放してあげてください」
ヴィンセントはもう一度ため息をつき、つるし上げていた隊員を外に放り出した。
隊員たちは物線を描いて飛んできたリーダーを受け止め損ね、揃って芝生の上に転がっている。
「帰る」
不機嫌さを隠そうともせずヴィンセントは隊員たちに背を向けた。
「え?」
「これ以上くだらん騒ぎに巻き込まれるのはごめんだ」
「そ、そんなぁ!」
隊員たちはわらわらとヴィンセントに取りすがった。
「せっかくのハネムーンじゃありませんか!それをどうして…」
捨て身で抗議したリーダーの頭をぽかりと殴り、ヴィンセントはますます憮然とする。
だが隊員たちはそれにひるむ様子もない。彼の両手両脚に絡みついて嘆願を続ける。
「我々グラスランド駐屯部隊が総力を上げてお二人を邪魔者から護衛いたします!」
「むろん、お二人の邪魔にならないように作戦はひっそりと、慎重に実行いたします!」
「これ以上お騒がせすることはありませんので、どうか、局長と親密な時間をお過ごしください!」
「…もういい。黙れ」
お前たちこそが最大の邪魔者だと、短時間でHPを根こそぎ削り取られたヴィンセントはうんざりして首を振った。
どうしてこの連中は論点が明後日の方向にすべって行ったきり、修正がきかないのだろう。
監督責任者であるリーブは、リビングのソファで笑い死にしている。
「リーブ。不良隊員を放置するなら勝手に粛清するぞ」
「いえいえ、ちょっと待ってください」
ようやく起き上がって来たリーブが、唇の端に笑いの余韻を残しながらも事態の収拾に乗り出した。
「私のプライバシー侵害もそうですが、ヴィンセントにまで迷惑をかけるのは感心しませんね」
局長直々のお小言をもらった隊員たちはさすがにしゅんとする。
「せっかくの休暇なのですから、少しゆっくりさせてもらえませんか」
「…はい」
「申し訳ありませんでしたっ」
姿勢をただして敬礼し、これ以上お邪魔をしてはと見当違いな気を利かせた隊員たちはぞろぞろと別荘を出て行った。
「我々は少し距離を置きまして、お二人を見守らせていただきます!」
「よい蜜月を!」
マテリアブースターをつけたファイガでも食らわせてやろうかと思いながら、グラスランドエリアを走るには大仰なシャドウフォッ
クスを見送ったヴィンセントは釈然としない。
リーブが口にしていた「ハネムーン」という単語が、駐屯部隊の兵の口からも出るのはどういうことなのか。
その訳に考えをめぐらせて、彼は唇をへの字に曲げた。
興味を引きそうなキーワードをわざとばら撒いて相手に行動を起こさせ、出てきたところを叩く。
自分のプライバシーをネタに騒いでいる隊員たちにお灸をすえるため、ヴィンセントという劇薬を使ったリーブの荒療治の可能
性はないのか?
証拠があるわけではないが、食えない局長の温和な笑顔にカモフラージュされた策士ぶりを彼はいやと言うほど思い知らされ
ている。
「どうしました?そんなところに立ったままでいないで、戻ってきてください」
再びソファに陣取ったリーブは戸棚から出してきた真新しいコニャックのボトルを掲げて見せる。そのぬけぬけとした微笑に
彼は自分の予感が的中していたことを感じた。
涼しい顔でグラスに琥珀色の液体を注いでいるWRO局長を眺めて、ヴィンセントはこのタヌキめと口の中で毒づくのだった。
幕開けは少々騒がしかったが、グラスランドでの休暇は平穏にのんびりまったりと過ぎて行った。
ヴィンセントはタークス時代を思い出したかのように、完璧にWRO局長の護衛を勤めた。
どこから聞きつけたのかWROの局長にちょっかいを出しに来る不心得者もいたが、彼はリーブ本人に悟られる前に捕らえグラ
スランド駐屯部隊に引き渡していた。
その際、、防衛ラインの脆弱さに一言皮肉を言うのは当然の権利というものだ。
リーブはいつもは読む時間がとれずにいた書物を持ち込んで、ソファで本の虫となった。
いつも大勢の社員や隊員たちに囲まれて指揮を取り続けていたリーブにとっては、静寂に包まれた得がたい時間だ。
仕事で寸断されていた思考がまとまり、自分とWROを見つめて未来に向けた計画を練ることが出来る。
そして構想を吟味するために聞き役を必要とする時には、ヴィンセントはリーブにとって最高の相手となった。
黙って耳を傾けるヴィンセントに話しながら、リーブは自分の考えや方針が急速に整理されてくるのを感じる。
時折返される鋭い指摘は、リーブの熱くなりすぎた頭を冷ましたり消沈した士気を奮い立たせたりした。
「…本当に、貴方が参謀としてWROに来てくれればいいのに」
嘆息するリーブの呟きに、ヴィンセントは表情も変えず瞬きをひとつするだけで拒絶する。
「一体何が気に入らないんですか?」
「WROが嫌なわけではない。組織と名のつくものに戻りたくないだけだ」
自分の意志と異なる「本社の方針」に従って後悔するのはもう二度とごめんだというのが、ヴィンセントの主張。
その理由が痛いほど分かるので、リーブは再び嘆息する。
「でも、WROでは最大限貴方の意志を尊重するのですがねぇ」
「それでは逆に組織として成り立たなくなるだろう」
特定の個人の都合ばかりを優先すれば、集団は求心力を失い瓦解する。
目的のために大勢の力が必要な場合、個人の意思や感情は犠牲になることもある。
その一部になりたくないだけで、組織というものを真っ向から否定しているわけではないとヴィンセントは答える。
気が向けば力を貸してやる。当分はそれで満足しろ」
『局長友人』というIDカードを発行された以上相応の協力はする、と唇の端を上げたヴィンセントは、オーブンのアラーム音に
呼ばれて立ち上がった。
午後の光が燦々と差し込む明るいリビングのソファに取り残されて、リーブはしばらく前から室内に広がっていた香ばしい匂い
に頬を緩める。
「今日のお昼は何です?」
「チョコボの香草焼きと温野菜」
「けっこうですが、貴方が作ってくれたわけではないんですよねえ」
「無論だ」
ヴィンセントはオーブンで温めた料理を皿に移しながら答える。
まだ熱いオーブンにロールパンを放り込んでおけば、焼きすぎることなくふっくらすると教えてくれたのは、料理を作ってくれた
牧場主のおかみさん。
そもそもヴィンセントがリーブの休みに同行したのは護衛のためではなく賄いのためだった。
だが、今のところその約束は実行されていない。
牧場主が、WROの局長が別嬪の社員を連れて保養に来ていると妻に喋ったのがことの始まりだった。
近所の牧童が回り持ちで御用聞きをするはずだったが、偵察のためにおかみさんは自ら乗り込み、ヴィンセントの社交辞令用
スマイルにみごとにハートを撃ちぬかれた。
いつもの胡散臭い赤マント姿ではなく、短髪に普通の服装というのが更に効果的だったようだ。
それ以降、毎日やってきては掃除と洗濯、食事の支度と甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
1日分の料理を作って行ってくれるので、昼食と夕食は温めればすぐに食べられるというありがたい状況になっていた。
そこまでの報酬は出していないのですがと気に病むリーブをよそに、面倒なミッションから解放されて喜んだヴィンセントが
珍しく愛想のいい応対をしたので、おかみさんのサービスの量と質は上がるばかり。
いつもは折り紙つきの無愛想なくせに、必要な時は実にみごとに自分の容姿を武器にしますねとリーブは苦笑する。
もっとも本人に言わせると、ちょっと笑ってみせたら協力が得られやすくなっただけだ、ということになるのだが。
「…相当なマダムキラーというかジゴロというか」
「何か言ったか」
「いいえ、何も」
ジゴロだってそれなりの労働をするはずだが、ヴィンセントは笑顔ひとつで相手に貢がせるのだからタチが悪い。
リーブはテーブルに着いてナイフとフォークを取り上げた。
「約束をまだ果たしてもらっていませんよね。WROに帰ってから私の専属シェフになっていただきましょうか」
「…何の話だ?」
「また聞こえないフリですか!明日みんなが集まったらそんなことは言っていられなくなりますよ」
バーベキューの時にはちゃんと働いていただきますから、というリーブの言葉をヴィンセントは鼻であしらう。
「シドやユフィがいて、私の出る幕などあるわけがない」
「何のために5日間一緒に来てもらったと思っているんですか」
「護衛はちゃんとしているだろう」
「……はいはい。確かに近隣のファームの害獣駆除までしていただいてますとも」
リーブは苦笑とともに首を振った。
メスのチョコボを狙って侵入してくる繁殖期のレプリコンや穀物倉庫を荒らしにくるエレファダンクなどを、ヴィンセントは何度か
退治している。
そのお礼として届けられたステーキ用の上等なチョコボ肉が明日の出番を待って冷蔵庫の中で眠っているのだった。
物騒なはずの元タークスは意外とグラスランドの地域住民に好意を持って受け容れられている。
この調子でWROにも定住してくれるといいのですが、とリーブは秘かにため息をついた。
「おらおらおら、どいてねえとヤケドすっぞ!」
「シド、お酒かけすぎ!」
「いいんだよ、火でアルコールなんざ飛んじまうんだから」
「ねえ、肉焦げてる!」
静かだったリーブの別荘は戦場のような騒ぎになっていた。
庭に広げられたバーベキューセットを囲んで、仲間たちが集まっての野外パーティはいまや宴もたけなわだ。
予想通り、首にタオルを巻いたシドはトングを手にしたまま火の前を離れない。
分厚いチョコボステーキを鉄板で焼き、仕上げにバーボンをボトル一本分惜しげもなく肉に振りかけて行く。
青い炎がめらめらと肉を包み、表面に旨そうな焦げ目をつけた。
「よっしゃ!焼けたぜ。皿持って来い!」
「うおお、うまそうだな!」
「野菜も焼けてるよ〜」
バーベキューとなれば黙ってはいないシドとユフィがその場を仕切り、次々と焼けた肉や野菜を差し出される仲間たちの皿に
乗せて行く。
ティファは手際よく汚れた鉄板を掃除して新しい油を伸ばし、クラウドとバレットは黙々と食べることに専念している。
野営に慣れた彼らにとってバーベキューは馴染みの食事風景だ。
「ほら、シェルクもどんどん食べな!」
「あ、いえ、そんなには…」
「いいから遠慮はなし!」
まだこのノリには付いて行けていないシェルクの皿にも、ユフィはチョコボステーキと野菜を積み上げる。
皿からはみ出しそうになったそれを、マリンが一部自分の皿にひきとり、そこへマリンの分も大量にもらってきたデンゼルの肉と
ポテトが追加され、落ちるのこぼれるのと大騒ぎだ。
「この赤は少し癖があるんですが、ペリエで割るとバーベキューに合うんですよ」
「ホントだ。脂っこい肉の後に飲むと美味いな」
リーブとシャルアはいとも自然に並んで、喧騒と料理とワインを楽しんでいる。
人の上に立つことの多い二人にとって、上下関係のないこの集団の中は気楽で居心地がいい。
リーブは活気にあふれた英雄たちの健啖家ぶりを目を細めて眺める。
「このポテト、もう少し焼いた方がいいよね」
「あー!かじったのを鉄板に乗せちゃ駄目!」
「トウモロコシはいつ焼くの?」
「こっちのタレもおいしいよ、食べてみ」
「オレが焼いといた肉取ったやつぁ誰だ!」
「でもオニオンが利きすぎて、ちょっとなあ」
「ビールもうないのか?」
「皿、もう一枚くれ」
「瓶を火のそばに置いたら温まっちまうじゃねえか!」
「この肉、旨いな〜」
「私のコップ知らない?」
「オイラ、タレなしでレアで焼いたのがいいなあ」
一体誰が誰と話しているのか、会話が成立しているのか、誰もそんなことは気にしていない。
口いっぱいに料理を頬張って噛んで飲み込み、飲み物を口にする合間に喋りまくる。
ナナキは味付けの濃いバーベキューに閉口し、ティファに直火で炙ってもらった骨付きチョコボ肉にかぶりついている。
ユフィはアルミホイルで包んだガーリックバターつきバケットを赤く燃える炭火の中から引っ張り出し、ナイフで大雑把に切り分
けた。
「パン食べたい人〜。早いもの勝ちだよ〜!」
「そうじゃなくて、人数分に切り分けろよ」
「普通のバターのパンがいいな」
「オレも」
「今焼くから待ってて」
ティファは子供たちの要望に応じて、巨大な鉄板の一部でパンやトウモロコシなどを焼いてやっている。
首に巻いたタオルで汗をぬぐい、大ぶりの紙コップでビールを一気飲みしたシドが、野菜や肉を大盛りにした皿を手にリーブ
のそばへやってきた。
「おう、休暇はどうだ」
「おかげさまで羽根を伸ばさせてもらってますよ」
「ヴィンのヤツはホントに飯作ってんのかよ?」
「いえ、それは残念ながら」
リーブは笑いながらヴィンセントが近所のファームの協力をたくみに取り付けたことを話した。
シドは口笛を吹いて感嘆してみせる。
「あの無愛想野郎がそんな味なマネしやがるとはな」
もっとも、ロケット村でもしょっちゅう物もらってたなとシドは短い同居期間を回想する。
シエラが不在の数ヶ月間、シドの家にヴィンセントが居候していたが、その時にわかにロケット村婦人会なるものが結成されて
ヴィンセントは会合に引っ張り出されたり手作りの料理やら旬の果物やらのプレゼント責めにあったりしたのだった。
「グラスランド婦人会もできるんじゃねえか?」
「どこか女性の庇護欲をそそる部分があるのかもしれませんねぇ」
「肝心のルクレツィア博士の庇護欲は何故そそらなかったんだろう」
「きっついな、おい」
「…シャルアさん、ちょっとそれは」
「あ、すまん。言い方が悪かった」
「ところで、そのヴィンはどこにいった?」
「…ここにいる」
不機嫌な声にシドが振り返ると、胸当てつきの黒いエプロンをつけて巨大なボウルを抱えたヴィンセントが憮然とした表情で
中身をかき回していた。
あまりに不似合いな姿にシャルアが小さく吹き出し、慌てて片手を振りながら謝罪する。
「すまん、いや、なかなか似合っているぞ」
「本日の主役が来ましたね」
「何つくってんだ、そりゃ?」
「チョコボのオムレツ」
左右から覗き込むシドとリーブを邪魔だと押しやって、ヴィンセントはボウルの中身を泡立て器でかき混ぜ続ける。
食材の余りを細かく刻んでブイヨンで煮込み、これももらいものの巨大なチョコボの卵を2つぶち込んで作った残飯料理だ。
一応、珍しい黒トリュフが荒く刻んで混ぜ込んであるので、高級料理と言い張ることもできる。
ちなみにこのトリュフも近所からのもらいものだ。
「それは渡したレシピにはないものですよね?」
「…適当に考えた」
シェルクが目を丸くするのにヴィンセントは即答してそれ以上の発言を封じた。
具沢山のオムレツはルクレツィアの好むものだったが、ここでその話をされるのは避けたい。
「よくそんなに大きなボウルがありましたね」
「チョコボの飼料を配合するのに使うものを借りてきた」
「…それって、オレたちはチョコボと同じ扱いってことかよ?!」
「食欲だけなら同等と言えるだろうな」
ちゃんと洗ってから使っている、嫌なら食うなと言い放つヴィンセントは相当投げやりになっているようだ。
「すごーい。オムレツ大好き!」
「これでチキンライスがあればオムライスになるのに」
「…それはティファに作ってもらってくれ」
無邪気に喜ぶ子供たちの前では舌鋒の鋭さを欠く彼の隣で、ユフィは意地の悪い笑みを浮かべている。
「エプロン似合うじゃん。いいお嫁さんになれるよ!」
「うるさい。お前は食わなくていい」
「ひっど〜い!それ反則!」
そんなこと言うなら写真とってやると脅迫するユフィの携帯に向けて、ヴィンセントは泡立て器を軽く一振りする。
カメラのレンズを卵が直撃し、ユフィのわめき声と周囲の爆笑がその場の空気を振るわせた。
もういい加減焼いてしまいたいのに、仲間たちにつつかれからかわれ、ボウルを抱えたにわかシェフは一向に鉄板にたどり着け
ない。
見かねたティファが助け舟を出した。
「ヴィンセント、鉄板きれいにしてあるわよ」
「すまない」
一同が面白そうに見守る中、ヴィンセントは油を引いた熱い鉄板の上に巨大なボウルの中身をぶちまけた。
黒い鉄板が一面黄色に染まる。
鉄製のへらを両手に持って、ヴィンセントは平らに拡がった卵をまとめて筒状にし、人数分に切り分けた。
戦闘で培われた息の合ったタイミングで差し出される仲間たちの皿に、次々とオムレツを載せていく。
熱い鉄板で焼かれた外側はほどよく焦げ目が付き、内側はとろりと半生状態。
しかもヴィンセントが力任せにホイップしたおかげで空気を含んでふんわりとしている。
最後なのだから何か料理を作ってみんなに披露しろと迫られたヴィンセントが、渋々選んだメニューがこれだった。
「旨い!」
「黒トリュフ、初めて食べました」
「たかがオムレツと思ったが、これは旨いな」
「コスタの郷土料理でこれに似たものがありますよね」
「赤ワインに合いそうな味よね。ヴィンセントらしいわ」
「言っておくが、これで終了だ」
そろいも揃って健啖家の仲間たちに釘をさし、盛り上がっている彼らを尻目にヴィンセントは室内に戻った。
ボウルをシンクに放り込むつもりだったが何だかどっと疲れて目の前のソファに座り込む。
何故自分はエプロンなどつけてボウルを抱えているのだろう。
無邪気においしいと喜ぶ仲間たちを目にすれば悪い気はしないが、それより疲労感の方が大きい。
持っていた泡立て器を無意識にホルスターに入れようとしていたのに気付いてため息をつき、余計に疲れて目を閉じる。
仲間たちが楽しんでいる姿を見ているのは好きだ。だがそこで自分が何かをしようとは思わない。
こんな茶番はこれで終わりにしてもらいたい。
汚れがこびりつかないうちにボウルを洗わないと、と思いながらも動く気になれず、ヴィンセントはソファに深く身を預けた。
遠くに聞こえる仲間たちの騒ぎ声が心地よく耳を通り過ぎていく。
「ヴィンセント?アンコールが来ていますがどうしますか」
さっさと室内に逃げ込んでしまったシェフをさがしてリビングに入ってきたリーブが見たのは、巨大なボウルを膝に抱えたまま
ソファで眠り込んでいるヴィンセントの姿だった。
エプロンを付けっぱなし。バーベキューで汚れることを見越したラフな服装で居眠りしている彼は、休暇の間リーブの護衛を
勤めた敏腕のSPと同一人物とは思えない。
その上危険には聡いはずなのに、警戒を解いているのかリーブが側に寄っても一向に目を覚まさない。
百戦錬磨の戦士のあまりにも無防備な姿に目を丸くしていたリーブは、やがて目尻を下げて笑みを浮かべる。
「…確かに、庇護欲をそそる面もあるかもしれませんねぇ」
力の抜けた腕からボウルを取り上げたリーブは、氷を取りに入ってきたシドを振り返ると人差し指を立てて唇に当てた。
怪訝そうに首をひねりながらそばに来たシドは両手を腰に当てて口笛を吹き、再びリーブにたしなめられる。
ギャラリーが二人に増えても、ソファの上の寝息は穏やかなまま。
「戦闘不能になるほどの大技を披露した、ってことかよ」
「そのようですね」
「ケッ、だらしのねえ。叩き起こしてやるぜ」
まあまあ、寝かせておいてあげましょう、とリーブは前に出ようとしたシドをやんわりと制した。
「何でえ。やけにお優しいじゃねえか」
「ロゼワインの栓でも開ければ起きてきますよ。少しぐらい仮眠してもいいでしょう」
怪訝そうなシドに笑いかけ、リーブはヴィンセントの寝顔に柔らかな視線を送る。
彼がこんな無防備な姿を見せてくれることが、仲間には心を許している証のようで妙にうれしい。
人には馴れない野生の魔獣が自分の手からは餌を食べたような、そんな誇らしげな気持ちにさえなる。
「シッド〜。氷まだぁ?」
騒がしい忍者娘がポーチで呼ばわっている。
「おう、今行くぜ」
シドはアイスバケットに氷を山盛りにして外へ向かいながらリーブにウインクを送って寄こした。
「せいぜい手馴づけてWROに引っ張り込むんだな」
オレもその方が色々と安心だしな、と言って出て行ったシドを見送りながらリーブは苦笑する。
ヴィンセントがWROに腰を落ち着けてくれれば安心だというのは、仲間たちの共通した思いでもある。
ひとつには、敵対する勢力の標的になるリーブの安全が格段に保証されるようになること。そしてもうひとつは、すぐに行方
不明になるヴィンセントの所在が分かるようになること。
「そう簡単に話が進めば、私も苦労はしないんですよ」
それでも、そばで安心して昼寝を決め込んでいるヴィンセントの姿を見ると、今はこれでもいいかという思いが湧いてくる。
リーブは口元に浮かべた苦笑を微笑に変えて、いつも自分が愛用しているひざ掛けをそっと相手にかけてやるのだった。
syun
2010/1/23
…大した話でもないのに製作期間が5ヶ月近くという驚きの話であります。おかげでタイトルが「夏休み」から「秋休み」に変わり「冬休み」
にするには中身があまりにもそぐわないということでこのまま行ってしまえという横暴ぶり(笑)製作期間の長さを反映して内容もやや冗長な
気もするのですが、ここを書き直していると最後にはボツになると思うのでこのままアップいたします。「夏の思い出」「IDカード」と拍手SSの
後に続く4部作の最終話となりますが、お楽しみいただけましたでしょうか?もともとは全く続ける気などなかったのですが、感想を頂いたり
して調子に乗ると連作になるという自分の傾向を再認識いたしました(笑)うちのヴィンさんはすっかり「料理の出来る人」になって、かなり
デフォとずれた気がいたします。