秋晴れの空






 空は晴れていた。

コスモエリアの空気は乾いて、その中にそこはかとない秋の気配を漂わせる。

オメガ戦役のあと、20年の月日が流れ去っていた。WROは巨大な組織に成長し、英雄たちは代替わりする。
自分の役目は終わったとばかりに、ヴィンセントはリーブが実務を離れ名誉会長になったと同時に出奔した。
彼を慰留していたリーブは、置き去りにされた辞表を苦笑とともに受理する。
何だかんだと文句を言いつつも、これだけ長期間リーブを支え続けてきたのは彼なりの友情の証だったのだろう。

その書類へのサインが、局長としての彼の最後の仕事になった。






当てのない彷徨の途中で、ヴィンセントはふらりとコスモキャニオンに立ち寄った。
谷の人々の素朴な歓待を受けたが、訪ねるつもりだったナナキはロケット村に行っているという。

彼は何年か前に星に還った長老たちの墓標に詣で、赤茶けた巨大な岩の頂上から谷の風景を眺めた。
強い風が彼の長髪をなぶっていく。
谷の其処此処には相変わらず風車が回り、人の生きる糧となるエネルギーを生み出している。魔晄や機械文明に頼らない
からこそ、何年何十年も同じ営みを続ける谷の暮らし。

そのたたずまいはヴィンセントがタークスの頃から何ら変わっていない。
魔晄の利用が全くできなくなった時、残っているのはこの町だけかもしれない、と彼はぼんやり考えた。



彼の耳に、鋭い空気の振動音が伝わってくる。
谷を吹きぬける風を楽しんでいたヴィンセントは瞳を開いて、音の方向を振り仰いだ。
傾き始めた太陽を背に、ポツンと黒い影が蒼穹に浮かぶ。

「…やはり来たか」

来訪者の予測をしていた彼は軽いため息をついて苦笑を浮かべる。
空の影は徐々に大きさを増し、やがて小型飛空艇の姿となった。
深紅の翼に「Tiny Bronco」とペイントされた飛空艇は、彼の上空で急旋回し、強引に荒野に着地する。
荒削りながら美事な操縦の腕前は、伝説のパイロットの名前を思い出させる。
だが、コクピットから顔を出したのは20歳前の金髪の娘。

「親父からの伝言!毎年手間をかけさせんなー!だってー」

彼女は身軽く飛空艇の上に立つと、ヘルメットとゴーグルをむしりとって叫んだ。
切り立った岩の頂上を椅子代わりに座っていたヴィンセントの笑みが深くなる。


シーダ・ハイウインド。
シドの双子のうちの一人だ。

ハイウインドの家に生まれたからには、男はみんな飛空艇乗りに育てるという父親の方針を、この双子はみごとに打ち砕いた。
双子の兄シドニー・ハイウインドは母に似たのか慎重な性格で、小さい頃から機械いじりが大好きだった。
人口が増え、発展したにも拘らず「ロケット村」と呼ばれ続けている町は、飛空艇をはじめとした乗り物の工房が多数ある。
シドニーはそこで機械工学を学びながら、シドの工房を手伝っていた。彼の慎重で確かな仕事ぶりは周囲の信頼を集め、
「シエラの跡継ぎ」ともっぱらの評判だ。


妹の方は掛け値なしのじゃじゃ馬娘。
父親の飛行センスをそっくり受け継いだのは彼女の方で、兄が設計した小型飛空艇を乗り回している。
最近は艇にバルカン砲をつけて、時折ニブル山から飛来してくるモンスターを撃退しているらしい。


手にしたゴーグルを振り回しているシーダを見て、ヴィンセントは岩からひらりと飛び降りた。
シーダは翼の上に片膝を立てて座り、父の友人と握手を交わしながら男のような表情でニヤリと笑う。

WROを定年退職したってホント?ますます連絡がつかなくなるって親父がぼやいてたよ」
「定年退職というなら、もっと早く解放されてしかるべきだろうな」

言われたシーダは首をひねって指を折り始める。
外見は彼女よりも10歳ほど年長位にしか見えないヴィンセントの実年齢は、何度数えてもぴんとこない。
家にある写真では、年齢を重ねていく父やその友人の中で一人だけ時の流れから取り残されている彼がいる。
もっとも、彼女はそういう存在として彼を認識していたので、今更違和感も疑問もない。
ただ、小さい時から知っているこの父の友人を、自分はいつか追い越して年をとっていくと思うと不思議な気がする。

毎年同じ日に、自分も彼も1つずつ年をとる。
しかし、背が伸び体つきがかわり表情も大人っぽくなっていく彼女に比して、彼は容貌に何ら変化を起こさない。

『お婿にするにしても、外見年齢がどんどん開いていくっていうのはちょっとねぇ』

夫が息子になり孫になりというのはいただけない。若く端正な容貌を持つ父の友人は彼女のお気に入りではあるのだが、
残念ながらそれ以上になりそうになかった。


「それよりメール見なかったの?今日のパーティのこと、大分前に送ったんだけど」

シーダはここに来た目的を思い出し、肩をそびやかしながらヴィンセントを見やる。
言われたヴィンセントは、そう言えば、と言いながらポケットから携帯電話を取り出した。

「…すまんな。電池切れだ」
「いったいいつから切れてるの!?」

メールは少なくともひと月以上前に送ってある。

「今日はあたしたちの誕生日でもあるのよ!主役のあたしが迎えに来てるのよ!」

シーダはぶんむくれる。

シドの狙いに運命の女神が少しばかり手助けをした結果、双子の誕生日はヴィンセントと同じだ。
迎えなど頼んだ覚えはないのだがと思いながら、ヴィンセントはとりあえず謝っておくことにする。
多少機嫌を直した彼女は、予備のヘルメットを投げてよこした。

「お詫びにパーティにはつきあってもらうからね」

今年18になる彼女のために、シエラは深紅のドレスを用意したのだという。
ドレスに合わせたハイヒールで歩くには、適当な男の腕につかまって歩かねばバランスを崩して転がることになる。
日ごろ頑丈なブーツで吹っ飛んで歩いているシーダにとって、ハイヒールは立派な拘束靴だ。
ヴィンセントに無理やりエスコート役も承知させ、ようやくシーダは機嫌をなおした。

「よっしゃー、ロケット村までぶっ飛ばすぞー! ちびらないようにパンツ押さえといて!」

口が悪いのも、偉大な父ゆずり。

「…その様子では、エスコートが必要とは思えんな」
「なんか言った!?」

彼女はヴィンセントを軽く睨むと、飛空艇を一気に空へと駆け上らせた。
手際のよい操縦は、見ていて小気味よいほどだ。



「村についたら飛行機雲でハッピーバースデーって書こうか?」
「酔うからやめてくれ」

茜色に染まり始めた空を、それよりも更に赤い飛空艇が一文字に切り裂いていく。

気の早い一番星が、爆走するじゃじゃ馬を優しく見送っていた。







syun


初出     2008/10/13
加筆修正  2008/12/28






2008年、ヴィンセントの誕生日SSです。シドの双子とヴィンさんが同じ誕生日という設定を勝手に作っていたので、それを流用しました。
創作キャラのシーダが好評を頂いて喜んでおります。短時間ですら〜っと書けた珍しいものです。加筆修正も殆どなしというのも珍しい。
悠久の時の流れとコスモキャニオンというのは何だかしっくりくるし、秋風に髪を任せながら空を眺めるヴィンさんというのも風情があって良い
かもしれません。自分で作っておきながらけっこう気に入っているSSです。






thanks.