9杯目のラーメン





 空は晴れていた。
さわやかな風が草原の草葉や小枝を揺らし、空気は乾いていて、絶好の遠出日和と言えた。
「うそから出たまことってのは、このことだよな」
アウトドアにしては豪華なランチの後、大あくびをして草の上に寝転がったシドが、胸のポケットからタバコを取り出して
口にくわえる。

「婦人会、なんてわざとらしいもの作りやがって。こっちはいい迷惑だぜ」
 モンスターが出るから護衛についてきて欲しいと「婦人会」から要請され、シドは休みを潰して付き合うはめになった。
彼の視線の先では、ロケット村の女性たちが野生のベリー摘みに夢中になっている。元神羅社員であり、航空エンジニ
アや設計士でもある彼女たちを、このような牧歌的な風景へと導いたのは、これも元神羅社員であるヴィンセント・ヴァレ
ンタインの影響であった。


 メテオ災害の後、一時的にシドの家に滞在することになった彼を、ロケット村の住民は熱烈に歓迎した。その端整な
容姿に惹かれた女性たちは、何かと口実を作っては彼と接触したがり、「婦人会から」と称して果物や手料理を持っては
シドの家を強襲した。
 当初は辞退していたヴィンセントだったが、入れ替わり立ち代り訪問する彼女たちを断るのに疲れ果て、今では黙って
受け取るようになっている。彼の元に届けられた様々な食材は、主にシド・ハイウインドの胃袋を満たすこととなっていた
のだった。



 空に向かって煙を吐いているシドの上を、背の高い影が通り過ぎた。肩にかけていたライフルをはずし、シドと並んで
草の上に腰をおろす。

「首尾は?」
「3匹。シチューにして届けてくれるそうだ」
 女性たちに依頼され、丸々と太ったウサギを仕留めてきたヴィンセントは、小さなため息をついて立てた片膝の上に
腕を乗せた。「護衛」として引っ張りだされた彼は、それよりもベリーをとるために高い木の枝を押さえたり、頼まれてウサ
ギを撃ったり、山のようなランチを勧められ、その感想を求められたりと忙しかった。

「この分なら、護衛はあんたひとりで大丈夫だろう。帰ってもいいか?」
「駄目に決まってんだろ」
「依頼されたのは、あんただろう」
「あいつらの目当てはおめぇなんだからよ。町内会費だと思ってあきらめろ」
「…金を払ってすむなら、そうしたいのだが」
「婦人会のみなさまに聞いてみな」
 駄々をこねるヴィンセントにシドはトドメの一言を放つ。ヴィンセントは二度目のため息をつき、勝ち目のない論争を
あきらめた。立てた片膝の上に頬杖をつく彼の長い髪を、柔らかな風がなぶっていく。護衛とは彼らを引っ張り出すため
の口実であったし、野生の果実をたわわに実らせる茂みは村から近距離だったので、武器を用意はしたが二人とも旅の
時とは異なる軽装だった。

「まあ、たまにはいいんじゃねえか。こういうのも」
 吸いきってしまった煙草を地面でもみ消して、シドが大きくのびをする。そのまま昼寝を始めた彼を見下ろして、ヴィン
セントは微笑を浮かべた。シドの家に居候を決め込んでいるとはいえ、お互いに長期に家を空けることが多く、一緒に
休日を過ごすことなど珍しい。婦人会のお守り付きではあったが、ニブル山麓の林に接した草原は広々として気持ちよく
確かに悪くない休日の過ごし方と言えた。




ベリー摘みを堪能した女たちが、三々五々集まってくる。そろそろ村へひきあげようか、というその時、背後の林ががさ
がさという音を立て、野生のチョコボが飛び出してきた。

「あ、チョコボ!」
「ヴィンセントさん、捕まえて!」
 チョコボは女性たちに気付くと慌てたように方向を変え、逃げ去っていく。座り込んでいたヴィンセントが弾かれたように
立ち上がったのは、彼女たちの声に答えたからではなかった。夕日色の瞳が鋭さを増し、チョコボの飛び出してきた林を
凝視する。

「…シド、起きろ。ニブルウルフの群れだ」
ヴィンセントの警告にシドが飛び起きるのと、長く尾を引く遠吠えが響くのが同時だった。茂みの中から飛び出してきた
先頭の一頭が、ヴィンセントのライフルに眉間を撃ち抜かれて絶命する。次々と続いてくるニブルウルフの群れは、追っ
ていたチョコボよりも逃げ足の遅い獲物に標的を切り替えたようだ。用心深く、こちらの様子を伺いながら包囲するように
にじり寄ってくる。

「婦人会」の面々は手早く荷物をまとめ、護身用の拳銃や短剣を手にしていた。
「荷物なんか放っとけよ!村へ連絡は?!」
「だって艇長、せっかくの収穫もったいないじゃない」
「連絡はもうしたわ。だからバギーで来ればよかったのよ」
「それじゃハイキングにならないでしょ。ダイエットはどうしたのよ」
「あーうるせえ!気が散る!」
 シドは怒鳴りながら槍を振り回し、飛びかかってきた二頭を一度に屠った。女たちも、威力は低いものの拳銃で獣の動き
を牽制する。自分の周りの女性たちは、何故こうも豪胆なのだろうと思いながら、ヴィンセントは次々とライフルでニブル
ウルフたちを仕留めていく。


「よーし、みんな固まったままゆっくり村へ向かえ。走るんじゃねえぞ」
 獲物の手ごわい反撃に、ニブルウルフの群れは包囲の輪をふた周り大きくしていた。しんがりをシドとヴィンセントが
務め、一同はそろそろと撤退を始める。

「あ! ウサギ置いてきちゃった!」
50メートルほど離れた場所に置き去りになっているバスケットを目指して、娘の一人が飛び出した。ニブルウルフたちは
絶好の標的に照準を合わせる。

「危ねえ! よせって!」
 護衛の二人は素早い視線の取り交わしで分担を決めた。黒い影が草原を疾走し、獣の群れの中に飛び込んでいく。
バスケットを手にした娘に飛びかかった一頭が、ヴィンセントの銃で頭を撃ち抜かれる。自分の身を盾にして彼女を庇っ
たヴィンセントの右肩に、ニブルウルフの牙が深々と食い込んだ。バトルスーツならば多少は防御できたが、今彼が身に
着けているのはありふれたジャケットだ。銃を持つ腕の動きを封じられた彼の太腿にも、別の一頭が喰らいつく。
 左手に銃を持ち替えて続けざまに二頭を仕留めたヴィンセントだったが、肩の筋を傷つけられたため右腕が利かなくなっ
ていた。引き裂かれた服の狭間からは鮮血が次々と草の上に滴り落ち、その匂いに刺激された獣たちがゆっくりと包囲を
縮めてくる。片足を引きずりながら背に娘を庇い、ヴィンセントは獣たちと睨み合う。仲間を呼ぶ遠吠えが再び草原に響き
渡り、林から一頭、また一頭とニブルウルフが姿を現した。

「少々無謀だったな」
「…ご、ごめんなさい」
モンスターを恐れない強気の娘も、自分のために傷を負ったヴィンセントを見上げて蒼白になっている。
到着したバギーや輸送車に女性たちを乗せて、こちらへ走ってくるシドを視野の隅に入れながら、ヴィンセントはニブル
ウルフの方へと向き直った。

「私が囮になる。シドのところへ行け」
 おびえたように目を見張る娘も、彼の断固とした態度にバスケットを抱きしめて小さくうなづいた。獣を刺激しないように
ゆっくりと後ずさりしながら遠ざかって良く。

 彼女を見送ったヴィンセントの瞳と全身が、金色の光を宿した。





「ニブルウルフ程度に、リミットブレイクするヤツがいるか?」
「数が増えたのでな。その方が手っ取り早い」

 シドの運転するバギーで、二人は村を目指していた。ニブルウルフの群れはガリアンビーストの吐く炎で、一網打尽に
されていた。ヴィンセントが変身した異型の獣の姿を見た女性たちはやや寡黙になり、機材輸送用の車の方に乗り込ん
でいる。ナビシートに収まったヴィンセントは、服の破れこそそのままだが、変身後の常で肩と太腿の傷はすっかり癒え
ていた。

「それもそうだがよ…。あいつらを牽制しようってのが本音じゃねえのか」
「ああ。これで護衛の依頼はこなくなるだろう」
 どこか安堵した口調でヴィンセントは答える。シドはハナを鳴らして不賛成の意を表した。
「どうかな。あいつらそんなしおらしいタマじゃねえぜ」
「だが…」
反論しようとしたヴィンセントの腹が、本人も口を閉ざして赤面するほど盛大に鳴った。シドが吹き出してハンドルを片手
で叩く。

「そうか、ブレイク後だもんな! 腹へってんだろ」
「…分かっているなら急いでくれ」
「けどよ、今日はまだ買出し行ってねえぜ。待てるか?」
「待てない」
「ったく、しょうがねえな」
舌打ちして顎の先を掻いたシドは、何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「じゃあよ、ラーメン食いにいこう」
見えてきたロケット村の入り口へ向けて、更にアクセルを踏み込む。
「最近ウータイから移ってきたヤツがいてよ。けっこううまいぜ。それに、10杯食うと只にするって言いやがるんだ」
今まで食えたヤツはいないが、リミットブレイク後のヴィンセントならいける、とシドは言葉を重ねる。
「同じ料理を10杯も食べるのはごめんだ」
「まあそう言うなって。大体おめえ、こういう時はいつも質より量じゃねえか。」
「………」
 その点は事実なので、ヴィンセントも言い返すことが出来ない。バギーはスピードを上げて、村の中へと走りこんでい
った。




 バギーを持ち主に返し、集まっていた村の面々にざっと状況を話して安心させてやると、二人はその足でラーメン屋へ
向かった。

 ロケット発射台そばの空き地にトレーラーを改造した店が構えられており、ウータイからやってきた男がラーメン屋を
営んでいた。あちこちの地を回ってきたがこのロケット村が気に入り、今は店を持つための資金集めをしているという。
この店の激辛ラーメンをシドがいたく気に入り、度々足を運んでいることから、村中にその存在が知れ渡っていた。
辛さの度合いは1から10まであり、シドだけが前人未到のレベル10を達成していて、余人の追従を許していない。


「艇長のおかげで繁盛しているよ」

「おう、そいつはよかったじゃねえか。早く店持てよ」
「ああ。…そっちのきれいな兄さんは新顔だね」
 注文を聞くまでもなく、店長はコップ二つに、ロケット村のご当地ビール「ハイウインド」を出し、客の前に並べながら
人懐こい笑みを浮かべた。7人も並べばいっぱいになってしまう席に、シドと並んで腰を下ろしたヴィンセントは黙って
目礼を返す。

「コイツが例の10杯に挑戦するからよ。悪いな。今日の売り上げにちょいと響くぜ」
ビールをコップに注ぎながら豪語するシドを、ヴィンセントは横目で睨んだが、無論何の効果もない。
「こんなに細い兄さんが?無理じゃないかね」
「今日は、大丈夫なんだよ」
シドの不親切な説明に首をかしげながら、店長は手早く仕事をし、二人の前に注文の品を置いた。シドはスープ自体が
真っ赤に染まった激辛味噌ラーメンとライス。ヴィンセントはシンプルな塩ラーメン。トッピングされた炒りゴマが、透明な
スープの上に浮いている。

「艇長のお連れさんだから、時間制限はなしにしとくよ」
 立ち上る湯気とスープの香りは、この上なく食欲をそそる。空腹を抱えた二人は同時にわり箸を割り、どんぶりの中身
の攻略にかかった。



「こんなに細い人が、よく食べるねえ」
 淡々と行儀よく7杯目を平らげるヴィンセントに、店長は呆れたように首を振った。噂を聞きつけた野次馬がトレーラー
を取り巻き、8杯目に取り掛かる挑戦者を興味深げに見守っている。ラーメンを食べる時にじゃまになる彼の長い髪は、
シドのゴーグルのベルトで大雑把にくくられていた。

「いつもはちびっとしか食わねえんだがよ。時々ドカ食いしやがるんでぇ」
「チョコボステーキの時も、すごかったよなあ」
野次馬の一人が茶々を入れる。
「でもさ、10杯分の売り上げがゼロになっちまうよ? オヤジ、大丈夫なのかい?」
別の野次馬の言葉に、9杯目をカウンターに載せた店主をヴィンセントがちらりと見上げる。
「まあね。でもこんなに食べてくれるのはうれしいから、それでいいよ」
「宣伝にもなったし、いいじゃねえか」
 自分の分を平らげたシドが、ビールのお供に漬物をつまみながら呑気に言う。確かに野次馬たちも、観戦しながら
あいている席で、入れ替わり立ち代りラーメンを注文していた。


「…ゲームオーバーだ」
9杯目を食べ終えたヴィンセントが、箸をどんぶりの上に揃えておき、コップの冷水を口にした。
「何だよお前! あと一杯だろ、こんなとこで止めんじゃねえよ!」
「悪いが、もう入らない」
「うそつけ!ここでやめたら、9杯分の金払うことになるんだぞ」
「言い出したあんたが責任を取るのだな」
席を立ったヴィンセントはゴーグルを外してシドに放り、店長に柔らかな微笑を向けた。
「いい味だった。早く店が持てると良いな」
「ありがとうございます」
彼の意図を明敏に察した店長も、笑みを深くする。周囲をかこんでいた野次馬から一斉に喝采が巻き起こった。
 やけになったシドが、「つりはいらねえぜ!」と叫んでギル紙幣をカウンターに叩きつけるのを横目に見ながら、ヴィン
セントは一足先にトレーラーを出て行った。




 帰る道すがら犬も食わない舌戦をひとくさり交え、家についた彼らを、ドアの前に置かれたバスケットが迎えた。
中には密閉容器に入ったウサギ肉と香草のシチューと、ワイルドベリーのジャム。それに、本日のお礼と、お詫びに明日
のランチをご馳走するという趣旨の紙が添えられていた。差出人は、いうまでもない。

 手紙を読んでため息をつくヴィンセントの隣で、シドが中の肉をこっそりつまみ食いした。
「シド、食べるのなら皿に移したらどうだ」
「固いこと言うな。んー、なかなかいい味だぜ。おめぇも食うか?」
「ああ」
「…やっぱり、もう一杯いけたんじゃねえか。何で途中でリタイヤしやがった?」
レンジで入れ物ごと温めたシチューを、深皿に取り分けながらシドがむくれる。
「あんたの気に入りの店だろう。損をさせるのは気の毒だ」
「そうきやがるか」
「開店を楽しみにしていたんじゃないのか?」
 笑みを含んだ声で揶揄しながら、ヴィンセントは先日ティファが土産に置いていったロゼワインのコルクを抜いた。
あの時は三人の食欲にあてられて気分が悪くなり、飲む機会を逸してしまったが、今日は健啖家のシドにもとことん付き
合える。

 上等のロゼワインと新鮮な食材を使ったシチュー。酸味の強いジャムは食後のデザートとしてヨーグルトにかける予
定だ。フルボトルのワインをあけた後、焼酎お湯割りの梅干入りに移り、ここのところ一緒に飲む機会のなかった二人は
結局夜明けまで飲み明かしたのだった。




 翌日、シドは二日酔いで起きられず、ヴィンセントが一人、婦人会のランチに無理やり連行されたのはいうまでもない。





                                                    2006/6/10
                                                                   
syun











また食べてますこの人たち。ラーメン話だけのつもりが、ロケット村の婦人会が再臨してしまいました。いやー書きやすかったです(笑)
ヴィンセントは自分からは動かない巻き込まれキャラというのが公式設定なので、彼を巻き込むリソースが必要なわけでして。
ウサギ肉シチューはLOTRのDVDを見ていて影響されました。おいしいのかなあ?9杯目でやめたヴィン。屋台の店主への思いやりに
見えますが、実は味に飽きただけです。なのに9杯も食べたのはシドへの嫌がらせです。

日記で速攻ボツにしたネタですが、見たいといってくださった方がいらしたので日の目を見ることが出来ました。
こんなのですが、sironaさんに捧げさせていただきたいと思います。どうぞご笑納くださいましね。ロケット村婦人会の名誉会員証つきです。
え、いらない?(笑)



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