三人の泥棒






「これが引き換え証と領収書ね。わかったわ」


 有能きわまる経営者の表情でティファは微笑んだ。
彼女の目の前には、長旅と戦闘で擦り切れたマントをまとった長身の男。

「夕方には届けるそうだ」
「ええ。ありがとう」

 ハロウィンに出したエピオルニスの料理が好評で、リクエストが多くて困るのよとティファは笑う。
カウンター席に座ったヴィンセントは黙ったまま供されたコーヒーを口に運んだ。

 逃げ足が速いため一般人には仕留めることの難しいレプリコン系モンスター。野生のため身が引き締まって肉の味が濃い。
その分高い売り上げに結びつくのは当然だ。

いつもはクラウドがフェンリルを飛ばして狩ってくるのだが、長期の配達の場合はヴィンセントに代役を頼むことがあった。

 彼は専用にカスタマイズしたライフルを片手にふらりとグラスランドに赴き、無造作に2,3頭を仕留めてくる。
回収してくると羽根むしりまでやらされると分かっている彼は獲物を放置してしまうので、ティファが別途に業者を手配しているの
だった。

セブンスヘブンで使うだけの肉を受け取り、残りの肉と羽毛を売りさばけば費用は十分に賄えお釣まで来てしまう。

もっともヴィンセントは使った弾の代金分しか報酬を受け取らず、しかも無駄弾は使わないのでまるでボランティアのようなものだ。
金に執着しない彼にとって報酬はどうでもよいらしかった。
世界をふらふらと歩きまわり食事もあまり摂らないヴィンセントの必要経費は、武器弾薬に関することぐらいだ。



「お昼はもう済んだの?」

質問の意味がわからないというように首をかしげるヴィンセントに、ティファは呆れたようにため息をつく。

「お昼どころか、食事というものを一体いつとったのかしら?」
「……先日、カームの宿でワインを1本空けたが」
「それは食事とは言わないの!」

小言を言いながらティファは手早くランチを用意する。

「新しくメニューに加えようと思うの。味見、してくれるでしょ?」

 仲間に対してすら妙に水臭いところのあるヴィンセントの攻略法を彼女は既に熟知していた。
差し出されたプレートに乗っていたのは、鮮やかな色のターメリックライスにたっぷりとかけられたビーフストロガノフ。
暖かな湯気とともにこくのある香りが立ち昇ってくる。

「スプーンの持ち方は、覚えてるんでしょうね?」

悪戯っぽい笑みとともに示された好意を、ヴィンセントは微笑寸前の表情で受け取った。





 ランチタイムが終わったばかりのセブンスヘブンはガランとしている。
子供たちが学校から帰っておやつをねだりに来るまでは、店に入ってくるものはいないはずだった。
しかし「準備中」のプレートが下げられているドアが、無遠慮に開かれる。

「ごめんなさい、まだ時間前なんです」

 カウンターを出てドアに向かったティファの営業用スマイルは、すぐに不審そうな表情に変わった。
ヴィンセントが視線を入り口に投げる。

 見た目の服装はエッジの住人たちと変わらない。
しかし、手に大型のナイフや改造銃を手にした男が三人、セブンスヘブンに押し入ってきた。

「おっと、兄ちゃん。動かないでもらおうか」

銃を持った男がカウンターにいたヴィンセントに向けて照準を合わせる。かつて神羅兵が使っていたハンドガンの改造品で、
ウォールマーケットでよく出回っていたものだ。

男はそのままヴィンセントに近づき彼の頭に銃口を突きつけた。普通ならそのまま相手の武器を取り上げるのがセオリーだが、
それ以上の行動を起こさないところに詰めの甘さが現れる。


コルネオの残党か、と、スプーンを動かす手を止めないままヴィンセントはあたりをつける。



「ギルをあるだけ出しな」

男の一人が古ぼけたトランクをテーブルに投げ上げた。磨かれたテーブルの上にもわっと埃が舞い上がる。

「こんなに沢山のギルなんかないわよ。悪いけど、うちは貧乏なの」

スプーンを置こうとするヴィンセントを視線で制し、ティファは臆した風もなく言い放った。両手を腰に当てて睨む彼女を男たちは
しんねりと眺める。


「じゃあ、アンタにうちで働いてもらうって手もあるなぁ」
「そいつはいいや」

男たちは下卑た笑いを浮かべる。

「そのうち『蜜蜂の館』みたいにでかい店にするからよ。アンタなら看板張れるぜ」

一人がティファの顎に手をかけようと腕を伸ばしたその時。

「ぐがっ!!?」

カウンターから飛んできたグラスがその男の顔面にヒットし、鼻骨を砕いた。
両手で顔を押さえてガラ空きになった腹部にティファの蹴りが決まる。男の身体は大きく吹き飛び、入り口のドアを道連れにして
外へ転がり出て行く。


「野郎!」

 至近距離で発砲された銃の弾を、ヴィンセントはまるで虫を追い払うようにガントレットで弾き飛ばした。
一瞬のうちに形勢が逆転して動揺する男の銃を叩き落し、左手の鋭い爪を相手の首に突きつける。

カウンターの上に仰向けに押さえつけられ、男は押し入る店を間違えたことを猛烈に後悔した。女主人もこの得体の知れない客も
何だか人間離れした強さだ。


 抵抗の気配が消えた相手を見てヴィンセントは再びスプーンを取り上げる。


「このアマ!」

二人目の男のナイフは空を切った。目標を見失って体が泳いだその背後から、ザンガン流師範クラスの拳が降ってくる。

「ぐぎゃぼっ!!」

カエルのように床に伸びる侵入者。
ティファは容赦なくその男も店の外に蹴り出した。



男を威嚇しながら悠々と食事を続けるヴィンセントに、二人目も叩きのめしたティファが戻ってきて呆れる。

「この状況でよく食べられるわねぇ」
「残すと後が怖いからな」

 どういう意味よ、と憤りながら、ティファは恐怖に涙を流している最後の男の襟首を掴む。
店の外に放り出そうとする彼女をヴィンセントが制止した。
首をかしげるティファに、何やら耳打ちをする。
女性格闘家にぶら下げられたまま一部始終を見守っている男は、不安でたまらない。

「二度とこの店に来ようという気が起きないようにしてやろう」

男を見据えながら薄い笑みを浮かべて、ヴィンセントは愛用のトリプルリボルバーを引き抜いた。







 その日の深夜。
帰ってこない仲間を案じさりとて怖くて店に近寄ることも出来ない男二人は、路地にじっと身を潜めていた。
闇マーケットで手に入れたハイポーションを飲んだものの、骨折やら打撲やらはもちろん完治などしていない。

その時、修理された真新しいドアが開いた。よろよろしながら出てくる一人の男の影。

二人は顔を見合わせると転がるように走りよった。

「だ、大丈夫か?」
「うああ〜、怖かったよぅ、疲れたようぅ!」

囚われの身になっていた男は、安堵したためか周囲をはばからずに泣き出した。

「いったい、何があったんだ?」

顔の中央に巨大な絆創膏を貼り付けた男が震えながらたずねる。囚われていた男はハナをかみながら話した。

「二度とこんな気を起こさないようにしてやるって…」
「うん、うん」
「自分たちがしたことの後始末をしろって…」
「オレたちゃ、まだ何もしてねぇよ!」
「だけど、罪をつぐなえって言われたんだよう」
「それで、何をされたんだ?」

首にシップを貼り付けて包帯でぐるぐる巻きにした男が聞く。

「ええと、壊れたドアを修理して、床のガラス掃除して…」
「そりゃオレたちじゃねえ!あいつらがやったんじゃねえか!」
「床に靴跡がついたからって床磨きとワックスがけと…」
「うへぇ」
「壊れたグラス代弁償しろって、皿洗いとシンク磨きと配水管掃除と、換気扇掃除までさせられたんだよう!」

男たちはあまりに過酷な罰に息を呑む。

「それと…」
「まだあんのか?!」
「汚いトランクで埃が立ったからって、壁と天井のすす払いも…」

手にしたトランクを抱きしめてしくしく泣き出した男の肩を仲間はそっと叩いた。

「何とか逃げ出せなかったのかよ」
「だって、あいつがでかいトリプルリボルバー持って見張ってるんだぜ」
「…トリプルリボルバー?」

絆創膏男が腕組みをして首をひねる。
その武器と対のように語られる一人の英雄がいる。脳裏にカウンター席で黙々と食事をしていた男の映像が甦る。

「まさか、ヴィンセント・ヴァレンタイン…?」
「ひえっ?!」
「うそだろ、おい?」

三人は震えながら、おそるおそる店の看板を確かめた。

セブンスヘブン。

薄暗い街路灯に看板の文字がぼんやりと見える。
ジェノバ戦役の英雄たちのたまり場。
WROのエッジ覆面基地とすら呼ぶ者もいる。強盗のターゲットにするには、最低最悪の店だ。



「だって、エピオルニス料理ですごい儲かってるって情報だったじゃねえか!」
「だから、個人でエピオルニスなんか捕まえられるってのが普通じゃねえんだよ!」

多分、狩人はクラウド・ストライフ。ヴィンセント・ヴァレンタインやシド・ハイウインドも手伝ったりしているのかもしれない。
自分たちの力量にあった標的をよくよく見定めなければ痛い目にあうという、苦い教訓だ。

「もういい。帰ろう。…何持ってるんだ?」
「おつかれさんって、あの娘から手作りクッキーもらった」

 男たちの胸に、更なる敗北感がしみじみと湧き上がった。自分たちのかなう相手ではない。器が違いすぎる。
三人はしょんぼりと肩を落として、それでもクッキーはしっかりとほおばりながら帰っていくのだった。








                                                                                                                    syun
                                                             2008/6/22 初出  
                                                      2008/11/24 加筆修正








泥棒も強盗も怖くない最強の店、セブンスヘブン。これでは拉致監禁・不当使役です。でも誰もこの二人に文句は言えないと思います。
ヴィンさんはきっとティファにワインなんかを出してもらってグラスを傾けながら被害者を脅迫して働かせているのでしょう。そして帰宅したマリンと
デンゼルには「日雇いの掃除夫だ」などどしゃあしゃあとほざいていそうです。こんなオトナになっちゃいけませんよという見本ですね(笑)

たまには悪辣なヴィンセントを描いてみたいと思って書いたのですが、それにしてはやってることがみみっちい気がします(笑)

   






thanks